Partager

第4話

Auteur: 雪村 澪
純子はその言葉を聞いた瞬間、ハッと顔を上げた。

あの馬はかつて竜介が自ら選んで彼女に贈ってくれたものだった。あまりの嬉しさにその夜は眠れないほどだった。彼女は一年間、大切に大切に育ててきた。

それが今「殺してしまえばいい」のひと言で終わり。

純子は泣きそうになった。どれだけ止めようとしても、馬場のスタッフたちは一切動じず、黙々と作業を続けた。

彼女はその馬が引きずられていく様子を、ただ見ているしかなかった。

次の瞬間、耳を劈くような悲鳴が空に響き、血が草原を赤く染めた。

ほんの10分も経たないうちに、馬場は黒服の男たちに囲まれた。

彼らの手には大量の馬術服があった。流れるような手際で次々と並べられていく馬術服は、市場では決して手に入らない貴重な一点物ばかりだった。幼い頃から贅沢に慣れている名家の令嬢たちでさえ、目を見張っていた。

「嘘でしょ、あれってスペイン産の牛革を使って、イタリアの職人100人が3ヶ月かけて仕立てたっていう、世界に一着しかないやつよ? お金じゃ買えない幻の馬術服」

「そんな逸品をプレゼントだなんて、普通はコレクションにするでしょ? 馬に乗るために着る人がいるなんて」

「怜里、帰国したばかりなのにもう求婚されているの? 小山家は今後ますます勢いづくわね」

黒服の代表が恭しく頭を下げた。「怜里さん、これらの馬術服はボスからの謝罪のしるしです」

「また、本日の全ての費用もボスが負担いたします。どうか思う存分、お楽しみください」

少し離れた場所では、純子の馬術服が無残に地面に放置され、馬の蹄で踏みつけられて原形を留めていなかった。

竜介の口元に浮かぶわずかな笑みに、純子の胸はズキリと痛んだ。

その後、竜介はほとんどの時間を怜里の馬術服選びに費やしていた。終始にこやかで、少しの疲れも見せなかった。

純子の脳裏にふと以前の記憶が蘇った。彼の気を引こうと、わざわざセクシーなランジェリーを用意したことがあった。

けれどサプライズの前に、彼女はベッドに押し倒された。欲望に負けたと思った次の瞬間、彼は耳元で冷笑した。

「小山さん、こういう遊びに付き合うほど暇じゃないんだ。俺たちは、ただの体の関係だろ?それだけのことだ」

竜介はそのとき初めて、今日が純子の授業の日だったことを思い出した。

彼は馬場を見渡し、純子を探した。

そのとき、彼女はすでに馬にまたがり駆けていた。

風をまとい、姿勢も美しく、馬術服など着ていなくても、手綱を握る所作ひとつにすべてが滲み出ていた。

竜介は目を細めた。彼女にこんなに乗馬を教えた覚えはなかった。

やがて彼女は竜介の前で手綱を引き、馬を止めた。

「先生、もう教えて頂けることがないなら、先に失礼します」

馬から降りようとしたその時、怜里が彼女の前に立ちはだかった。

「まだレースが始まってもないのに、そんなに急いでどこへ?」

彼女は純子の洗いざらしで色あせた服を上から下まで眺め、摩擦で破れてしまった部分を見て鼻で笑った。

「200万円でレースに出て。どう?」

素人が競馬に出るなんて、命がけだろう。帰国したばかりの優しい姉は、早速彼女を排除しようとしていた。

「2000万」純子は言葉を続けた。「2000万なんて、お姉さまにとっては大したことないでしょ? もし運良く私が勝ったとしても、倍率を考えればむしろお姉さまが儲かる」

