-113 唐揚げへの欲望- 光は唐揚げセットを完食して店を出る事にした、グラスに入ったお冷を飲み干し会計へと移った。代金を支払い自動ドアを抜け街へと出る、新鮮な外の空気を胸いっぱいに吸い込んだ光に夫婦が声をかけた。2人「ありがとうございます、またお越しくださいませ。」 別に用事がある訳では無いのだが家路を急ぎ家の敷地へと入ると、家に入らず裏庭に行き地下へと降りて大型冷蔵庫までダッシュした。勢いそのままに冷蔵庫を開けると缶ビールに手を伸ばし一気に煽った、先程の唐揚げの味を思い出すだけでビールが進んでいく。まるでダクトの下で白飯だけを食うホームレスの様だった事に気づくと、一応光本人しか入る事がない地下だったのだが思わず周囲に人がいないかを確認してしまった。 その後、余韻に浸りながら一言呟く。光「唐揚げ・・・、食べたい。美味しくビール・・・、呑みたい・・・。」 目の前の冷蔵庫には缶ビールはたっぷりあるのだが、唐揚げの材料は全く入っていない。深呼吸して冷静さを取り戻し、家の中の冷蔵庫を確認する。昨日の残りのカレールーが入ったタッパーは目の前に映ったが、こちらの冷蔵庫にも唐揚げに出来る様な肉類は全く入っていない。光「少しの我慢・・・、少しだけだから。」 家から『瞬間移動』して先日お世話になったお肉屋さんへと向かい、店に入ろうとしたがまさかの行列に捕まってしまった。 店先に「本日全商品3割引き」ののぼりが出ている。どうやら月に1回だけ開催される特売日らしく、これはチャンスだと皆がこぞってやって来ていた。 その行列の中に見覚えのある男性の人影を見かけた、料理上手の人影。ただ唐揚げとビールの事で頭がいっぱいになっていたせいか、誰か思い出せない。男性「光?こんな所で何やってんの?というか何かぼぉー・・・っとしてない?」光「ビール・・・、ビール・・・、今すぐビールが吞みたい・・・。」 すると店内から良い匂いがし始めた、光の鼻を刺激する匂い。今何よりも欲しい物の匂い、目を閉じると光にとって神々しくあるその姿が浮かぶ。光「唐揚げ・・・。」 匂いにつられ涎が出てきたので恥ずかしくなり顔を赤らめた男性は慌ててポケットティッシュを取り出した、それを見て行列に並ぶ皆がくすくすと笑っている。男性「とにかく光、目を覚ませ!!俺の事分かるか?!」光「男の人の声・・・、
-114 恋人の幸せ-店主「唐揚げ・・・、ですか?」 光の口から放たれた言葉が意外過ぎて開いた口が塞がらない主人は同行していたナルリスの方を向いた。ナルリス「すみません・・・、本人はどうしても唐揚げを肴にビールが呑みたかったらしくそこの空になりかけたガラスケースを見て愕然としているみたいでして。」店主「そうですか・・・、それは大変申し訳ございません。今すぐ作りますのでお待ち頂けますか?」 店主が急ぎ足で店の奥の調理場へ行くと、奥から油で沢山の肉を揚げる音がし始めた。音の大きさからかなりの量だと見受けできる。光の感情を汲み取った店主が小皿と箸、そして缶ビールを持って奥から出てきた。店主「先程のお詫びと言っては何ですがこちらをお召し上がり頂きながらもう少々お待ち頂けますでしょうか、こちらの缶ビールは私からの先日のお礼です。」 缶ビールを受け取ると小皿に乗った熱々の唐揚げを一口齧り勢いよく流し込んだ、少し落ち着きを見せたらしく涙ながらに唐揚げを楽しんでいる。勢いよく口に流れ込む肉汁が光の舌を喜ばせた。店主「お待たせいたしました!!」 その声の後、ガラスケースに大量の唐揚げが流れ込み始めた。その光景を見た瞬間、光が立ちあがる。光「それ、全部下さい!!」店主「吉村様・・・、今何と?」光「だからそれ・・・、全部下さい!!」 店主は手を止め、持っていた出来立ての唐揚げを全て紙袋に入れ始めた。ただ横でナルリスがずっと焦っている。ナルリス「おいおい・・・、足らなかったら俺が揚げるって。」光「ここのを全部買った上で帰ってからナルリスに追加を揚げて欲しいの!!」 どうやら久方ぶりに光の「大食い」が発揮されようとしていた。家の冷蔵庫には缶ビールが大量にある、それを大好きなナルリスと存分に呑みたいと思っている光の感情を汲んだヴァンパイアは店にあった鶏もも肉を大量に買い込んだ。そして漬けダレの材料も併せて購入し、何とか恋人を納得させた。店主「ははは・・・、また凄い量ですけど大丈夫ですか?」ナルリス「本人・・・、大食いですから。」 一先ず会計へと移る、店主のレジを打つ指がずっと震えていた。店主「お待たせいたしました、合計86万4677円でございます。」 店主は驚きを隠せない、何故なら唐揚げ含め鶏肉だけでこんな金額になったのは人生で初めてだったからだ。
