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第4話
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暗闇からの脱出 第20話
桃子の胸の鼓動が軽く踊った。。ここ最近、彼女は俊一が自分に好意を抱いていることを感じ取っていた。彼はハンサムで爽やか、元カノもおらず、シンプルで清潔な人間だった。桃子も彼に多少の好感、いや少しの憧れすら抱いていた。だからこそ、彼が手伝いに来たとき、彼女はその流れに乗って啓太に芝居を見せたのだった。だが、彼女は過去の恋愛で深く傷ついていた。そのわずかな好意だけでは、新しい恋に踏み出す決心には到底足りなかった。むしろ今は、自由で気ままなこの生活を大切にしたい。「あなたは本当にいい人、でも私……」「ああ、いい人だけか。言われたくないな」俊一は少し落ち込んだが、それ以上に彼女を気遣う気持ちの方が強かった。「桃子、お前が大変なのは分かってる。全部理解してる。だから、まずは友達でいよう。お前はさ、楽しければそれでいいんだ」桃子は呆然とし、ゆっくりとうなずいた。その後、啓太の情報が次々と彼女の元に届いた。雪音は正気を失ったように二人の子どもに大量の酒を飲ませ、彼らは救急搬送され、一命は取り留めたものの、知能に影響が与えられたのだと。真実を知った雪音は深く絶望し、一晩中眠らずに彼らの看病をした。だが、普段はぼんやりしている二人の子どもも、彼女を見ると強く拒絶した。「どいて、雪音おばさんはいや！」「ママがいい、ママがほしい！」雪音は取り乱して叫んだ。「私があなたたちのママよ、私がママなの！ごめんね、ママが悪かった……」「違う、あなたは違う、あなたは悪い女だ！」「ママがいい、前のママがいい！」辰夫と奈美は桃子しか受け入れず、最初は言葉で反抗していたが、やがて雪音を見るたびに掴みかかり、殴り、噛みつくようになった。雪音はそれに耐えられず、ついには精神に異常をきたし、精神病院に入れられた。啓太は当主の立場を手放し、二人の子供に一生困らないだけの金を渡して姿を消した。彼がどこへ行ったのか誰も知らず、桃子も知ろうとは思わなかった。それらはまるで他人の物語のようで、そっとページをめくれば終わった話だった。また夏がやってきた。桃子は庭で花に水をやっていた。俊一が陽の光を浴びながら、チケットを二枚掲げて笑顔で駆け寄ってきた。「桃子、お前の好きな歌手が雲野でコンサートを開くんだ。最前列のチケットだよ
暗闇からの脱出 第19話
「泰男！」桃子は酷く心を痛め、自分を責めた。彼女が泰男を守り切れなかったのだ。啓太が即座に声を上げた。「急ごう、病院へ連れて行く」桃子は何も言わず泰男を抱き上げ、車に飛び乗った。今は泰男の治療が最優先だということは彼女も理解していた。啓太は車を全速で走らせたが、幸いに泰男に大きな怪我はなかった。目を覚ました泰男は突然「わあっ」と泣き叫んだ。「桃子さん、ママとパパのこと……全部思い出したよ」傍らで見守っていた浩太夫婦は嬉し涙をこらえきれなかった。桃子も啓太が偶然泰男の記憶を呼び戻すきっかけを作ったとは思っていなかった。しかし彼女の決意は固かった。「啓太、私たちの関係はもう終わったよ」「そんなこと言うなよ」啓太には彼女の冷たい態度も言葉も、まるで刃物で心臓を刺されるように痛んだ。「諦めないぞ……」「何？俺の妻、そして赤ちゃんの母親を諦めないだと？見かけは立派なくせに、まともな倫理観も持ち合わせていないのか？」骨張った長い指がすっと桃子の手を掴んだ。桃子は一瞬たじろいだが、すぐに気づいて言った。「こちらが夫の田島俊一（たじま しゅんいち）だ」彼は泰男の叔父で、浩太の弟だった。相手が芝居に付き合ってくれるなら、桃子自身も必死で演じきらねばならない。手でお腹をさすりながら言った。「妊娠して一ヶ月余りだから、まだお腹は目立たないけど、男女の双子なの」そして強調するように付け加えた。「今度は私の子供よ」啓太は信じられず、声まで震えていた。「まさか……」俊一は笑いながら言った。「じゃあ、うちの子の一歳の担当者祝いにはぜひ来てくれよ。ありがとな、お前の目が節穴だったおかげで、俺はこんなに素晴らしい嫁をもらえたんだ。絶対に離さないぞ、一生な。お前の出番はもうないんだよ」啓太は全身が千切り裂かれるような痛みを感じた。痛みでたまらなかった。彼はまだ硬直したまま繰り返していた。「ありえない……」俊一は首をかしげて言った。「桃子、じゃあ一つ彼の前でキスしてみようか？」少し躊躇した後、桃子は自ら俊一の唇にキスをした。目の前の光景は、啓太の心を深く傷つけた。まさか、本当だったんだ……！彼女は別の男を好きになり、その男と……子供まで授かっていた！啓太は桃子を奪い返したい。手段を選ばずにでも奪い
