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第7話

Penulis: ラクオン
宏は、一瞬驚いたような表情を見せた。けれど、それ以上は何も言わなかった。

私は唇を噛み、静かに問いかけた。

「……じゃあ、結婚式の夜は?あの時、どうして私を置いて出て行ったの?」

――今でも覚えている。

私は、ベランダで一晩中、彼の帰りを待っていた。

新婚初夜なのに、彼は私を家に残したまま、何の説明もなく出て行った。

よほど重大なことが起きたのだと思い、彼の身に何かあったのではと心配した。

同時に――もしかして私の何かが気に入らなかったのか?と、不安と焦りで頭がいっぱいになりながらも、ただ彼が早く帰ってきてくれることを願っていた。

あの時、私はまだ23歳、長年片想いしていた人と、思いがけず夫婦になった。

そんな私が、この結婚に何の期待も抱かないはずがなかった。

――だけど今日になって、ようやく知った。

あの夜、私が胸を躍らせながら彼の帰りを待っていた頃――彼は、別の女のそばにいたのだ。

まるで、冗談のような話だ。

宏は、今回も隠し立てせずに答えた。

「……彼女が深夜に事故を起こした。警察から連絡があって、迎えに行った」

そんな偶然、あるの?

ちょうど私たちの結婚式の日に、彼女が事故を起こすなんて。しかも、深夜に。

でも、その後の家族の集まりで、彼女の姿は普通にあった。傷ひとつなく、元気そうにしていたのを覚えている。

私は、窓を少し開け、夜の風を浴びながら静かに言った。

「……宏、もし、あなたの心の中にまだ彼女がいるなら、綺麗に終わりにしよう」

――ギュッ!

突然、車が急停止した。宏は、私を見た。その視線には、珍しく感情が宿っていた。

彼はいつも穏やかで、冷静で、決して取り乱さない。けれど、今の彼は、私を直視しながら、わずかに動揺している。

「俺は……そんなつもりは――」

――ブブッ!

スマホの通知音が、彼の言葉を遮った。

宏は、苛立たしげに画面を見て、その瞬間、彼の表情が一変する。

眉間に皺を寄せ、目つきが鋭くなった。ほぼ迷うことなく、彼は言った。

「……アナが何かあったらしい。ちょっと様子を見に行ってくる」

「……」

胸の奥に広がる苦しさを必死にこらえ、乱れそうになる感情を懸命に抑えながら、路肩の灯りに照らされた彼の横顔をそっと盗み見た。

かつて、心から愛した人。今、その人に、言葉にできない虚しさを感じている。

「わかった」

私は、静かに車のドアを開いた。そして、何も言わずに降りた。

怒りで、離婚を決意しかけた。

でも、簡単には踏み切れなかった。

なぜなら、彼を好きだった時間が、あまりにも長すぎたから。

未練があった。

このまま別れたら、後悔するかもしれない。

黒いマイバッハが勢いよく走り去るのを見届けた後、私は深く息を吐いた。行き交う車のヘッドライト、街を彩るネオンの光――華やかな景色の中で、久しぶりに孤独という感覚が胸を満たしていった。

「何してるの?」

突然、来依から電話がかかってきた。彼女の声は、まるで彼女自身を映し出したかのように華やかで奔放だった。

初秋の風が肌を刺すように冷たく、思わず身震いする。私は上着をぎゅっと引き寄せながら、信号が青に変わるのを待ち、横断歩道を渡った。

「……散歩」

「へえ、江川社長もそんな余裕があるの?」

「……ううん、一人で」

「……は?何なの、そのクズ男、祝日なのに、奥さんを置いてどこ行ったの?今どこにいるの?」

来依の声色が変わった。

私のことになると、誰であろうと容赦なく噛みつく。

そんな彼女の反応が可笑しくて、つい笑ってしまった。

「吉野町よ」

「そこで待ってて。迎えに行く」

彼女はそう言い残し、通話を切った。

20分後。白いアウディQ3が、私の目の前で止まった。窓が開き、来依が私を見下ろした。

「乗って」

車に乗ると、来依は片手でハンドルを操りながら、チラリと私を横目で見た。

「まさかとは思うけど、一人で延々と何キロも歩き回ってたんじゃないでしょうね?」

見た目は派手で気が強そうに見えるが、実は誰よりも冷静で、細やかな気配りができる人だ。

だからこそ、私は彼女に嘘をつく気にはなれなかった。その場で、これまでの経緯を簡潔に話して聞かせた。

「はぁぁぁ?!」

来依は、驚きと怒りを混ぜたような声を上げた。

「ちょっと待って、それってつまり――あの女、江川に離婚させるつもりじゃん?昼間、あの女がパテックフィリップの時計つけてるの見ちゃってさ。ちょうど同じの買おうと思ってたんだけど、最悪。買わなくてよかったわ。ほんっと、あの女は本当ずる賢いね。江川も何なの?もう結婚してるのに、他の女とズルズルしやがって!馬鹿じゃないの?」

散々言い終わったあと、彼女は、ちらりと私を見た。「……で、どうするの?」

私は、首を横に振った。

「まだ、考えがまとまらない」

来依は、片手で私の額を軽く突いた。

「あんたさ、普段は頭いいのに、江川のことになるとバカになるよね。たった数回の食事で、一生を捧げる気?覚えているのはあんただけでしょ。あいつは、とっくの昔に忘れてるに決まってる」

