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第2話

Author: やまごま
愛乃は、見知らぬ部屋で目を覚ました。

枕元には、一枚の付箋が貼られていた。

【二週間後、港で会おう】

アルコールに沈んでいた記憶が、じわじわと浮かび上がってくる。

昨夜、彼女が会ったのは――西園寺慶(さいおんじ けい)。

浪崎市で諒と肩を並べられる、ただ一人の男。

そして、彼女をこの街から遠くへ逃がせる唯一の存在だった。

スマホの画面には、百件近い不在着信とメッセージが並んでいた。

すべて――諒からのもの。

家に戻ったときには、すでに夕暮れが迫っていた。

諒は進行中のビデオ会議を即座に切り上げ、彼女のもとへ駆け寄った。

「愛乃、どこへ行ってた?昨夜出てから一晩中帰ってこなかったじゃないか。

もう少し遅かったら、市中に捜索願を貼り出すところだった」

赤く充血したその瞳を見れば、一晩中眠っていなかったことがわかった。

テーブルの上ではパソコンの画面が光り、そこには彼女の結婚式の写真が映し出されていた。

初めて彼女が純白のウェディングドレスに身を包んだあの日――彼は子どものように声を上げて泣いていた。

愛乃はしばらく黙って彼を見つめた。

その瞳には、今もあふれるほどの愛がある。

ただ、その愛はもう――唯一でも、純粋でもなかった。

視線を逸らし、淡々と言った。

「友達に会ってたの。話し込んでしまって、連絡するのを忘れた」

諒は肩の力を抜き、彼女をダイニングへ導くと、自ら袖をまくって海老の殻を剥き始めた。

「最近、顔色があまり良くないな。病院に行ったほうがいいんじゃないか?」

箸を動かしていた彼女の手が止まった。

愛乃は、出かける前には必ず行き先を告げてきた。病院へ行ったあの日も例外ではなかった。

だが、彼は楓のことで頭がいっぱいで、そのことをすっかり忘れていた。

「暑くて、食欲がないだけ」

そう答えると、諒はすぐにキッチンへ声をかけた。

「木村さん、これからはもっとあっさりした料理を。愛乃の好きな果物も、暑気払いのデザートにして、毎日違うものを用意してください」

木村(きむら)は「はい」と返事をしたものの、すぐにはキッチンへ戻らず、玄関そばの棚に何かを置いた。

愛乃はその動きにつられて視線を向ける。

そこにあったのは――弁当箱だった。

あっという間に、愛乃の皿には、諒が骨を取り除いた魚と、殻を剥いた海老が山のように盛られていた。

諒は立ち上がり、彼女の額にそっと口づけを落とした。

「ゆっくり食べて。会社で急な会議が入ったから、行ってくる」

彼は手を洗い、出がけにあの弁当箱を忘れずに持ち出した。

愛乃はキッチンへ向かい、鍋の中を覗き込んだ。

そこにあったのは――ピーナッツ入りの粥だった。

その瞬間、瞳の光がすっと消えていった。

彼女はかつてピーナッツアレルギーでショック症状を起こしたことがあった。

それ以来、諒は家の中に一切ピーナッツ製品を持ち込ませなかった。

袖に少しでも殻のかけらが付いていれば、その場で使用人を解雇するほどだった。

だが、彼女にとって毒にも等しいピーナッツは――麻生楓の大好物だった。

愛乃は静かに階段を上り、スマホの監視アプリを開いた。

諒と楓の関係を疑い始めた頃、安心させるためだと言って、諒は自らのオフィスにカメラを設置したのだ。

『これで、もう誤解することもなくなるだろう』

しかし今、その画面は真っ暗だった。

予想通り――彼女の前で尻尾を見せるはずがない。

そう思った矢先、映像がふいに戻った。

聞こえてきたのは、楓の声だった。

「私はあなたの正妻なのに、どうしてこんなこそこそしなきゃいけないの?」

諒は粥をふうふうと冷まし、彼女の口元へ運んでいた。

「欲張るな。愛乃を失う危険を冒してまで、君にこの立場を与えているんだ」

楓は甘えるように彼の胸へ飛び込み、

「わかってるって。これはスリルってやつよ、ね?」

と笑いながら、カメラの方へ挑発的に視線を向けた。

だが、その声はあくまで穏やかだった。

「私には、あなただけでいいの」

しばらくして、諒は彼女の髪に口づけを落とし、低く呟いた。

「順番って大事だな。もし先に君に出会っていたら……愛乃は選ばなかったかもしれない」

その瞬間、愛乃の全身から力が抜け落ちた。

七歳の誕生日の記憶が蘇った。

母が階下の少年たちを指さし、柔らかく言った。

「愛乃、どの子が好き?これからその子に一緒に学校へ行ってもらいましょう」

長く考えた末、彼女は部屋の隅に立つ一人を指差した。

「あの子、ひとりぼっちみたいだから……私がそばにいてあげる」

――諒、あなたが私を選んだんじゃない。私があなたを選んだの。

でも今は……後悔している。

愛乃は壁にかかる大きなウェディングフォトを見つめ、スマホを投げつけた。

ガラスが鋭い音を立てて砕け散った。

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