-115 陽気に誘われて- 過ごしやすいぽかぽかと暖かな陽気、いい意味で眠気を誘うこの気候が光は大好きだった。日本で言うと3月~4月のこの優しさの溢れる気候、桜の花びらが開き沢山の人々を優しく迎える花見の時期。四季を全く実感しないネフェテルサでもこの気候に出逢えて嬉しく思っていた。 光は日本にいた頃からこの時期必ず行っていた事があった、唐揚げの油で口を光らせながら思い出に浸るためにスマホのフォトアプリを起動して写真を出しナルリスに見せることにした。ナルリス「こんな花道を歩きながら美味しくビールが呑みたいって?」 日本にいた頃、光の自宅から歩いて5分もしない距離に遊歩道沿いに咲き誇る桜がとても綺麗な公園があった。光は毎年の開花予測と休日をチェックして時には有休を取得してでもその公園に出かけ、ビール片手に歩きながら桜を愛でていた。 幾度表情を変える桜の花や木々の姿を残そうと毎年必ず写真を撮り、フォトアプリに残している。その膨大と言える量の桜の写真をナルリスに見せていた。光「この世界で出来る場所無いかな?」 キラキラと目を輝かせる光の期待に応えようとナルリスは思いつく限りのスポットを雑誌を見せながら提示した、どれも日本での写真に劣る事の無い綺麗さを誇っている。どうやらこの国でもきれいな桜が楽しめる様だ。 テレビのニュースなどでネフェテルサでの開花予測を調べてみると1番早くて2日後、光のパン屋の仕事も丁度休みで嬉しさの余り飛び上がっている。その表情を見てナルリスは安心した、当日は雑誌にも載っていた近所の遊歩道を歩く事にしてその日は眠る事にした。 翌日、その日は1日パン屋の仕事があったので表情に出ない様に必死になっていたが明らかに思考が駄々洩れになってしまっていたらしく、キェルダに何かしらを汲み取られていた。キェルダ「あんた・・・、ニヤついてるけど何かあった?」光「いやぁー、別にー。いつも通りですよ。」 明日が楽しみすぎて仕事中ずっと顔が赤い、しかし仕事はしっかりしているから文句は言えないので店長のラリーは開店中の間そっとしておく事にした。そして売れ残りのパンを回収し、閉店準備をし始めた時に聞いてみる事に。ラリー「どうした光ちゃん、明日の休みにナルリスとデートでもするのかい?」光「デートだなんて店長ったらもぉー!!」 嬉しさの余り店長の肩を軽く
-116 桜とそよ風が連れてきた故人- 光はビール片手に幼少の思い出に浸っていた、桜は若くして亡くなってしまった母・渚との数少ない思い出の花だ。 今いる遊歩道と同様に家のすぐ近くに桜の花が綺麗に見えるスポットのあった場所に住んでいた頃の光の小さな手を引いてゆっくりと歩く渚の姿は美しく優しい印象で光の目に焼き付いていた、とても巷で「赤鬼」と呼ばれていた走り屋に思えない。 桜の花を眺める度に光は母の穏やかだった顔や温かかった手を思い出して涙を流した。ナルリス「優しい・・・、お母さんだったんだな。」光「うん、桜を見る度いつも思うの。一度でも良いから母に会って一緒にお酒を呑めたらなって。何かね、桜の花の1つ1つが母の温かみを思い出させてくれてこの時だけ何となく子供の頃の気持ちに戻れる気がするんだ。」 ナルリスは知らぬ間に光が右手に持つ酒が缶ビールから紙コップに入った日本酒に変わっている事に気づいた。表情が先程以上に赤くなっている事も、そして涙もろくなっている事も納得がいく。光「多分母は今の私の姿を見ても私に気付く事は無いだろうけど会えたら声を掛けたい、産んでくれてありがとうって感謝の言葉を言いながら日本酒を注ぎたいな。」 その時、ふんわりとした風により散った桜の花びらが1枚光の日本酒の表面に乗った。風に身を任せゆらゆらと揺れながら浮かんでいる。光「会えたらな・・・、会いたいな・・・。後で仏壇にこの日本酒をお供えしよう。」 いつの間に、そしてどこから仕入れたのか分からないが左手に一升瓶を持っている。酔ったせいか幻聴らしき女性の声がし始めた。女性「光、大きくなったね。」光「えっ・・・?」 光は涙ながらに声の方に振り向いた、しかしこちらを向く女性の姿は全くない。その代わりに桜の花びらがそよ風に乗り頬をかすめた。 ナルリスが目を丸くして光の方を見ている。ナルリス「何かあった?」光「いや・・・、何でも無い。ごめん。」 どうやら今の声はナルリスに聞こえてなかったらしい、やはり今の声はただの幻聴だったのだろうか。女性「光・・・、こっち。注いでくれる?」 振り向くと光に紙コップを差し出す女性が1人、どうやらほろ酔いらしく表情が赤くなっている。光「気のせいかな・・・、悪酔いしたかも。隣にお母さんに似た人がいるんだけど。」 光の隣でナルリスがガタガタ
