LOGINツーシームは、複数の星系を束ねる総管区の一つ、第四総管区に属する観光惑星へ、ふらりと降り立っていた。
帝国中枢からは遠く、かといって第六総管区の混沌とも距離がある。ここ第四総管区は、政治的な熱量が低く、代わりに経済と娯楽が幅を利かせる地域だった。
イデオロギーよりも収支、正義よりも契約。そんなリベラル気質の経済人たちが、この宙域の空気を作っている。
恒星光を反射する高層ホテル群の間を歩いていると、屋台と広告ホログラムが賑やかに客を呼び込んでくる。香ばしい揚げ物の匂いと、人工香料の甘ったるさが混じった、いかにも「平和な星」の匂いだ。
「ジャガースとグリフォンズの試合のチケットはいらんかね?」
呼び止められて、ツーシームは足を止めた。
「……二枚貰おうか」
「毎度あり!」
紙と電子データが融合した簡易チケットを受け取り、彼女は肩をすくめる。
本当は一人で来るつもりだった。 だが、護衛役のビッグベアがどうしても付いてくると言って聞かなかったのだ。ギャラクシーフットボール――
広大な帝国全域で親しまれている、サッカーを原型とした競技。重力や気圧条件を調整したフィールドで行われ、帝国外の異星文化圏にも熱狂的なファンがいると噂されている。
スタジアムに足を踏み入れた瞬間、空気が変わった。 歓声、罵声、金属音、振動。観客席はすでに熱を帯び、中央上空には巨大スクリーンが浮かび、スター選手の動きを克明に映し出している。
「ジャガース! 今日は勝てよ!!」
「おい! 今年も最下位だけは勘弁してくれよ!」愛情と諦めが入り混じった叫びが、スタジアムを満たしていた。
「船長も、ジャガースファンとは……物好きですな」
ビッグベアの呟きに、ツーシームは即座に振り返った。
「うるせぇな!!」
一喝。
彼女は昔からのジャガースの熱狂的ファンで、チームの話になると周囲が見えなくなる性質だった。「ごるぁ~! パスだパス! ルーキーがイキがってんじゃねーぞ!」
「ベテランのカス共もライン上げろ! 走れ! 走れボケェ!!」ジャガースは、かつて植民地惑星の下町で結成された伝統あるチームだ。
そのファン層も、日雇い労働者や荒くれ者が多く、応援は常に荒っぽい。だが、その声は本気だった。
同じ調子で罵声を飛ばすツーシームの姿を見て、レッドベアは両手で頭を抱える。 (……この人、さっきまで戦略資源を動かしてた人だよな?)スタジアムの熱狂は、政治も戦争も忘れさせる。
少なくともこの瞬間、ツーシームはただの一人のファンだった◇◇◇◇◇
試合はハーフタイムに入り、選手たちは引き揚げていった。
ジャガースは二対一で劣勢。
スタジアムには、期待と苛立ちが混じった重たい空気が漂っている。「ちくしょう、後半で巻き返せよ……」
観客席からは、愛情半分・罵倒半分のブーイングが渦を巻いた。
売店では酒と軽食が飛ぶように売れ、金属床を踏み鳴らす足音が休憩時間のざわめきを作っていた。そのときだ。
スタジアム中央上空に浮かぶ巨大モニターが、一瞬だけ暗転した。次の瞬間、試合映像を押しのけるように赤い警告枠が割り込む。
《緊急ニュース》
ざわめきが、すっと静まった。「本日未明、帝都ネオ・ベルゼブブにおいて――」
公営放送の男性アナウンサーは、明らかに声を張り上げていた。
その緊迫は、スタジアム全体に伝染する。「謎の武装部隊が、神聖不可侵たる皇帝宮殿域を占拠したとの情報が入っております。これは反乱……いえ、クーデターの可能性も――!」
どよめきが起きる。
なにしろ、少なくとも三百年。
帝政が武力で脅かされた例など、歴史書の中にしか存在しなかった。モニターに映し出されたのは、帝都の街並みだった。
大気の薄い準惑星でも問題なく稼働する装甲車両。
