LOGIN由利は時間が止まったかのように固まり、そのまま動かなくなった。信じられないというような目で妹の紫苑を見つめた。
碧斗の子を妊娠?あなたは一体何を言っているの?私の妊娠を祝福していた裏で、ずっとそのことを隠していたの?
由利の体が小刻みに震え始める。私はずっと二人に裏切られていたというのか。紫苑はそんな由利を見て、申し訳なさそうに眉を下げた。
「ごめんなさい、姉さん……」
由利は黙ったまま何も言えなかった。その一言で済むような事態ではないからだ。子供ができたということは、当然体の関係があったわけで。
姉の旦那と平然と関係を持つだけではなく、子供まで作ったのか。紫苑が碧斗と不倫していたことを、由利はこのとき初めて知った。
「お腹の子はもう流れちゃったけど……」
「……」
そこまで言いかけると、紫苑は幸せそうに笑った。
「私、愛する碧斗義兄さんの子を身籠ったとき、すっごく嬉しかったの……」
その幸せの裏で誰かを深く傷付けているということを、彼女は理解しているのだろうか。いや、しているのならそもそもそのような過ちは犯さないだろう。
「義兄さんもね……私が妊娠を伝えたとき……とっても喜んでくれたから……」
由利は何も言わずに、紫苑の話を聞いていた。呆れてものも言えない、とはこのようなことを言うのだろうか。
「姉さんには悪いと思ってたんだけど……この子を諦めることなんてできなかった……だって私たちの愛の結晶だもの……」
愛の結晶。あの二人は愛し合っているのだから、その表現は間違っていないのかもしれない。しかし、誰かを傷付ける恋をまるで純愛であるかのように言うのは間違っているのではないか。
「だけど……結局私の元からいなくなっちゃった……」
紫苑は悲しそうに目を伏せた。そのあとのことはあまりよく覚えておらず、由利はおぼつかない足取りで病室を出て行った。
――そしてその日の夜、彼女は両親や碧斗に見守られながら息を引き取った。
紫苑が亡くなってからというもの、再びあの日に戻ってきたかのようだった。碧斗は毎日のように泣き続け、家の空気は重苦しくなった。
彼は部屋で泣きながら呟いた。
「紫苑が……俺の子が……どうして……」
由利はその後ろ姿を見つめながら、心の中で尋ねた。
――私の子が亡くなったことは悲しくないの?
由利は未だにあの子がいなくなったことを引きずっていたが、碧斗はそんなこと気にも留めていないようだった。
由利は最初こそ、紫苑の話を信じられなかった。碧斗を愛している彼女が、最後に嘘をついたのではないかとそう思っていた。
しかし、彼女の話は全て本当で、紫苑は間違いなく碧斗との子を身籠っていたのだ。結局は愛する女との子供以外ならどうだっていいということだろうか。
あなたって本当に冷たいのね。由利はフッと口角を上げた。自らを嘲笑う笑顔だった。
――紫苑が亡くなってから一週間後、碧斗は前世のように自ら命を絶った。前世では銃で頭を撃ち抜いたことによる死だったが、今世はビルから飛び降りるという最期だった。
そして、その頃ちょうど屋外にいた由利は、運悪くその場面を目撃してしまった。キャーという女性の悲鳴と共に、何かが地面に勢いよく叩きつけられるような音が響き渡った。
救急車とパトカーのサイレンが鳴り響く中で、彼女はあ然としながら碧斗の遺体を眺めていた。周囲には人だかりができていたが、彼らは碧斗とは面識がない。ただ興味本位で見に来ては動画や写真を撮り、興味が無くなれば帰って行く。人間にとって、他人の死など、結局はその程度のものなのだ。
その一方で、由利はいつまでもその場から動けずにいた。彼の遺体が片付けられ、人が誰もいなくなったあとも、ずっと。
あぁ、今世も結局こうなってしまうんだ。彼女の目から涙が零れた。紫苑が死に、彼女がいないことに耐えられなかった碧斗までもが同じ道を辿った。最後に見た碧斗の遺体が彼女の頭から離れなかった。
――そして、彼女の時間は再び巻き戻った。
