LOGIN「もう一度、あなたを愛していいですか?」 ズタズタにされた初恋からの再会愛… 子供の頃から不遇に耐えてきた鈴木智也は、就職してからやっと空間デザイナーとしての道を歩き始め、今はやっとの事、順調な生活を手に入れ安定した生活を送っていた。 しかし―― 過去、最も智也を苦しめ深い地獄に落とした男が、今になって再び智也の前に現れた。
View More(これがAJグループの本社ビル……)
空間デザイナーの鈴木智也は、きちんと仕立てられたスーツを身にまとって、東京都心にそびえ立つ、38階建ての巨大なAJグループ本社のビルを近くで見上げて内心感嘆した。 その端正で清らかな顔立ちはスーツによって一層際立ち、ビジネス街を行き交う男女が思わず振り返ってしまうほどだった。 智也の顔立ちは繊細で柔らかく、僅かに上がった眉目には穏やかさと聡明さが漂う。 輪郭は、はっきりしているのに決して硬さを感じさせない美しいラインを描いている。 白く滑らかな肌。 自然でふっくらした唇。 光が彼の肌に落ちるとやわらかな輝きへと変わっていくようだった。 「本当に、俺達の会社みたいな小さな所がAJグループから新規ホテルの内装デザイン任されるのが決まったのも、全部鈴木のお陰だよ」 上司でありスーツ姿の部長で中年の別所がそう言いながら、穏やかな視線を智也に向けた。 「そんな事ないです」 「いや、鈴木は、本当に才能があるし、何よりそれ以上にいつも誰よりも勉強して努力してる。俺は、それを本当に知ってるから言ってる」 別所のその言葉で、智也は増々照れながら「はい……ありがとうございます」と小さく返事をした。 不意に、晴れ晴れとした秋の初めの爽やかな風が智也の頬を撫でた。 「ハイ!行きましょう!別所部長!」 智也がそう言うと2人は颯爽と、AJグループのビルに吸い込まれるように入って行った。 AJビルは、縦に長いだけで無く、横にも大きい。 そこですれ違う人も多く、ガラス張りの部屋も沢山並びそこで働く人も多い。 智也の前にはAJの社員とそれに続く別所の背中が見える。 「わ~!」 「凄いイケメン過ぎる……新しい広告のモデルさん?」 どこからかそんな女性達のヒソヒソ声がしたが、人や部屋が多過ぎて誰かわからない。 智也は、その容姿から普段から多くの人から視線を向けられるのは慣れてるとは言え、やはりそれは苦手だし、今日はいつもより多く受けている。 智也の気持ちが乱れてきたし、会議室が近づくに従ってプレゼンへの緊張感が高まってきた。 そして呼吸が浅くなるのを感じ、周りにはわからないように意識して空気を取り込み始めた。 智也達は、会議室の前に来た。 「鈴木様。まずあなた様からお入り下さい」 そして何故か、先導してきたAJの社員は、別所では無く、一番最初に智也に入室を促した。 「えっ……しかし……」 智也は、躊躇し上司の別所を見た。 こういうシチュエーションでは、上司が先に入るものだ。 しかし、別所は気にする素振りもなく、 智也に先にドアを開けて入室するように視線だけで合図した。 智也は、意を決して大きく息をしてから会議室のドアを開けた中に入った。 智也の目の前にまず、ひたすら広い静寂な会議室が広がった。 内装もシンプルで白と黒に統一され、実に無駄が無い。 そこに、いかにも多人数でいつも会議するのだろう、この字型に沢山の高級そうな机と椅子が並び威圧感を出している。 だが、会議までまだ時間があるせいか、このだだっ広い部屋には遠く最奥のデスクに人が一人しか座っていなかった。 しかもその席は、どう見ても会社のトップの座る位置だった。 その人物が少し遠くて、すぐに智也にはその人物の顔がよくわからなかった。 それでも智也は、真っ直ぐ前に視線を向け顔を確認すると―― (あの人……?) 智也の目の前の彼の顔は、立体的で力強く、剣のように鋭い眉、深く鋭利な眼差しは全てを見透かすようだった。 高く通った鼻筋と形の良い引き締まった唇、輪郭のハッキリした顎が、息を飲む程の完璧な横顔を描き出す。 服装は、シンプルながら上質で、体にぴったり合う黒のスーツは身長のラインを美しく際立たせ、身分の高さも表している。 目元には僅かに冷たさが漂うが、全体的な雰囲気は圧倒的に高貴で、直視する事を躊躇わせる程。 しかし、目を離す事が出来ない魅力も備えている。 頭の先からつま先まで、あらゆる細部にいたるまで完璧で欠点が無い。 生まれながらに世界を従わせる俊美な男。 その気品、容貌、オーラの全てが、彼の貴族的な威厳と侵す事の出来ない完璧さを物語っている、 智也は一目で固まり、胸がぎゅっと締め付けられ、息が止まり、指先が微かに震えた。 「鈴木様。