軍事パレードでも見かけない、新鋭の戦車群。統一感のある塗装と装備が、即席の反乱ではないことを雄弁に語っている。
薄暮の空を切り裂くように曳光弾が走り、首都星の上空を不気味に照らし出した。慌てて出動した帝都防衛空軍が突入するも、次々と対空ビーム砲に撃ち落とされ、燃える残骸が夜空に散る。
「……うん?」
ビッグベアは、そこで眉をひそめた。
それは元軍人の目だった。映像には、地上での戦闘がほとんど映らない。
帝都宮殿域の防衛には、最低でも惑星地上軍二個師団が常駐しているはずなのだ。(妙だ……あまりにも「抵抗が無い」)
「これは……やはり政権内部か、あるいは軍部主導のクーデターでしょうな」
彼は声を落とし、ツーシームの耳元で囁いた。
だが――「はぁ!? せっかくのジャガースの試合が台無しじゃないか! どうしてくれるんだい一体!!」
まったく別方向の嘆きが飛んだ。
スタジアムの緊張感など、どこ吹く風。ツーシームは腕を組み、心底不機嫌そうにモニターを睨みつけている。
「今いいところなんだよ!? 後半で逆転するかもしれないのにさ!」
ビッグベアは言葉を失った。
帝都が燃え、帝国が揺れ、歴史が書き換わろうとしているというのに――。
(……この人、やっぱり普通じゃない)スタジアムには再びざわめきが戻りつつあった。
だがそれは、試合への熱ではないだろう。
帝国という巨大な構造物が、今まさに軋み始めた音だった。夜明け前の薄闇の中、ノーム人のエジルの手引きで、ツーシームたちはさびれたエーテル鉱区へたどり着いた。 小柄な男だったが、受け答えは妙に落ち着いている。 怯えはある。 だが、頭は回る。 ツーシームはそう見た。 三人はホバークラフトを降りると、鉱区全体が見渡せる高台へよじ登った。 眼下には、細長い塔のようなエーテル油井が何本も立ち、その根元には作業員たちのバラックが、まるで錆びた缶詰のように密集している。 さらに脇には、今にも崩れそうな旧式精製施設までへばりついていた。 ツーシームは、昨日トロストから渡された秘密資料をぱらぱらとめくる。 そして、視線を下へ落としたまま尋ねた。「なぁ、エジル。ここのエーテル、重質系で質はかなり悪いだろ?」「はい」 エジルは小さくうなずく。「なのに、どうして精製施設があんなボロで平気なんだい?」 エジルはしばらく黙ったあと、絞り出すように答えた。「我々労働者が、炉心近くまで入って、直接作業するからです」「はぁ?」 ビッグベアが思わず割り込んだ。「馬鹿か? 精製前のエーテルは放射性物質だぞ! 防護服を着たって、炉心じゃ五分も持たねぇだろ!」 エジルは、怒鳴られても怒らなかった。 むしろ慣れているように、静かに言う。「ええ。大変に危険です。ですが、精製コストを削らなければ利益が出ません。新しい設備を入れるには莫大な金がかかる。ですから、安い命で埋め合わせているのです」 ツーシームの目が細くなる。「安い命、ねぇ」「我々ノーム人には、法で定められた権利が薄いのです」 エジルは乾いた声で続けた。「労働厚生法も、ほとんど適用されません」「……法がどうこう以前に、この星の行政長官も買収されてそうだねぇ」「た、たぶん……」 エジルはそこで急に声を震わせた。「お願いです。みんなを助けてください」 ビッグベアが息を呑む。 だがツーシームは、困ったように頭をかいた。「いやぁ、そんなこと言われてもね。アタイたちは正義の味方なんかじゃない。むしろ、悪党の側の宇宙海賊さ」「ぇ!?」 エジルの目が、まん丸になった。 その顔があまりに露骨で、ツーシームは少しだけ苦笑する。 東の地平線が、わずかに白みはじめていた。 赤茶けた大地の向こうから、冷たい朝が這い上がってくる。 ツーシームはその光を見