2000万は怜里にとっては端金に過ぎなかった。小山家唯一の令嬢として、純子の父親は彼女の望みをすべて叶えてきた。

毎月の小遣いだけでも8桁を超えている。

一方で純子は食べる物すらなく、野良犬と餌を奪い合って生き延びた日々があった。

怜里は冷笑した。「いいわよ。生きて使うことが出来ればね。命があればの話だけど」

竜介の鋭い視線を無視して、純子は迷いなく契約書に署名した。

賭けが始まると人は一斉に賭けへと熱狂し、その倍率は驚異の「1:10」に達した。

スタートの笛が鳴った。

純子は馬を駆り、他の競技者たちをどんどん引き離していた。その姿はまるでプロの騎手のようで圧倒的だった。

やがてゴールの赤いラインを越え、彼女は見事に勝利した。

だがその直後、彼女のすぐ後ろを走っていた馬が、まったく止まる気配もなく、まっすぐ彼女をめがけて突進してきた!

激しい衝撃により、純子は馬から投げ出され、地面に激しく叩きつけられた。骨が砕けるような痛みが、全身を駆け巡った。

そして次の瞬間、馬の蹄が彼女の膝をめがけて真上から振り下ろされた。

ッ!

けれど、予想していた痛みは来なかった。

純子がうっすらと目を開けると、そこには、手綱を引き馬を制した竜介の姿があった。

気のせいだろうか。あの常に冷静で感情の読めない竜介の瞳に、初めて彼女のために揺らめく光が宿ったように見えた。

Continuez à lire ce livre gratuitement
Scanner le code pour télécharger l'application

Dernier chapitre

  • 昨夜の風雨が思い出を濡らす   第29話

    純子はどれほど経ったのか分からなかった。ただ竜介と過ごす毎日が異様に長く感じられた。竜介は自分なりにロマンチックだと思う事を彼女にした。、かつて怜里に注いだ以上の愛情を純子に向けた。彼女は言葉を発することも少なくなり、表情も乏しくなった。生気を失ったようだった。ある日、彼らが出会った元奧村へ彼女を連れていった。「ほら、家に帰ってきたぞ」ここ数日で初めて純子の感情が揺さぶられた瞬間だった。久しぶりに口をひらき「あなた、怜里のために花火をあげるのが大好きだったでしょ?私も花火をあげて欲しいけど、町中の花火はいやだわ。ここだけで、私のために花火をあげてほしい」純子が初めて要求を口にしたので竜介は嬉しかった。彼は純子が自分を受け入れてくれた合図だと思い、すぐに準備を始めた。その夜、竜介は純子の手を引いて元奧村を散歩した。すべてが美しく見えた。「覚えてる?君が俺を川から救ってくれたとき、俺はフェアリーを見たと思ったんだ。君はヴェールをかぶり、目だけが見えていたけど、それでも世界で一番美しいと思った。記憶を失っても、小山家で君を見たその瞬間に、どこかで会った気がしたんだ」「多分、神様は俺が愚かすぎて、ヒントをくれたんだろう。でも俺はそのチャンスを掴み損ねた……」「最初から俺の動機は純粋じゃなかった。ほんの少しだけ、君と付き合うチャンスがあったのに」遠くで花火が上がり、元奧村の夜空を鮮やかに照らした。花火の中に自分の名前が映し出されるのを見ても、純子の心は揺れなかった。竜介は平然と言った。「これは君たちの合図だろう?」純子ははっと振り返り、恐怖が全身を包んだ。竜介がまた何かするのではと怖れた。だが竜介は何も言わず、彼女と共に昔の木造の家でただ黙って朝まで座っていた。夜明けが近づくと、直弘と警察が来た。「竜介さん、あなたを誘拐容疑で逮捕します。武器と人質を置いて出てきなさい」「発砲は三回まで。それ以上は即射殺します!」竜介は笑みを浮かべて立ち上がった。パン!彼は無視するように地面のナイフを拾った。パン!しばらくして、また笑みを浮かべ、ナイフを持って純子の後ろに立った。パン!三発の銃声が響き、もし竜介が動けば、銃口は空ではなく彼の胸を狙っている。純子は手のひもが緩んだのを感

