Share

第7話

Author: みそ煮
last update publish date: 2026-05-07 19:08:16

両親、碧斗は紫苑の妊娠に大層喜んだ。このときには既に紫苑は病気を克服し、強く生き始めていた。そんな彼女の変化は、由利にとっても喜ばしいことだった。

「二人とも、妊娠おめでとう」

「ありがとう、姉さん」

紫苑は嬉しそうに微笑んだ。まだ平らな彼女のお腹を、隣にいた碧斗がそっと撫でた。その顔はとても幸せそうで、由利は回帰してよかったと心の底から思えた。

紫苑は複雑そうな目で由利を見つめた。

「姉さんから祝いの言葉をもらえるとは思っていなかったから……驚いたわ」

「……そんなことないわ、私は誰よりもあなたたちの愛を応援しているもの」

強がりでも嘘でもない。紛れもない本心だ。

由利の言葉を聞いた両親は、彼女を称賛した。立派だ、姉の鑑のようだと。その中で、生まれてきた意味があったなという言葉が彼らの口から発せられたのを由利は聞き逃さなかった。

***

紫苑の妊娠から数ヵ月が経った頃、由利は彼女と碧斗と共に外出していた。

「あの花畑はいつか行ってみたいと言っていただろう?」

「碧斗義兄さんったら、覚えてくれていたのね」

紫苑は頬を赤らめて微笑み、碧斗は彼女の頭を優しく撫でた。横並びで歩く二人の少し後ろを、由利はただ黙って歩いていた。

本当は横を歩けばいいのに、どうしてもそうする気にはなれなかった。二人だけの世界を邪魔したくはない、という思いからだろうか。何にせよよかった。幸せそうな碧斗と紫苑を見ているだけで、由利の心は満たされたのだから。

今日も何事もなく無事に終わるといいな。由利はそんなことを考えながら二人のあとについて行った。

そのとき、突然女性の悲鳴が辺り一帯に響き渡った。

「キャー!」

由利たちを含めたその場にいる全員が立ち止まり、声のした方を振り向いた。そこには、血を流して倒れる女性と真っ赤に染まった刃物を手にした男の姿があった。

男は狂気的な目でこちらに視線を寄越すと、そのまま突進してきた。そしてまた一人、持っていた包丁で突き刺していく。男の近くにいる人が次々に倒れていく。

その光景を見た人々が、声を上げて男から逃げ惑った。アスファルトの地面が真っ赤に染まり、平穏な商店街が血の海と化した。

――そして、男が次に標的にしたのは碧斗と紫苑だった。男は紫苑に視線を向け、彼女に向かって駆け出した。元々体が弱く、身重だった紫苑はすぐに動くことができなかった。そんな彼女を守るように、碧斗が前に出た。

マズい、このままでは二人が死んでしまう。そうしたらきっとまた回帰は繰り返される。そう思うと、いても経ってもいられなかった。

「碧斗!」

由利は咄嗟に彼の前に飛び出した。その瞬間、腹部に鈍い痛みが走った。

「あ……」

男の出刃包丁の長い刃が、由利の腹に深く刺さっていた。口から血を吐きながら、彼女は後ろに倒れ込んだ。

「由利!」

倒れた彼女の体を、碧斗が受け止めた。いつぶりだろうか、彼の腕に抱きしめられるのは。彼はそのまま地面に膝をついて由利を抱え込んだ。

泣きそうな目で自身を呼びかける彼の顔が視界に入った。

――どうして、あなたがそんな顔をするの。

そんなに慌てるだなんて、あなたらしくない。いつだって紫苑のことしか頭に無いと思っていた彼が、縋りつくように死に行く私の体を抱きしめている。

由利は自身の行動を後悔なんてしていなかった。碧斗と紫苑を守れたのだ。これであの忌々しいループから解放されるはず。彼女は涙を流す碧斗と目を合わせて僅かに微笑むと、そっと目を閉じた。

