「三浦先生、決めました。先生の薬学研究所に入って、薬学の研究を続けます」三浦先生は微笑んで言った。「君の旦那さん、あんなに君のことを愛してるのに、君が海外に行って学術研究を続けるのを許すのかい?」「これは私自身の意志です。彼とは関係ありません」「そうか。じゃあ、いつ来られる?」「1週間後です」「わかった。じゃあ君が来るのを待ってるよ」「そうだ、三浦先生。先生がこの前開発していた記憶喪失の薬、あれ、まだ治験バイトが足りないんですよね?」三浦先生の声が急に厳しくなった。「君、それはどういう意味だ?」「その薬、送ってもらえますか?私が試してみます」……電話をかけたのは、朝の9時半だった。村濱菜月(むらはま なつき)は布団にくるまってベッドのヘッドボードにもたれかかっていた。隣に寝ていた人はすでにいなかった。隣室のゲストルームからは、かすかに艶めいた声が漏れ聞こえてくる。「……会いたかった?」「月に一度しか会えないから、時間がすごく遅く感じるの」「ふっ」男が鼻で笑った。「じゃあ、今日はたっぷり可愛がってやるよ?」「ちょうど、声を抑えて……菜月さん起きちゃう」「平気だよ。昨日は遅くまで起きてたし、まだ寝てるだろ」「ん……やだ、もう……」この女の子の声、菜月はよく知っていた。名前は早瀬桜子(はやせ さくらこ)。菜月が4年間援助してきた女子大生だった。月に1日に家に来て、生活費を渡し、学業や生活について気遣ってきた。来るたび、寝室の隣のゲストルームに泊まっていた。大学院の指導教授とインターン先までも、菜月が手配していた。けれど、この娘の「志」は、自立や努力ではなく、自分の夫を奪うことだった。そういうことなら、譲っても構わない。菜月は自分の名前を「賀来澄(かく すみ)」に変えた。すでに新しい免許証も取り直した。賀来澄は「隠す身(かくすみ)」の意味とする。一度裏切った者は、二度と信じることはない。彼の世界から姿を消し、そして記憶を消す薬を飲む。彼のことを、永遠に忘れる。隣の部屋の声は、ようやく止んだ。菜月は横になり、まだ眠っているふりをした。数分後、ベッドのマットレスが少し沈んだ。重い腕が、彼女の腰に回された。菜月は胸の痛みをこらえ、その腕を押し
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