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第6話

Author: ゴブリン
晨也の車は病院の前に停まった。

桜子は泣きながら彼の胸に飛び込んだ。

晨也は彼女を抱きしめて慰め、自分のスーツを脱いで彼女の肩にかけた。

そして、彼は片膝をつき、桜子の下腹に耳を当てた。

桜子は恥ずかしそうに彼を軽く叩き、口をパクパクさせながら甘えるように言った。

菜月の車はちょうどその場を通りかかった。彼女は桜子の言葉をはっきりと聞いた。

「赤ちゃんはまだ1ヶ月だよ。何が聞こえるの?」

なるほど、桜子は本当に妊娠していたのだ。

だから彼はさっき出かける時、あんなに動揺していたのね。

運転手が尋ねてきた。

「お嬢さん、ここで停車しますか?」

「とめてください。でもドアは開けないで、料金は倍払います」

タクシーのガラスにはのぞき見防止のフィルムが貼られており、彼女からは外が見えるが、晨也と桜子は中が見えない。

彼女は、晨也が満面の笑みで桜子を抱き上げ、病院の前で人目も気にせずくるくる回るのを見た。

桜子は嬉しそうに笑いながら叫んだ。

「あなた、早くおろしてよ。赤ちゃんに気をつけて!」

もう「あなた」と呼んでいる。

数日前までは「義兄」だったのに。

晨也は桜子をそっと地面に降ろした。桜子は彼の首に腕を回して尋ねた。

「男の子と女の子どちが好き?」

晨也は「女の子かな。今日海辺で可愛い女の子を見かけて、すごく可愛かった」と答えた。

桜子は不満そうに唇を尖らせた。

「見てたよ。海辺で菜月さんに花火を打ち上げてたでしょ?しかも二人のイニシャル、真ん中には大きなハートもあるわ」

「嫉妬してるの?」

「うん、私も欲しいよ」

「でもH市だと菜月に見られちゃうかも」

「じゃあ、他の都市に行こう?赤ちゃんを授かったお祝いにさ」

「でも、菜月が……」

「あなた、言ったじゃない。妻の地位以外は全部私にくれるって。花火くらいもできないか」

晨也は明らかに機嫌が良さそうで、少し悩んだ末に答えた。

「国内だとメディアに撮られかねないから、モルディブに連れていくよ。休暇だ」

「いいわ、あなたが一番大好き!」

夜の光の中、晨也は桜子の顔を両手で包み、キスを交わした。

ピピッ――

後ろからクラクションの音が鳴った。

運転手が菜月に言った。

「お嬢さん、後ろの車が促してますよ」

菜月は視線を戻した。

「行きましょう」

車がゆっくりと発進し、ミラーの中で晨也と桜子の姿はどんどん小さくなり、やがて完全に視界から消えた。

ブブッ――

彼女の携帯が再び震えた。メッセージの通知だ。

桜子から写真が送られてきた。

妊娠検査の診断書だった。

そこにははっきりと書かれていた:「妊娠4週、切迫流産の兆候あり」

【菜月、私、晨也の赤ちゃんを授かったの】

【でもあの日、車の中で彼があんなに激しくて、今日出血しちゃって、お医者さんには切迫流産の兆候があるって言われたの】

【でもね、赤ちゃんはパパに会って安心したみたい。今はとっても元気。あと8ヶ月で生まれるんだって】

【さっき通りかかったタクシー、あなたが乗ってたよね?】

【あなた、不倫した夫なんて受け入れられないでしょ?彼を私に譲って。私の赤ちゃん、私生児にはしたくないの】

菜月はたった【ご希望どおりに】を返信した。

家に近づいた頃、晨也から電話がかかってきた。

「菜月ちゃん、無事に家に着いた?」

「うん、着いたよ」

「それなら安心だ。そうだ、ひとつ言っておくことがある。急に出張が入って、3日くらいかかると思う……」

「いいよ」

菜月は彼の言葉を遮った。

晨也は少し戸惑っていた。

「菜月ちゃん、怒ってるの?行くのをやめるよ。今すぐ帰って君のそばにいる」

電話の向こうから、女性の不満げな声が微かに聞こえた。

きっと桜子だろう。約束したモルディブの旅行はそう簡単に諦めるわけがない。

菜月は言った。

「怒ってないわ、行ってきて」

「本当に?3日で戻るから。戻ったら私の誕生日なんだ。君と一緒に過ごしたいよ」

菜月は鼻で笑った。

「またね」

「菜月ちゃん、約束して?帰ってくるまで家にいて。勝手にどこか行かないで。君がいなかったら私は気が狂うよ。前のことはほんとにびっくりさせた……」

菜月はそのまま電話を切った。

彼はどうして、愛していると言いながら、別の女と体を重ねられるのか。

菜月には理解できなかった。

でももう、理解したいとも思わなかった。

電話がまた鳴った。

今度は晨也ではなく、宅配便だった。

「村濱さん、荷物の受け取りお願いできますか?」

菜月の車はちょうど家の前に着いた。

彼女は荷物を受け取った。それは「記憶喪失の薬」だった。

包みの中には、英語の説明書が入っていた。

そこにはこう書かれていた「この薬を飲むと、過去の記憶をすべて失います。二度と記憶は戻りません。服用は慎重に」

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