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第1325話

Author: ラクオン
けれど、寝室のドアまで歩きかけたとき――。

彼女はふと立ち止まった。

あんな大人の男が我慢するはずがない。

部下は山ほどいるし、誰かを呼べば服くらいすぐ届けてもらえる。

ついでに居心地のいいスイートルームでも予約できる。

わざわざ自分が心配する必要なんてない。

それに、彼を外に追い出したのは自分だ。

ここで顔を出したら、まるで自分が彼を好きでたまらないみたいじゃないか。

――そうだ、出てはいけない。

紀香はそのまま布団に戻った。

けれど、どうしても眠れなかった。

リビングのソファでは、清孝が横になっていた。

床暖房が効いていて、寒さは感じない。

彼はスマホを手に、何かの計画を立てていた。

……

紀香はいつ眠りに落ちたのか分からなかった。

ぼんやりと目を覚まし、まずは寝室を出て清孝を探した。

いない。

思わず安堵の息を吐いた。

――やっぱり、そうよね。

そんな顔をして振り返り、洗面を済ませ、もう一度出てきたとき――。

いきなり男の胸に飛び込んでしまった。

「なんで戻ってきたの!?」

紀香は驚愕した。

清孝は彼女の頭を軽く撫で、

「飯だ」

彼女をダイニングに引っ張って座らせた。

テーブルには朝食がずらりと並んでいた。

どれも彼女の好物ばかり。

「これ、あなたが買ってきたの?」

「じゃなきゃ、勝手に歩いてきたのか?」

「……」

彼がきちんと服を着ているのを見て、紀香はそれ以上追及しなかった。

うつむいて食べ物を口に運ぶ。

朝食を終えると、彼女はスタジオへ向かい、面接の続きを始めた。

清孝も一緒についてきた。

「あなた、仕事ないの?」

「今はない」清孝は言った。「今の俺は死んだ人間だからな」

紀香は彼の計画を知らなかった。

ただ、このところ彼が忙しくしていたことだけは分かっていた。

しばらく石川に戻れない、大阪に滞在すると聞かされただけで、それ以上は疑わなかった。

「じゃあ、いつ生き返るの?」

実際には、清孝はもう「生き返れる」状態だった。

あの謎の人物は処理済み。

藤屋家内部も整えられ、春香を家主から引きずり下ろそうとする者はいない。

彼女の子どもについても、もう口にする者はいなかった。

ただ――今のところ、彼が出ていく必要はなかった。

生き返ろうが死んだままだろうが、どうでもい
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