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第7話

Author: 桐谷
洋一のもとを去った後、私は遠く離れた街へと向かった。

そこでしばらくの間入院し、退院してからは周辺の街を転々と旅して回った。

ある日、駅を出た途端にスーツケースのキャスターが壊れてしまった。折れた肋骨がようやく治ったばかりで、重い荷物を持ち上げることはまだできなかった。

誰かに助けを求めようかと迷っていると、ふいにスーツケースの重さが消えた。

ほっとして、横を向く。

「あ、ありがとうございますっ」

しかし、相手の顔を確認した瞬間、私の言葉は完全に凍りついた。

そこにいたのは、何ヶ月ぶりかに見る洋一だった。

彼は片手で私のスーツケースを持ち上げながら、かすかに震える声で言った。

「……どう、いたしまして」

私は少し間を置いて、激しく波打つ動悸を無理やりねじ伏せた。

タクシーを呼ぼうとスマホを取り出し、画面を操作し始める。

すると洋一が手を伸ばし、私の腕を掴んだ。縋るような、弱々しい声で問いかけてくる。

「俺を見て……言うことは、何もないのか」

私は静かに首を振り、再びスマホへ目を落とした。

彼はあわてたように私の前に立ち塞がり、スマホの画面を手で塞いだ。

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    彼の返事を待つことなく、私はその場を離れた。近くのレストランに入り、ひとりで遅い昼食を取った。ふとスマホを取り出し、部屋に設置してある室内カメラの映像を確認する。画面の中では、洋一が台所のテーブルに座り、不格好な料理をたくさん並べて、ひたすら私を待っていた。目の奥が、じわりと熱くなった。昔の私も、いつもあんな風にして彼の帰りを待っていたのだ。立場が完全に逆転してしまった今、あの頃の自分がひどく哀れに思えてならなかった。食事を終え、ショッピングモールをあてもなくぶらついた。夕暮れが深まり、すっかり夜になってから部屋へ帰った。洋一の姿はもうなかった。テーブルの上には、すっかり冷めきった料理だけが残されていた。かなりの量だった。彼なりに、随分と手間をかけたのだろう。でも私は一切手をつけなかった。家事代行の人を呼び、残さず全て片付けてもらった。それ以来、洋一が私の前に姿を見せることはなくなった。私の生活は少しずつ、本来の穏やかさを取り戻していった。そんなある夕方のこと。突然、有菜が私の部屋を訪ねてきた。見る影もなくやつれ果て、まるで幽鬼のようだった。彼女はふらつきながら私に近づき、しゃがれた金切り声を上げた。「消えなさい!洋一に、二度と近づかないで!あの人は私のものだと言ったじゃない。なんであんたが奪うの!」私は深く眉をひそめた。まともに相手にするつもりなど毛頭なかった。彼女の体を押し返し、外へ出そうとする。「帰ってください」しかし、その冷たい態度が火に油を注いだのか、有菜は突然発作を起こしたように体を震わせた。そしてそのまま、獣のように私に向かって突進してきた。「返して!あの人は、私のものなの!愛してるって言ってくれた!私だけだって言ったわ!なんでも私に話してくれたじゃない。なんで、なんでまだあんたのことを好きでいられるの!」有菜は突然顔を上げ、私を睨みつけた。その目の焦点は、ぞっとするほど合っていなかった。そのまま、ガラスを引っ掻くような不気味な声で笑い出した。「あの人は、あんたより私のほうを何度も抱いたのよ。だから、私が隣にいるべきなのよ……!」私は強い力で彼女を突き放した。心の底で、どこか哀れみさえ感じながら。「あなた、正気なの?」でも、私の言

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    洋一のもとを去った後、私は遠く離れた街へと向かった。そこでしばらくの間入院し、退院してからは周辺の街を転々と旅して回った。ある日、駅を出た途端にスーツケースのキャスターが壊れてしまった。折れた肋骨がようやく治ったばかりで、重い荷物を持ち上げることはまだできなかった。誰かに助けを求めようかと迷っていると、ふいにスーツケースの重さが消えた。ほっとして、横を向く。「あ、ありがとうございますっ」しかし、相手の顔を確認した瞬間、私の言葉は完全に凍りついた。そこにいたのは、何ヶ月ぶりかに見る洋一だった。彼は片手で私のスーツケースを持ち上げながら、かすかに震える声で言った。「……どう、いたしまして」私は少し間を置いて、激しく波打つ動悸を無理やりねじ伏せた。タクシーを呼ぼうとスマホを取り出し、画面を操作し始める。すると洋一が手を伸ばし、私の腕を掴んだ。縋るような、弱々しい声で問いかけてくる。「俺を見て……言うことは、何もないのか」私は静かに首を振り、再びスマホへ目を落とした。彼はあわてたように私の前に立ち塞がり、スマホの画面を手で塞いだ。そして、もう一方の手でスーツケースをしっかりと持ち上げる。「どこへ帰るんだ?すぐそこに車を停めてある。俺が送っていく」焦りを滲ませたような、それでいて昔と変わらない広い背中を見つめ、私は小さくため息をついて彼の後を追った。車のそばに立ち、少しだけためらってから後部座席のドアノブに手をかけた。開かない。顔を上げると、窓ガラス越しに洋一の視線とぶつかった。私はドアノブを指差した。「開かないんだけど」彼の暗い瞳の奥には、数え切れないほどの感情がどす黒い泥水のように渦巻いていた。しばらくじっと私を見つめた後、ようやくロックを解除するカチッという音が響いた。車の中に入ると、彼はもう私を見ようとはしなかった。ただ、静かな声でぽつりと言った。「薫、助手席にはまだ、お前の好きなキャラのシールが貼ってあるんだ」ちらりと視線を向けると、ダッシュボードの隅に少し色褪せたシールが残っていた。几帳面な彼が、例外として許してくれた、私たちのささやかな思い出の一つだった。でも、私は何も言わなかった。ただ今の住所を短く告げて、窓の外の景色へと目を向けた。

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  • 春に別れて   第4話

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