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第1052話

Author: 楽恩
「ここまできて、まだ仲直りしてないのかよ!」

隊長は目も開けずに言った。「10キロ走ってこい」

「……」

……

紀香は、この出来事のせいで眠れないだろうと思っていた。

だが結局、うとうとと眠りに落ちてしまった。

ぼんやりとした意識の中で、誰かが彼女の目尻をなぞるようにして、涙を拭ったような気がした。

翌朝目を覚ますと、部屋はがらんとしていて、自分ひとりだけだった。

彼女はすぐに清孝を探しに外へ出た。

彼のそばを片時も離れない針谷の姿も見当たらなかった。

近くにいた人をつかまえて訊いた。「清孝は?」

その部下は言った。「旦那様は昨夜出かけられました。詳しい予定は把握しておりません。どうか奥様、ご容赦ください」

清孝の行動予定は、常に機密だった。

彼がどこにいるか分かるのは、現場にいるときだけだった。

唯一知っている可能性があるのは針谷だった。

だが連絡がつかない。

清孝に電話をかけようとしたその時、着信が入った。

発信者の名前を見て、彼女はすぐに応答した。

「春香さん」

「別に何でもないわよ。朝から電話なんて、単にお腹すいただけ」

紀香は時間を確認してから訊いた。「春香さん、清孝がどこに行ったか知らない?」

春香は笑って言った。「あんたと兄貴、同じ家にいたんでしょ?あんたが知らないのに、私が知るわけないじゃん」

「え?」

紀香は昨日、清孝と一緒に行動していた。

でも移動中は予定変更もあるし、空港で別れていたかもしれない。

だが春香の言い方は、まるで確信があるようだった。

「なんで同じ家にいたって知ってるの?」

「私だけじゃない、ネット中が知ってるわよ」

「え?」

春香はリンクを送ってきた。「見てみなよ」

紀香はすぐに開いた。

トップニュースの見出し。

――藤屋家の当主、藤屋清孝が既婚であることが判明。昨夜、妻と共に自宅に帰宅。妻の顔写真が初めて公開。

紀香は画像を拡大した。清孝の顔ははっきり写ってはいないが、ほぼ本人で間違いない。

そして自分の顔も、完全にはっきりとはしていないが、知っている人が見ればわかる程度には写っていた。

今やネット中が彼女と清孝のことを話題にしていた。

誰も報道を止めることも、写真を削除することも、彼らの名前をフィルタすることすらしていなかった。

彼女のアカウントは
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