聖帝国暦六四五年、旧第五総管区――現ルドミラ教皇国。 首都星ヒンデンブルク、中核都市ニデルの大神殿。 その最奥、香煙すら沈黙しているような聖室にて、サリーム・アル=ハディード教皇は、前教皇エロー枢機卿を密かに呼び出していた。 壁面を埋める聖像群は薄闇の中で青白く浮かび、古代の発光石をはめ込んだ円天井だけが、冷えた光を二人の間へ落としている。 神に最も近いはずの部屋で、いま交わされていたのは祈りではなく、権力の話であった。 教皇は金糸の刺繍が入った長衣の裾を整え、静かに口を開く。「枢機卿、あの聖典改定は、まだ終わらんのかね?」 問われた老枢機卿エローは、目に見えてやつれていた。 頬は落ち、指先はかすかに震えている。彼はしばし沈黙したのち、絞り出すように答えた。「我らルドミラ教は、聖帝国ノヴァに虐げられた民の支持で立っております。中でも信徒の多数を占めるノーム人を、パン一片にも劣る存在などと……どうしても、そのようには書けませぬ」 その声は弱々しかったが、まだ僅かに良心の熱が残っていた。 だが教皇サリームは、怒るでもなく、むしろ穏やかに頷いた。「そうか。では――これを見ても、同じことが言えるかな?」 そう言って、彼は卓上へ数枚の紙束と写真を無造作にばら撒いた。 白い紙片が、冷たい石の机へ音もなく広がる。 老枢機卿の目が、それへ吸い寄せられた。 そこに記されていたのは、彼が教皇位にあった頃、帝国側より受け取った賄賂の詳細。送金記録、口利きの覚書、裏帳簿の複写。 さらに数枚の写真には、当時人気だったモデル達とのホテルでの密会の場面まで、鮮明に切り取られていた。「……こ、これは!?」 老枢機卿は文字通り膝を折った。 顔色は一瞬で土気色に変わり、喉がひくつく。 ルドミラ教では聖職者の独身が尊ばれ、たとえ俗世にあっても一夫一妻が大原則。不義や姦通は重大な背教とされ、火刑さえあり得る。 それを、誰より説いてきた男の過去が、いまこの場で無惨に剥かれていた。 教皇はゆっくり立ち上がると、怯える老人のそばへ歩み寄った。 そして意外なほど優しい手つきで、その肩へ触れる。「余は、枢機卿の見識を高く買っておるのだよ。だからこそ、残念なことにはしたくない」 その声音は柔らかい。 だが、それがかえって恐ろしかった。 刃が首筋へ当たる冷たさ
中古高速船メイラード号は、空間跳躍と通常航行を織り交ぜながら、およそ五日をかけて資源惑星シャンプールへ到達した。 船窓の向こうに見えたその星は、いく筋かの雲をまとってはいるものの、全体としては赤茶けた岩の塊にしか見えなかった。 生気に乏しい。 鉱山惑星という言葉を、そのまま形にしたような景色である。「いかにもって面だねぇ……」 操縦席の後ろで、ツーシームが安煙草をくわえたまま呟く。 管制塔との面倒なやり取りを覚悟していたが、ここがアストレア家の代官の支配地だと伝わるや、交信は驚くほどあっさり終わった。「着陸許可、確認」 操縦を担当していた現地上がりの船員が肩をすくめる。「お貴族さまの名前ってのは、やっぱり便利ですねぇ」 やがてメイラード号は大気圏へ突入し、船体を赤熱させながら降下していく。 窓の外では、乾いた赤い大地がじわじわと迫ってきた。 谷も、丘も、見渡すかぎり岩と砂ばかり。 その中にぽつんと設けられた簡素な宇宙港へ、船は重々しく着陸した。 タラップを降りたツーシームは、周囲を見回して鼻を鳴らす。「ここは見るからに田舎だねぇ」 横からトロスト技師が端末を見ながら応える。「記録によると、ここの人口は三千人らしいですよ」「何! たった三千人だと!?」 巨体のビッグベアが、本気で目を丸くした。 その声が、乾いた港の空気にやけに大きく響く。 トロストは眉をしかめ、訂正する。「いや、正しくは正規民が三千人、だそうです」 その一言で、空気が少しだけ冷えた。 ツーシームは煙草をくわえ直し、頭をかく。「嫌なこと聞いたねぇ……」 正規民が三千人。 