もし、神様がいるのなら……次は天国に行かせてほしい。それか、お金持ちじゃなくていいから愛に満ちた家庭の子供に生まれ変わりたいな。

そんなことを願いながら、由利は三度目の生をゆっくりと終えた。

――目が覚めると、彼女は再び三年前のあの日に戻っていた。

Continue to read this book for free
Scan code to download App

Latest chapter

  • 愛人の死に耐えられなかった夫、お前が死ねばよかったのにと言い残し自死ー妻は回帰したー   第140話

    碧斗の口から飛び出した愛しているという言葉。由利はとても信じられなくて、彼の顔をじっと見つめた。長い間彼を見てきている彼女は、この世の誰よりも碧斗のことをよく知っている自信がある。――だからこそ、嘘をついていないことが一瞬でわかってしまった。(……どうして、今になってそんなことを言うのよ)彼の気持ちには、薄々疑問を抱いたことがあった。しかし、過去の経験から勘違いだと決めつけ、深く考えようとはしなかった。そうすることで、由利の心も楽になった。彼が今さら自分を愛しているなど考えたくなかったし、認めたくもなかった。ただ、今の由利に言えるのは彼の気持ちを否定する言葉だけ。「……碧斗、冗談を言うのはやめてちょうだい」「冗談じゃないよ、由利。俺はお前を……愛しているんだ」再び見せた真剣な瞳。そのまま目を背けようと思ったけれど、どうしてもできなかった。「……一体いつから?そんなの、気付きもしなかったわ」「お前に好意を寄せたのは、初めて出会ったときからだ。お前は気付いていなかっただろうけど……俺はお前と結婚したいと、幼い頃からずっと思っていた」初めて出会ったときから――その一言に、由利はおかしくて笑ってしまいそうになった。度重なる彼の裏切りを、彼女は全て知っていたからだ。――なら、どうして紫苑と関係を持って私を裏切ったりしたの?心が捻くれているせいか、棘のある言葉しか出てこない。愛していると言われると人は嬉しいものだと聞いたが、全くそんな気持ちにはならなかった。困惑と、身勝手な夫に対する怒り。今さら愛を伝えられたところで、由利の心が揺れることはなかった。「碧斗、そんなことを言わないで。あなたが愛しているのは紫苑で、私のことはただ政略結婚の相手に過ぎない。そうでしょう?」「違う……由利、俺は本気でお前のことを愛しているんだ」「じゃあ紫苑は?紫苑のことは遊びだったとでもいうの?」紫苑の話を出すと、碧斗は途端に言葉を詰まらせた。彼が紫苑と関係を持っていたこと。いくら後悔しようと、その事実は変わらなかった。「……ほら、答えられないじゃない。紫苑のことも私のことも、両方愛していると?」「いや……わからないんだ」「……わからないってどういうことよ?」曖昧な返事をする彼に、由利は呆れてものも言えなかった。せめて私の前では、嘘でも私を愛していると言う