由利は探偵に調査を依頼し、紫苑が普段何をして過ごしているのかを徹底的に調べさせた。しばらくすると、彼女の元に調査結果が出た。紫苑は一日の大半を、自宅で過ごしている。仕事も家事もしていない彼女は、特にすることがないため当然かもしれない。親しくしている友人もあまりいないため、遊びに行くこともない。しかし、由利はあることが気にかかった。「………どうして、毎日同じ時間に出かけているのかしら?」調査結果を見ると、紫苑は毎日正午に必ず外出していた。行き先は日によって違うものの、時間帯は、毎回同じ。しかし、会う相手は毎回別の男。そのことに、由利は妙な違和感を感じた。碧斗が仕事から帰ったあと、彼女は探偵が撮影した男たちの写真を彼に見せて尋ねた。「この男……見覚えがあるな。全員」「ほ、本当!?一体いつ!?どこで!?」「お、落ち着いてくれ……」激しくまくし立てる由利を、碧斗は何とか宥めた。「たしか、高校時代紫苑の周囲にいた男たちだ。由利、君は知らないだろうけど……紫苑の学年ではそこそこ有名だったと思う」「……周囲にいた男?」「ああ、いわゆる取り巻きってやつだな」由利は紫苑の学生時代の交友関係を、ほとんど知らなかった。二つ下の彼女は学園内で見かけることもあまりないため、そもそも関わる機会すらあまりない。ただ、異性に対する距離感がバグっているとかいう噂を時々聞いては眉をひそめていた。いくら注意しようと直すような人間ではないので、特に気に留めることもなかった。「高校時代の友人と今でも会ってるってこと?一体何のために?」「さ、さぁ……それだけ仲が良かったんじゃないのか?」碧斗は何とも思っていないようだったが、由利は何かが引っかかった。(いや……そんなことありえない。紫苑は打算的な人間よ。彼女が何の得もなしに高校時代の男たちと関わりを持つとは思えないわ)それに相手は友人ではなく、取り巻きという名の下僕。ますます、彼らと関わる理由がなかった。考えられる可能性はただ一つ。おそらく、接点を持つことで何らかのメリットがあるのだろう。「由利……考えすぎじゃないか?ただの友人同士の付き合いという可能性も……」「そうだったら、いいんだけどね……」逆に碧斗は、紫苑の危険性を何もわかっていなかった。どこまでもお気楽な男だと、由利は呆れていた。「私の言ったこと、覚え
碧斗から聞いたその情報に、由利は驚いた。「変な飲み物ってどういう意味よ?」「俺も詳しくはわからないけど……たしかに紫苑に渡された飲み物を飲んでから、妙な気持ちになったんだ。どうしてあんなふうになったのかはわからない」俺の勘違いかもしれない――と碧斗は困惑した表情で付け加えた。しかし、彼の勘が鋭いということを由利は知っていた。何かが違うと碧斗自身が感じたのであれば、きっと勘違いなどではないだろう。(……もしかして、紫苑は碧斗の飲み物に何か薬を入れたのかしら?)考えられる可能性はいくつかあるけれど、その情報だけだと確信まではいかない。紫苑を問い詰めたところで、言い逃れをされるのは目に見えているし。――由利の脳裏に、こちらを見て笑う紫苑が浮かんだ。その笑顔の裏に隠された本当の姿を、彼女は三度の人生で既に知ってしまっている。まさかそんなことをするだろうかと昔の由利なら思っただろうが、今は違う。常人なら躊躇うようなとんでもないことを、平然とやってのけるのが紫苑だった。碧斗からその話を聞いた由利は、彼に忠告した。「……碧斗、これからはできるだけ紫苑から貰ったものを受け取らないで。食べ物や飲み物ならなおさら、口にしてはダメよ」「……ああ、わかったよ」碧斗は素直に応じた。彼の中でもまた、紫苑に対する疑いを抱き始めていたのだろう。(紫苑のことを……調べる必要があるわ……)――彼女が何か仕掛けてくる前に、今は出来る限りの対策をしなければならなかった。***それから数日後、由利はいつも通り家を出た。しばらくの間休職していた彼女にとって、久々の出勤だった。「――いってきます」玄関で挨拶をすると、起きてきたばかりの紫苑が言葉を返した。「姉さん、いってらっしゃい。今日はいつもより早いのね」「ええ、大事な仕事が急遽入っちゃってね……」既に碧斗と父は家を出たあとだった。二人ともいつも出勤はもっと遅い時間だが、どうやらあまり家にいたくないようだった。特に父は、淳子がいなくなってからというもの、紫苑を避けるように早く家を出ている。元妻にそっくりな紫苑を見るのが辛いのだろう。そのため、由利も最近は父とまともに話していなかった。「姉さん、早めに帰ってきてね。家に一人は寂しいから」「……ええ、できる限りそうするわ」由利は目の前でニッコリと笑う紫苑に笑い返