暗闇からの脱出 第18話
啓太の声がひどくかすれていても、かつて深く愛したあの人の声を、彼女に聞き分けられないわけがなかった。ただ、それはもう過去の話だった。今の桃子が一番会いたくないのは、啓太だった。彼女は泰男の手を引いて立ち去ろうとしたが、背後から慌ただしい足音が近づき、啓太が追いかけて彼女の前に立ちはだかった。「桃子、やっと見つけたよ」啓太の目元は憔悴しきっていて、かつては非常にハンサムで自信に満ちていたその顔も、今ではすっかりやつれていた。彼は貪るように桃子を見つめ、彼女が充実した日々を送っているのを確認すると、目の奥に切なさをたたえた笑みを浮かべた。胸に溢れる想いを込めて、彼は嗄れた声で言った。「お前は何も聞かずに、俺に有罪判決を下したんだ。そんなの不公平だろ」「不公平？」長く抑えていた恨みが一気に込み上げ、桃子は彼を睨んだ。「それをあなたの口から聞くなんて、笑えるわ」啓太は彼女の視線の熱さにたじろぎ、少し目を伏せた。瞳には深い後悔の色がにじんでいた。「全部俺が悪かった。黙って試験管をさせたこと、本当にすまなかった。一生面倒を見れば償えると思ってた。でも今は分かった……お前をどれだけ傷つけたか。調べてわかったんだ、お前は何も悪くない。信じなかった俺が悪かった……桃子、お前が去った気持ちは痛いほどわかる。ただ一つ、やり直すチャンスをくれ。お前が子供好きなのは知ってる。これから二人で子供を作ろう。俺の全て、心も体も、全てお前のものだ。約束する……」「でも、もう要らないわ」桃子はそっと彼の言葉を遮った。「私が一番必要としてた時、騙されただけだった。今はもうすべて手放した。あなたも、私のものじゃないあの子たちも」桃子は徐々に冷静さを取り戻した。実際のところ、子供の問題を除けば、啓太は彼女に対して決して冷たくなかった。彼女が媚薬を盛られた経緯を知ると、彼は醜い実家の問題を片付けてくれた。いわゆる家族の絆を金で切り、彼女が今後両親や弟に策を弄される心配がないようにした。彼は彼女に十分な物質的保証を与え、当時はみんなが彼女を羨んだものだ。ただ残念なことに、最初から二人の間には嘘が渦巻いていた。雪音が来てからというもの、彼は何度も彼女を信じようとしなかった。100発の平手打ちで、彼女の未練を完全に断ち切
暗闇からの脱出 第17話
気品に満ちた若い夫婦は目を赤くしながら、小さな男の子をしっかりと抱きしめ、決して離そうとしなかった。彼らは桃子に幾度も感謝の言葉を述べ、事件の顛末を打ち明けた。実はこの夫婦は雲野随一の富豪、田島浩太（たじま こうた）夫妻で、男の子はその息子の田島泰男（たじま やすお）だったのだ。半年前、泰男は仇に深い山中へ拉致され、それきり消息不明となっていた。病院で血液検査を行った結果、データベースから泰男の身元が判明したのだ。桃子は泰男のことを心底喜んだ。共に過ごした日々から、泰男が根っからの礼儀正しく善良な少年だと感じ取っていた。今や実の両親と再会できたのだから、記憶喪失が一日も早く回復するよう願うばかりだった。しかし問題はまさにその記憶喪失にこそあった。今、泰男は桃子しか受け入れない。警戒しながら両親を押しのけ、桃子の胸に飛び込んだ。浩太夫婦は怒るどころか、ただ胸が痛むだけだった。あの半年間、息子は一体何を経験してこんな状態になったのだろうか。二人は桃子に一緒に田島家に戻って、泰男を助けて、この時期を乗り切らせてほしいと懇願した。桃子は少し考えてから本音を打ち明けた。「確かに時間はありますし、喜んでお手伝いします。ただ、ご家族に面倒をかける可能性があるのが心配です。私には仇がいて、ずっと行方を追われています。しかも相手は相当な権勢を持っているのです」浩太夫婦は少し驚き、信じがたいという表情だった。浩太はやや真剣な表情で尋ねた。「何か違法なことや犯罪をしたことがあるのですか？」「いいえ」桃子は軽く首を振った。「私が被害者でしたから、逃げて来たのです」浩太夫婦はほっと胸を撫で下ろした。「桃子さん、泰男を助けてくださり、それもこんなに長く面倒を見てくれたことから、お人柄がよくわかります。違法なことをしていないなら、私たちも恩返しに最後までお世話しましょう」「誰にもあなたを煩わせることはさせません。あなたの安全は私たちがしっかり守ります」彼らは誠実で、その言葉を実行できるだけの力も持っていた。桃子はふと心の重荷が下りたように感じ、とても安心した。こうして桃子は田島家に引き取られ、泰男の名付け親として暮らし始めた。田島家は多くの事業を展開しており、暇な時には桃子は泰男と一緒にお茶を摘んだり、花の餅
