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第271話

Author: 楽恩
彼が現れると、星華はたちまち意地の悪い表情を引っ込めた。それでも苛立ちは隠せず、ぼそりと文句をこぼす。

「味方する相手、間違ってない?」

藤原夫人も先ほどの強硬な態度は影を潜め、穏やかに尋ねた。

「どうしてなの?」

「うちのおばあちゃんに、オーダーメイドの服を何着か贈るって約束したんだ」

服部は口元に笑みを浮かべながら続けた。

「週末には南を連れて、おばあちゃんの意見を聞きに行く予定なんだよ。彼女を傷つけたりしたら、怒って俺に口もきいてくれなくなるかもしれない。そうなったら、おばあちゃんに何て言えばいいんだか」

その言葉に、星華は目を吊り上げた。

「彼女を……服部のおばあさまに会わせるつもりなの!?」

「お前に関係ある?」

服部はそう言い放つと、もう一言も無駄にせず視線を逸らした。

星華は鼻を鳴らし、冷笑する。

「服部のおばあさまは礼儀や名誉を何より大切にされる方よ。あんな女、認めるわけないじゃない」

「お前みたいなのを我慢してるくらいだ。清水さんのことなんて、きっと気に入ってくれるよ」

服部は藤原夫人の前でも、星華に一切容赦しなかった。

藤原夫人は内心の怒りをぐっと抑え、ため息交じりに言った。

「そこまで言うなら、今回はあなたの顔を立てて見逃してあげましょう」

「お引き取りを」

服部は淡々とした声でそう言い、まるで私の代わりに彼女たちを追い払った。

誰にも媚びず、気にも留めないその態度は、見る人を苛立たせる一方で、言い返す隙すら与えなかった。

母娘が遠ざかっていくのを見届けた私は、ようやく口を開いた。

「ありがとう。……でもどうしてここに?」

「これで三食おごりだな」

服部は椅子を引いてラフに腰を下ろすと、気だるげに言った。

「さっきも言ったけど、お前の商売を手伝いに来たんだよ」

「そんな親切な人だっけ?」

私は疑いの目を向けた。彼が、何の見返りもなく動く人間でないことは知っている。

服部は舌打ちし、目尻を軽く上げて笑った。

「お前、案外俺のこと分かってきたな。そう、その通り。取引しに来たんだよ」

「……どんな?」

「うちのおばあちゃんに服を何着か作ってくれ。あと、いずれ俺の頼みをひとつ聞いてもらう」

「……私が服を作って、さらにあなたの頼みにも応じる? それで取引って、あまりに割が合わないんじゃない?
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