国民護衛隊に所属する軍人である婚約者に、99回目のプロポーズをしたが、またも冷たく拒まれた。堀友夏見(ほりとも なつみ)は親友の足立志帆(あだち しほ)に電話をかけた。「もしもし、志帆。この前言ってた、一緒にアトリエを開こうって話だけど、まだ開きたいと思ってる?来週の新幹線のチケットを取ったよ。M市に帰るつもり」電話の向こうで志帆が思わず目を見開いた。「M市に帰るって?近石基之(ちかいし もとゆき)、今じゃもう隊長に昇進したんでしょ?あの人がキャリアを捨てて、あなたと一緒に戻ると思う?」夏見はスマホを握りしめ、小さく自嘲するように言った。「ううん、私ひとりよ。もう彼とは、終わりが近いの」その一言に、志帆は信じられないように声を荒げた。「夏見、正気なの?!近石がまだ新隊員だったころから、あなたはずっと彼のそばで支えてきたじゃない。任務に失敗して死にかけたときだって、肝臓を提供したのはあなただよ!今や彼はS市基地で最年少の隊長となり、そんな立派な人の妻として安泰に暮らせるのに――わざわざこんな田舎に戻るなんて、頭おかしいんじゃない?まさか、近石に何かされた?」夏見は指先をぎゅっと握りしめ、無理に笑みを浮かべた。「……ううん、何でもない。ただ、ちょっと疲れただけ」電話を切ったあと、夏見はその場に力が抜けるように崩れ落ちた。床に転がる婚約指輪を見つめると、基之に拒まれたときの、あの毅然とした表情が思い浮かんだ。「近石家の家訓だ。勲章をもらうまでは、結婚は許されない。悪いけど、君の気持ちには応えられない」99回のプロポーズ、99回の拒絶。理由はいつも同じ。夏見はずっと、基之も苦しんでいるのだと思っていた。けれど今日、偶然彼のスマホを見てしまい、その内容がすべてを覆した。そこには、国民護衛隊の同僚・玉村誠(たまむら まこと)からのメッセージがあった。【お前さ、何なんだ?勲章の話が出るたびに逃げてばかりだな。お前んとこの許婚、ずっと待ってるんだろ?】基之の返信を期待してスマホを握りしめた夏見。けれど彼の返事は胸を抉るような内容だった。【傷つけたくないだけだよ。俺にとって、あいつは妹のような存在だから】夏見はその言葉を思い出すと、涙が音もなく頬を伝った。懐かしい日々が次々と胸を締めつけた。
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