-117 不自然な事象- ナルリスは渚がアイテムボックスから出した愛車・エボⅢを見て驚きを隠せずにいた。この世界では大抵の者が珠洲田製の軽自動車に乗っていて、乗用車を持っているのは都市圏に住む金持ちや貴族が殆どだ。ナルリス「光・・・、貴族様だったの?」 こう聞きたくなるのも無理は無い、しかし光はごく普通の一般市民だ。ただ神様の力により全財産の金額がとんでもなくなっているが。その事が冒険者ギルドで発覚してから光は決して言わないでおこうと誓っていた、ただ普段地下倉庫にしまっているカフェラッテを含めて愛車が2台ある時点で怪しまれても仕方ない。 一先ず話題を変えようと渚に質問をぶつけた。光「母さんは今どこに住んでいるの?」 かなり久々に、しかもこの異世界で亡くなったはずの母親との再会は本当に感動的で願わくば一緒に住めないかと思っていた。渚「今ね・・・、ネフェテルサ王国って所の団地かなぁ。」ナルリス「団地に住んでる方がお持ちのお車には思えないのですが。」渚「やっぱりそういう理由なのかな。何処も止める所がなくてね、いつも『アイテムボックス』に入れてんのよ。つい最近の事だけど今住んでる所に引っ越す時に大家さんに言って駐車場を確保してもらおうとしたら何故か入居自体を拒否されかけちゃったけど、そういう訳だったのね。」 違う、そういう訳では無い。後で分かった事なのだが大家にとったら皆軽しか乗らないのでその分の駐車場しか用意出来てなかった為に渚のエボⅢが大きすぎて困惑してしまったのだ、きっと駐車しようとしたら白線からかなりはみ出てしまう。別に入居を拒否した訳では無いらしく、ただの言い間違いだった。光「団地なんてあったっけ?」ナルリス「確か・・・、お風呂山の手前だった様な。」渚「そうそう、だから今みたいな風呂なしアパートでも問題なし。」 光は決して聞き逃さなかった、自分の母親が風呂なしアパートに住んでるって?自分は神様に貰った財産で一軒家を購入、それに対して親は風呂なしアパート暮らし・・・。何となく気になる事を聞いてみた。光「母さん・・・、家賃いくらの所なの?」渚「月3万8千円だったかな、八百屋の給料って安くてね。あんたはどこで働いている訳?」光「パン屋さん・・・、かな。」 真実を伝えその場を治めた。実はこの世界では冒険者ギルドに登録しているかどうかで
-118 違和感と事情- 今思えば的な話なのだが、光や渚は転生してからあまり年を取った実感が湧いていない事に気づいた。何となくだが自分達だけ時間が止まっている様な、今会ったばかりの林田警部も久々に会うのに何の変化も感じない。林田「私もこの世界に転生してからしばらくして知ったのですが、どうやら転生者は年を取らなくなっているみたいです。本来なら今頃私も白髪の爺さんですから。」 言われてみれば確かに林田は光とこの世界で初めて出会った時と変わらず黒髪の立派な50代の紳士の姿をずっとキープしている。渚「確かにそうだね、今頃私ゃ腰の曲がった婆さんになっていてもおかしくないもんね。」林田「渚さん・・・、それは言い過ぎでしょ。」渚「ジョークジョーク。」 渚のお陰でその場が和んだ所で光は気になっていた事が2つあったので渚に聞いてみることにした、1つは個人的な事だがもう1つは重要な事できっと林田も気になっているはずだからだ。光「そういえば母さん、普段使っていた眼鏡どうしたの?」渚「ああ、言ってなかったかい?あれ伊達メガネだったんだよ、自分が「赤鬼」だってバレたくなかったからね。この世界では隠す必要がなくなったからずっとこのままでいるのさ。」 そう、久々に会った母親は「赤鬼」としてエボⅢに乗っていた時と変わらない姿でずっといるのだ。会社員と走り屋の2つの顔の両立は意外に難しかったらしい。 そしてもう1つ、林田も気になっていたであろう質問をぶつけた。光「ねぇ・・・、父さんはこの世界に来ているの?」渚「残念だけどこっちの世界に来てから見かけてないねぇ、私も八百屋の仕事が休みの時に探してはいるんだがね。」林田「渚さん・・・、ご主人はやはり阿久津さんだったのでしょうか。」渚「うん、確かにこの子の父親は当時走り屋のリーダーをしていた阿久津だよ。でも事情があってこの子にはずっと「吉村」って名乗らせていたんだ。」光「母さん・・・、どうして私は「赤江」でも「阿久津」でもなく「吉村」なの?」 渚は頬に手を当てながら近くのベンチに座ろうと提案した後、重い口を開いた。渚「知っていたと思うけど私のお母さん、つまりあんたのおばあちゃんの旧姓が「吉村」だったんだよ。実は当時「阿久津」も「赤江」も代々広域暴力団の家系で世間では余り良いイメージでは無かったんだ、あたしも父さんも実家
-119 渚の新居- その場の雰囲気と場の流れに身を任せ、光は先程答えを聞けなかった質問を渚に再度ぶつけた。まさかこんな奇跡が起こるとは、きっともう一生ないだろう。光「ねぇ、母さん。さっきは上手くスルーされたけどやっぱりウチに住まない?」渚「良いのかい?あんたの家、エボⅢ置けんの?」 流石に愛車をずっと『アイテムボックス』の中に入れておくのはもうウンザリだそうなのだ。学生の頃からずっと憧れていてやっとの思いで買った自慢の愛車、やっぱり太陽の下で眺めていたい。その上別に無制限なので気にしてはいないがかなり容量を使う、そして正直に言うと『アイテムボックス』内で物を探すのに少し邪魔となっている。光「エボⅢの駐車場位余裕で用意するから。それに毎晩銭湯に行ってたらそりゃお金かかるよ、ウチにも露天風呂作っているから背中位流させて。」渚「そうかい・・・?