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第9話

Auteur: 酥不問(そふもん)
寒夜の冷たい言葉を聞いた瞬間、菫は思わず息を飲んだ。胸の奥に、じくじくとした鈍い痛みが広がる。

「社長、補償なんてもういりません……その代わり、真実を明かす声明にしてもらえませんか?」

寒夜は細めた目で菫を見据える。彼女の蒼白な頬や、汗で濡れた髪に視線が落ちる。その瞳は、底知れぬ深さをたたえていた。

「寒夜!」

璃宛が声をかけ、一束の写真を抱えて駆け寄ってきた。「ねぇ、どれが一番似合うと思う?あ、菫さんもいるんだね」

寒夜は最後の一言を無視し、彼女の手にある写真に目を落とした。

「どれを選んだ?」

「これと、これ……どっちも可愛くて、迷っちゃう……」

菫の目にも、璃宛が抱えているものが映った。眩しいほど整然と並んだオーダーメイドのウェディングドレス。彼らは、もうすぐ結婚する。

頭の中に、ブンブンと耳鳴りが響く。心はしびれたように空っぽで、もう血も流れていない気がした。

「段野社長」

自分でも驚くほど、静かな声が出た。「お願いできますか?」

寒夜が彼女に視線を移し、何かを言いかけたその時、彼のスマホがピッと鳴った。

彼は画面を覗き込む。見るほどに表情が険しくなり、低く言い放つ。

「菫、お前、恥ってもんがないのか?俺に助けてもらうために、偽の妊娠検査の証明まで作って、わざと俺の携帯に送ったんだろう?」

妊娠検査の証明?

どうして彼の携帯にそんなメッセージが?

菫は思わず璃宛の方を見た。彼女は堂々と目を合わせ、口を動かした――私だよと。

菫が反論する前に、寒夜はスマホをしまい、不機嫌さがさらに増した顔で、それでも不意に、闇のような瞳で笑った。

「本当に妊娠してても堕ろせ。段野家にはお前のような人間は入れない」

菫の全身から血が引いていく。ふらつき、壁に背中をぶつけた。

必死に寒夜を見つめ、瞳は真っ赤に染まる。でも、涙は一粒も落ちなかった。彼女は背を向け、静かにその場を離れた。

……

寒夜は無言で、彼女の背中を見送り、しばらくしてからスマホを開き、アシスタントにメッセージを送った。

秋と冬の間の季節、風が水面をなでるように吹き、肌を刺すような冷たさを連れてくる。

菫はゆっくりと歩く。この道は何度も通った。街灯の下に伸びる影も、道端の飾りも、すべてが昨日のことみたいで、それでいて、何世紀も昔のようにも思えた。

昔、寒夜が一人でいる時、何かやらかすんじゃないかと心配で、いつもこっそり尾行していた。最初は気づかれなかったけど、やがて彼も分かって、それでも珍しく追い返さず、手首を掴んで、並んで歩いてくれた。

二人の体温は、とても親密なものだった。

「菫」

あの時、彼が名前を呼んで、彼女は顔を上げた。

男の横顔は街灯に照らされ、輪郭がくっきりと浮かぶ。彼の瞳は深く黒く、しばらく黙った後、ぽつりと呟いた。

「ずっと俺のそばにいてくれる?あの人みたいに、俺から逃げたり、離れたりしない?」

でも、あの時の自分は、ただの身代わりだった。

冷たい風が菫を現実に引き戻す。目を伏せ、道の端を歩き続ける。

もうすぐ家に着くという頃、背後から声が響いた。

「待て」

菫は振り返らない。

今朝、誰かが彼女の住所をネットに晒し、リアルで罰を与えると書いていた。

気にしなかった。どうせすぐ収まるだろう、と。

でも、奴らは本当にやってきた。

「お前が蘇原菫だろ?」男の一人が腕を掴んで、にやにや笑う。「演技力すごいって聞いたけど、リアルでもそんなに上手いのか?」

「放して」

「お、気が強いな。まだお高くとまってるつもり?」

誰かが彼女を押した。腰の古傷がちょうど当たって、顔が真っ白になるほど痛んだ。

ふらついたところを、今度は髪を引っ張られる。「どうした、黙っちゃって?言葉は得意なんだろ?でも心配すんな、ちょっとお仕置きするだけだからさ。誰かを怒らせたお前が悪いんだよ……」
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