Se connecterオフィスの外まで朔夜が追いかけてきて、腕を掴んだ。
他の部下たちが何事かと慌てている。
「月島光咲、待てと言っているだろう。」その顔つきは明らかに怒りを表し、今にも私をその場で殴りそうな勢いだった。
手を上げられたことは一度もなかったのに。
「婚約者はいいんですか?」私は抵抗をし、朔夜から逃れようと試みる。
周囲が本格的にざわつき始めたところで、朔夜は我に返ったように、私の腕を離した。
痛い……。腕も、心臓も。
青いケシの花びらがまた疼くように。
「はあ。ここで揉めても仕方ない。
月島さん。よければ会社のカフェカウンターで待っていていただけませんか? 仕事の話があります。 用を済ませたら、すぐ行きますので。」なんで……いつもみたいにすぐ解放してくれないの?
朔夜の真剣な眼差しから逃れるには容易ではなく、仕方なく私は頷いた。
ここは人目もあるし
御堂がゆっくりと私に近づく。私は緊張で喉をごくりと鳴らした。最悪な状況だ。もしこれで見つかったりしたら、今後は御堂に近づくことすらできなくなる。「そこに誰か――」もうだめだと思った瞬間。その場に現れたのは――「お疲れ様。」「……代表?」私を御堂から見えないように庇ったのは、なんと朔夜だった。「ああ。俺だ。」「帰りが被りましたね。では、私はお先に失礼します。」「ああ、気をつけて。」すっかり油断した御堂が、自身の車に乗り込み、エンジンをかけた。彼の車が去るまで、朔夜は私を見えないように庇い続けていた。助かった……でも。「どういうことか、説明してもらおうか?なぜ、あなたが、御堂の車を?」私の前に朔夜が立ちはだかる。そうなるとわかっていた……。朔夜の顔は相変わらず、光咲として出会った当初の通り険しい。だが、御堂さえ去ればなんとでも言い訳できる。朔夜に変に疑われず、御堂を調べてもおかしくないというシチュエーション。それは……私は覚悟を決め、朔夜をじっと見上げた。「あの人――庭園で私を襲った犯人に似てるんです。だから気になって……」ここで、御堂の名前を使わせてもらう。「なに?でも、当日顔は見てないと言っていたじゃないか。」「確かに顔は見ていません。でも……あの時の犯人と身長や体格が似ているんです。」「身長と体格か……それが、御堂の車を調べようとした答えになるのか?」朔夜は鋭く言及した。「はい。なります。当日、彼の車が近くにあったという証拠があれば、犯人がわかるのではないかと思ったので…&
あの日以来、朔夜からの執拗なメールが続いている。ただ、内容はごく普通の会話と変わりなかった。『いまどこですか?』『ちゃんと食事はしたのか?』恋人でもあるまいし――だけど、そのうちデートの誘いとも取れるような内容まで送られてきて、私は頭を抱えた。『今度の休日、もし予定がなかったら、一緒に出かけないか?』 「なんなのよ、もう……」私は朔夜のメールを無視して、スマホをテーブルの上に滑らせた。確かに朔夜に対する警戒心は薄れつつある。 私を狙った犯人とは無関係だという意味では。彼には、あの青いケシの花もあった。つまり彼は、私を“死なせたくなかった”うちの一人だ。それに、朔夜と会話をしていて勘付き始めた違和感。その違和感は日に日に大きくなってきている。だからといって、全面的に信用しているわけでもないけれど……私はマンションで、メモ用紙に相関図を描いた。「私を殺して得をする人物…… 私の家に横領の証拠資料を入れたかもしれない人物が、御堂悟なら、彼はなにが目的?」御堂と燈。この二人の関係はなんだろう。そして、燈が時々見せる、朔夜への別の顔は……「私が朔夜と死別して、得をした人物なら工藤さんも当てはまるわね。 