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第4話

Auteur: そうめんは飛べない
「それ、君が一番大事にしてた日記帳だろ?なんで燃やしてるんだ?」

基之の睫毛がかすかに震えた。

「もう……好きじゃないの」夏見の声は、遠くからかすかに届くように、淡く響いた。

「好きじゃない?」基之は眉をひそめ、彼女の穏やかな表情の奥に何かの裂け目を探そうとするように、じっと見つめた。

「うん。もう二度と、好きにはなれない」

その瞬間、基之の胸はぎゅっと締めつけられた。まるで体の中から何か大切なものを突然引き抜かれたかのような感覚。

理由は考えなかった。ただ、彼女を見つめたまま言葉を発した。

「明日は静菜の誕生日だ。君にも一緒に来てほしいって言ってるけど……来られるか?」

その言葉を聞いた途端、夏見は唇を噛み締めた。舌の先に、鉄のような血の味が広がった。

明日?――でも、明日は自分の誕生日でもある。

十八年の間、彼女は覚えている。彼が砂糖を入れないブラックコーヒーを好むことも、バスケットボールの練習で痛めた古傷の位置も、毎年の誕生日に食べるのはショートケーキだということも。

それなのに、彼は一度も彼女の誕生日を覚えていなかった。

「基之……」夏見の声は、羽が地に落ちるほどかすかに響いた。「明日が……何の日か、知ってる?」

基之はしばらく考え込んだ末、困惑したように首を振った。「何の日だ?」

夏見はふっと笑った。だがその口元に浮かんだ笑みは、まるで傷口のように痛々しかった。「明日、私は行けない」

基之の眉間にさらに深い皺が刻まれた。十八年の間で初めて、彼女が自分の誘いを断ったのだ。

「俺以外に、何の用があるんだ?」

沈黙を貫く彼女を見つめながら、ふと基之の表情が変わった。「……怒ってるのか?静菜の怪我は本当にひどかったんだ。俺は――」

「違う」彼女は静かに遮った。

「じゃあ、勲章のことか?」彼の声が一気に高くなった。

「夏見、もう俺を追い詰めないでくれ!俺が取りたくないんじゃない、取れないんだ!」

夏見の爪が掌に深く食い込み、声が震えている。「……私は責めてない。ただ、明日は本当に……行けないだけ」

バン!ドアが激しく閉まる音が、静寂を粉々に打ち砕いた。

だが今回は、夏見はもう追いかけなかった。

布団にくるまり、胸の奥に押し込んでいた涙がついに堰を切ったようにあふれ出した。

――本当に痛いのは、忘れられることじゃない。当然のように忘れられてしまうことだ。

翌朝、目を覚ました夏見が最初にしたのは、枕元にあるスマホを手に取ることだ。

画面が光った。そこに表示されているのは、志帆からの【誕生日おめでとう】という、午前零時ちょうどのメッセージ――ただ一件だけ。他には何もない。

彼女は無意識のうちにインスタを開いた。すると、目に飛び込んできたのは静菜の投稿。

写真の中で揺れるロウソクの灯り。ケーキの前で目を閉じ、願い事をする静菜。

その隣に立つ基之は、これまで見たことのないほど柔らかな表情をしている。

添えられたキャプションには、こう書かれている。【午前零時。わざわざ来てくれて、一緒に誕生日を迎えてくれた】

そして――もっと夏見の心に刺さるのは、基之のコメントだ。【誕生日おめでとう。これからの誕生日も、毎年俺がそばにいるよ】

爪が掌に食い込み、三日月形の傷跡が赤く滲んでいる。けれど夏見は、それに気づかなかった。

昨夜、あのドアを叩きつけて出て行ったのは、静菜の誕生日を祝うためだったのだ。

十八年もの間、基之は一度も夏見の誕生日を覚えていなかったのに、別の女性のためにはわざわざ零時に駆けつける。

「佐藤さん……」夏見は無理に笑みを浮かべながら朝食を口に運び、ふと尋ねた。「今日のご飯、塩は入れた?」

「え?いつも通りですよ」家政婦の佐藤由梨(さとう ゆり)は、不思議そうに首をかしげた。

「じゃあ……なんで……」夏見が言い終える前に、一粒の涙がぽたりと茶碗に落ちた。

気がつくと、頬はすでに濡れている。

……

今日もまた、一人きりの誕生日か――そう思った瞬間、スマホが震えた。

志帆からのメッセージだった。【夏見、私の現在地を見て!】

返信を打つ間もなく、次のメッセージが届いた。

【正解!今、あなたの大好きなフレンチレストランで席取ってるよ!一緒に誕生日祝いしよう!早く来てね!】

画面を見つめること二秒。次の瞬間、夏見は上着を掴んで飛び出した。

レストランに駆けつけると、息を切らせた彼女の前で、志帆が大きく手を振っている。

髪は少し乱れ、足元にはまだキャリーケースがある。どう見ても、飛行機を降りてすぐに駆けつけてくれたのだ。

夏見の胸の奥が熱くなり、思わず彼女に抱きついた。

「志帆……!」声が震え、涙が滲んだ。「会いたかった……本当に」

M市から二千キロ。志帆は、ただ彼女のために誕生日を祝おうと飛んできてくれた。

同じ屋根の下に住む基之は、「おめでとう」の一言さえくれなかったのに。

――そうか、覚えているかどうかは、距離や時間の問題じゃない。思っているかいないかの違いだけだ。

その時、横から明るい男性の声が聞こえた。

「夏見、今日は志帆だけじゃない。俺も来たよ」

振り向くと、足立健(あだち たけし)が穏やかな笑みを浮かべて立っている。

志帆の兄であり、夏見にとって最も信頼できる異性の友人。

彼の手には、夏見の大好きなケーキ屋の紙袋がぶら下がっている。

「ありがとう……本当にありがとう。二人が来てくれて嬉しい……」涙で滲む視界の中、夏見は震える声で言った。

両親を亡くして以来、こんなに温かい誕生日は初めてだ。

「お礼なんていいよ」健は微笑みながら、彼女の頭を優しく撫でた。

三人で席につこうとしたその時――

不意に背後から不穏な声が響いた。

「おい、あれ……基之さんのいとこじゃねぇか?なんでこんな店に?」

空気が一瞬で張り詰めた。

基之がゆっくりと近づいてきた。その瞳は氷のように冷たく、健を射抜いた。そして、冷酷な声で言った。

「予定があるって言ってたのは……この見知らぬ男と会うことだったのか?」

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