Lahat ng Kabanata ng 月を杯に、群山を友に: Kabanata 1 - Kabanata 10

21 Kabanata

第1話

「三浦先生、決めました。先生の薬学研究所に入って、薬学の研究を続けます」三浦先生は微笑んで言った。「君の旦那さん、あんなに君のことを愛してるのに、君が海外に行って学術研究を続けるのを許すのかい?」「これは私自身の意志です。彼とは関係ありません」「そうか。じゃあ、いつ来られる?」「1週間後です」「わかった。じゃあ君が来るのを待ってるよ」「そうだ、三浦先生。先生がこの前開発していた記憶喪失の薬、あれ、まだ治験バイトが足りないんですよね?」三浦先生の声が急に厳しくなった。「君、それはどういう意味だ?」「その薬、送ってもらえますか?私が試してみます」……電話をかけたのは、朝の9時半だった。村濱菜月(むらはま なつき)は布団にくるまってベッドのヘッドボードにもたれかかっていた。隣に寝ていた人はすでにいなかった。隣室のゲストルームからは、かすかに艶めいた声が漏れ聞こえてくる。「……会いたかった?」「月に一度しか会えないから、時間がすごく遅く感じるの」「ふっ」男が鼻で笑った。「じゃあ、今日はたっぷり可愛がってやるよ?」「ちょうど、声を抑えて……菜月さん起きちゃう」「平気だよ。昨日は遅くまで起きてたし、まだ寝てるだろ」「ん……やだ、もう……」この女の子の声、菜月はよく知っていた。名前は早瀬桜子(はやせ さくらこ)。菜月が4年間援助してきた女子大生だった。月に1日に家に来て、生活費を渡し、学業や生活について気遣ってきた。来るたび、寝室の隣のゲストルームに泊まっていた。大学院の指導教授とインターン先までも、菜月が手配していた。けれど、この娘の「志」は、自立や努力ではなく、自分の夫を奪うことだった。そういうことなら、譲っても構わない。菜月は自分の名前を「賀来澄(かく すみ)」に変えた。すでに新しい免許証も取り直した。賀来澄は「隠す身(かくすみ)」の意味とする。一度裏切った者は、二度と信じることはない。彼の世界から姿を消し、そして記憶を消す薬を飲む。彼のことを、永遠に忘れる。隣の部屋の声は、ようやく止んだ。菜月は横になり、まだ眠っているふりをした。数分後、ベッドのマットレスが少し沈んだ。重い腕が、彼女の腰に回された。菜月は胸の痛みをこらえ、その腕を押し
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第2話

晨也は笑いながら言った。「そんな日が来るわけないし、君が私から離れるチャンスも与えない」そう言いながら、また菜月を抱きしめようとした。だが、菜月はもうそういうことに嫌悪した。晨也の体には、まだ人に不快かつ甘い匂いが残っている。あれは一夜を共にした男女の間にだけ残る匂いだった。菜月は立ち上がった。「スプーンを取ってくるわ」晨也もすぐに立ち上がった。「私が取ってくるよ」「いいわ、自分で行けるから」菜月はキッチンへ向かい、蛇口をひねって開けた。流れる水の音で、彼女のすすり泣く声をかき消した。彼女が弱いわけではなかった。ただ、昔は非常に幸せだった。愛に包まれていた日々を思い出すと、胸が締めつけられた。孤児院で育ち、虐げられ、嫌われたので、彼女は心を強く持たなければ生きていけない。もともと、恋愛も結婚も考えていなかった。客に無理やり酒を飲まされて、死んだとしても、誰かに助けを求めることは望まない。しかし、その時、晨也が現れた。下劣な男性のお客さんたちから彼女を救い出した。「この子は、俺のものだ」最初は晨也もその中の一員に過ぎないと思われ、彼女の見た目に惹かれて、自分のものにすると狙うだけだ。だが彼は、何もしなかった。ただ優しく言ったのだった。「早く帰りなさい。ゆっくり休んで。今日の嫌なことは全部忘れ、明日を新しい一日にしよう」その後、晨也は彼女の生活によく現れた。たまに、会社での商談だったり、偶然でカフェで出会ったりするとか。躾もいいし、礼儀も正しくて、けど、誰でも彼は彼女に好意を持っているのをわかる。付き合ってから、晨也は菜月を宝物のように大切にしてくれた。どんなに自分が我慢して、辛くても、彼女に手を出そうとはしなかった。「結婚するまでに、君には後悔するチャンスがある。私は無理矢理にしない。心から私の妻になりたいと思ってくれる日を待ってる」だが、この縁談は晨也の両親に反対された。菜月は晨也と家族の関係を壊したくないので、泣きながら別れと言った。しかし晨也は、彼女の手をしっかりと握って、「大丈夫、泣かないで、私が連れて行ってやる」と言った。その後、彼はゼロから事業を立ち上げた。両親からの圧力に耐え、ストレスを解消するため、お酒を飲んで、肝臓も壊れてしまった。そしてあの日
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第3話