碧斗の口から飛び出した愛しているという言葉。由利はとても信じられなくて、彼の顔をじっと見つめた。長い間彼を見てきている彼女は、この世の誰よりも碧斗のことをよく知っている自信がある。――だからこそ、嘘をついていないことが一瞬でわかってしまった。(……どうして、今になってそんなことを言うのよ)彼の気持ちには、薄々疑問を抱いたことがあった。しかし、過去の経験から勘違いだと決めつけ、深く考えようとはしなかった。そうすることで、由利の心も楽になった。彼が今さら自分を愛しているなど考えたくなかったし、認めたくもなかった。ただ、今の由利に言えるのは彼の気持ちを否定する言葉だけ。「……碧斗、冗談を言うのはやめてちょうだい」「冗談じゃないよ、由利。俺はお前を……愛しているんだ」再び見せた真剣な瞳。そのまま目を背けようと思ったけれど、どうしてもできなかった。「……一体いつから?そんなの、気付きもしなかったわ」「お前に好意を寄せたのは、初めて出会ったときからだ。お前は気付いていなかっただろうけど……俺はお前と結婚したいと、幼い頃からずっと思っていた」初めて出会ったときから――その一言に、由利はおかしくて笑ってしまいそうになった。度重なる彼の裏切りを、彼女は全て知っていたからだ。――なら、どうして紫苑と関係を持って私を裏切ったりしたの?心が捻くれているせいか、棘のある言葉しか出てこない。愛していると言われると人は嬉しいものだと聞いたが、全くそんな気持ちにはならなかった。困惑と、身勝手な夫に対する怒り。今さら愛を伝えられたところで、由利の心が揺れることはなかった。「碧斗、そんなことを言わないで。あなたが愛しているのは紫苑で、私のことはただ政略結婚の相手に過ぎない。そうでしょう?」「違う……由利、俺は本気でお前のことを愛しているんだ」「じゃあ紫苑は?紫苑のことは遊びだったとでもいうの?」紫苑の話を出すと、碧斗は途端に言葉を詰まらせた。彼が紫苑と関係を持っていたこと。いくら後悔しようと、その事実は変わらなかった。「……ほら、答えられないじゃない。紫苑のことも私のことも、両方愛していると?」「いや……わからないんだ」「……わからないってどういうことよ?」曖昧な返事をする彼に、由利は呆れてものも言えなかった。せめて私の前では、嘘でも私を愛していると言う
由利が昼寝から目を覚ましたのは、夜だった。明るかった部屋の中が、いつの間にか真っ暗だ。かなりの時間寝てしまっていたらしい。由利は部屋のカーテンを閉め、電気を点けた。ずっと暗闇の中にいたせいか、眩しい光に目が開けられない。「……久しぶりに長く寝たかもしれないわ」おかげで溜まっていた疲れはすっかり取れ、ストレスもかなり軽減したようだった。碧斗が気を利かせてくれたおかげである。ふと室内を見回してみると、テーブルの上にラップをかけた食事が置かれていた。時間が経って冷めてはいるが、一汁三菜と、なかなかに手の込んだ食事だ。「ちょうどお腹も空いていたし……食べようかしら」由利はラップを取り、箸で食事に手を付けた。碧斗が作ったであろう形の悪い玉子焼きを一切れ口に運んだ。「見た目はそんなに良くないけど、結構いけるのね」元々天才肌な碧斗だったが、料理までできるとは何だか意外だ。四度目にして初めて知る彼の意外な一面に、由利は驚きながらも箸を進めた。よほどお腹が空いていたということもあり、由利は十五分ほどで食事を完食した。彼女は食べ終えて空になった皿をまとめ、キッチンまで運んだ。「――由利、起きたのか」「碧斗」下へ降りると、ちょうど碧斗がエプロンを着けて家事をこなしているところだった。初めて見る彼のエプロン姿に、由利は思わず凝視してしまっていた。「美味しかったわ、作ってくれてありがとう」「そうか……喜んでもらえてよかった」由利の言葉に、碧斗は嬉しそうに頬を染めた。