ログイン社交界の集まりでは、決まってひとつの笑い話が出る。 「鷹宮夫人は自分じゃ子どもも産めないくせに、毎日のように鷹宮蓮(たかみや れん)の寝室へ女を送り込んでるんだってな。うちの鬼嫁にも、それくらいの覚悟があればいいんだが」 けれど彼らは知らない。あの女たちはみんな、蓮の母が私の名を使って連れてきたのだ。 最初の女を、蓮はその場で追い返した。そして私と激しく口論した。 そのあと、数十億円を超える宝石を競り落とし、私の機嫌を取った。 2人目の女を寝室に送り込んでも、あの人は手が触れただけで顔をしかめ、そしてまた、私と喧嘩になった。 そのあと、広大な屋敷を買い、自分のそばにいる女は私ひとりだけだと言った。 …… 10人目で、すべてが変わった。その夜、蓮は寝室の扉を閉めたまま、一晩出てこなかった。 私たちはもう喧嘩をしない。言葉を交わすこともなくなった。 誰もが、私が鷹宮家での居場所を守るためなら手段を選ばず、一生この家にしがみつくと思っていた。 だからこそ私が本当に離婚協議書を差し出したとき、それを信じた者は、ひとりもいなかった。蓮でさえも。
もっと見るそのとき、警察官たちが会場に入ってきた。詩乃に手錠をかけようとしたが、それでも蓮は彼女をかばった。「待て。彼女に手錠をかけるな。妊娠してるんだぞ。澪、早く被害届を取り下げろ。まだ鷹宮家の嫁でいたいんだろう!」私は笑って、バッグから書類を取り出し、床に叩きつけた。「私はもう鷹宮家の人じゃない。私たちは離婚したの」「本気だったのか!いや、離婚したとしても、長年一緒にいた情くらいあるだろ。俺の子どもを刑務所で産ませるつもりか?」その言葉を聞いて、私はさらに大きく笑った。「ここまで来ても、まだその女をかばうのね。そのお腹の子、そもそもあなたの子じゃないわよ。この馬鹿!妊娠2か月で、あんなにお腹が目立つわけがないでしょう。少なくとも3か月は経っている」それでも蓮は信じようとしなかった。「俺が詩乃を大事にするのが悔しくて、そんな嘘をついているんだろう!そもそも俺をほかの女のベッドに押し込んだのはお前だ。今さら何のつもりだ!」「蓮、今日こそ教えてあげる。あの女たちを用意したのは、全部あなたの母親よ!雨音を人質にして、私にあなたを女たちと寝かせるよう強要したの!結婚して10年よ。どうして私が一度も妊娠しなかったのか、考えたことはないの?2人で検査を受けたとき、医師は私に問題はないと言った。あなたは検査結果を見ようともしなかった。今ここで見せてあげる。子どもができないのは、あなたのほうよ」検査結果の紙を蓮の顔に投げつけると、蓮は完全に固まった。次の瞬間、振り返って詩乃の頬を打った。「このクソ女!腹の子は誰の子だ!」私は詩乃の代わりに答えた。「あなたの母親のそばにいる、あの運転手の息子よ。あの男は詩乃を従妹だと言って、信頼できる子だとあなたの母親に紹介したのよ。だからあなたの母親は、詩乃をあなたの寝室に送り込んだ。でもね、お義母さんも暇ではなかったみたいですね。あの男とは、ずいぶん楽しそうだったじゃないですか」蓮の母の顔が真っ白になった。否定しようと口を開く前に、私は写真の束を投げつけた。写真には、詩乃があの男とデートしたり、キスしたりしている姿が写っていた。さらに、邸宅で蓮の母がその男の体に触れている写真まであった。蓮はその場で取り乱し、狂ったように叫んだ。「ふざけるな。お前ら全員、ふざけるな!」
私は彼女たちを相手にせず、そのまま会場の奥へ進んだ。向こうから、片手にグラスを持った詩乃が歩いてくる。詩乃はオーダーメイドのドレスをまとい、少しふくらんだお腹を見せつけるように、腰を揺らして近づいてきた。「澪さん、まさかそんな格好で来たんですか?恥をかくのは澪さんだけじゃなくて、鷹宮家なんですよ」私は冷ややかに詩乃を見た。「そのお腹、妊娠2か月には見えないわね」次の瞬間、詩乃はグラスの赤ワインを自分のドレスに浴びせ、わざとらしく悲鳴を上げた。「澪さんが私のこと嫌いなのはわかってます。でもお願い、この子だけは傷つけないでください。私には何をしてもいいですから……蓮さんの大事な子なんです」そのとき、背後から低く威圧的な声がした。「子どもも産めないくせに、私の大事な孫に何かあったら、ただじゃおかないよ!」現れたのは蓮の母だった。そばには、30歳にもならないような若く整った男が付き添っている。私は口元に笑みを浮かべ、そばにあったグラスを手に取ると、中身を詩乃の顔に浴びせた。「さっきのは私じゃない。これは、私からよ」詩乃は耳をつんざくような悲鳴を上げた。その声を聞きつけ、蓮も駆け寄ってくると、詩乃をしっかり抱き寄せた。「お前、気でも狂ったのか!何のつもりだ!」私はバッグから雨音の遺影を取り出し、胸に抱いた。そして会場中に届く声で言った。「妹のために、報いを受けさせに来たの」詩乃の顔から血の気が引いた。目を固く閉じ、遺影を見ようとしない。「どうして見られないの?自分の手で雨音を死なせたときは、平気だったくせに」「私じゃありません。あなたの妹なんて知りません」蓮も声を荒らげた。「ここで騒ぐな!これ以上、詩乃を悪者にするなら警察を呼ぶぞ!」私は冷たく笑った。「信じないのね。いいわ」そう言って、私はスマホを操作し、録音を再生した。それは、詩乃が病院へ電話したときの録音だった。電話を受けた医師も、自分に責任が及ぶのを恐れて、証拠として録音を残していたのだ。「もしもし。鷹宮社長の妻、水原詩乃です」「ご用件は何でしょうか?」「白石雨音の酸素チューブを外して。病室も今すぐ空けさせてください」「そ、それは……命に関わります。もし亡くなったら、大ごとになります」「鷹宮社長の言うことが聞けな