「ポイントで交換したギフトよ」と菜月は言った。晨也は胸を撫で下ろし、安心したように笑った。「びっくりした……君が私を置いて行くのかと思った」菜月は彼の手から封筒を取り上げた。「あなたは私を裏切っていないなら、離れる必要はないでしょう?」晨也は「そうだよね。私の心には君だけしかいない」と言いながら、笑った。この言葉、かつての彼女ならきっと感動していた。だが今は、心はすごく平気で、何の感じもなかった。「菜月ちゃん、何を交換したの?見せてよ」「たいしたものじゃない、ただの記念コインよ」と断った。「南空国際が記念コインなんてあったの?」「ええ」そう言って菜月は寝室へ戻り、封筒を開けた。中には、静かに1枚の航空券が入っていた。一週間後、ロンドン行き。「賀来澄」の名義で買った。同時に彼女のスマホには、国際便の荷物追跡情報が表示されていた。三浦先生が送ってくれた「記憶喪失薬」も、だいたい一週間以内に届く予定。7日後が、彼女が晨也の世界から完全に消える日だった。階下から晨也の声が聞こえてきた。「菜月ちゃん、具合悪いの?」「昨日よく眠れなかったの。少し眠るわ」「分かった。じゃ、ゆっくり休んでね。桜子は午後に授業があるし、私も会社へ行かないといけないから、彼女を学校まで送っていくね」「分かった」菜月は寝なかった。彼女は2階の窓際へ行き、外を見下ろした。桜子が晨也の腕にからみつき、まるで跳ねるウサギのように嬉しそうだった。彼女が晨也の頬にキスをすると、彼はその頭を掴んでキスを返した。そして、頬から、唇へ。さらにその先へ……その後の様子は菜月には見えなかった。二人は車に乗り込み、揺れる車体しか見えない。車がようやく静かになったところ、菜月はスマホの時間を見た。1時間40分。二人はよく似合うようだ。そういうことに。昨日徹夜しても、また足りないか?家に出たばかり、もう一回やりたくてたまらない。そして、車が走り去ったとき、菜月はようやく長く深い息を吐いた。自分の衣類を整理し始めた。三浦先生は「この薬を飲んだら、この前のことは全て忘れてしまう」と教えたから。彼女は衣類を整理した後、種類によって、メモを貼った。日用品や日々の習慣も、細かく記録しておい
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第4話

茶番はついに終わった。警察が帰るとき、彼女に笑いながら言った。「いやぁ、俺も長い間行方不明の事件を担当してきたけど、神崎さんほど奥さんを大切にした男は初めて見ましたよ。大事にしてあげてくださいね。もう心配させちゃだめですよ」晨也は菜月の前に立ち、他人に自分の奥さんを責めるのは嫌そうだ。「菜月ちゃんはただ買い物に出かけただけだ。心配するのは私の勝手で、彼女のせいじゃない」警官は苦笑して肩をすくめた。「はいはい、まあ奥さんが無事なら何よりです。おふたりが仲良く過ごすのが一番ですから」菜月は頭を下げ、丁寧に警官たちを玄関まで見送った。晨也は、その間ずっと彼女の背後にぴたりと付き添い、離れようとしなかった。彼はふと、菜月の手にある小さなジュエリーボックスに気づき、ぱっと表情を明るくした。「菜月ちゃん、新しいアクセサリー買ったの?」「これ、あなたにあげる」「えっ、私に?」「うん。一週間後、あなたの誕生日でしょ。そのプレゼント」「ありがとう、菜月ちゃん!今開けてもいい?」「その日に開けましょう」一週間後、その日は晨也の三十歳の誕生日。そして彼女の飛行機は、その日の朝5時に出発する。彼が目を覚まし、ジュエリーボックスを開けて、小さな塊になったプラチナと、ひと粒だけの寂しげなダイヤが見えた時。菜月はすでに記憶を消す薬を飲み、国外へと行ったはずだった。ふたりの始まりはこの指輪だった。ならば、指輪で終わらせ。その後数日間、晨也は彼女が再び姿を消してしまうのを恐れているかのように、すべての仕事をキャンセルし、一日中ずっと家にいた。手料理を作り、一緒にドラマを見たり、ふたりで公園を散歩したり。菜月には錯覚のような感覚があった。まるで付き合い始めた頃に戻ったかのように思えた。あれほど愛し合い、お互いに忠実で、目の中には相手しかいなかった頃に。しかし、スマホに届いたメッセージが、その幸せを全部打ち砕いた。【菜月、あの日、私たちのこと見てたよね】【車の中で私と晨也が関係を持ったの、知ってるんでしょ。でも本当は、あなたが私を支援し始めた4年前から、私たちはもうそういう関係だったの】【私は18歳のときから、すでに彼の女だった。もう「義兄さん」なんて呼びたくない】【菜月のおかげで、学業も
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第5話