暗闇からの脱出 第16話
出発の日、桃子は殆ど全ての国と都市への航空券を購入した。だが結局向かったのは、南にある美しい雲野だった。彼女の口座にはまだ数十億円の残高が残っていた。皮肉なことに、啓太は愛情にはケチだったが、物質的には決して彼女に惜しみなく、数え切れないほどの宝石やアクセサリーを買って上げた。しかも三日に一度は小遣いを振り込み、「自由に使え」と言ってくれたものだ。六年間で数十億円も貯まり、桃子はこの金を教育資金として、最愛の二人の子供たちのために取っておこうと考えていた。今となっては渡す相手もいないので、彼女は遠慮なくそのまま受け取ることにした。騙されて他人の子を産んで、腹を切開され、丸二年間も恥骨の痛みに苦しんだのだから。五年間、心身共に尽くした。これが彼女への家政婦代としてもらおう。これからどうするかはまだ決めていないが、とにかくまずは自分自身を取り戻すことだ。雲野に着くと、桃子が真っ先にしたのは、岸辺小路の農園にいる田舎の女に自分の身分を譲り渡すことだった。もし啓太が探しに来ても、まったくの別人だけだ。彼女は名を隠し、滝の湖のほとりを自転車で走り、顎が落ちるほど美味しいキノコスープを飲み、青空山に寝転がって絵はがきのような青空と白雲を眺めていた。だが心は思ったほど安らかではなく、過去のあの出来事は心に打ち込まれた釘のようだった。たとえ釘を抜いても、胸の穴はまだ血に濡れている。六年間も騙し続けた啓太のこと、辰夫と奈美が一瞬の迷いもなく彼女を見捨てたあの姿を思い出した。胸の奥が空っぽで、少し疼き、少し茫然とした。きっと時間がいつかこの傷を癒してくれるだろう。桃子が民宿に戻ろうとした時、道端で意識を失った小さな男の子を見つけた。五、六歳ほどで、全身泥まみれ、服はぼろぼろに破れ、虐待されたような痕が残っていた。桃子が抱き上げると、その軽さに胸が痛んだ。すぐさま男の子を病院へ連れて行き、治療費を立て替えた。男の子が目を覚ますと、何も覚えていなかったが、桃子の手を握りしめて「ママ」と呼んだ。桃子はとっさに訂正しようとしたが、男の子は涙をこぼした。「ママ、行かないで……会いたかったよ」桃子の心はぐっと熱くなった。母親だった者には、こんな泣き声は耐えられなかった。彼女はかつて、自分にも二人の子供が
暗闇からの脱出 第15話
雪音はべらべらと喋り続けた。一方では慌てていて、啓太に責められるのが怖かった。もう一方では、長い間抑え込んでいた感情が爆発した。彼女は二人の子供を心底憎んでいた。啓太と他の女の間に生まれた子だと思うだけで、胸が苦しくなり、吐き気がして、気が狂いそうだった！確かに少し短気だったとは認めるが、本当にあの子たちを受け入れることなどできなかった！今、彼らが命の危険にさらされていると思うと、心底痛快だった。彼女の口元に浮かぶ隠しようもない快感を見て、啓太はまるで時間が止まったかのように動けなくなった。彼はふと一つの疑問に気づいた。このような続けざまの偶然の背後には、桃子ではなく、雪音が仕組んだことかもしれない。啓太と桃子は六年間も夫婦だったのだ。彼女の生来の優しさは、よく知っているはずだった。もしかすると、桃子が雪音の子供を妊娠したことを恨んで雪音に復讐したわけではなく、雪音が桃子と二人の「他人」の子供を目の敵にしていたのかもしれない。彼の推測はすぐに裏付けられた。雪音家の使用人の証言によると、彼女が進んで子供にジャンクフードやチョコレートを与え、酒を飲ませていたという。更に、陰では子供たちのことを「クソガキ」と呼んでいた。当時桃子をクラブまで送った運転手も、ついに雪音の指示だったと告白した。「誘拐犯」の兄弟も現行犯で捕まって、罪を認めた。クラブでのあの事件は雪音が仕組んだもので、桃子は一切関与していなかったと分かった。崖っぷちでの二者択一の誘拐も、雪音の手によるものだった。桃子は多額の金を支払って、ようやく自由の身となった。啓太は心が千切り裂かれるほど痛み、声すら出なかった。だからこそ、桃子を一度も信じたことがなく、爆弾で縛り付けられた彼女を「見捨てた」のだ。あの瞬間、彼女はどんなに絶望したことか！雪音こそがこの上なく残忍な人間だとは、夢にも思わなかった。一瞬、雪音を罰する方法はいくらでもあると考えた。だが、おそらく最も効果的なのは真実を告げることだろう。彼は無表情に言い放った。「この子たちは桃子が試験管で産んだが、卵子はお前のものだ」雪音は突然言葉を失った。目を見開き、幽霊でも見たように、口を開いてはみたものの、声が喉の奥で詰まって出てこなかった。「ありえない」と言いたかったが
