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第107話:冬灯(ふゆび)に手を

last update آخر تحديث: 2025-08-22 21:21:19

王都の西側、古い水路に沿って伸びる横町は、朝から色とりどりの布と紙飾りで満ちていた。戦のあと初めての季祭——人々はそれを「冬灯(ふゆび)」と呼ぶ。春を迎えるためのもので、陽が落ちれば、並べられた小灯籠に火が入り、川面に小さな星が千も万も流れるのだという。

臨時政庁から少し離れたこの広場に、簡易の舞台が組まれていた。演説台ではない。職人の歌と子どもの合唱、笛や太鼓のための小さな段。紙花の蔓が欄干に巻かれ、その下ではパン屋が甘い菓子を並べている。

「総帥、こちらの導線は確保済みです」

「セロ、余計な手出しはするな。今日は祭だ」

舞台袖では、セロとハーグが目配せを交わしていた。セロは軽装のまま人波を見張り、ハーグは耳を伏せぎみに、尾を足に巻きつけて人混みのざわめきを聞いている。

「余計な手出しって、具体的にどれくらいです?」

「剣を抜くな、という意味だ」

「抜きませんよ。……たぶん」

「たぶん、は却下だ」

セロとハーグのやりとりにカイルが小さく笑う。

その声に、リリウスが振り向いた。

ちょうどそのとき、舞台の柱の陰から、マリアンが白いマントの裾をつまんで出てくる。

隣にはヴェイルが立ち、手には小さな紙灯籠を二つ。

「リリウス様、これ。冬灯の子ども用です。舞台の脇で一緒に火を入れると喜ばれますわ」

「ありがとう、マリアン。……ヴェイルも」

「祭は外交より難しい。失敗がすぐに顔に出るからな」

「それはあなたの話でしょう、ヴェイル様」

二人の軽口に肩の力が抜ける。リリウスは灯籠を受け取り、舞台へと向き直った。

今日は演説をするわけではない。

ただ、祭のはじめに「春の訪れを祈る言葉」を短く述べる——祈りというより、挨拶だ。

共和の旗の下で、祈りを命令としないための、ささやかな儀礼。

太鼓が二つ、軽く打たれる。ざわめきが広がり、ほどなく波が引くように静まる。

舞台に足をかけた瞬間、板がわずかに沈み、釘の鳴る音がした。

リリウスは反射的に足を止める。次の拍で、隣に影が重なった。

「段差だ。気をつけろ」

カイルが声を落とし、手をそっと背に添える。公の場で、ふいに近い。

肩越しに見る横顔はいつもの厳しさを保っているのに、指先の温度だけがあまりに率直で、胸が一粒ぶん跳ねた。

挨拶は短く終わらせた。「今年の冬が穏やかでありますように。隣人の灯を消さぬよう、皆で見張り合いましょう」。

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