暗闇からの脱出

首都圏の御曹司と結婚して六年目、桃子（ももこ）は男女の双子の子供たちへの贈り物として信託基金を設立しようとしていた。

しかし、担当者が資料を確認した後、首を横に振って言った。「申し訳ありませんが、この基金は両親が子供のために設立する場合に限られています」

桃子は一瞬戸惑い、説明した。「出生証明書を提出しました。私はこの二人の子供の母親です」

ところが、担当者は奇妙な目で彼女を見て言った。

「奥さん、今はすべての情報がネットワークで管理されています。偽造書類は審査を通りません。システムにはっきりと表示されています。子供の父親は確かに佐倉啓太（さくら けいた）ですが、母親はあなたではなく桧山雪音（ひやま ゆきね）です……

この二人の子供は、あなたとは一切関係ありません」

桃子はその場で凍りつき、頭の中が真っ白になった。雪音は、彼の心に深く刻まれた初恋だった。

二人は佐倉家と桧山家の深い恨みの因縁で、すでに縁を断っていた。

だが今、彼女が十月十日かけて命懸けで産んだ我が子が、なんと夫と雪音の子どもだなんて……

そんなことが、ありうるのか？

桃子は啓太に真相を問いただす決意をした。

彼女は急いで佐倉グループへ向かい、指紋認証で最上階の社長室に向かった。

半開きの扉の向こうから、啓太の親友の声が聞こえてきた。

「啓太、雪音が今夜帰国するけど、本当に歓迎パーティーを開くつもりか？両家に先代からの仇があるってこと、忘れたのか？」

「忘れていない」啓太は黒い瞳を伏せ、抑えた声で答えた。「佐倉家の家訓では、桧山家の女を決して娶ってはならぬ」今はもう家庭がある。雪音のことは、ただの友達だ。

「友達？二人が別れて雪音が海外に行く時、誰が目を真っ赤にして、これからの人生は妥協しかないなんて言ったんだ？

桃子が家庭だって？あんなの、どこが家庭なんだ？お前が彼女と結婚したのは、ただ彼女が雪音に似ているからだろう。彼女に試験管でお前と雪音の子供を産ませて、たとえその子がどれだけ母親に似ていても、彼女は疑いもしない。一生その子のために尽くし続けるんだ。

正直、この身代わりには少し同情するよ。あれほどお前を愛しているのに、自分がただの出産の道具で無料のベビーシッターだったと知ったら、きっと気が狂うだろうな」

啓太の声は渋く沈み切っていた。「雪音と結ばれない運命なら、せめて彼女との血を持てただけでも、この人生に悔いはない。桃子については——」

彼の顔に一瞬複雑な表情が浮かんだが、声は次第に冷え切っていった。

「彼女には絶対に知らせない。償いとして、生涯佐倉夫人という羨望の地位に居続けさせてやる」

一枚の扉を隔てて、桃子は天地がひっくり返るような眩暈に襲われ、鋭い痛みが心臓から突き破って全身を引き裂かんばかりだった。

彼女はふらつきながら階段を駆け下り、大雨と共に記憶が押し寄せてきた。

6年前、桃子は大学を卒業したばかりで、家族に騙されてお見合いに連れて行かれた。

相手は年配で顔中に脂肪がつき、口を開けた途端、悪臭を放ちながら彼女にキスしようとしてきた。

明らかに地獄のような状況だったが、両親は弟のために400万円の結納金を得ようとして、彼女に薬を盛り、無理やりその場へ行かせた。

桃子は必死に逃げ出し、偶然高級な個室に迷い込み、そこで一人の男の胸に飛び込んだ。

彼女は欲望に焼かれ、自制が利かずに服を引き裂き、男の胸元に身を寄せた。

「お願い……助けて……」

男は眉をひそめて桃子を突き放そうとしたが、彼女の顔をはっきりと見た瞬間、瞳の奥に暗い色が走った。

「助けてやってもいい。ただし、こっちの条件も乗ってもらうぞ」

彼は彼女の手を掴み、声は少しかすれていた。

「俺には深く愛しながらも一緒になれない女がいる。そしてお前は、彼女に少し似ている。俺はお前を助けてやる。その代わり、お前は彼女の身代わりになって、結婚してくれ、どうだ？」