彼女が、朔夜の婚約者になったんだから。 確か、工藤グループの孫娘だったわよね。」だからと言って、彼女が私を死に追いやったとまでは考えにくい。「朔夜が本当に私の死を望んでいなかったとして――それなら、どうして、あの時ひどく私を拒絶したんだろう? 本当に朔夜は、あの事件に関わってないの? 私が死んで朔夜が得をする面もわからない。 あの態度じゃ、工藤さんと婚約することが目的だったわけじゃなさそうだったし…… 私たちはまだ婚約者で、籍も入れてなかった。 私の死亡保険金や、共有財産というわけでもなさそうだし……」やはり朔夜
小さい頃から、私は兄さんが嫌いだった。「さすがは鷹司グループの後継者!鷹司朔夜くんは天才だな!」「本当に、まだ小さいのに賢くて、将来が有望ね。」「それに比べて、妹の燈さんは……」大人たちは、ことあるごとに私と兄さんを比べ、一方的に私を批判した。兄さんが先に生まれたから優れているのは当然――苛立ちが募っていった。年齢だって、兄さんは私よりたった二歳上なだけだというのに。確かに兄さんは、同年代の子供たちと比べても頭が良く、冷静で、大人びたところがあった。「大丈夫か? 燈。」石につまずいて転びかけた私に、兄さんはいつものように手を差し伸べる。「ありがとう、兄さん。」私は笑顔でそう言ったけれど、心の中では、いつも余裕たっぷりに振る舞う兄さんに対して、言い知れぬ苛立ちを覚えていた。それに、鷹司グループの後継者の座だって――。どうして兄さんが男で、長男だからというだけで、すべてが決まっているのだろう。どうして私は妹で、女だからというだけで、後継者になる資格すらないとされるのだろう。こんな理不尽、許せるはずがなかった。私は中学、高校、大学と、兄さんの影のように努力を続けてきた。幸いなことに、兄さんは頭が良い代わりに、家族に対しては無愛想だった。だから私は、わざと彼の味方であるかのように振る舞った。「可哀想な兄さん。不器用で、融通が利かない……」ある日、親戚を集めたパーティーの席で、両親が兄さんのことをこっそり愚痴っているのを耳にした。兄さんがその場にいて、すべてを立ち聞きしていたのを、私は偶然見つけた。『朔夜は頭はいいが、冗談が通じなくて困るんだよな。』父の声。『いくら後継者でも、あの性格だと先が思いやられるわ。』母の声。兄さんの表情が、青ざめていくのがわかった。
蒼史に会う日が訪れた。場所はあの時の高級クラブ。外出時は新に嘘の事情を説明するのに、少し苦労した。蒼史に会うことは誰にも言ってない。当然、朔夜にもだ。「久しぶりだな。また痩せたか?」「そうですか?」「そんな気がする。まあ、座ってくれ。」相変わらず蒼史は淡々と酒を注文した。今夜も少し髪を崩し、色気が漂っている。着ているのもスーツではなく、大人びた私服だ。目が合うと、蒼史は顔を逸らさずに見つめ返した。「あんたは飲むか?」「いえ、私は結構です。」「相変わらず固いな。たまには酒でも飲んで、日頃のストレスを発散させた方がいいぞ。」この人は、かなりお酒に強そうだ。「といっても、今は自重する時期ですから。」まだ犯人が見つかっていない以上、あらゆるリスクは避けておくべきだ。「本題に入ります。」私はバックから小型の暗号化USBを取り出し、蒼史に手渡した。今夜は取引の日でもある。あくまで私と蒼史はビジネスパートナーだ。「約束のものです。最近の鷹司グループの動きと、朔夜さんの行動パターン。わかる範囲でまとめておきました。」朔夜の弱みになりそうな情報を売る。それが私と蒼史の本来の取引内容だ。「確かに受け取った。」中身を確認し、蒼史は満足気に笑った。蒼史はそれをしまい、グラスに酒を注いだ。「あれから、爆発事故や襲われた事件について、なにかわかったのか?」私はふるふると首を横に振った。「まだ、なにも。」「そうか。なかなかに胡散臭い事件だよな。あんたが鷹司グループに関わったことが原因だろう。犯行は内部犯で間違いない。」やはり蒼史も、犯人が内部犯だって気づいているんだ。どこまでも鋭い人だ。「今度は俺からだ。凛音の事件のことで。」