じゃあ、お世話になろうかね。」林田「そうと決まれば皆で引っ越しの手伝いしますよ。」 渚は少し申し訳なさそうな表情をしていた、理由は本人の部屋に入るとすぐに発覚した。光が『瞬間移動』を渚に『付与』すると、渚は使い慣れていたかのようにすぐにその場にいた全員を連れて行った。渚「い・・・、いらっしゃい・・・。」 以前言っていた通り部屋は風呂なし、6畳1ルーム。トイレと洗面台と簡易的なキッチンが設置されていたその部屋には、テレビと小さなテーブルに何故かウォーターベッド置かれている、ベッドはピンク色で真ん中に大きく「我愛你(I Love You)」と書かれている見た側が確実に恥ずかしくなる物で光は正直家に持ち込みたくなかったが渚のお気に入りなので許すことにした。渚「だから手伝って貰う程じゃないって言ったの。」 頭を掻きながら渚は顔を赤らめ恥ずかしそうにしていた、そして林田とナルリスに聞こえない位の小声で少し笑いながら何かを耳打ちした。 それを聞いた瞬間に光は先程の渚以上に顔を赤らめ3つ隣の部屋に響く位の大声で叫んだ。光「お母さん!!これ、持ち込み禁止!!!!」林田「渚さん・・・、娘さんによっぽどな事を言ったんですね。」ナルリス「敢えて聞かないでおきます。」 光は涙を流しながら答えた。光「絶対聞かないで下さい・・・。」 さて、光一行は気を取り直して挨拶を兼ねて大家の所に許可を得に行った。引っ越す事が出来る
-120 神の加護- 珠洲田は顔見せを終えるとすぐに渚の車を見回し始めた。ただ初めて見るにしてはやけに詳しそうに軍手をした両手で所々をいじりながら、そして何処か懐かしそうに見ている。珠洲田「このエボⅢって確か・・・。ここが・・・、うん。やっぱりか。」光「この車をご存知なんですか?」珠洲田「いや実はね、あっちの世界にいた時なんですが三菱の修理工場やチューンアップパーツの店で働いてた事がありましてね。その時色々いじったエボⅢに似ているんですよ。」 光が珠洲田の様子をしばらくの間見ていたら、お茶を飲みに行き戻って来た渚が思い出したかのように話しかけた。渚「あれ?もしかして、あんたスーさんかい?三菱にいていつもこのエボⅢのチューニングを頼んでいた、ほらあたしだよ。渚。」珠洲田「な・・・ぎ・・・、あんたなっちょか。やっぱり見覚えのあるエボⅢだと思ったんだよ。」渚「いや、全然変わらないね、スーさん。あんただったら何でも頼める気がするよ。」 どうやら2人は小学生時代からの幼馴染らしく、ずっと登下校は一緒だったという。高校はお互い別々だったのだが、渚がエボⅢを購入し「赤鬼」として散々乗り回した結果、ガソリンタンクに小さくだが穴が開いたりトランスミッションとギアボックスが故障した事をきっかけに修理工場で再会して今に至ったという。因みに渚は珠洲田の初恋の人だったそうだ、エボⅢに乗る姿に惚れていたらしい。珠洲田「事故で亡くなったって聞いたよ、でも元気そうで何よりだ。」渚「実は事故る寸前にこの世界のダンラルタっていう王国の峠にこの車ごと転生してきたらしいのさ、峠から峠だったもんだから最初は全然気づかなかったんだけどいつの間にかね。後からクォーツって神様に向こうの世界での事を聞いてやっと実感が湧いたって訳。どうやらその神様がこっちの言語を脳に入れ込んで、そのついでにこの車も運んできてくれたらしいのさ。」珠洲田「あらまぁ・・・、それにしても元気そうで何よりだ。よし、懐かしの車をこっちの物として作り替えるか。久々だな、こいつのキーを回すのは。」 珠洲田は昔懐かしい幼馴染の愛車のエンジンを起動して、自らの店に持っていこうとするとすぐに異変に気付いた。あの頃とは音が全く違って聞こえて来るらしい。珠洲田「あれ・・・?何か音が違うな・・・。」渚「実はね・・・、さっき言った
-140 部下から先輩へ- 異世界と言っても神によって日本に限りなく近づけられた世界で、同じ様な拉麺屋台なので学生時代にバイト経験があったせいか寄巻部長はお手伝いをそつなくこなしていた。寄巻「拉麺の大盛りと叉焼丼が各々3人前で、ありがとうございます。注文通します!!大3丼3、④番テーブル様です!!」シューゴ「ありがとうございます!!おあと、⑦番テーブルお願いします!!」寄巻「はい、了解です!!」 寄巻の登場により一気に回転率が上がったシューゴの1号車は、今までで1番の売り上げを誇っていた。嬉しい忙しさにシューゴも汗が止まらない、熱くなってきたせいか寄巻はTシャツに着替えている。 数時間後、今いるポイントでの販売を終えシューゴが片付けている横で手伝いのお礼としてもらった冷えたコーラを片手に寄巻が座り込んでいた。シューゴ「寄巻さんだっけ?あんた・・・、初めてでは無さそうだね。」寄巻「数十年も前も話ですが、あっちの世界で拉麵屋のバイトをしていた事があったのでそれでですよ。」 いつも以上に美味く感じる冷えたコーラを一気に煽ると、寄巻はこれからどうしようかと黄昏ながら一息ついた。