今、あなたの目の前、真正面におられるのが、我がAJグループの社長であらせられる、不破大成(ふわたいせい)です」 智也は、内心ビクっとし、頭の中は一瞬で真っ白になった。 目の前の男は、まるでスローモーションになったかのようで、一つ一つの動作、呼吸さえも鮮明に感覚を刺す。 智也の心臓は早鐘のように打ち、自分の目を疑わずにいられなかった。 ――そうだ、不破大成、AJの社長で、智也の初恋だ――智也は、そっと涙を拭き、起き上がりベッドから出た。 「鈴木さん!」 それを見た大成は、いつものクールさの中にも目元が緩み、語尾にも弾むようなものがあった。 ソファから立ち上り、目の前のローテーブルの上にあったリモコンで部屋全体の明かりをつけて智也の側にすぐに来た。 手には、500ミリリットルのペットボトルの水を持っていた。 「喉が渇いているだろう?」 キャップを開け、 そっと智也に差し出す。 智也は、黙ったまま大成と目を合わせないようにする。 実は、 長時間何も口にしてなくて、もう喉はカラカラだった。 でも、大成が座っていた長ソファの上にあった自分のカバンと、背もたれにかかっていた自分のスーツの上着を取った。 「もう大丈夫です。お世話になりました。ありがとうございます」 ビジネスの相手としての声と雰囲気で頭を下げた。 周りにある、大成が6年もの間保存し続けた智也の私物の事すら、何も見なかったように一切スルーもした。 大成は、その粛々とした姿を、どんな感情なのか?目を眇めて見ていた。 智也は、大成の顔を一度もしっかり見ないまま、 その場から早足でドアに向かうため、彼に背を向けようとした。 だが大成は、左手に水を持ち替え、右手で智也の右腕を掴んだ。 すでに大成に触れられた瞬間から智也の鼓動は速ったが…… 二人の距離が近くなり、次の瞬間、大成の体から香るビターで冷たく甘い香りが智也の鼻腔を突き抜け、智也の心臓が爆ぜた。 だが、智也は、冷静になろうと勤めた。 「社長。社長はさっき、体調が良くなったらすぐに帰宅して良いと言っておられました。僕は帰ります」 だが大成は、掴んだ智也の部分に焦っているのかと思うくらい、痛いくらい強く力を込め離さない。 それなのに片や、智也の顔の近くに大成の唇を寄せ、いかにも大人の余裕ぽく囁く。 「鈴木さん。高井からは君の仕事に対してスケジュールなど充分配慮していると報告を受けてるが、じゃあどうしてスタートした直後からあんなに残業をしないとならない?」 それを聞き、智也が唖然として大成の目を見た。 あの高井の組み立てた智也のスケジュールの、一体どこにそれがあるんだろうか? 彼は、何を自分に都合のいい事を勝手に大成に報告してるんだろうかと…… する
智也は、ベッドから出て自分の作品の前に立った。 「大成……どうして?」 智也から、かろうじて声になっている、小さな小さな囁きが思わず漏れた。 それは、微かに震えている。 大成が、どうして6年間もこんなものを持っていたのだろうか? そう考えて…… 一瞬…… 5日前再会した日の夜、大成が智也に言ってたように…… 6年前、大成は確かに最初は智也を騙して近づいたが…… 本当は大成は、最終的には智也の事を愛してくれるようになっていたのかも…… と言う思いがよぎった。 だが…… 智也は、すぐに首横に振った。 6年前がどうだろうと、大成が6年間この絵を持っていようが、智也は、もう大成を一個人としては信用できない。 そして…… 大成も、車でのさっきの態度からしても、もう智也を協力会社の一社員として扱い始めてる。 (それで、もういいじゃないか……) 「もう……6年前の事は、俺は全部忘れたいんだ……」 でも、すぐに衝動に駆られた。 やはり僅かに震える指先で、絵の中の大成の、髪や輪郭、涼しげな瞳のラインをなぞる。 それが 終わるのがおしいのかと思うほどゆっくりと…… そして、又しばらく眺めた後、自然と智也の右口角だけ困惑気味に少し上がった。 やはり、今の智也の描く絵と比べたら、断然まだまだ子供で線や構図に未熟さを感じたから。 だが…… この絵の中に、あの頃の、何よりも強く真っすぐな智也の大成への感情を感じる。 今は確かに智也の絵の技能は上がったかも知れない。 比べ物にならない。 でも多分、これだけの気持ちと同等の熱量を今造る作品には絶対に込められないだろう。 この時以上の気持ちを持ち、再び自分は何かの、誰かの絵を描ける時が来るのだろうか? そんな疑問がふと湧いてしまった。 そうしている内にふと気が付くと、右目から涙が流れ落ちていた。 だが…… 「◯✕◯✕◯✕……」 「◯✕◯✕◯✕◯✕……」 閉まったドアの向こうの廊下の方から、何を言ってるかわからないが、大成と誰かが喋っている声が聞こえてきた。 雰囲気からだが、多分、大成とハウスキーパーが喋っているんだと思う。 6年前、智也が大成とこの家に住んでたからこそわかると言うのが…… 大成のプラ