  • 愛人の死に耐えられなかった夫、お前が死ねばよかったのにと言い残し自死ー妻は回帰したー   第139話

    由利が昼寝から目を覚ましたのは、夜だった。明るかった部屋の中が、いつの間にか真っ暗だ。かなりの時間寝てしまっていたらしい。由利は部屋のカーテンを閉め、電気を点けた。ずっと暗闇の中にいたせいか、眩しい光に目が開けられない。「……久しぶりに長く寝たかもしれないわ」おかげで溜まっていた疲れはすっかり取れ、ストレスもかなり軽減したようだった。碧斗が気を利かせてくれたおかげである。ふと室内を見回してみると、テーブルの上にラップをかけた食事が置かれていた。時間が経って冷めてはいるが、一汁三菜と、なかなかに手の込んだ食事だ。「ちょうどお腹も空いていたし……食べようかしら」由利はラップを取り、箸で食事に手を付けた。碧斗が作ったであろう形の悪い玉子焼きを一切れ口に運んだ。「見た目はそんなに良くないけど、結構いけるのね」元々天才肌な碧斗だったが、料理までできるとは何だか意外だ。四度目にして初めて知る彼の意外な一面に、由利は驚きながらも箸を進めた。よほどお腹が空いていたということもあり、由利は十五分ほどで食事を完食した。彼女は食べ終えて空になった皿をまとめ、キッチンまで運んだ。「――由利、起きたのか」「碧斗」下へ降りると、ちょうど碧斗がエプロンを着けて家事をこなしているところだった。初めて見る彼のエプロン姿に、由利は思わず凝視してしまっていた。「美味しかったわ、作ってくれてありがとう」「そうか……喜んでもらえてよかった」由利の言葉に、碧斗は嬉しそうに頬を染めた。「後片付けは私がやるから、もう休んでていいわよ」「いや、そういうわけにはいかない。今日は一日俺がやるって決めたんだから、君のほうが休んでいてくれ」「碧斗……」彼は由利の手から食器を奪い去ると、そのまま洗い物を始めた。由利はそんな夫の姿を、不思議そうに眺めていた。彼女の視線を受け、彼が口を開いた。「……今まで傷付けてしまった分、君のために何かしてあげたいんだ。だから、どうか休んでいてくれないか」「……碧斗」彼がそんなことを考えていたとは、意外だった。ただ、前世ではいつも紫苑のことばかり気にかけていたせいか、由利は彼の言葉を素直に受け取ることができなかった。後悔するには全てが遅すぎるのだ。彼女の心が今さら、彼に戻ることはあり得なかった。「……私を傷付けたっていう自覚はあるのね」「…

  • 愛人の死に耐えられなかった夫、お前が死ねばよかったのにと言い残し自死ー妻は回帰したー   第138話

    紫苑が由利の殺害を依頼した相手は毎回同じ人物だった。つまり、由利は三回も全く同じ人に殺害されているということ。普通なら、心が壊れて正気ではいられなくなってしまうだろう。しかし、四度目の彼女はむしろ強くなっていた。一分一秒も由利を見逃すことなく監視していた紫苑は、そのことに一瞬で気が付いた。(姉さんに前世の記憶があることは最近気付いたけど……)彼女が前の世界での出来事を覚えているなんて、思ってもみなかった。正直、そのせいで都合の悪いことは多い。由利は明らかに自分を警戒しているようだし、彼女も動きづらかった。「まぁ、いいわ。どうせ姉さんは私から逃れることなんてできないんだから」紫苑は由利のいなくなった部屋で一人、ニヤリと口角を上げた。―――このとき、彼女は既に次のターゲットに狙いを定めていた。***どうすればこのくだらないループを終わらせることができるのだろうか。淳子が逮捕されてからというもの、由利は同じようなことを永遠と考えるようになった。「…………碧斗」「由利」久々に彼女の部屋を訪れたのは、もうずっと夫婦の営みをしていない夫の碧斗だった。彼もまた、淳子が出て行ったことに大きなショックを受けていた。(都合が良いわね、私にはあんな言葉を平然とぶつけていたというのに)碧斗は由利に近づくと、労うようにその肩に手を置いた。「由利……今は受け入れられないだろう。部屋でゆっくり休んだほうがいい」「……あいにくだけど、家事が溜まっていて、やらないといけないの」淳子がいない今、夏目家では由利以外に家事をする人間はいない。紫苑は病弱でできないし、碧斗も父も料理なんてしたこともないだろう。(……洗濯物もすごい量だし、そろそろ洗濯機を回さないと。それに最近はずっと出前を頼んでばかりだったわ)長らく機能していなかった夏目家を動かせるのは、もはや由利しかいなかった。「由利、無理しないでくれ。家事は俺が代わりにやるから、君は休んでいていいよ」「…………碧斗、あなたが家事をするですって?」信じられない提案だった。おそらく目玉焼きくらいしか作れないであろう彼が、今日の夜ご飯を自分で作ると豪語したのだから、当然だろう。「……本気で言っているの?」「ああ、レシピを見れば、俺も料理くらいはできる。由利、お前は顔色が悪い。最近寝れていないんだろう?家事なんて