桃子はまるで冷水を浴びせられたように、少しだけ正気を取り戻した。

彼女は貧しいながらも誇り高く、他人の身代わりになることを望んでいなかった。

だが、断ろうとしたその時、目の前のスーツを着こなし、端正で気品ある男が、七年間密かに想い続けてきた先輩の啓太だと気づいた。

かつて一生届かぬ夢と思っていた、太陽のように輝く天の寵児が、今やその瞳に映すのはただ彼女だけだった。

理性の糸が一瞬で切れ、桃子は自分の震える声が絞り出されるのを聞いた。

「……契約成立」

その言葉を聞くと、啓太は彼女の後頭部を押さえ、春雨のようにじんわりと痺れる口付けを落とした。

自分が身代わりに過ぎないと知りながらも、桃子はあえてその愛に溺れた。ただ、彼が啓太だったから。

やがて、啓太は彼女に盛大な結婚式を挙げてくれた。

結婚六年、夫としての一線を越えず浮気もなかった。

他の名門の奥様が持っているものは、彼女にはそれ以上に与えられ、オークションの目玉商品は常に佐倉夫人のものだった。

彼女が男女の双子を身ごもった後、いつもは契約書にしか触れないその手で、彼は自ら栄養食を作ってくれた。

彼は億単位のプロジェクトを断り、毎回の検診に付き添い、飽くなき忍耐で胎教を施した。

子供が生まれた後は、どれほど忙しくても毎日家に帰り、二人の子供と過ごしていた。

屋烏の愛だと、桃子は子供への愛情が母親への想いの証だと信じた。

彼が時を重ねる中で本心を捧げ、自分のことをもう身代わりとは思っていないと信じていた。

だが実際には、彼が愛していた子供たちの母親は雪音であり、自分はただの身代わり、ただの道具にすぎなかったのだ。

桃子は豪雨の中で声を上げて泣き崩れながらも、執事に電話をかけ、自分の代わりに幼稚園へ子供を迎えに行ってもらうよう頼むことを忘れなかった。

二人の子供は彼女の実の子ではなかったが、彼女はすべてを自分でこなし、五年間心を込めて世話をしてきた。彼らはまさに彼女の命そのものだった。今になって真実を知り、彼らにどう向き合えばいいのか分からなかった。

桃子は魂が抜けたように家に戻ったとき、全身がずぶ濡れだった。

「ママが帰ってきた！」

「ママ、雨に濡れちゃったんだ。早くお風呂に入って、そうしないと風邪ひいちゃうよ」

佐倉辰夫（さくら たつお）と佐倉奈美（さくら なみ）は小さな足で駆け寄り、左右から小さな手で彼女を引いて階段を上がっていった。

桃子は鼻の奥がツンとした。「心配しないで……あっ！」

まさか自分が産んだ双子に突き落とされるとは、桃子は夢にも思わなかった。

無防備に階段を転げ落ち、額から流れ出る血の痛みに目を閉じた。

「やったー、ママいっぱい血が出て気絶した！これで雪音おばさんのお迎えの邪魔にならないね！」

「パパ、早く行こう！奈美は雪音おばさんのこと大好きだから、すぐに会いたいの」

桃子の血に染まったまつ毛がかすかに震え、心は深い奈落へと沈んでいった。

彼女はかろうじて目を細めて開けると、啓太がわずかに眉をひそめただけで、すぐに平然とした表情に戻ったのが見えた。

「奥さんのことはお前たちに任せる」

使用人にそう言い残し、彼は辰夫と奈美の手を引いて外へ出ていった。

「パパは確かに言ってた。雪音おばさんとママのどっちかを選ばなきゃいけない時は、無条件で雪音おばさんを選べって。でも、もっと優しいやり方でもあるんじゃないか？」

辰夫は大人のように首を振った。「そんなの必要ないよ。ママはただの専業主婦で、すっごくバカだし、いつも僕たちに簡単に騙されてる。だからその時も適当に理由を作れば、簡単にごまかせるよ」

「そうだよ、気にしなくていいの」奈美も柔らかく言った。「もし雪音おばさんがママになれるなら、押すくらいじゃなくて、死なせてもいいのよ」三人は次第に遠ざかっていき、一度も振り返らなかった。

桃子は胸が張り裂けるような痛みに顔を血と涙で濡らしながらも、ゆっくりと笑った。

これが彼女が心の底から愛した夫だった。

これが彼女が命を懸けて産んだ子どもたちだった！

最初から彼らが自分の子供ではなかったのなら、いっそう手放してやろう。

全てが、もういらない。