渚は隣に座り寄巻自身が1番悩んでいる事を聞いた。渚「部長・・・、家とかどうします?」寄巻「吉村・・・、さん・・・。こっちの世界では違うからもう部長と呼ばなくていいんだよ?それに君の方がこの世界での先輩じゃないか、お勉強させて下さい。」 寄巻は久々に再会した部下に深々と頭を下げた、渚は焦った様子で宥めた。渚「よして下さいよ。取り敢えず不動産屋さんに行ってみましょう、即入居可能なアパートか何かがあるかも知れません。」シューゴ「おーい、寄巻さんにまた後で話があるから連れて来て貰えるか?」 シューゴの呼びかけに軽く頷いた渚は寄巻を連れて『瞬間移動』し、ネフェテルサ王国にある不動産屋に到着した。以前渚もお世話になったお店だ。 寄巻は『瞬間移動』に少々驚きながらも目の前のお店に入ろうとした渚を引き止めた。不動産屋で契約出来たとしてもお金が・・・。渚「そうでしょうね、でも安心して下さい。部ちょ・・・、寄巻さんも神様にあったんでしょ?」寄巻「それはどういう事だ?「論より証拠」って言うじゃないか、分かりやすい形で見せて欲しいんだが。」渚「では、場所を移しましょう。」 渚は再び『
-139 懐かしき再会- その眩しい光は渚にとって少し懐かしさを感じる物だった、ただ花火か何かかなと気にせずすぐに仕事に戻った。今いるポイントで開店してから2時間以上が経過したが客足の波は落ち着く事を知らない。 2台の屋台で2人が忙しくしている中、渚の目の前に『瞬間移動』で娘の光がやって来た。スキルの仕様に慣れたのか着地は完璧だ。光「お母さん、売れてんじゃん。忙しそうだね。」渚「何言ってんだい、そう思うなら少しは手伝ってちょうだい。」光「いいけど、あたしは高いよ。」渚「もう・・・、分かったから早く早く。」 注文が次々とやって来ている為、調理と皿洗いで忙しそうなのでせめて接客をと配膳とレジを中心とした仕事を手伝う事にした。2号車の2人の汗が半端じゃない位に流れている頃、少し離れた場所から女性の叫び声がしていた。先程眩しく光った方向だ。女性①「大変!!人が倒れているわ!!誰か、誰か!!」 大事だと思った屋台の3人も、そこで食事をしていたお客たちも一斉にそちらの方向へと向かった。一応、火は消してある。男性①「この辺りでは見かけない服装だな、外界のやつか?」女性②「頬や肩を叩いても気付かないわよ、死んでるんじゃないの?」男性②「(日本語)ん・・・、んん・・・。何処だここは、俺は今まで何していたっけ。」 どうやら男性が話しているのは日本語らしいのだが、まだ神による翻訳機能が発動していないらしい。男性①「(異世界語)こいつ・・・、何言ってんだ?やっぱり外界の奴らしいな。」男性②「(日本語)ここは・・・?この人たちは何を言っているんだ?」 しかし光の時と同様にその問題はすぐに解決され、光達が現場に到着した時には雰囲気は少し和やかな物になっていた。すぐに対応した神が翻訳機能を発動させ、男性は皆に今自分がいる場所などを聞いていた。ただ、男性の声に覚えがある光はまさかと思いながら群衆を掻き分け中心にいる男性を見て驚愕した。光「や・・・、やっぱり!!」男性②「その声は吉村か?!何故吉村がここにいるんだ?!」渚「あんた・・・、ウチの娘に偉そうじゃないか?」 光は男性に少し喧嘩腰になっている渚を宥める様に話した。光「母さん、この人は向こうの世界にいた私の上司の寄巻さんっていうの。」渚「え・・・、上司の・・・、方・・・、なのかい?」寄巻「そう、今
-138 事件後の屋台では- 事件が発覚してから1週間後、人事部長がバルファイ王国警察に逮捕され、お詫びとして受け取った温泉旅行から帰って来て笑顔を見せるヒドゥラの姿が渚の屋台の席にあった。渚「良かったですね、これで安心して働けるんじゃないですか?」ヒドゥラ「あれもこれも店主さんのお陰です。」渚「何を言っているんですか、私は何もしていませんよ。」ヒドゥラ「いえいえ、ここで拉麺を食べてなかったら社長に会う事は無かったんですから。」 その時、渚が屋台を設営している駐車場の前を1組の男女が歩いていた、貝塚夫妻だ。結愛「良い匂いだな、折角の昼休みだ。俺らも食っていくか?」光明「いいな、俺も腹が減っちったもん。」結愛「よいしょっと・・・、ヒドゥラさん、ここ良いですか?」 夫妻は前回と同じ席に着き、拉麺と叉焼丼を注文した。その時渚は既視感と違和感を半々で感じていた。渚「あれ?この前来たおばあちゃんと同じセリフな様な・・・。」結愛「き・・・、気のせいですよ、店主さん。やだなぁ・・・、嗚呼お腹空いた。」 結愛は光と渚が親子だという事を知らない、それと同様に渚は結愛と光が友人だという事を知らない。まぁ、この事に関してはまたいずれ・・・。 貝塚夫妻は以前とは逆に麺を硬めにとお願いした、前回は老夫婦に変身していたので仕方なく柔らかめにしていたが好みと言う意味では我慢出来なかったのだ。次こそは絶対硬めで食べると堅く決意していた、別に駄洒落ではない。 