  • 昨夜の風雨が思い出を濡らす   第28話

    彼女は男に強く抱きしめられた。竜介はただ静かに彼女を抱きしめ、失ったものを取り戻した喜びを噛みしめていた。この瞬間だけでも、彼女が本当に自分のものだと感じられる気がした。どれほど時間が過ぎただろうか、彼は純子の目かくしを外した。「傷つけたりしない」純子は顔をそむけて言った。「じゃあ今は何してるの?」今の彼の言葉など、微塵も信じられなかった。竜介は必死に証明しようと、錆びた鉄の門を強く開けた。、眩しい陽光が差し込み、外には青々とした草原が広がっていた。「もう一度、やり直さないか?」彼は純子の手を引いて外に出た。遠くからは馬の蹄の音が響いてきた。「もう一度馬を引き取ろう。1年育てて大きくなったら、一緒にこの草原を駆け回ろう。君の乗馬の腕は、俺のお茶の腕に負けないんだろ?」純子はこれ以上話を聞く気はなく、真顔で言った。「竜介、私帰りたい」竜介は聞く耳を持たず、自分の世界に浸っていた。彼は再び純子の手を取り、食肉処理場へ連れて行った。そこには冷たい刃物が並び、見るだけでぞっとした。竜介はその中からひとつ、ナイフを手に取った。そのあとの数日間、ほとんどの間純子の目は再び布で覆われた。「おとなしくして、見ないでくれ」次の瞬間、鈍いうめき声が響き、純子は血の匂いを感じた。彼女は叫んだ。「竜介!何をしてるの!」竜介は歯を食いしばって答えた。「俺が自分の手で君の馬を殺した。今、この刃で返すんだ……」男のうめきは続き、純子は恐ろしくて思考が止まった。指先は震えていた。「やめて!竜介、やめてって言ってるでしょ!」純子の目の布が解かれたが、彼女はまだ目を開ける勇気がなかった。竜介は弱々しくも彼女を慰め、優しい目をしていた。「大丈夫だ、もう包帯はしてある」純子が目を開けると、目に入ったのは血まみれの竜介の右手だった。血が包帯を染め上げていて、包帯をしていても見るだけで背筋が凍りそうだった。「竜介、あなた狂ってるわ!」竜介は青ざめた顔に笑みを浮かべた。「やっぱり君は俺のことを気にかけているんだな」そう言うと、意識を失ってしまった。夜が訪れ、竜介はようやく目を覚ました。純子に食べ物を口に運ばせると、彼女を連れて外へ向かった。今回は荒れ狂う海だった。彼は純子を崖の向こう側に拘束した状態で座らせ、

  • 昨夜の風雨が思い出を濡らす   第27話

    それから毎日、純子はどこかで必ず竜介の姿を目にした。朝バルコニーで朝食をとっていると、竜介は別荘の下で一時間もじっと彼女を見つめていた。街に出かければ、竜介は後ろをつけ、彼女が商品を見ているとすぐに買ってくれた。こんなことがしばらく続いた。彼女はあの時に話は終わったと思っていたが、竜介は思っていた以上に執着していた。彼女は外に出なくなり、家の中で本を読むだけの毎日を送っていた。そんなある日、直弘から「近々ディナーパーティーがあるから、純子にも出席してほしい」と言われ、外出する気になった。「無理はしないでね。もし気がのらなかったら言ってね」純子は「今はあなたの婚約者だし、助けてもらった恩もあるから出席するわ」と答えた。そのディナーパーティーで、平野家の長男が初めて婚約者を公の場に連れて現れたことは、東都で大きな話題になった。かつての足を引きずる当主は、妻を大切にする男に変わり、あらゆる噂を覆した。純子は直弘のそばに寄り添い、彼が社交の場で活躍する様子を見つめていた。家で毎日彼と口喧嘩をするだけの生活とは全く違った。彼女はまだ彼に心を開ききっていないので、長丁場に少し疲れてしまった。直弘に一言伝え、座って休もうとしていた。そこにまたしても望まぬ来訪者が現れた。「小山ちゃん……」純子が目を開けると、そこにいたのは竜介だった。彼女はさっと顔を背け、皮肉って言った。「間違えてるでしょ?私の姉、小山怜里は海城市にいるの。ここにはいないわよ」この言葉を聞いて竜介はどうしていいかわからなかった。これまではずっと冷たい顔で彼女の名前を呼び、あるいは嘲るように「小山さん」と呼んでいた。小山ちゃんなど、関係をもつ時も呼んだことはなかった。竜介は純子の嫌味に気づかぬふりをして、自分勝手に話し始めた。純子は会場を見渡し、感情を乱すことはなかった。竜介は一輪の花を取り出した。「昔、俺にジャスミンの花をくれたよね。『離れないで』って言ってくれた。今度は俺が純子に花を贈る番だ。純子も離れないでいてくれるかな?」彼女は笑みを浮かべたが、目は笑っていなかった。彼女は身を乗り出し、竜介の手から花を奪い取った。竜介の眼は輝いていた。純子は赤い唇を少し開いた。「もう遅い」そう言い終えると、花を再び竜介