「後片付けは私がやるから、もう休んでていいわよ」「いや、そういうわけにはいかない。今日は一日俺がやるって決めたんだから、君のほうが休んでいてくれ」「碧斗……」彼は由利の手から食器を奪い去ると、そのまま洗い物を始めた。由利はそんな夫の姿を、不思議そうに眺めていた。彼女の視線を受け、彼が口を開いた。「……今まで傷付けてしまった分、君のために何かしてあげたいんだ。だから、どうか休んでいてくれないか」「……碧斗」彼がそんなことを考えていたとは、意外だった。ただ、前世ではいつも紫苑のことばかり気にかけていたせいか、由利は彼の言葉を素直に受け取ることができなかった。後悔するには全てが遅すぎるのだ。彼女の心が今さら、彼に戻ることはあり得なかった。「……私を傷付けたっていう自覚はあるのね」「…
紫苑が由利の殺害を依頼した相手は毎回同じ人物だった。つまり、由利は三回も全く同じ人に殺害されているということ。普通なら、心が壊れて正気ではいられなくなってしまうだろう。しかし、四度目の彼女はむしろ強くなっていた。一分一秒も由利を見逃すことなく監視していた紫苑は、そのことに一瞬で気が付いた。(姉さんに前世の記憶があることは最近気付いたけど……)彼女が前の世界での出来事を覚えているなんて、思ってもみなかった。正直、そのせいで都合の悪いことは多い。由利は明らかに自分を警戒しているようだし、彼女も動きづらかった。「まぁ、いいわ。どうせ姉さんは私から逃れることなんてできないんだから」紫苑は由利のいなくなった部屋で一人、ニヤリと口角を上げた。―――このとき、彼女は既に次のターゲットに狙いを定めていた。***どうすればこのくだらないループを終わらせることができるのだろうか。淳子が逮捕されてからというもの、由利は同じようなことを永遠と考えるようになった。「…………碧斗」「由利」久々に彼女の部屋を訪れたのは、もうずっと夫婦の営みをしていない夫の碧斗だった。彼もまた、淳子が出て行ったことに大きなショックを受けていた。(都合が良いわね、私にはあんな言葉を平然とぶつけていたというのに)碧斗は由利に近づくと、労うようにその肩に手を置いた。「由利……今は受け入れられないだろう。部屋でゆっくり休んだほうがいい」「……あいにくだけど、家事が溜まっていて、やらないといけないの」淳子がいない今、夏目家では由利以外に家事をする人間はいない。紫苑は病弱でできないし、碧斗も父も料理なんてしたこともないだろう。(……洗濯物もすごい量だし、そろそろ洗濯機を回さないと。それに最近はずっと出前を頼んでばかりだったわ)長らく機能していなかった夏目家を動かせるのは、もはや由利しかいなかった。「由利、無理しないでくれ。家事は俺が代わりにやるから、君は休んでいていいよ」「…………碧斗、あなたが家事をするですって?」信じられない提案だった。おそらく目玉焼きくらいしか作れないであろう彼が、今日の夜ご飯を自分で作ると豪語したのだから、当然だろう。「……本気で言っているの?」「ああ、レシピを見れば、俺も料理くらいはできる。由利、お前は顔色が悪い。最近寝れていないんだろう?家事なんて
その後、由利は紫苑の意味深な視線を避けるように部屋を出て行った。紫苑はというと、そんな姉の姿を面白そうに眺めていた。半分だけ血の繋がった姉は、いつも彼女を楽しませてくれる。他の人間とは違う、この世でたった一人の姉。昔から、紫苑の世界は由利だけでできていた。かなり歪んだ形ではあったものの、深い愛を抱いているのはたしかだった。そのせいか、紫苑は淳子が家を出て行き、刑務所に入ることになっても特に何とも思わなかった。元々由利を傷付けた女だ。たとえ実の母親だったとしても、気にもならなかった。(母さんがいなくなったから、しばらくは平穏な日々を過ごせそうだわ……)紫苑は部屋のソファにドサッと腰を下ろした。口元には、余裕そうな笑みを浮かべている。嫉妬深い紫苑は、愛する由利の傍に誰も寄せ付けたがらなかった。学生時代に彼女を孤立させたのも、碧斗の裏切りを助長したのも、全ては紫苑の仕業だった。紫苑は由利の周りに人がいる状況が気に入らなくて、彼女の悪い噂を流しては人々を遠ざけた。