  • 愛人の死に耐えられなかった夫、お前が死ねばよかったのにと言い残し自死ー妻は回帰したー   第137話

    その後、由利は紫苑の意味深な視線を避けるように部屋を出て行った。紫苑はというと、そんな姉の姿を面白そうに眺めていた。半分だけ血の繋がった姉は、いつも彼女を楽しませてくれる。他の人間とは違う、この世でたった一人の姉。昔から、紫苑の世界は由利だけでできていた。かなり歪んだ形ではあったものの、深い愛を抱いているのはたしかだった。そのせいか、紫苑は淳子が家を出て行き、刑務所に入ることになっても特に何とも思わなかった。元々由利を傷付けた女だ。たとえ実の母親だったとしても、気にもならなかった。(母さんがいなくなったから、しばらくは平穏な日々を過ごせそうだわ……)紫苑は部屋のソファにドサッと腰を下ろした。口元には、余裕そうな笑みを浮かべている。嫉妬深い紫苑は、愛する由利の傍に誰も寄せ付けたがらなかった。学生時代に彼女を孤立させたのも、碧斗の裏切りを助長したのも、全ては紫苑の仕業だった。紫苑は由利の周りに人がいる状況が気に入らなくて、彼女の悪い噂を流しては人々を遠ざけた。そして、碧斗には薬を盛って中毒状態にし、まともな判断をできなくさせた。碧斗は薬物を求め、紫苑に夢中になった。当然、由利は気付いてもいないだろう。そして、彼女が知らないことは実はもう一つあった。「姉さんは知りもしないんだろうなぁ……前世であなたを殺したのが”私”だっていうこと」衝撃的な事実を口にした紫苑は、前世の記憶を思い浮かべていた。三度の人生において、紫苑はいつも若くして亡くなっていた。死ぬことは悲しくなかったが、由利に二度と会えないことは耐えられそうになかった。死の間際、紫苑はとあることを心配していた。もし、自分が亡くなったら一人残された由利はどうなるのだろうか。両親は彼女を冷遇し、碧斗も薬で正気ではなかった。彼女には親しい友人もいないし、孤独で苦しむのは目に見えている。そうなったのは全て紫苑のせいではあるが、彼女は由利のためにやったことだと自身の行いを正当化していた。自分が死んだら、由利は一人ぼっちになってしまう。紫苑はそんな彼女の身を案じていた。そして、思わぬ行動に出る。『――お願いがあるの。私が死んだ後、姉さんを殺してくれないかしら?』亡くなる少し前、紫苑はある人物に依頼をしていた。紫苑が殺人を頼んだその人物は、かつて彼女に入れ込んでいた男の一人だった。他人に対する