私は、ぼんやりと思い出した。

「……食事?」

彼女は眉を上げた。

「忘れたの?大学時代、彼が何度か食事を奢ってくれたでしょ」

「……」

――忘れるわけがない。

宏を好きになったのは、あの食堂の出来事がきっかけだったから。

私は幼い頃に両親を亡くし、親戚の家に引き取られた。叔母は、私を見捨てることなく育ててくれたけど、彼女には夫も息子もいる。

中学生の頃からバイトをしてた。大学に入ってからは学費も生活費も自分で稼いでいた。

でも、限界はあった。ある時、急な支払いが重なり、手元にほとんどお金がなくなった。

そのせいで栄養不足になり、私はある日学校で倒れた。

気を失った私を、宏が校内の医務室まで運んでくれたらしい。

目を覚ましたとき、彼は静かに私のそばに座っていた。透き通るような涼やかさをまとった少年――降り注ぐ陽光が彼を包み込み、まるで光そのもののように見えた。

ただの一瞬、ただの一瞥で――私は彼に心を奪われた。

彼は特に気に留めた様子もなく、淡々と口を開いた。

「目が覚めた?医者が栄養不足だって言ってたよ。ちゃんと食べるようにしろ」

「ありがとうございます、あなたは?」

「気にするな、用事があるから先に行くよ」

その言葉は、彼そのものを映し出すように淡々としていて、どこまでも素っ気なかった。

だけど――

それから食堂へ行くたびに、彼や彼の友人が、さりげなくトレーに乗せたばかりの食事を私の前に置いていった。

理由はどれも苦しい言い訳ばかり。それでも、決して私を惨めな気持ちにさせることはなかった。

……

来依は、じっと私を見ていた。

「……ねえ、本当にあの数回の飯だけが理由なの?それとも、あの顔に惚れた?」

「……たぶん、全部だと思う」私は否定しなかった。

宏を好きになったのは、あの数回の食事のせいだけじゃない。

彼という存在そのものに、心を惹かれたのだ。

暗闇の中を歩き続けてきた人間が、光を見つけて憧れるのは、ごく自然なことだから。

彼女は溜息をついた。

「はぁ、やっぱりね。江川みたいなタイプの男は、最初は眩しく見えるけど――実際に一緒にいると、思ってたのと違うもんなのよ。彼、表面上は冷静で余裕があるけど――実際は、冷たくて、移ろいやすい。あんたみたいな人間には向いてない」

この言葉、初めて聞いたわけじゃない。

けれど、うまくやってたから、私はいつも彼女の言葉を否定してきた。

来依は、急に眉を寄せた。「……でも、変ね。あの江川が、ただあんたを喜ばせるためだけに、あっさりと会社の10%もの株を譲るなんてあり得る?この話を聞いた瞬間から、私には彼の考えが全然読めなくなったのよ。もしかして、三年も夫婦をやってるうちに、それなりの情が湧いてきた……とか?」

私もそれが分からない。

考えれば考えるほど、頭の中がぐちゃぐちゃになっていく。

そんな話をしているうちに、車はゆっくりとバーの前で停まった。

私はため息まじりに呟く。

「……私、お酒は飲めないよ」

「なんで?抗生物質でも飲んでるの?」

私は、微笑みながらお腹を指差した。

「来依、私――妊娠したの」

「えっ、私、名付け親になるの!?」

彼女は驚きと喜びが入り混じった表情で目を見開き、しばらく呆然としていた。そして、ようやく我に返ると、恐る恐る慎重に私のお腹へと手を伸ばした。

「マジで? いつ分かったの?どれくらい経った?体調は?つわりは?!」

彼女はお腹を優しく撫でながら、次から次へと質問を投げかけて来た。

私は笑いながら、一つずつ答えていった。

正直なところ、妊娠が分かってから今まで、ようやく誰かとこの喜びを分かち合えた気がした。そして、私だけじゃなく、この小さな命を一緒に楽しみにしてくれる人がいるんだと実感できた。

そんな時、突然スマホが鳴った。

来依はようやく興奮から冷静さを取り戻し、電話には出ず、そのまま私を引っ張って車を降りた。

ちょうどその頃、バーの入り口から伊賀が駆け出して来た。

「催促の電話かけるわ、メッセージ送るわ……どんだけ必死なのよ、あんた」

来依が軽口を叩きながら、片手を上げて合図した。彼女は美人で気が強く、伊賀たちのグループとも昔から親しくしていた。

「久しぶりに会うんだから、そりゃ気になってたさ」

伊賀は調子よく冗談を返しながら、ふと私を見て驚いたように言った。

「あれ、南さん?今日は江川家のお祖父さんの家でお祝いじゃなかったの?宏さんは?」

来依はすぐさま不機嫌そうに睨みつけた。「よくもまぁ、そんなこと聞けるわね。ほんと男ってロクなものでもないわ。いい?絶対に江川には言わないでよ。南ちゃんがここにいるってこと、バラしたら許さないから!」

伊賀は軽く肩をすくめ、すぐにふざけた口調で言い返した。

「誰が言うかよ。俺の『もの』はちゃんと役に立ってるっての」

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Komen (2)
goodnovel comment avatar
yas
訳も季節設定?もめちゃくちゃで萎えるー
goodnovel comment avatar
かほる
こう云う女友達、素敵
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