結愛達が注文した拉麺がテーブルに並び、3人共幸せそうに食べていた。やはり同様に転生した日本人が作ったが故に結愛と光明は何処か懐かしさを感じている。ヒドゥラ「おば・・・、理事長も拉麺とか召し上がるんですね。毎日高級料理ばかり食べているのかと思っていました。」結愛「何を仰っているのですか、私はドレスコードのある様な堅苦しい高級料理よりむしろ拉麺の方が好きでしてね。それと貴女、先程私の事・・・。」ヒドゥラ「て、店主さーん、白ご飯お代わりー。」渚「上手く胡麻化しちゃって、あいよ。」 数時間後、渚は屋台の片づけをして次の現場へと向かう事にした。実はシューゴに新たな地図を渡されていたのだが、2か所目のポイントを変更したというのだ。そこでは屋台を2台並べて販売する予定だと言っていた。 指定されたポイントはダンラルタ
-137 人事部長の悪事- 夫婦は重い頭を上げヒドゥラにソファを勧めた、先程の入り口前にいた女性にお茶を頼むとゆっくりと話し始めた。夫人「初めまして、普段は学園にいるからお会いするのは初めてですね。私は貝塚結愛、この貝塚財閥の代表取締役社長です。隣は主人で副社長の光明です。」光明「初めまして、これからよろしく。」ヒドゥラ「しゃ・・・、社長・・・。そうとはつい知らずペラペラと、申し訳ありません。」結愛「何を仰いますやら、貴重なお話を頂きありがとうございます。」 実は最近の異動で人事部長が変わってから、やたらと人件費が削減されているので怪しいと思っていたのだ。削減された人件費の割には利益が昨年に比べて悪すぎると思っていた折、ヒドゥラの話を聞いた結愛は人事部長が怪しいと踏み、部の社員数人にスパイを頼み込んで調べていた。光明の作った超小型監視カメラを数台仕掛けて証拠を押さえてある。 調べによると金に困った人事部長が独断でありとあらゆる部署から人員を削り、余分に出た利益を書類を書き換えた上で自らの口座へと横流ししていたのだ。結愛「今回発覚した事件により貴女を含め大多数の社員に迷惑を掛けてしまった事は決して許されない事実です。人事部長は私の権限で以前の者に戻し、迷惑を掛けた皆さんには賠償金を支払った上で私達夫婦からお詫びの温泉旅行をプレゼントさせて頂きます。」光明「そしてヒドゥラさん、貴重なお話を聞かせて下さった事により我々にご協力下さいました。我々からの感謝の気持ちもそうなのですが、業務に対する責任感を感じる態度へと敬意を表し今の部署での管理職の職位を与え、勿論貴女にもお詫びの温泉旅行をプレゼント致します。」 ヒドゥラは今までの苦労が報われたと涙を流すと、全身を震わせ崩れ落ちた。2人に感謝の気持ちを伝えると自らの部署に戻り暫くの間泣いていたという。 問題の人事部長についての調査なのだが、以前から魔学校の入学センター長を兼任しているアーク・ワイズマンのリンガルス警部に結愛が直々にお願いしていた。そしてこういう事もあろうかと様々な魔術をリンガルスから学んでもいたのだ、屋台で使用した『変身』もその1つである。そのお陰でネクロマンサーとなり、多くの魔術が使える様になった結愛は魔法使い特有の念話も使える様になっていた(光は『作成』スキルで作ったが)。結愛(念話
-136 優しく頼もしき老夫婦- 先程まで抱えていた悩みなどどうでも良くなってしまったと周りに思わせてしまう位の笑顔で拉麺と銀シャリを楽しむラミア、その表情に安堵したのか渚は屋台の業務に戻る事にした。でもその表情には何処かまだ疲労感がある、そこで冷蔵庫からとあるものを取り出してヒドゥラに渡した。ヒドゥラ「あの・・・、頼んでいませんけど。」渚「いいんですよ、疲れている時は甘い物です。貴女この後も頑張らなきゃなんでしょ。」 ヒドゥラは手渡されたプリンを食後の楽しみにすると、より一層笑みがこぼれた。ヒドゥラ「ありがとうございます。」 その数分前、渚が屋台を構える駐車場の前を1組の男女が通りかかり、その内の女性が小声で男性に一言ぼそっと呟くと、2人は頷き合いその場を離れた。 それから数分後、ヒドゥラがプリンを楽しんでいる時に1組の老夫婦が屋台を訪れ席に座った。老夫人「よっこらしょ・・・、お姉さんここ良いかね?」ヒドゥラ「勿論どうぞ。」ご主人「ありがとうよ、昼間にやってる拉麺屋台なんて珍しいから食べてみたくてね。」ヒドゥラ「美味しいですよ、お2人も是非。」老夫人「嬉しいねぇ。店員さぁ~ん、拉麺2つね。歯が悪いから麺は柔らかめにしてもらえるかい?」渚「はい、少々お待ちを。」 渚が老夫婦の拉麵を作り始めると夫人がヒドゥラを見てお茶を啜り、声を掛けてきた。老夫人「そう言えばこの辺りでラミアを見かけるなんて珍しいね。」ヒドゥラ「あ、これ・・・。普段は魔法で足に変化させて人の姿で働いているんです。」ご主人「それにしてもお姉さんどこか疲れているね、何かあったのかい?」 老夫婦の柔らかで優しい笑顔により安心したのか、先程渚に語った会社における自らの現状をもう1度語った。老夫婦は親身になってヒドゥラの話を聞き、時に涙を流しつつまるでそのラミアが自分達の孫娘であるかの様に優しく手を握り頭を撫でた。 ヒドゥラは涙を流し老夫婦に感謝を告げると、手を振りながらその場を後にして会社へと戻って行った。 老夫人がご主人に向かって頷くと、残った拉麵を完食してすぐお勘定を払ってその場を去っていった。渚「ありがとうございました、またどうぞ!!」 老夫婦が去ってからは昼の2時半頃までお客が絶えず、ずっと皿洗いと調理を繰り返していた。正直こんなに大変とは思わなかったと感
