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第2話

Author: 白団子
離婚協議書に署名した後、慈乃は大山教授の番号を押した。

「先生、気が変わりました」

慈乃は続けて言った。

「私は研究チームに戻ります。大西洋へ行って新薬の研究をします」

「本当か!よかった!」大山教授は興奮気味に言った。

「研究チームは十日後に大西洋へ出発する。その時には軍部が迎えに行くことになる。ただし慈乃、よく覚えておきなさい。今回の新薬開発は国家の機密プロジェクトだ。一度加われば、誰とも連絡が取れなくなる……君の夫はあんなにも支配欲が強いが、彼が同意すると思うか?」

その言葉に、慈乃は哀しく笑った。

「大丈夫です。彼にはもう新しい妻がいます。私はもう、彼の鳥籠の中で生きるつもりはありません」

かつて彼女が一澄の支配を甘んじて受け入れていたのは、愛していたからだ。だがその心は、彼の手によって無残に引き裂かれ、もう二度と戻ることはなかった……

電話を切ると、彼女は茫然と荷物をまとめ始めた。

しかし、まだ準備が終わらぬうちに、一澄が帰宅してしまった。

「慈乃、どうしてスーツケースなんて出してる?どこか遠くへ行くのか?」一澄は眉をひそめた。

「どこへ行くつもりだ?なぜ事前に俺に報告しない?たった一週間の出張で留守にしただけなのに、俺に隠れて勝手に家を出ようとするとは!」

慈乃は目を伏せてつぶやいた。

「私には、出かける自由すらないの?」

「そんなことはない」一澄は声を和らげ、宥めるように言った。

「俺はただお前の身の安全が心配なんだ。俺が権力を握り始めた頃、手段を選ばずに多くの敵を作ってしまったからな。遠出したいなら、俺が一緒に行く。慈乃……お前は俺の命だ。視界から消えるなんて、耐えられない」

慈乃は答えず、心の中でひっそりと思った。それは残念だ。十日後、私はあなたの世界から永遠に消えるのだから。

「俺は出張から帰ったばかりだ。だから今はどこへも行くな。ただ俺のそばにいろ」

そう言って一澄は彼女のスーツケースを取り上げ、唇を寄せて囁いた。

「いい子にしてろ。お前へのサプライズがある。薔薇園に隠しておいた」

一澄は出張から戻るたび、必ず慈乃に贈り物を用意した。

彼は贈り物を家のあちこちに隠して、彼女が宝探しをするのを愛おしそうに見守る。

それは二人が一番好きな遊びだった。

だからこそ、慈乃は彼の帰りをいつも心待ちにしていたのだ。

だがその薔薇園に、もう一人の影がいた。

「おばさん!」

寧々が飛びつき、慈乃の腕に抱きついた。

「一澄さんが呼んでくれたの。出張の時、私にもプレゼントを用意してくれたんだって。薔薇園に隠してあるって!」

寧々は慈乃の実の姪だ。本来は、慈乃と一澄が結婚したら、寧々もそ呼び方を変えるべきだ。

だが寧々は頑なに呼び方を変えず、慈乃と一澄が結婚して三年経っても、甘ったるく「一澄さん」と呼び続けていた。

「おばさん、一緒に行こうよ!」

寧々は嬉しそうに誘った。

「一緒に宝探しして、一澄さんが何を買ってくれたか見てみよう!」

かつて夫婦だけの大切な遊びである宝探しに、寧々が割り込んできた。

慈乃の顔は、わずかに曇った。

それを見た一澄は、優しく宥めた。

「慈乃、そんなに意地を張るな。昨日は寧々の誕生日だったんだ。俺は出張で祝えなかったから、今日プレゼントを用意したんだよ」

昨日は寧々が十八歳になった誕生日だった。

彼女が成人したその日、一澄は待ちきれずに彼女を妻にしたのだ。

慈乃の心はすっかり物悲しさで満ちていた。かつて大好きな宝探しも、今はもう何の楽しみもなかった。

最後に、寧々は数えきれないほどの贈り物を見つけたが、慈乃はただピジョンブラッドルビーで彫られた一輪の薔薇を見つけた。

「やっぱり慈乃がすごいな」

一澄の視線には、深い愛情が宿っていた。

「見つけたのは一つだけでも、それは一番貴重なものだ」

その言葉に、寧々の瞳に妬みの色が走った。

彼女は唇を尖らせて、小さな声で言った。

「一澄さん、私も薔薇が欲しい……

見つけたプレゼントは全部おばさんにあげるから。おばさん、あの薔薇を私に譲ってくれない?」

慈乃は答えず、ただ静かに一澄を見つめた。

三年の結婚生活の末、彼女は自分が一澄の心の中で、果たして寧々より重いのかどうか確かめたかった。

一澄の表情にはためらいが浮かんだ。

短い沈黙の後、彼はその薔薇を摘み取り、寧々へと差し出した。

「慈乃、今日は寧々の誕生日を祝えなかった埋め合わせだ。だから譲ってやってくれ」

一澄は説明し続けた。

「お前が薔薇を好きなら、改めてもっと大きなものを買ってやるから」

その瞬間、慈乃の心はどん底へ沈んだ。

かつては何よりも自分を優先してくれた一澄が、今は寧々を選んだのだ。

「いらないわ」

胸に積もり積もった失望が溢れ出し、慈乃はもう冷静さを保てなかった。

彼の手を乱暴に振り払うと、彼女は踵を返して背を向けた。

「私は唯一無二のものしか欲しくない。

あなたが他の人に与えたものなら、私は要らない」

一澄、あなたも同じだ。

あなたは私だけのものじゃなければならない。

もし同時に誰かのものでもあるのなら、私はもうあなたを要らない。
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