ならば、その外側にいる者たちがどれほどいるのか。 数字に出ない労働者、契約外民、流民、ノーム人、債務奴隷まがいの鉱夫――ろくでもない想像がいくつも浮かぶ。 荷物を検疫ゲートへ通していると、こちらへ歩いてくる女がいた。 眼鏡をかけた、よく整った顔立ちの美人である。こんな荒れた鉱山惑星には似つかわしくないほど、身なりもきちんとしていた。「技師のトロスト様、御一行ですね?」 トロストが軽く手を挙げる。「ああ、そうだ。サンブルク商会まで頼む」 今回、アルテミス商会の商会長たるツーシーム本人が表へ出れば、現地に余計な警戒を招くおそれがある。 そのため表向きは、無名の技師トロ
聖帝国暦六四五年十月下旬――。 ユリウスは旗下の貴族たちへ召集をかけ、その艦艇群を惑星ヴァルカンの衛星軌道上へ集結させていた。 輸送船、巡洋艦、旧式駆逐艦、武装商船を改造した補助艦までが、宇宙桟橋の周囲へ幾重にも並ぶ。 まだ寄せ集めの色は濃い。 ゆえに彼は、各家ごとにばらばらな指令系統を一本化し、ようやく一個艦隊らしい形へ整えようとしていたのである。 その最中、アーヴィング大公からの勅使来訪が告げられた。「何かあったのでしょうか?」 老臣グレゴールが眉を寄せる。 疫病、戦況、宮中の政争――不穏な種はいくらでもあった。 だがユリウスは背筋を伸ばし、短く命じる。「失礼の無いように、お通ししろ!」「はっ!」 やがて衛兵たちに先導され、勅使が応接室へ姿を見せた。 ユリウスは上座へ招き、自ら頭を垂れる。 室内は張りつめていた。 だが、側近たちの危惧は杞憂に終わる。 勅使は厳かに巻書を開き、朗々と読み上げた。「アストレア侯爵を、大公国軍の元帥に任じる」 一瞬、空気が止まった。 すぐにユリウスは深く一礼する。「ありがたき幸せ」 差し出された元帥杖と任命証を、彼は恭しく受け取った。 若き辺境侯爵が、ついに大公国軍の最高位へ押し上げられたのである。 任命の儀が終わると、勅使は急に肩の力を抜いた。「いやぁ、お忙しい中、申し訳ない」「いえいえ、遠路はるばるご苦労様です」 勅使ロンメル子爵は、かつてのアストレア家と同じく資源惑星を治める地方領主で、どこか土の匂いを残した男だった。 茶が出されると、彼は苦笑して言う。「私も侯爵様のように出世して、元帥にでもなってみたいものですな」 ユリウスもわずかに笑った。「おおよそ、運が良かったのが大きいですよ」 そんなひとときの後、ロンメル子爵の乗るシャトルは桟橋を離れ、星の闇へ消えていった。 その背を見送りながら、グレゴールはついに目頭を押さえる。「若様……ついに軍の最高峰におなりで、先代様もあの世でお喜びに……ううっ」「爺よ、泣くな」 ユリウスは照れくさそうに顔をしかめ、それでも力強く言った。「僕は、もっと立派になってみせる」 三日後。 六百隻に達した艦隊は、ヴァルカン軌道を離脱。 星系外縁へ進出すると、次々に空間跳躍を敢行し、ルドミラ教皇領への援軍として旅立っていった
帝都ネオ=ベルゼブブ、皇宮地下深く。 幾重もの防音隔壁に閉ざされた秘密の長距離通信室には、淡い青光を放つ極低周波通信モニターが静かに唸っていた。 その前に立つのは、銀髪をきっちり結い上げた女――宰相ローゼンタールである。 冷たい美貌は夜の氷みたいに研ぎ澄まされ、その双眸だけが獲物を見定める猛禽のように鋭かった。 彼女はゆっくり椅子へ腰を下ろし、片肘をついて問う。「……で、パニキアの最果てを知ったであろう者どもを、取り逃がしたと申すのか?」 モニターの向こう、荒い走査線の中に映るのは、禿げ上がった中年男の顔だった。 男は額の汗をぬぐいながら、かすれた声で答える。「は、はい……誠に申し訳ありません」 ローゼンタールは、わずかに口角を上げた。 だがそれは笑みではない。 