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第2話

作者: 悠々ちゃん
駿斗を好きになるということは、喜びよりも苦しみのほうがずっと多かった。

いつから彼を好きになったのかは、もう記憶が曖昧になっている。

ただ覚えているのは、彼に追いつこうと必死になり、同じ大学へ進学したこと。そして、どうにか彼の目に留まろうと努力し続けたことだった。

いま振り返ってみれば、私の学生時代の記憶はどこを切っても彼の面影で溢れていた。

彼が忘れられずにいたあの女性は、芸術学部で舞踊を専攻していた。

あの頃の私は、もっと上手に踊れるようになれば、彼も少しは私を見てくれるかもしれないと無邪気に信じていた。

そのため、大きな舞台に立てるダンス公演には欠かさず参加した。

なかでも強く印象に残っているのは、大学2年のときの新入生歓迎公演だ。

本番を目前に控えても、私は落ち着かない気持ちで彼からの返事を待っていた。

舞台に立つたびに、見に来てくれるかと彼にメッセージを送っていた。

けれど彼はいつも、別の用事があると言った。

今回も、来てくれるとは期待していなかった。

それでも返事がないと、もしかしたらという淡い期待を捨てきれなかった。

私は慣れた手つきで彼のアイコンをタップし、SNSの投稿ページを開いた。

彼はめったに投稿しない。

ページを開いても、いつも同じ数枚の写真が表示されるだけだった。

けれど、その日は違った。

【ようやく、花が咲く日を迎えた。】

添えられていたのは、重なり合う二人の手の写真だった。

私はその日の舞台に立たなかった。

寮へ戻ると、駿斗が建物の前の木にもたれ、スマホを見ていた。

彼はいつも、どこか苛立たしげに眉を寄せている。

「遅い」

「ごめん......舞台があったから」

彼は頷くとスマホをしまい、ポケットから煙草を取り出して火をつけた。

立ち昇る煙が揺らめき、彼の顔をぼんやりと覆う。

煙草を吸うときの彼には、どこか気だるく無頓着な雰囲気があった。

私はそんな彼に、どうしようもなく惹かれていた。

「駿斗!誰が煙草を吸っていいって言ったの?この子に煙がかかるでしょう」

愛らしい声が聞こえた。

白いワンピースを着た若い女性が歩み寄り、駿斗の手から煙草を取り上げる。

駿斗は不満そうに舌打ちしたものの、目から苛立ちは消えていた。

彼は女性が火傷しないよう気遣いながら煙草を受け取り、火を消した。それから私に言った。

「母さんが心配してる。一晩中、電話にも出ないし、メッセージにも返事がないって。明日は家に帰って、一緒に食事しろよ」

駿斗が交際を公表する投稿を見てから、私は一度もスマホを確認していなかった。

その場で画面を開き、初めて大量の不在着信とメッセージに気づいた。

私は頷いた。

「じゃあな」

駿斗はその女性の肩を抱き、二人で親しげに寄り添いながら歩いていった。

彼女が駿斗の耳元で何かを囁く。

すると彼は不意に彼女の顎へ手を添え、顔を寄せて唇を重ねた。

薄暗い街灯の光が、二人を照らしている。

誰もが祝福する、お似合いの恋人同士だった。

私は顔を背けた。目の奥がつんと痛んだ。

私と彼の関係では、嫉妬する資格さえなかった。

――

大学を卒業してから、私はほとんど実家へ帰らなくなった。

私の実父と駿斗の父親は、警察官時代の仲間だった。父が任務中に殉職したあと、私は柳井家に引き取られた。

養父母は私をとても大切にしてくれた。

けれど、二人は駿斗にはいつも厳しく接する一方で、私には客人のように気を使って接していた。

私を大切に思ってくれていることは、よく分かっていた。

それでも、その扱いの違いのせいで、私はなかなか柳井家の暮らしに馴染めなかった。

そして駿斗も、私をますます嫌うようになった。

卒業後は、仕事が忙しいことを口実に帰省を断り続けた。

家へ帰りたくなかったのだ。

その時、着信音が鳴り、私の思考を遮った。

――駿斗からだ。

無意識に、手に力が入る。

別れてから、彼が連絡してきたのは初めてだった。

「母さんが入院した。お前に会いたいって言ってる」

「分かった」

病室では、養母が穏やかな様子でベッドに横になっていた。

駿斗はベッド脇に座り、りんごの皮を剥いている。

部屋は静かだったが、穏やかな空気に包まれていた。

私はそっと扉を開けた。

「春花、来てくれたのね」

養母が優しい笑顔を向けてくる。

私がベッドのそばに腰を下ろすと、駿斗はちらりと私を見た。

「野坂さんの息子さんと、本当に会わないの?」

私は笑って首を縦に振った。

「うん」

養母は私の手を握り、ため息をついた。

「春花を引き取ったばかりの頃は、お父さんと二人で、駿斗とは年も近いし、将来二人が結婚してくれたら素敵ねって話していたのよ。でもまさか駿斗が、成長するほど無愛想になるとは思わなかったわ。子どもの頃のほうが、まだ可愛げがあったくらいよ」

「母さん、もうやめてくれ。俺たちは絶対にそんな関係にはならないって」

駿斗が眉をひそめ、養母の話を遮った。

私の手が一瞬こわばる。

養母は不満そうに彼を見たものの、それ以上は何も言わなかった。

顔を上げると、駿斗と目が合った。

私たちが絶対に結ばれることはないと言い切ったその男が、ほんの1か月前まで私と付き合っていたことを、養母は知らない。

養母の病状は軽かった。

しばらく付き添っていると、会社から戻るよう連絡が入った。

「駿斗、春花を送ってあげなさい」

駿斗は私のあとについて病室を出た。

「母さんが勧めてる人、条件は悪くないんだろ。本当に一度も会ってみる気はないのか?」

別れてから1か月が過ぎ、もう彼への想いは断ち切れたつもりでいた。

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