  • 愛人の死に耐えられなかった夫、お前が死ねばよかったのにと言い残し自死ー妻は回帰したー   第136話

    由利と紫苑は母親から背を向け、裁判所をあとにした。最後の最後まで、母淳子は醜く、最悪な人だった。しかし、最後に罵倒されたおかげか、彼女とすっぱり縁を切ることができるような気がする。やはり、裁判に行って正解だったのかもしれない。家に帰ると、紫苑が待っていた父親に告げた。「――父さん、母さんの裁判に行ってきたわよ」「そうか」父は特別な反応を見せることなく、言葉を返した。母の最後の様子が気になることもないようだ。長年裏切られていたから、そうなるのも当然だろうか。(……父さん、前よりもやつれたわね。ご飯食べれていないのかしら)淳子との離婚がきっかけか、父は以前と比べてかなり老け込んだ。最近は母のことを考えないためかわからないが、夜遅くまで仕事をしている。――それほどまでに、母のことを愛していたんだろう。過去の愛の伝え方が正しいとはとても言えないけれど、彼もまた苦しんでいるのはたしかだった。因果応報だと言われてしまえば、その通りかもしれない。当然、由利も紫苑も、父の母への仕打ちを正当化することはできない。母はとても辛い結婚生活だっただろう。彼女の苦しみを考えると、なぜかとてもやるせない気持ちになった。刑務所に行くことになってしまったけれど、彼女を壊したのは紛れもなく父やまともに取り合わなかった警察だったわけで。そのことを知ったせいか、由利は淳子だけを責めることができなかった。そして、そんな二人から生まれたのは、とても複雑だった。きっと母親と二度と会うことはない。しかし、彼女の存在は由利にとって永遠に心に刻み付けられるだろう。(どのようなことがあろうとも、前を向いて生きていかなければならない)由利は決意を固め、父の前から立ち去った。***母が出て行ってからというもの、夏目家は暗い影を落とした。父親は老け込んでやつれ、碧斗も由利もしばらくは心ここにあらず状態だった。長く時間を共にした家族の一人だっただけに、ショックが大きい。平然としていたのは紫苑くらいだった。「姉さん、そんなに落ち込まないでちょうだい。母さんは姉さんにキツく当たっていたでしょう?私はあんな人、いなくなってせいせいするわ」「紫苑……」ある日の夜、紫苑が由利を慰めるように言った。満面の笑みで紡がれたその言葉は、母親を失って悲しんでいるとは思えなかった。「……あなたは、ど

  • 愛人の死に耐えられなかった夫、お前が死ねばよかったのにと言い残し自死ー妻は回帰したー   第135話

    淳子が捕まった頃、由利と紫苑はちょうど自宅でテレビのニュース番組を視聴していた。何気なく見ていた二人だったが、突然出てきたその名前に驚きを隠せなかった。「ストーカーの疑いで坂下淳子容疑者逮捕って……これ、母さんだわ……間違いない……」「そういえば、母さんの旧姓って坂下だったわね」淳子は洋介との離婚が成立しているため、夏目姓から元々の坂下姓になった。顔こそ出てはいなかったが、由利たちには一瞬でそれが母だとわかった。「それも、逮捕されたのはまあまあ近所じゃない。母さんったら、一体何をしていたわけ?」「……どうやら、愛してた不倫相手に捨てられてしまったそうよ」由利の疑問に、紫苑が答えた。母淳子に長年の不倫相手が存在したという事実は、ついこの間知ったことだった。驚く由利とは対照的に、紫苑は母の不倫を知っていたのか、特に衝撃を受けることもなく平然としていた。「紫苑……どうしてそんなこと知ってるの?」「……たまたま噂を耳にしたのよ。近所だし、ここらへんでストーカーしてる女がいるって噂が入ってきたの」「そう……」紫苑は由利と違って近隣住民とも親しくしていた。そんな彼女なら、主婦たちの噂を耳にしていてもおかしくはなかった。「それより姉さん、母さんの裁判に行かない?」「……母さんの裁判?」予想外の提案に、由利は紫苑のほうを向いた。淳子が警察に捕まった今、近いうちに裁判が開かれる。一度目は不起訴となった彼女だが、今度はそうはいかないだろう。ネットの記事によると、女性への殺害予告や家の周りに中傷ビラをばら撒くなどの迷惑行為もしていたみたいだし。(……母さん、そんなことをしていたのね)家を出て行ったと聞いて心配はしていたが、犯罪に手を染めていたとは驚いた。「ええ、父さんは行かないでしょうけど……私たちは最後に母さんに会いに行ってもいいと思うのよ。いくら絶縁されたとはいえ、母さんの娘だっていう事実は変わらないのだし」「そうね……最後だと思って行ってみようかしら」由利は紫苑の提案を受け入れ、母淳子を最後に一目見ることに決めた。***淳子の裁判が開かれ、由利と紫苑はスーツ姿で参加した。ソワソワしながら開廷を待っていると、被告人淳子が扉から中に入ってきた。囚人服を身にまとい、手錠で両手を拘束されている。「母さん……」髪の毛はパサつき、肌はシワと