  • 昨夜の風雨が思い出を濡らす   第26話

    愛という言葉に竜介の胸は激しく跳ねた。思い出したかのように、彼は純子を引き戻した。「違うんだ……そういうことじゃない!」「あいつらに強制されたんだろう?君がここにいたくなければ、いつでも連れて行ける。誰も知らない、あの頃の元奧村へ行こう。二人だけの生活を送らないか?」彼は必死になって泣きつき、この何日もの想いを伝えた。彼自身認めざるを得なかった。純子がいなければ自分は狂ってしまうと。純子は驚きを隠せなかったが、感情をおさえ、冷ややかな目で見つめた。「思い出したの?それが何だっていうの?全部忘れて、怜里を命の恩人と勘違いして、ずっと彼女に惹かれてたって言いたいの?本当は恩人を傷つけていたのに?」純子が話を続けようとしたとき、直弘が扉の向こうから現れ、早足に歩み寄り、竜介が掴んだ純子の手を強く払いのけた。純子の手首に赤い痕が浮かんでいた。直弘は冷たい表情で「竜介、夜中に俺の妻に手を出すなんてどういうことだ?」と言った。竜介の顔は青ざめた。手強いと噂の二人が向かい合った。一方は冷たく、もう一方は怒りに燃えていた。「お前の妻だと?」竜介は冷たい顔で問い返した。直弘はすっと結婚証明書を取り出し、純子を腕に抱きながら、証明書を高く掲げた。「証拠がある」真剣な顔で竜介を見つめた。「お前が立ち去らないなら、明日、東都で竹内家との全ての取引において利益が二割減ることになるぞ」二割は彼らのような一流の名家にとって、数分で数十億の損失に匹敵する。純子はただ直弘を見つめた。私のために、ここまでしてくれるなんて。竜介は言った。「俺は信じられない。純子は明らかに小山家が無理やり押し付けたんだ。平野家が小さな小山家との婚姻を認めるわけがない。それに……」「それに何だ?」直弘は鼻で笑い、勝ち誇った顔で答えた。「昔、純子はお前一人だけを助けたんじゃない」その言葉を聞いた全員の顔色が変わり、純子も驚いていた。竜介はふらつき、そのまま倒れこんだ。おそらく、一日中豪雨の中に立ち続けたせいだろう。直弘はすかさず指示を出した。「連れて行け。うちで死なれたら縁起が悪い」直弘は純子を部屋まで送った。二人は言葉もなく見つめ合った。直弘が扉を閉めると、純子が口を開いた。「あの……私、いつあなたを助けたの?」

