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第5話

Author: 雪村 澪
再び目を覚ましたとき、視界いっぱいに広がっていたのは真っ白な世界だった。

純子は足首をそっと動かそうとしたが、骨の接合部に電流のような激痛が走り、息が詰まりそうになった。

病室の外では、怜里がキラキラと輝くストーン付きのネイルで竜介の胸元に触れていた。

「あなたは父の味方。つまり、私の味方ってことよ。この件、父に知らせるべきかどうか……あなたなら分かってるはずよね?」

私の味方という言葉か、それともその艶めかしい仕草のせいか。いつもは上から見下ろすような立場の竜介が、珍しく視線を伏せた。

まるで愛しい人の前では気持ちを隠せない少年のように、何も言えず、感情を抑え込んでいるかのようだった。

怜里は話のトーンを変えた。「先生は、私のことをわがままだと思ってるの?話すのも嫌になった?」

竜介は一瞬間をおいて、微笑んで言った。「怜里さんには数多くの求婚者がいて、みんなが君を甘やかす。だから、やりたいことをやるのは当然。わがままだとは思わない」

「今回のことは、小山さんが身の程知らずにも免責同意書にサインしたまでのこと。怜里さんには何の責任もない。気にしないでください」

その言葉に怜里は満足げに微笑み、腰まで届く髪を軽くかき上げた。

「別に気にしてなんかないわよ。世間に顔を出せない婚外子なんて、できればあのまま馬場で死んでくれた方がよかったんだけど」

その言葉を病室の中で聞いた純子の胸に、鋭い痛みが走った。

涙がこぼれそうになるほど心が痛んだ。

おかしい。もう何も期待していないはずなのに、なぜまだこんなにも苦しいのだろう。

風が吹き抜け、カーテンが揺れてテーブルの上をはためき、花瓶が落ちて砕けた。

白いジャスミンの花が床に落ち、繊細な花芯があっという間に傷ついてしまった。

音に気づいた竜介は話をとめ、病室に入ってきた。純子の目が赤く潤んでいるのを見た瞬間、彼の目に浮かびかけていた温もりが一気に消えた。

「競馬なんてお前のすることじゃない。やった以上は結果も自分で受け止めるべきだ」

やはり、叱責から始まった。

純子は苦笑しながら言った。「じゃあ先生、あなたが言うその婚外子の私に、何をすればいいのか教えてください」

「婚外子」その言葉を純子は強く、重たく噛みしめるように吐き出した。

裏切ったのは父の方なのに、そのツケを払うのは彼女と母親だった。

純子の父親は彼女の実年齢をごまかしたうえに、彼女が幼い頃から満足に食べることもできず成長が遅れたこともあった。周囲の人たちは皆、「純子の父親が外で一晩遊んでできた子ども」と噂していた。

だからたとえ小山家に迎え入れられても、家政婦以下の扱いしか受けなかった。

「愛人が産んだ子は、いずれ年の離れた金持ちに嫁がされて、小山家の恩に報いるのが筋」

怜里のヒールが病室の静寂を破るように高く鳴り響いた。

彼女が現れた瞬間から、竜介の視線は終始彼女を追い続けていた。

純子はふっと笑った。どこか諦めのにじんだ穏やかな笑みだった。「安心して。小山家の娘としての責任は果たすわ。父のために政略結婚でも何でも引き受ける。姉さんにも、先生にも、もう失望させないから」

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