黒塗りの高級車の中の後部座席。 「さあ、中に入れ」 大成が静かで低い声で、すぐ左横にいる智也に促す。 すでに、運転手もわざわざ車を降りて、 智也の横のドアを開けて近くに立っていた。 智也は、目の前にある「入れ」と言われた豪邸を、目を見開いて呆然と見詰める。 そして、ここで大成と暮らした高校時代を…… 自分が幸せだと勘違いしていた日々を思い出しかけて、恥辱と後悔から自己の心を護る為に思考を一旦止めた。 すると、硬直させていた体の一部、指先が震え出した。 そして、更にそうなりかけている唇で…… 世間の誰もが、そのあまりに整った精悍なマスクの大成に見詰められたら、畏怖から目を合わせていられないのに…… 智也は、真っすぐに大成を見て冷静な声で告げた。 「でも、やっぱりタクシーで帰ります。今日は自宅でちゃんと休みますから。僕がプライベートで不破社長の御自宅にいるなんておかしい」 すると…… 普段表情の全く変わらない…… 普段誰も変える事が出来ない厚い鉄面皮の大成の眉が、ピクっと一瞬したかも知れなかった。 それは、ほんの僅かでも、大成のどんな種類のものであれ感情の露出だろうか? でも、智也の見間違いかもしれない。 そして、返ってきた大成の声は、毅然として冷ややかで社長然としていた。 さっきの智也を心配そうにじっと見詰めていたのが嘘のよう。 「……なら……プライベートでなければいい。これは、私がAJの社長として、ホテルプロジェクトの成功のために、あくまで仕事としてしてる。目の前に仕事関係者がいて倒れそうになってるのを社長としてほっとけないだけだ。しっかり体調を整えて仕事してくれ。それが君と私の契約のはずだろう?契約は履行してくれ。少し眠って体調が良くなったらすぐに帰ってくれていい」 大成は、これは社長として……と、そう言うが、そもそも、大成が智也と同じ電車に乗っていた事からして偶然だったんだろうか? それでたまたま、智也を助けたのか? 聞きたいが…… 今の智也には、それすら大成に尋ねられない張り詰めた緊張感がある。 それに…… 確かに今、大成が仕事として智也を助けるだけと言ったのは、智也には有利だった。 そのはずなのに…… 智也は、心の奥で厶ッとしていた。 こ
次の日の朝。 智也の体調は悪くなかった。ゼインで働いている時も、顧客の急な対応などで残業はよくある事だし。 いつもと同じようにAJの迎えの車に乗り込む。 すると直後、これもいつものように横に座る大成の部下の木根が何気に呟くように言った。 「今日の不破社長は、朝から夜まで社用でAJ本社にはおられません。それを鈴木さんにお伝えするようにと社長から承りました。しかし何かあればわたくしを通じて社長に御連絡して欲しいとのご伝言です」 「……はい……」 それ以外は智也は返事する事なく、すぐに窓から外を眺めながら考えた。 まるで、智也が大成のスケジュールを知っていてさも当たり前のように一瞬聞こえたが…… でも、もしかしたら、他のプロジェクトメンバーの六人にも同じように言ってるかもしれないし…… 木根を通じて連絡しろと言う所に、大成は社長、智也はその配下のビジネスライクさを感じる。 だからただの普通の業務連絡だと思う事にした。 しかし…… 智也は、AJ本社に着いても、大成からの伝言の意味がずっと気になった。 そして、ふと気付くと、いないとわかってるのに、AJの従業員や客の人ごみの中の遠くに大成に似通った逞しい体型の男性を見ると振り返って見てしまっていた。 そんな自分を責めるように、振り払うように、智也はデスクに着くと仕事に集中し没頭した。 そのお陰で、かなり仕事は進んだ。 そして、今夜も7時近くになっても夕食をとらずデスクに向かっていて、この日は、誰も智也の残業を止める者はいないかに見えた。 なんならもう少し仕事を続けさらに前に進めたかった。 だが…… 7時を少し回った頃。 木根が、智也の仕事部屋をノックした。 今日はその音に気付き智也が返事をすると、入室してきたいつもは冷静な木根の声が慌てていた。 「こんなに寒いのに、どうして暖房をお付けにならないんですか?」 木根は、急いで空調のスイッチを入れた。 「寒い?」 智也は、思わず不思議そうにしたが、仕事に集中するあまり気温の変化に気付かなかっただけで、今ようやく部屋が冷えている事で体を震わせた。 本当に寒い。 でも、それはそうだ。 季節はもう秋で冬はすぐそこ。 昼間は空調無して過ごせても、夜は冷える。 やがて、智也が着