  • 昨夜の風雨が思い出を濡らす   第25話

    外は激しい雨が降っていて、純子はもう外出するつもりはなかった。変わった形のケーキが運ばれてくると、彼女は不思議そうに眉をひそめた。「このケーキ」直弘は軽く咳払いをした。まるで褒められるのを期待している幼稚園児のようだった。「どうだ、俺が作ったんだ」「すごく不細工だよ」すると大爆笑が起こり、皆涙を流して笑っていた。直弘がこんなに参っている様子を見たのは初めてだった。「でも、俺は気に入ってるよ」甘いクリームが直弘の顔に塗られた。純子は得意げに子猫のように走り去った。直弘はその場で、純子たちがじゃれ合う様子を見て、口元がほころんだ。これこそが彼の記憶にある、イキイキとして笑顔を絶やさない純子だった。夜が更けると、皆は疲れて早めに部屋へ戻って休んだ。そよ風が吹く平野家のバルコニーで花が満開を迎えていた。純子は一人でバルコニーに立ち、良い花の香りを感じていた。風に吹かれながら伸びをし、部屋へ戻ろうとした時、下の方から視線を感じた。次の瞬間、電話が鳴り見知らぬ番号から聞き慣れた声が響いた。「一目だけ会わせてくれたら、すぐに帰るから。いいだろう?」純子は下を見て、目を大きく見開いた。そこに立っていたのは竜介だった。悩んだが、純子は結局下へ降りることにした。「もう私の様子を見たでしょう。私は元気にやってるわ。だからもう帰って」純子の口調は、とても冷たかった。彼女が呆れた顔で見上げると、そこには別人のような竜介がいた。雨に濡れて髪が顔に張り付き、スーツは乱れ、目の下のクマが酷い。しかも、目全体が恐ろしいほど赤く腫れていた。「嘘をついたな」この言葉を口にした竜介自身も信じられなかった。目の前の彼女は柔らかく心地よいパジャマを着て、髪はきれいに整えられ、輝くように美しかった。いつも臆病で弱々しく、従順で控えめで、元気がない。そんな小山家で見た彼女とはまるで違った。純子は冷たい口調で続けた。「竜介、騙しているのはあなたよ」「どう?もう怜里のこと嫌いになった?」竜介はまるで何かに取り憑かれたように、突然彼女の手首を強く掴んだ。「違う、俺が愛しているのは彼女じゃない」純子は遮った。「彼女じゃない?」「私の飼っていた馬を殺したのも、彼女のために私の写真をオークションに出したのも、私を崖

  • 昨夜の風雨が思い出を濡らす   第24話

    助手が言った。「たった今気象庁が警報を出しました。東都行きの全便が運休で、最短でも来週まで飛びません」竜介はその言葉に足を止めた。助手は竜介がこの計画を諦めると思っていたが、彼は向きを変えると車の鍵を手に取り、振り返らずにその場を去った。車で東都まで行くつもりなのか?2000キロ以上、まともな休憩をとらなくても丸一日かかる距離だ。竜介の頭の中はただ一つの事だけを考えていた。それは純子に会うことだ。彼女と直弘はまだ婚約したばかりだ、もしかしたらその婚約も平野家に強制されたものかもしれない。彼は東都へ行き、彼女を連れ戻すつもりだった。真っ赤で派手なスポーツカーが道に線を描き、誰もその姿をはっきりと見ることはできなかった。二日後、純子が早朝に目を覚ますと、花火の音に眠気が吹き飛んだ。「奥さま、お誕生日おめでとう!」純子は早朝から平野家の使用人に「直弘とはただの友達だ」と伝えるが、彼女たちは親しげに「奥さま」と呼び続け、純子は彼女らが去るのを待つしかなかった。彼女は少し戸惑いながらも言った。「私の誕生日?」カレンダーを見て、こんなに時間が早く過ぎたことに驚いた。「でも、どうやって知ってたの?」「もちろん直弘さんが教えてくれたのよ!直弘さんは表向きは控えめだけど、実は奥さまのことをとても気にかけていますよ」「あと、プレゼントは全て下にございます!」純子はほとんど引きずられるようにベッドから起こされ、その後の洗顔、歯磨き、髪のセット、メイクに至るまで、自分で何もする事なく支度が終わった。彼女たちの巧みな技術によって、短い時間でまるで人形のように仕上げられた。階段を下りると、目の前の光景に圧倒された。数えきれないほどの贈り物が、平野家の広いリビングルームを埋め尽くしていたのだ。直弘は純子を見ると目をまん丸にした。自分で鼓動が激しくなるのを感じた。純子は夢を見ているようだった。プレゼントはこれまでの二十年間に受け取った数を遥かに超えていた。彼女は仲良し兄弟に憧れていた。同年代の子供たちが学校に行っている間、彼女は一人で空っぽの池を眺めていたからだ。そして、小山家に入ってからは怜里に敵視されてきた。この二十年間、誕生日は誰からも気にかけられたことはなく、これほど多くの人に祝ってもらったことは一度も