夜になって、晨也は菜月を海辺へ連れて行った。周りは賑やかで、晨也は菜月を抱きしめて歩き、誰にも彼女がぶつからないように気をつけていた。そのとき、空に大きな花火が打ち上がった。続いて二発目、三発目。数えきれないほどの花火が夜空を鮮やかに照らした。「わあ、誰かのプロポーズかな?すごく綺麗!」「こんなにたくさんの花火……H市中の花火を全部買い占めたんじゃない?」「ロマンチックすぎる!もしこんなに花火を上げてくれる男性がいたら、絶対に結婚する!」その言葉を聞いたとき、菜月は少し笑った。若い女の子はやっぱり騙さやすい。花火ひとつで心がときめき、簡単に一生を託してしまう。でも、自分はそうじゃない。晨也は「男は愛と性を分けられる」と言った。けれど、菜月にとってはそれは絶対にありえない。彼がどれだけ「愛している」と言っても、裏切りは裏切り。許せるはずがない。「菜月ちゃん、見て」晨也は夜空に打ち上がった花火を指差した。それは英字の「K」だ。続いて「Z」、「S」、「Y」もある。KZSY――神崎晨也のイニシャル。そして、大きなピンク色のハート。さらに「M」、「H」、「N」、「K」も現れた。MHNK――村濱菜月。晨也は耳元で囁いた。「菜月ちゃん、ずっと愛してるよ。ずっと一緒にいよう。歳をとっても、最後まで、いいか?」菜月がまだ何も言わないうちに、晨也は片膝をついた。そして、周囲の人々の前で大声で叫んだ。「晨也は菜月を愛してる!一生一緒にいるって誓う!絶対に心変わりしない!」すぐ周りに拍手が鳴り響いた。女の子たちの驚きと憧れの声も混じっていた。「もしかして、彼女にプロポーズですか?」と、ある女の子が聞いた。晨也は笑って首を振った。「私たちはもう結婚して四年になりましたよ」「じゃあ、今日は奥さんの誕生日?記念日とか?」「どちらでもありません」「じゃあ、どうしてこんなに」晨也は菜月を見つめて、熱い眼差しで言った。「ただ、私の妻に伝えたかっただけ。どれだけ愛してるかを。最近、彼女が少し元気なかったから、もう一度笑ってほしかった」再び賞賛の声が上がった。菜月は周囲の羨ましいく眼差しを一身に浴びた。でも、彼女だけが知っていた。彼女の夫は、四年間ずっと浮
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第6話

晨也の車は病院の前に停まった。桜子は泣きながら彼の胸に飛び込んだ。晨也は彼女を抱きしめて慰め、自分のスーツを脱いで彼女の肩にかけた。そして、彼は片膝をつき、桜子の下腹に耳を当てた。桜子は恥ずかしそうに彼を軽く叩き、口をパクパクさせながら甘えるように言った。菜月の車はちょうどその場を通りかかった。彼女は桜子の言葉をはっきりと聞いた。「赤ちゃんはまだ1ヶ月だよ。何が聞こえるの?」なるほど、桜子は本当に妊娠していたのだ。だから彼はさっき出かける時、あんなに動揺していたのね。運転手が尋ねてきた。「お嬢さん、ここで停車しますか?」「とめてください。でもドアは開けないで、料金は倍払います」タクシーのガラスにはのぞき見防止のフィルムが貼られており、彼女からは外が見えるが、晨也と桜子は中が見えない。彼女は、晨也が満面の笑みで桜子を抱き上げ、病院の前で人目も気にせずくるくる回るのを見た。桜子は嬉しそうに笑いながら叫んだ。「あなた、早くおろしてよ。赤ちゃんに気をつけて!」もう「あなた」と呼んでいる。数日前までは「義兄」だったのに。晨也は桜子をそっと地面に降ろした。桜子は彼の首に腕を回して尋ねた。「男の子と女の子どちが好き?」晨也は「女の子かな。今日海辺で可愛い女の子を見かけて、すごく可愛かった」と答えた。桜子は不満そうに唇を尖らせた。「見てたよ。海辺で菜月さんに花火を打ち上げてたでしょ?しかも二人のイニシャル、真ん中には大きなハートもあるわ」「嫉妬してるの?」「うん、私も欲しいよ」「でもH市だと菜月に見られちゃうかも」「じゃあ、他の都市に行こう?赤ちゃんを授かったお祝いにさ」「でも、菜月が……」「あなた、言ったじゃない。妻の地位以外は全部私にくれるって。花火くらいもできないか」晨也は明らかに機嫌が良さそうで、少し悩んだ末に答えた。「国内だとメディアに撮られかねないから、モルディブに連れていくよ。休暇だ」「いいわ、あなたが一番大好き!」夜の光の中、晨也は桜子の顔を両手で包み、キスを交わした。ピピッ――後ろからクラクションの音が鳴った。運転手が菜月に言った。「お嬢さん、後ろの車が促してますよ」菜月は視線を戻した。「行きましょう」車がゆっ
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第7話