そして、碧斗には薬を盛って中毒状態にし、まともな判断をできなくさせた。碧斗は薬物を求め、紫苑に夢中になった。当然、由利は気付いてもいないだろう。そして、彼女が知らないことは実はもう一つあった。「姉さんは知りもしないんだろうなぁ……前世であなたを殺したのが”私”だっていうこと」衝撃的な事実を口にした紫苑は、前世の記憶を思い浮かべていた。三度の人生において、紫苑はいつも若くして亡くなっていた。死ぬことは悲しくなかったが、由利に二度と会えないことは耐えられそうになかった。死の間際、紫苑はとあることを心配していた。もし、自分が亡くなったら一人残された由利はどうなるのだろうか。両親は彼女を冷遇し、碧斗も薬で正気ではなかった。彼女には親しい友人もいないし、孤独で苦しむのは目に見えている。そうなったのは全て紫苑のせいではあるが、彼女は由利のためにやったことだと自身の行いを正当化していた。自分が死んだら、由利は一人ぼっちになってしまう。紫苑はそんな彼女の身を案じていた。そして、思わぬ行動に出る。『――お願いがあるの。私が死んだ後、姉さんを殺してくれないかしら?』亡くなる少し前、紫苑はある人物に依頼をしていた。紫苑が殺人を頼んだその人物は、かつて彼女に入れ込んでいた男の一人だった。他人に対する
目が覚めると、由利は病院の一室にいた。「無事だったんですね、よかったです」「あなた……」ベッドに横たわる由利の顔を、夏目家のメイドが心配そうに覗き込んだ。また巻き戻ってきたのではないかと思ったが、どうやらそうではないようだ。由利は自身の安否など気にも留めず、メイドに尋ねた。「お腹の子は……」「……」その問いに、メイドは痛々しそうに視線を逸らした。由利は彼女の反応で全てを悟った。――あぁ、流産してしまったんだ。奇跡のように私の元へやって来てくれた子は、産まれることもなく亡くなってしまったのね。悲しくて、悔しくて、やりきれない気持ちになった。由利は病室内を見渡した。流産したと
それから碧斗は、毎日のように紫苑のいた病室で泣き続けた。彼女がいなくなり、火葬されたあともずっと。仕事も手に付かなくなるほど毎日のように大声で泣き、隙あらば彼女の痕跡を探した。彼女が生前着ていた服を抱きしめ、服が濡れるまで泣いた。もちろん両親も深い悲しみに暮れていたが、それでも彼の絶望は異常ともいえるほどだった。この世の全てを失ったかのように、真っ暗な部屋で酒を浴びるように飲み続けた。彼女のいない世界なんて、意味がないのだろう。由利はそんな彼をただ見ていることしかできなかった。姉妹ではあるが、紫苑に似ているところなんてほとんどない由利に、彼女の代わりなんて到底務まらないからだ。そして
結婚してから三年が過ぎたあたりのことだった。前世で由利が妊娠したのとちょうど同じ時期。今世では由利の代わりに紫苑が彼の子を身籠った。前世と違って驚きはしなかったし、怒りすら湧いてこなかった。彼女自身も、そうなることを望んでいたからだ。このときには既に、碧斗と紫苑は不倫関係にあった。そのことに由利も薄々勘付いていた。思えば、最初から気付かなかった自分がおかしかったのだ。前世から、碧斗は看病を理由によく紫苑の部屋を訪れていた。その頻度は週に五回以上、妻である由利よりも紫苑と過ごす時間のほうが多いほどだった。由利と夜を共にするのは週に一度であるのに対し、義妹である紫苑とは異常ともいえるほど夜
実に二度目の回帰、三度目の生だった。前世と同じ、結婚一年目のあの日に戻ってきたようだった。彼女はそのことに困惑したが、二度目だったせいか、今回は落ち着いて行動することができた。紫苑が亡くなり、碧斗が死んだことにより彼女は回帰した。それは前世と同じだった。ここから推測できることは一つだけ。それは、碧斗の死が彼女の回帰に繋がっているということだ。――碧斗が亡くなったことをきっかけに、私は巻き戻ってきた。なら、碧斗が死ななければ、二度と回帰することはないのではないか。由利がそのような結論に至るまで、そう時間はかからなかった。そのためには紫苑が死なないようにする必要があった。彼女がいなくな