  • 昨夜の風雨が思い出を濡らす   第9話

    男は純子のもとへ歩み寄ると、丁寧に一礼をした。その後の時間、平野家の助手は始終純子の傍らに付き従い、「小山さんがお気に召したものはすべて落札いたします」と言いながら、実際には純子の指示を待つこともなく、自ら次々と落札した。あの何枚かの写真は最終的にすべて純子の手元へ戻ってきた。それだけでなく、昔の書画や、ボヘミアンの職人が王室のために仕立てたという手縫いの絨毯、世界に二つしかない琉璃のランプまでもがすべて彼女のものになった。怜里が狙っていた出品物の多くは落札できなかった。オークションがまだ終わらないうちに、怜里は怒りに震えながらバッグを掴み、会場を後にした。その様子を純

  • 昨夜の風雨が思い出を濡らす   第8話

    場内が再びざわめきに包まれた。誰かがぽつりと呟いた。「あの男の家紋、東都のあの一族の家紋に似てないか?」その男は一切動じることなく、静かに微笑むと、二階のVIPオークションルームに向かって礼儀正しく一礼した。その視線をたどると、二階は厚いカーテンに覆われ内部はよく見えなかった。だが、金糸で縁取られた車椅子、そしてその人物がつけている謎めいた仮面を見た瞬間誰もが息を飲んだ。この人物は、平野家の権力を握っている平野直弘(ひらの なおひろ)以外に考えられない。彼と競り合うなど自殺行為に等しい。純子は思わず二階を見上げた。そして不意に、男の視線とぶつかった。その瞳には、

  • 昨夜の風雨が思い出を濡らす   第7話

    雪のように白い肌、柔らかな腰つき、絶妙な動き。顔にはモザイクがかかっていても、見る者の血をたぎらせるには十分だった。オークション会場は、まるで雷鳴のようなざわめきに包まれた。競売人が値を叫ぶ前から、我先にと札を上げる者が現れる。「すげえ……この歳でこんなの見て身体が反応するとは思わなかったよ……」「誰にも譲らん!この写真は俺のもんだ。これがあれば、まだまだ現役復帰も夢じゃねえ!」酒と欲にまみれた会場は、一気に男たちの卑俗な叫び声で満ちた。純子は思わず車椅子から立ち上がった。だが、膝の激痛に耐え切れず、崩れるようにその場に倒れ込んだ。彼女は竜介の目に浮かぶあざけりを無視し

  • 昨夜の風雨が思い出を濡らす   第6話

    怜里はギプスで固められた純子の足を嫌悪の目で見て、鼻で笑ってその場を後にした。竜介は純子の傷口に触れながら、じっと彼女を見つめていた。まるで、その目で彼女の心の奥底まで見透かすかのように。「誰と結婚するつもりだ?」血がギプスににじみ、純子の額には次第に冷や汗が浮かんできた。パシッ!次の瞬間、純子の手が竜介の頬に鮮やかな手形を残した。「先生、ご自分の立場をお忘れでは?」かつて、授業中に純子が竜介を指先でくすぐるように触れようとした際、その夜彼は鞭で彼女の手を99回も打った。彼は厳しい声で言い放った。「人前では、俺に一切触れるな」だから今度は、彼女が彼のやり方で

Plus de chapitres
Découvrez et lisez de bons romans gratuitement
Accédez gratuitement à un grand nombre de bons romans sur GoodNovel. Téléchargez les livres que vous aimez et lisez où et quand vous voulez.
Lisez des livres gratuitement sur l'APP
Scanner le code pour lire sur l'application
DMCA.com Protection Status