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第12話:倒れた女神(?)と三人の騎士

Author: 花柳響
last update Huling Na-update: 2025-10-25 21:20:22

 目の前が、ぐにゃりと歪んだ。さっきまで見ていた大学の廊下のありふれた景色が、水に落とした絵の具のように滲んで溶けていく。

「……あれ?」

 おかしい。なんだか自分の身体が自分のものではないみたいに、ふわふわと浮いている感覚。周りの学生たちの声がやけに遠い。すぐ隣を通り過ぎていくはずの雑談も、分厚いガラスを一枚隔てた向こう側から聞こえてくるようだ。

 ――ヤバい。

 そう思った瞬間、足から力が抜けた。視界が急速に暗転していく。最後に聞こえたのは、誰かの短い悲鳴と、自分の名前を呼ぶ親友の切羽詰まった声だった。

「――だから! 俺が付き添うって言ってるだろ!」

「……どうして君である必要がある。最も長く彼女の側にいたのは僕だ」

「はぁ!? 一番心配してるのは俺なんですけど! 先輩たちは黙っててください!」

 誰かの声がする。

 低く、苛立ちを隠そうともしない声。

 静かだが、有無を言わせない強い意志を感じさせる声。

 少し高く、焦りと必死さが滲んでいる声。

 頭に響くその声が、ひどく不快だ。まるで質の悪いスピーカーで三つの曲を同時に流されているみたいだ。今はただ、この身体を包む柔らかいシーツの感触と、消毒液の微かな匂いだけに意識を委ねていたかった。

 私が廊下で倒れたらしいという事実を、まだ夢うつつの中でしか認識できていない。

 乃亜からの連絡を受けた天王寺先輩が講義を抜け出して駆けつけ、ほぼ同時に、図書館で私を探していたらしい氷室くんも異変を察知して現れた。そして、たまたま大学に来ていた七瀬くんが、騒ぎを聞きつけて飛んできたのだという。

 ――そんな都合のいいこと、ある?

 まるで、出来の悪い乙女ゲームの強制イベントみたいだ。もちろん、そんなことになっているとは、意識の途切れた私には知る由もなかったけれど。

 三人が医務室に殺到したのは、ほぼ同時だったらしい。白いカーテンで仕切られた簡素なベッドで眠る私の姿を認めた瞬間、彼らの間に走った緊張感は、火花が散るようだったと、後から乃亜が呆れ顔で教えてくれた。

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