-135 大企業の事実- 以前の職場で噂されているとは知らない2号車の渚はシューゴに手渡された地図で指定された販売ポイントの駐車場に到着した、シューゴとは逆回りでこの後渚にとって懐かしきダンラルタ王国の採掘場での販売をも予定している。渚「この辺りだね・・・、よし。」 本来はとある職場の職員が使う駐車場で、管理人とシューゴが特別に月極契約している端の⑮番の白線内にバックで止める。何があってもすぐに対応できる様に「必ず駐車はバックで」と言うのがシューゴとのお約束だった。 渚は運転席から降車し、少し辺りを見てみる事にした。渚「ここはどこの駐車場なのかね・・・。」 駐車場から数十メートル歩いた所に大きな建物が2つ並んでいた、1つは大企業の本社ビルで最低でも20階以上はありそうだ。また、隣接する建物は15階建てのものらしく横に大きく広がっている。2つの建物は数か所の渡り廊下で繋がっていて窓の向こうから行き来する人々がちらほらと見えている。渚「大きいね・・・、何ていう建物なんだい?」 入口らしき門が見えたのでその左側に書かれている文字をじっくりと読んでみた、見覚えのある文字がそこにある。渚「「貝塚学園高等魔学校 貝塚財閥バルファイ王国支社」ね・・・、貝塚財閥ってあの貝塚財閥かい?!確か向こうの世界で教育系統に力を入れているって聞いた事があるけどこっちの世界にお目見えするとはね、こんな所で屋台をするのかい?贅沢だねぇ・・・、ありがたやありがたや。」 渚はハンカチで汗を拭いながら軽バンへと戻り営業の準備を始めた、屋台キットを展開しスープの入った寸胴を火にかける。暫くしてスープの香りが漂い始めると先程の建物から昼休みを知らせるチャイムが聞こえて来た。すると女性が1人、疲れ切った様子で屋台へとやって来た。へとへとになりながら渚が差し出した椅子へと座る、お冷を手渡すと砂漠を彷徨っていたかの様に一気に喉を潤した。目にはクマがあり、酷い寝不足らしい。聞くと人件費の削減でかなりの人数を減らされ毎日酷い残業らしく、今日みたいに昼休みを過ごせない日もあるそうだ。せめて今日の昼休みくらいは美味しい物をとスープの匂いに誘われてやって来た。女性「えっと・・・、拉麺を1杯お願いします。麺は硬めで。」 疲れ切った表情で渚に伝えると懐から手帳を出し、午後からの仕事の確認をし始めた。渚
-134 懐かしの味- 常連さんの注文に応じ、新メニューである「特製・渚の辛辛焼きそば」を作り始めた1号車の担当・シューゴ。まずは豚キムチを作っていくのだがここで必ずお客さんに聴いて欲しい事があるそうだ。シューゴ「辛さはどれくらいがお好みですか?」 判断基準の為、ラミネートされた用紙を渚から手渡されていたのでそれをブロキントに見せる。辛さは5段階まで表示されており、それに応じて各々の辛さのキムチを使用する事になる。キムチはこの調理用に全て渚が特製で漬けていたのだが、シューゴには5種類とも試食する度胸が無かった。最高の5辛のキムチは色が尋常じゃない位に黒く、恐怖心をあおる様に唐辛子の匂いがやって来る。5辛以上の辛さを求められた場合は5辛の物に特製ペーストを加えて作る。 因みに最初のお客さんには1辛を勧める様にと伝えられており、1辛のキムチは多めに作られていた。シューゴ「最初は1辛をお勧めさせて頂いているのですが。」ブロキント「せやね・・・、丁度刺激が欲しかったんで敢えて3辛でお願いできまっか?」シューゴ「3辛で・・・、分かりました。お好みで辛さ調節できますのでね。」 3辛用のキムチを加え調理にかかる、後で炒めなおすので最初は軽く火を通す程度に。一度皿にあけ少し硬めに茹でていた麺をソースと辣油で炒め先程の豚キムチを加え一気に煽る。それを見た瞬間、ブロキントが何か思い出したかの様な表情をして聞いた。ブロキント「店主はん・・・、それまさか赤江 渚はんのレシピちゃいますのん?」シューゴ「はい、なので「渚の」が付いているんです。」ブロキント「渚はんって、ホンマにあの渚はんなんですか?」シューゴ「ど・・・、どうされたんです?」ブロキント「いやね、以前ここで事務と調理の仕事をしとった人がおったんですけどね、その人と同じ作り方やなぁと思っとったんです。」 そういうと幸せそうに、そしてどこか懐かしそうに微笑みながら調理を眺めていた。シューゴ「渚さん・・・、多分今日中にこの場に来るはずですよ。実は今日からウチの2号車としてデビューする事になったんで。」ブロキント「ほんまでっか?!ほな夕飯に渚はんの作った拉麺を食べてみます!!」シューゴ「ふふふ・・・、お楽しみに。さぁ、出来ましたよ。」 皿に炒めた麺を盛り付け辛子マヨネーズを振りかけて出来上がり、お客の