この夜、菜月はぐっすりと眠れた。翌朝早、彼女は慈善団体のスタッフと約束をして、整理したすべての服を寄付した。日用品や晨也から贈られたすべてのプレゼントやラブレターも、彼女は葬儀場に持っていった。そして職員に金を渡し、それらすべてをきれいさっぱり焼いてもらった。桜子からのメッセージは、やはり予想通り届いた。【モルディブって本当に綺麗!菜月、あなたのおかげで晨也に出会えたの。本当にありがとう。彼がいなかったら、私なんかこんな高級なリゾートに来るなんて無理だった〜】その上、彼女は大量の写真まで送ってきた。全部、晨也の写真だった。彼女に日焼け止めを塗る晨也、彼女にロブスターを焼く晨也、彼女を抱きしめてキスする晨也。菜月は写真を開くことすらせず、携帯の電源を切って、出発の最終準備を始めた。晨也が出発してから二日目、菜月は銀行へ向かった。「菜月」名義のすべての口座から現金を引き出し、それをポンドに両替。そして、すべての銀行口座を解約した。続いて、彼女は市役所へ行き、「菜月」という戸籍を抹消した。夜には仲の良い女性の友人たちと食事をした。新しい身分で人生をやり直すことに、彼女は何の不安もなかった。自分の能力を信じていたし、名前が変わってもきっと素晴らしい人生を切り開けると信じていた。でも、大切な友人たちとの別れは少し寂しかった。その席では、自分が去ることなど一切口にせず、ただ楽しく食べて、歌って、「菜月」としての最後の日を笑顔で過ごした。それでも桜子は彼女を手放そうとしなかった。彼女が一日中携帯の電源を切っていたが、夜に電源を入れると、メッセージが一気に届いた。【新米パパはもう赤ちゃん教育や離乳食の勉強を始めたの。なんて素敵な男性なの!菜月、彼を譲ってくれて本当にありがとう】添付されていた写真には、晨也が写っていた。金縁の眼鏡をかけ、ペンを片手に読書をしていた。その本の名前が『胎教ガイド』でなければ、金融マーケティングとか学術論文とかを研究しているかと思われる。それだけではなく、机の上には本が山ほど重ねている。幼児教育の本以外に、『妊娠中の注意点』『産後うつ病の予防』『30日で産前の体型に戻す方法』などもある。晨也が気にしているのは、もはや子供だけではなかった。知らぬ間に、
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第8話