朔夜がアザを持っていた。あなたが、私の死を望まなかった一人だって言うの?どうして――あんな風に、私を地獄に突き落としておきながら。私が死んで罪悪感でも芽生えたっていうの?それとも……生きて私を罪人に仕立て上げるため?刑務所に放り込むことが目的だったから?わからない。なにも。朔夜のことがなに一つ。朔夜はそのままベッドに寝かせて、私はリビングのソファに横になった。同じ空間にいるだけでも、頭がおかしくなりそうなのに。眠れるはずがない。頭の中をぐるぐると、青いケシの花びらが回り続けた。「月島さん。」明け方のことだった。朔夜が私を呼ぶ声が聞こえた。私は目を閉じ、眠ったふりをした。怖い。目を覚ましたくない。「……すまなかった。またあなたに迷惑をかけたみたいだな。」ソファがギシッと軋む。朔夜がソファに手をかけたのが、気配でわかる。「どうして俺はあなたにだけ、こんな……」まただ。また朔夜が私に近づいている。目を伏せていてもわかる。私の顔を覗き込んでいる。それから……朔夜の手が、そっと私の髪に触れた。だめだ。触らないでと言いたいのに。目を開けるのがこんなにも怖いなんて。昨夜がどんな顔をしているのか、見るのが怖い。香水なのか、ふわっと朔夜から甘い匂いがした。「月島光咲。あなたが気になって仕方ない。」切なげな声が響いた。その後朔夜は家を出て行ったが、しばらく私は動けなかった。天井を仰ぎながら、さっきまでいた朔夜のことを思い出していた。「なによ……まさか光咲に惚れてるとでもいうの?」冗談じゃない。私は唇をぎゅっと噛み
彼女がなにかを必死で叫んでいる。「朔夜…お願い、私を見て!見てよ!どうして……どうして私を見ようとしないの?」だが、俺の耳にはもうなにも届かない。「高遠凛音、お前の部屋の資料だ。会社の核心データを競合に流し、入札を失敗させ、数百人の努力を踏みにじった。」俺のコンサルである御堂が、凛音が働いた不正の証拠を突きつけた。どうしてこんなことになった?まさかあの凛音が俺を――鷹司グループを裏切るなんて。一体なぜなんだ?「兄さん、凛音の言うことに耳を貸してはいけません。彼女が言うことはすべてでたらめです。」「どうして――」燈が気の毒そうに俺の腕を引き、慰める。凛音は、警察に連行されそうになりながら叫んだ。「愛してる!子どもの頃からずっと……!あなたはわかってるはず、私はそんなことしないって……!」わかってるか、だって?ああ、わかっていたつもりだった。それなのにお前は最低な形で、俺を裏切った。もういい。もう見たくない。声も聞きたくない。「兄さん。辛いでしょうけど、ここは耐えて。」燈がこの場にいてくれてよかった。そうでなければ、今頃俺はどうにかなっていたかもしれない。凛音は抵抗を続け、ずっと俺の名前を呼び続けていた。ようやく彼女を乗せたパトカーが走り始めた。心が焼け付くように痛い。引き裂かれそうだ。もう二度と会いたくない。永遠に。俺の前から消えてくれ――凛音。次の瞬間、甲高いブレーキ音が聞こえた。振り返った時、すでに凛音が乗った車はぐしゃぐしゃになっていた。原型も留めないほど、凄まじい事故だった。「え……?」凛