LOGIN婚約が決まったその日、兄は見知らぬ少女を家に連れてきた。 「この子こそが、本当の妹だ」と―― 兄は私を責め、彼女から奪った二十年を返せと罵った。 婚約者も「本物の妻は彼女だ」と言い、私を見捨てた。 私は家を追われ、かつて私のために用意された別荘まで、彼女に譲られていた。 そして、兄と彼女、そして婚約者は三人で優雅に旅行へ―― 私の誕生日になって、ようやく彼らは私の存在を思い出す。 だがその時、私はもう国家の十年機密プロジェクトに参加していた。 姿を消した私に、彼らは二度と会えない。 それでも、本来なら幸せだったはずの彼らは、なぜか……後悔していた。
View More「お姉さん……」入院して最初の夜、長年会っていなかった旧友・美優が現れた。「まさか、最初に私に会いに来るのが、あなただなんて思わなかったわ」私は震える手でベッドから起き上がろうとする。美優は髪を整えながら、腫れた目で言った。「一人で来たわけじゃないの。みんな来てる」彼女が身を引くと、隼也と智貴の姿があった。みんな歳を取った。目を細めてよく見ようとしても、どうしてもはっきり見えない。「理央……この何年、本当に苦しかっただろう」隼也は嗚咽を漏らしながら、私のそばに膝をつき、顔を近づけた。私の手を取り、その指先を自分の頬にあてる。「年を取ったな……みんな」私の喉からかすれた声が漏れた。智貴は涙を拭きながら、傷痕にそっと手を添える。「……全部、兄さんが悪かった。お前に八つ当たりして……理央、本当に……ごめんな……」彼には、この三十年間、私がどうやって生きてきたのか想像もできないだろう。昔は、美しくあることにこだわっていた。髪も一糸乱れぬよう整えていた私が、今ではこの姿だ。「私が悪かったの。あの頃の私は、狭い世界しか見えてなかった。お姉さん、本当にごめんなさい……」その「お姉さん」は、美優が心から絞り出した言葉だった。私は手を振って制した。彼女は間違っていない。自分の人生を二十年以上奪われたと知って、平静でいられる人なんていない。彼女は十分すぎるほど、良くやった。「私は、あなたたちを恨んでない。美優も、兄さんも、隼也も、みんな十分尽くしてくれた。わがままだったのは私よ。あの頃は未熟だった……ごめんなさい」三十年前のことはもうよく覚えていない。覚えていたとしても、責める資格なんてない。「そんな風に言われたら……心にナイフを刺された気分だよ……」隼也はソファに座り、涙を止められなかった。本当なら、扉を開けた瞬間、過去の自分を締め上げたかった。もっと強く理央を選べていたら……自分がいなければ、理央はこんな姿にはならなかったかもしれない。「隼也……あなたのこと、責める気なんてないの。美優と幸せになってほしいって、ずっと願ってた。私は自分の道を選びたかったの。あなたたちがいたから、その覚悟ができたのよ。だから、ありがとう。自分を責めないで。そういえば、お二人の子どもは?姿
長年の想いは、嘘じゃなかった。彼は本当に理央のことを愛していて、本当に自分の過ちを悔いていた。「篠原くん……無理に追い求めるものじゃないよ。西園寺くんがどこへ行ったか、それは言えない。彼女には彼女の道がある。夢があって、生き方がある。きっと、何年か後にはまた会えるかもしれない。でも、あまり執着せずに……帰ってあげなさい」所長が本当に伝えたかったのは、彼女への祝福であり、これからを歩むための勇気だった。けれど、それを口にするには、今の隼也はあまりに脆すぎた。「どうして言えないんですか、所長……お願いです、教えてください!」研究所の門が閉まる中、隼也は門扉にすがりつき、悔し涙を流していた。8歳の時、初めて理央に会い、「絶対に結婚する」と心に誓った。18歳の時、その誓いを8歳の頃よりさらに強く信じていた。24歳の時、強くもどこか哀れな美優と出会い、理央の気の強さに嫌気がさした。25歳の時、婚約披露宴で彼は理央の存在を否定し、その代償として永遠に彼女を失った。「理央……俺は間違ってた……本当に間違ってた……帰ってきてくれ……頼むよ……」智貴が駆けつけたとき、そこにいたのは、かつての尊大な篠原家の御曹司ではなかった。ただ、愛する人を失い、子供のように泣きじゃくる男の姿だった。けれど、誰にも未来を変えることはできず、過去をやり直すこともできなかった。それ以来、西園寺家に理央が戻ることはなく、隼也も愛しい人を永遠に失った。――30年後。研究所では大きな成果が上がり、私はついに再び世に姿を現した。「西園寺先生、お気をつけて」世話をしてくれるのは、新しく配属された研究員だった。この30年で、私は何度も爆発に巻き込まれ、顔に重度の火傷を負い、右手と片目を失った。かつての友人たちが今の私を見ても、「西園寺理央」だとは思わないだろう。「西園寺先生、こちらです!」「西園寺先生、素晴らしい成果です!」周囲の称賛の声に、私は目を細めながら一人ひとりの顔を見た。30年間、私はここで死ぬのだと、そう思っていた。誇りを胸に、この場所で朽ち果てるのだと。けれど、私は生き残り、成功した。人類をまた一歩、未来へと導いたのだ。それは私の栄光であり、この国の誇りでもあった。「西園寺先生、私は国を代