相手の喉元へ刃をあてたまま、ほんの少しだけ押し込むような表情だった。「人間種殲滅教団の連中も、役立たずよな」 彼女は指先で机を叩く。「毎年、あれほど多大な資金援助を流してやっておるというのに……」 男の喉が、目に見えて上下した。「も、申し訳ありません。ですが、Pウイルスの件は順調でございます」 その瞬間、ローゼンタールの目が細くなる。「……ふふふ」 低く、湿った笑いが通信室へ転がった。 彼女は身をわずかに乗り出し、モニターの向こうを覗き込む。「それくらいは頑張ってもらわねば困る。でなければ、お前の首もずいぶん涼しかろうて」「は、はい! お任せください!」 男はあわててうなずき、額から流れる汗を袖で乱暴に拭った。 そのみじめな姿を眺めていたローゼンタールは、もはや興味を失ったように視線を外す。 細い指が通信機の切断スイッチへ触れた。 ぷつり。 音もなく画面が暗転し、部屋には機械の低い駆動音だけが残った。 しばし沈黙。 やがてローゼンタールは、ひとりごとのように呟く。「さて……もう外は夜か」 彼女はゆっくり立ち上がった。 机上の書類束、暗号鍵、消えたモニター。 そのどれにも未練を見せず、黒い衣の裾を翻す。「新しいノクターン公爵様のご機嫌も取らねばのぉ……」 その声には、忠義も敬意もほとんど感じられなかった。 あるのはただ、権力という猛獣をどう飼いならすか、それだけを考える鋭利な知性である。 秘密通信室の扉が静かに開く。 その先には、
海賊船「モリガン」は、偽装商船「銀の秤」からおよそ二時間遅れでワープを敢行していた。 重力振の共鳴を避けるためである。 もし近接した時間差で同一航路へ飛べば、位相の乱れから航跡を読まれる危険があった。 護衛である以上、影のまま付いてゆく必要があったのだ。 だが、ワープアウトした直後、艦橋の空気が一変する。「なんだあれは!?」 正面スクリーンに映ったのは、「銀の秤」を左右から挟み込む二隻の武装船だった。 朱色の船体。細長い艦首。獲物へ喰らいつく寸前の牙のような電磁砲塔。 ただの警備艇ではない。 その配置、その間合い、その殺気だけで十分だった。 ツーシームは寝起きの気だるさを一瞬で捨て、鋭い声を飛ばす。「砲撃長! 電磁砲、発射用意! 方位F-304、D51!」「了解!」 艦橋に緊張が走る。 だが、すぐ横からトロスト技師が慌てて口を挟んだ。「いやいや、少し様子を見るべきです! ここで撃てば「銀の秤」は助かるでしょうが、戦闘を起こせば連邦の艦艇がすぐ寄ってきます!」 その理屈はもっともだった。 ここは敵地深く。 一発でも派手にやれば、周辺宙域の監視網が目を覚ます。 「モリガン」の秘匿行動も、ユリウスの帰還路も、一気に危うくなる可能性があった。 だがツーシームは、まるで迷わなかった。「いや、乗り込まれてからじゃ遅い。砲撃開始だ!」 その一言で、皆のためらいは消えた。 次の瞬間、「モリガン」前部甲板の電磁砲塔が火を噴く。 加速された徹甲弾が暗黒を裂き、二隻の武装艇の後方へ突き刺さった。 狙いは見事だった。 前面装甲ではなく、防御の薄い機関部側面から後尾寄りを射抜いたのである。「一番艦、命中!」「二番艦、続けて命中!」 朱色の船体が「くの字」に歪み、わずか二秒も耐えられず爆散する。 閃光。破片。噴き出す火球。 二隻の武装艇は、宇宙の藻屑となって四散した。 ツーシームは間髪入れず怒鳴る。「商船『銀の秤』へ打電! 我に構わず逃走すべし!」「了解!」「送信完了しだい急速潜航!」「了解!」 通信が飛ぶ。 そのわずかな間にも、「モリガン」の位相エーテル機関は深い唸りを増していた。 そして次の瞬間、艦体は現実宇宙の輪郭から滑り落ちるように沈み込み、再び異次元の深淵へ姿を消す。 だが同時に、危険な狼煙も上がった