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第976話

Author: 金招き
香織はソファに腰を下ろし、まっすぐ彼を見つめて言った。

「先輩、真面目に話しましょう」

憲一も彼女の正面に座った。

その視線は、ずっと彼女の顔を捉えたままだった。

「……俺は、真面目に話してるよ」

「じゃあ、由美に会いに行ったのって――ただ『子どもを見たかっただけ』って言ったのは嘘?それとも、本気でそう思ってたの?」

憲一は、ふと動きを止めた。

正直なところ、少しばかり――いや、ほんの少しだけ、自分の中に葛藤があったことを否定できなかった。

自分の子どもに会うこともできず、名乗ることも許されない。

それがどれほど苦しく、悔しいことか。

彼女が自分を止めた理由は分かっていた。

――由美の幸せを守るためだ。

けれど、自分だって父親だ。

知る権利も、育てる権利もあるはずだろう?

「……少しだけ、君を騙したかもしれない」

納得はいっていなかった。

悔しかった。

でも、由美の今の生活を壊すつもりは、本当に、なかった。

「正直なところ――あの警官さんは、いい男だと思ったよ。俺より、ずっとマシだ」

由美との関係が壊れてしまったのは、自分のせいだ。

もしあの頃、彼女を守るだけの力があったなら――

あれほど深く傷つけずに済んだなら――

彼女は、今も自分の隣にいたかもしれない。

でももう、全部遅い。

もし子どもがいなければ、きっと二度と由美の世界に足を踏み入れなかっただろう。

でも、子どもという絆が、まだそこにある。

「……はあ」

憲一は大きくため息をついた。

そして香織を見つめながら言った。

「で……何が言いたいんだ?」

香織はゆっくりと口を開いた。

「『好き』っていうのは、自由奔放な気持ちよ。でも『愛』は、抑えるものって、どこかで読んだことがあるの。由美に対する気持ち、あなたは……どっちなの?」

「……」

憲一は眉をひそめた。

すぐに答えられなかった。

なぜ「愛」は抑えるものなんだ?愛してるなら、思いのままにしてはいけないのか?

「……君は、どう思う?」

そう問い返すと、香織は迷いなく答えた。

「その言葉、正しいと思うわ」

憲一は首を振った。

「……俺は、そうは思わない」

たとえ今は、彼女の生活を邪魔するつもりはないとしても――

それでも、「愛」が抑えるだけのものだなんて、納得できない。

香織は警
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