-133 お仕事開始- 夜明け前、弟・レンカルドの経営する飲食店の調理場を借り、毎日継ぎ足して使っている秘伝の醤油ダレをシューゴが仕込んでいた。 自らの舌で選び抜いた素材と独自に調合したスパイス、そして黄金比をやっとの思いで見つけ出し配合した調味料を沸騰させない様にゆっくりと火入れしていく。 幾度となく納得のいくまで味見を繰り返し、完成しかけたタレに煮込み前の叉焼を入れ肉の脂を混じらせつつ双方を仕上げていった。 シューゴ「これは味見・・・、味のチェック・・・。」 出来たばかりの叉焼を1口、十分納得のいく味付けと全体的にトロトロの食感が織りなす絶妙なハーモニーを口いっぱいに頬張って首を縦に振った。その味に堪らなくなってしまっていたのか数秒後には白飯に手を出していた、こうなると予想していたレンカルドが気を利かせて用意してくれていたのだ。シューゴ「うん・・・、これは仕事終わりにビールだな。」 数切れ程タッパーに残し楽しみに取っておき、屋台2台分の準備をし始めた。そう、これからは屋台が2台だから味付けの責任も2倍だ。 2台分の醬油ダレ、叉焼、そしてその他の具材を用意し終えた頃に裏の勝手口から渚が声を掛けた。渚「おはようございます、良い匂いですね。」シューゴ「おはようございます、宜しければ味の確認も兼ねて出来立てを如何ですか?」 そう言って1口サイズに切った叉焼を小皿に乗せて渡すと渚は目を輝かせながらパクついた、目を閉じてその味を堪能する。シューゴ「その表情だとお口に合ったみたいですね。」渚「これビールの肴としての叉焼単品や叉焼丼でも売れるんじゃないですか?折角辛子マヨネーズも持っていくのでそれをかけて。」シューゴ「そのアイデア・・・、採用しても良いですか?」 シューゴは調理場に渚を残しパソコンのある部屋に向かい、急ぎ電源をつけた。どうやらメニュー表や注文用のメモの改定と魔力計算機(レジ)のボタン設定を即座に行っている様だ、因みに値段は原価等を考慮して即席で決定した。渚「シューゴさん、いくら何でも早すぎないかい?私でも焦りますよ。」シューゴ「いや、折角のアイデアです。是非採用させて下さい、容器はまたいずれ作りますので今日は取り敢えず今ある分でお願いします。」渚「了解しました。」 新メニューが即席で誕生した所で屋台への積み込みだ、忘れ物
-132 出来立ての屋台と焼きそば- 秘伝の醬油ダレとスープ、そして叉焼を含む営業用の商売道具を説明の為に一通り外に止めてあった新しい屋台に積むと一緒に積んでいた丼を1つ取り出し拉麺の作り方説明し始めた。シューゴ「まず最初に注文を取ってメモに書き、丼の底にゆっくりとこの醬油ダレを入れて頂きます。次に箸で溶かしながらスープを入れていくのですが、それと同時並行で別の鍋にて麺を茹でていきます。各硬さに対応する茹で時間はメモしてありますのでこれを見ながらやって見て下さい。」 茹で上がった麺を取り出し上下に振って湯切りする、これがきっちり出来ていないと折角のスープの味がゆで汁で薄くなってしまう。シューゴ「予め切ってある叉焼などの具材を乗せて完成です、提供する時に必ずお箸を一緒にして下さい。」 経費の削減の為、今回の屋台では割り箸ではなく洗って使う塗り箸を用意してある。しかし希望する客がいれば割り箸を提供する。 お箸と割り箸を入れている引き出しの真下にドリンク用の冷蔵庫が設置されていた、中ではグラスも冷やせる様になっており、固定して運ぶ為に移動中割れる心配がない。 この屋台には魔力計算機(レジ)が標準装備されており、各ボタンに値段が登録されているので記憶する必要が無い。トッピングや白飯、またドリンクのオーダーにも対応出来る様にもなっている。 因みに注文用のメモには各商品の名前が記載されていて、「正」の字を書けばいいだけになっているので大助かりである。各席の厨房側にメモを挟めるようにピンが付いていて、すぐに調理にかかれるシステムだ。 渚がメモをじっくり読み込んでいると「特製・辛辛焼きそば」の文字が。渚「シューゴさん、これ・・・。」 渚がメモ用紙の「特製・辛辛焼きそば」の箇所を指差しながら聞くと、シューゴは懐から看板らしき板を取り出した。シューゴ「そうそう・・・、これは私からの開店祝いです。それとこれからは渚さんにお教え頂いたあの焼きそばを新メニューとして取り入れる事にしました。」 シューゴがプレゼントの看板を裏返すと、全体的に黒の背景に赤い文字で「新メニュー 特製・渚の辛辛焼きそば」と書かれていた。右下には唐辛子や辛子マヨネーズの絵が描かれている。渚「いつの間に・・・、それに私の名前入りで・・・、良いんですか?」シューゴ「勿論です、渚さんの拘りのお