  • 愛人の死に耐えられなかった夫、お前が死ねばよかったのにと言い残し自死ー妻は回帰したー   第6話

    結婚してから三年が過ぎたあたりのことだった。前世で由利が妊娠したのとちょうど同じ時期。今世では由利の代わりに紫苑が彼の子を身籠った。前世と違って驚きはしなかったし、怒りすら湧いてこなかった。彼女自身も、そうなることを望んでいたからだ。このときには既に、碧斗と紫苑は不倫関係にあった。そのことに由利も薄々勘付いていた。思えば、最初から気付かなかった自分がおかしかったのだ。前世から、碧斗は看病を理由によく紫苑の部屋を訪れていた。その頻度は週に五回以上、妻である由利よりも紫苑と過ごす時間のほうが多いほどだった。由利と夜を共にするのは週に一度であるのに対し、義妹である紫苑とは異常ともいえるほど夜

  • 愛人の死に耐えられなかった夫、お前が死ねばよかったのにと言い残し自死ー妻は回帰したー   第5話

    実に二度目の回帰、三度目の生だった。前世と同じ、結婚一年目のあの日に戻ってきたようだった。彼女はそのことに困惑したが、二度目だったせいか、今回は落ち着いて行動することができた。紫苑が亡くなり、碧斗が死んだことにより彼女は回帰した。それは前世と同じだった。ここから推測できることは一つだけ。それは、碧斗の死が彼女の回帰に繋がっているということだ。――碧斗が亡くなったことをきっかけに、私は巻き戻ってきた。なら、碧斗が死ななければ、二度と回帰することはないのではないか。由利がそのような結論に至るまで、そう時間はかからなかった。そのためには紫苑が死なないようにする必要があった。彼女がいなくな

  • 愛人の死に耐えられなかった夫、お前が死ねばよかったのにと言い残し自死ー妻は回帰したー   第2話

    それから碧斗は、毎日のように紫苑のいた病室で泣き続けた。彼女がいなくなり、火葬されたあともずっと。仕事も手に付かなくなるほど毎日のように大声で泣き、隙あらば彼女の痕跡を探した。彼女が生前着ていた服を抱きしめ、服が濡れるまで泣いた。もちろん両親も深い悲しみに暮れていたが、それでも彼の絶望は異常ともいえるほどだった。この世の全てを失ったかのように、真っ暗な部屋で酒を浴びるように飲み続けた。彼女のいない世界なんて、意味がないのだろう。由利はそんな彼をただ見ていることしかできなかった。姉妹ではあるが、紫苑に似ているところなんてほとんどない由利に、彼女の代わりなんて到底務まらないからだ。そして

  • 愛人の死に耐えられなかった夫、お前が死ねばよかったのにと言い残し自死ー妻は回帰したー   第1話

    「紫苑……!紫苑……!しっかりしてくれ……そんな……どうして急に……!」水藻区(みなもく)にある大病院の一室にて。一人の男がベッドに横たわって微動だにしない女に必死の思いで呼びかけている。彼の呼びかけも虚しく、彼女はビクともしなかった。病室が静寂に包まれ、人々のすすり泣く声が耳に入る。この場にいる全員が彼女の死を悲しみ、現実を受け止めきれないでいる。そんな中、一人の女が複雑な表情で彼ら家族を見つめていた。「……」――どうして、こんなことになってしまったのか。彼女は心の中で自分自身に問いかけた。当然、答えなど出てこなかった。元より、答えられる問題ならそのように思ったりはしないだろう

More Chapters
Explore and read good novels for free
Free access to a vast number of good novels on GoodNovel app. Download the books you like and read anywhere & anytime.
Read books for free on the app
SCAN CODE TO READ ON APP
DMCA.com Protection Status