卒業後、私はデザイン会社でインターンをするつもりだった。けれど蓮は、決まった給料をもらっていても大したお金にはならない、それなら自分たちで商売をしたほうがいいと言った。蓮のために、私は自分の夢を諦めた。それからは蓮について、あちこちで商売をした。露店を出したこともある。怪しいルートで仕入れた品を売ったこともある。危うくマルチ商法に巻き込まれそうになったこともあった。あの頃は、焼きそばひとつを2人で分け合っても、少しもつらいと思わなかった。未来があると思っていたし、そこには愛があった。悔しいけど、蓮に商才があったのは確かだ。ほどなくして、蓮はいくらか資金に余裕のある人たちと知り合い、一緒に会社を立ち上げた。会社で蓮が強い発言権を持てるように、私は母から受け継いだ大切な形見を売り、全財産をつぎ込んで、蓮を筆頭株主にした。今になって思えば、あのころの恋は、ただの錯覚だったのかもしれない。結局、すべては計算だった。雷雨の音を聞きながら、私は少しずつ眠りに落ちた。それから7日が過ぎた。詩乃がどんな手を使ったのか、蓮は本当に一度も連絡してこなかった。指を折って数えた。あと3日で、私は完全に自由になれる。でも、その先はどうすればいいのだろう。どこへ行けばいいのだろう。考え込んでいたとき、突然ドアを叩く音がした。慎が来たのだと思い、そのままドアを開けた。けれどそこに立っていたのは、蓮だった。蓮は怒りをにじませた顔で、私を押しのけるように部屋へ入ってきた。そして部屋の隅々まで見回した。「何してるの。出ていって!」ひと通り見終えると、蓮は私の前に立った。「どれほど大したことをしてるのかと思えば、俺の考えすぎだったな。お前に俺を裏切る度胸なんてあるわけがない」そう言うと、蓮は私の手首をつかみ、強引に連れ出そうとした。「来い。家に帰るぞ。お前は俺の妻だ。外で暮らすなんてみっともない。俺に恥をかかせたいのか」私は必死にその手を振り払い、部屋の隅に置いた雨音の遺影を指さして叫んだ。「いいわ。私を家に連れて帰りたいんでしょう?だったら雨音も一緒に連れて帰って。できるの?」そこでようやく、蓮は額に入った雨音の写真に気づいた。一瞬、蓮は呆然とした。けれど次の瞬間、急に近づいて供え台をひっくり返し、
「蓮さんが、まだ少しは昔のよしみで家に置いてくれてるからいいですけど、私だって澪さんみたいなおばさんと一緒に暮らしたいわけじゃないんですよ。鏡、ちゃんと見てます?私より10歳も上なんですよ。もう女として見られてないって、そろそろ気づいたらどうですか。私が男でも、澪さん相手じゃ無理です。あ、言い忘れてました。蓮さん、約束してくれたんです。鷹宮家の財産は全部、私とこの子に残すって。澪さんに残るのは、奥様っていう肩書きくらいですよ。ほんと、かわいそう」さっき電話に出たとき、うっかりスピーカーモードにしていた。詩乃の言葉は、慎にもはっきり聞こえていた。慎はこらえきれず、拳でハンドルを強く叩いた。その目には濃い怒りが宿っていた。それでも私は、声を荒らげずに聞いた。「雨音にあんなことをしたのは、あなたね?」「だったら何ですか?証拠でもあるんですか?私が怖がるとでも思いました?澪さんみたいな専業主婦に、誰かを動かす力なんてないですよ。誰も相手にしてくれませんって。それに今、この家で一番大事なのは私とお腹の子です。責められるのは私だと思います?それとも、今さら騒いでる澪さんだと思います?」私は鼻で笑った。「あなたも、一生このままでは嫌でしょう。私がいる限り、あなたの子どもはずっと婚外子のまま。私を追い詰めるのは、奥様の座が欲しいからでしょう?私はもう蓮と離婚協議書に署名している。あと10日で離婚は成立する。賢いなら、その日まで蓮を引き止めておきなさい。私が無事に離婚できるように」「うそでしょう?澪さんが鷹宮家っていう後ろ盾を手放せるわけないじゃないですか?」「離婚協議書は2通ある。蓮の分は書斎の引き出しに入れてあるから、見ればわかるわ」そう言って、私は電話を切った。そのとき初めて、慎の目が赤くなっていることに気づいた。「俺はお前が愛する人と結婚して、幸せに暮らしているんだと思ってた」私は苦笑して、ため息をついた。「そうね。私もそう思ってた。でも、愛だと思っていたものは、最初から全部、計算だったのよ」慎はもう一度、私の手を強く握った。「雨音は俺にとっても妹みたいなものだ。安心して。必ず真相を調べる。相手が鷹宮家だろうと、もっと上の連中だろうと、必ず法の裁きを受けさせる」そのあと、慎は火葬場まで付き添い