「昔から理央を一番甘やかしてきたのは、智貴だよな。世界中の一番いいものを全部あいつにやるって言ってたじゃねえか。一生甘やかしてやるって。それが今のお前かよ。これは理央が決められることじゃなかったんだ。あいつには、自分の人生を選ぶ権利なんてなかったんだぞ。それなのに、なんで俺たちは、あいつを責めてんだよ……どんな権利があって、あいつを責めてるんだ……」隼也は、魂が抜けたように呟いた。この数日間に起きたすべてのことを、思い返す勇気が彼にはもうなかった。最初はただ、可哀想な美優に少しだけ優しくしたかっただけなのに。なぜ、こんな結末になってしまったのか。なぜ、自分はここまで最低な男になったのか。「理央……理央に会いに行く。どけ」傷口の痛みが、隼也の頭を冴えさせた。次第に思い出す。この婚約は、彼が無理に望んだものだった。当時の篠原家は圧倒的に強く、わざわざ西園寺家と縁を結ぶ理由なんてなかった。それでも、彼は理央に一目惚れして、どうしても結婚したくて、絶食して抗議し、ようやくこの縁を手に入れた。それなのに、最後は、「本物の令嬢」ってだけの理由で、理央を傷つけた。「……隼也」呆然としながら智貴は隼也の背中を見送った。あれだけ言われて、智貴の胸の奥には、複雑な感情が渦巻いていた。この数日間、理央の誕生日を思い出さなかったわけじゃない。しかし、どうすればいいのか分からなかった。二十年以上も取り違えられた人生。理央に少しでも優しくするたび、それは美優を裏切るような気がしていた。けれど、理央が残した手紙を見たとき、自分がやりすぎたのかもしれないと思った。だって、理央は一度だって何かを欲しがったりしなかった。争うことも、奪うこともなかった。それなのに、自分は当然のように「彼女が執着している」と思い込み、まるで財産目当てでしがみついているかのように決めつけてしまった。「兄さん……隼也さん、私のこと……嫌いになったのかな……?」美優が怯えた声で肩をすぼめた。いつもなら、彼女が少しでも弱さを見せれば、智貴はすぐに味方になってくれた。だが今、智貴はただ一度、美優を見ただけだった。「隼也と理央は一緒に育った。あいつらは、本当の意味での幼なじみなんだ。お前が間に入れるような関係じゃない。……心配する
隼也が先に手紙を受け取り、顔を険しくした。「……勝手に出て行くなんて、何様のつもりだ。どの面下げて、こんな真似を……」怒りが彼の中で爆発し、足元にあった人形を思いきり蹴り飛ばした。乾いた音を立てて砕けた石膏人形は、過去の二人の関係そのものだった。バラバラに砕け、もう二度と元には戻らない。「隼也さん……」思わず破片を拾おうとしゃがんだ美優だったが、隼也は彼女を乱暴に突き飛ばした。「理ちゃん……」十八歳の年、隼也は初めて「男」としての覚悟を持ち、理央との将来を願ってこの人形を作った。あの頃の彼は、本気で理央を愛していた。誰もが知っていた、理央には小さい頃から守ってくれる婚約者がいるって。理央に近づく男を全員遠ざけて、理央の隣はいつも彼だけだった。だが、美優が戻ってきたその日から、この男は変わってしまった。「本物の令嬢」に惹かれたのだ。美優にあんな深い感情を抱くようになった理由が、どうしても分からなかった。でも、あの日、彼の会社に行ってようやく気づいた。美優が身元を明かす前から、特別扱いしていた。智貴もそれを知っていた。ただ理央だけが、何も知らずに。「……理央……」昔の事を思い出したように、隼也の目にふと涙が滲んでいた。理央という花を大切に育ててきたのは、誰でもない、彼自身だった。今、枯れてしまったバラの花は、どこか彼自身のようだった。「隼也さん……お願い、そんな顔しないで……」美優の声が震える。彼女は貧しい家で育ち、隼也のような人と関わることすら想像していなかった。でも運命は皮肉だった。「本物の令嬢」として迎えられ、隼也に惹かれ、智貴に庇われ、一瞬にしてすべてを手に入れた。理央のすべてを。彼女は、間違いなく「幸運」である一方で、不幸でもあった。いつも庇ってくれた婚約者の隼也の心には、彼女への愛情など実になかったのだ。「どけ」石膏人形の破片は鋭く割れ、隼也の掌から血がにじんだ。それでも彼は、まるで痛みを感じないかのように、一片一片を拾い集める。「俺は……俺は一体、何をしてたんだ……」粉々に割れた人形のひとつひとつに、過去の記憶が刻まれていた。隼也の胸を、後悔と喪失が容赦なくえぐる。今、ようやく気づいた。彼は、理央を失いたくなかった。これっぽっちも、離