晨也は、誕生日の前日午後に帰国した。約束通りなら、彼は必ず菜月と一緒に誕生日を過ごすはずだった。空港では、まだ煩わしいアナウンスが流れていた。「賀来澄さま、ただいま搭乗が始まっております。お急ぎ搭乗口まで……」賀来澄。晨也はその名前の漢字がどれか分からないが、なにかが引っかかったようだ。心にぽっかり穴が開いたような、説明しようのない虚しい雰囲気が彼を包んでいた。搭乗口の方に見ると、見覚えのある姿が早足で歩いていくのが見えた。彼は咄嗟に目を細めて、無意識に追いかけようとした。だが、その一歩を踏み出す直前、桜子に呼び止められた。彼女はホットコーヒーを手にやってきて、甘えた声で言った。「あなたの一番好きなモカを買ってきたよ。どこに行くの?」「いいえ」晨也の顔色が優れないのを見て、桜子は心配そうに聞いた。「具合、悪いの?熱でもある?」そう言いながら手を伸ばして彼の額に触れようとしたが、晨也は何気ない動きで避けた。「何も」と冷たく言った。晨也は人通りの空港のロビーに立って、隣には美しい女性が寄り添ってる。こんな生活はどれほどの人が求めても叶えないはずだったが、彼には何か違ったような感じがあった。まるで、大切なものを知らぬ間に奪われてしまったようだ。桜子は彼が何も言わないのを見て、いっそ彼の肩に手を置き、甘えるように身体を寄せた。「どうせ今夜は菜月さんのところに帰るんでしょ?だったらその前に私が先にお祝いしてあげようか?」その言葉はほとんど耳元で囁かれた。いつもなら、晨也はそんな誘惑に断るはずはないだろう。けれど今日は違った。彼は急に立ち上がり、「家に帰る」と言った。「家に?」桜子は不満そうに彼の服の裾を掴んだ。「今夜帰るんでしょ?もうすぐじゃない。しかも明日はあいつと一緒に誕生日過ごすんでしょ?今は他の女に渡したくないの」「あいつ」という呼び方が、晨也の地雷を踏んだのだ。彼の顔色が一気に悪くなり、鋭い視線を桜子に向けた。その目の厳しさは、今まではない。それを見た彼女は慌てて、すぐに甘えるような声で取り繕った。「晨也、私、あのね……」だが彼女の言葉は途中で、冷ややかに遮られた。「桜子、前にも言ったはずだ。自分の立場をしっかり認識しろ。菜月は俺
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第9話

菜月は短く言葉で長い年月の愛情に終止符を打った。晨也は手紙を握りしめ、何度も読み返した。力を込めすぎて、紙の端がくしゃくしゃに歪んでしまうほどだった。ついには勢いよく立ち上がり、彼女の名前を叫びながら邸宅の中を探し回ってきた。「菜月ちゃん!もう悪戯しないで、私……私には説明できるんだ!」彼は彼女がちょっとした脅しで自分を試しているだけだと思っていた。だが、家中の部屋をくまなく探しても、彼女の痕跡はどこにも見当たらなかった。クロークルーム中の靴やバッグは元のままだ。菜月がよく使っていたバッグでさえ、ドアの後ろに掛けられていた。何も持ってないまま出るなんて、あり得ない。そう思った彼はすぐに裏庭の花壇も確認したが、そこにも彼女の姿はなかった。次に屋上のサンルームへと行った。もしかしたら、彼女がそこで待っているかもしれないと。しかし、そこにあったのは二人で選んだブランコだけ。晨也はそのブランコにぐったりと腰を下ろした。足先で地面を軽く蹴りながら、静かにブランコを揺らしてきた。そして、顔を上げ、空を仰いだ。まるで、菜月と一緒に星空を見上げていたときの気持ちを思い出そうとするかのように。そのとき、涙が彼の目尻からこぼれ落ち、床に静かに滴り落ちた。その瞬間、晨也はようやく気付いた。これは悪戯とか脅かすとかじゃなかった。彼女は、本気で彼を捨てて、もう二度と戻るつもりがないのだ。いいえ、彼はそんなことさせないのだ。晨也は震える手でスマートフォンを取り出し、菜月と最も親しかった友人に電話をかけた。相手は出なかった。彼は二度、三度とかけ続けた。ついに相手が苛立ったように電話に出た。「一体どういうこと?」「菜月を探してる、彼女は……」「は?じぁ、何で私に電話するの?あんた彼女の旦那でしょ?どこにいるかも知らないの?」一言で、晨也は言葉を失った。晨也は口ごもりながら言った「私……彼女が見つからないんだ。どこに行ったか、知ってる?」「知らないわよ」冷たく言い放った後、電話は一方的に切られた。再度かけ直そうとしたが、すでにブロックされていた。晨也は仕方なく、連絡帳の中にある連絡先の順番からかけはじめた。たとえ数回しか会ったことのない同級生も。結婚してから、彼と彼女の生活はどんどんすれ違い、今で
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第10話

カスタマーサービスは定型文をいくつも述べたが、彼には一言も耳に入らなかった。ただひたすら問い続けた。「彼女と連絡を取る方法はありませんか?」当然ながら、答えは否だった。彼は電話を切り、菜月のスマホ画面で見かけたアプリを記憶を頼りに次々とダウンロードし始めた。彼女はネット上で趣味仲間やファンと写真作品をシェアする習慣があった。恋人時代には、自分のアカウントで彼女に「いいね」やコメントを送ったこともある。だが、いつからかすべてが変わってしまった。菜月はやや古風なネットの使い方をしており、SNSのニックネームはすべて【快晴】であって、アイコンも自分で撮った写真だった。晨也は検索バーにその名前を入力してみたが、出てくるのは同名の別人ばかりか、そもそも「ユーザーが存在しません」と表示される。つまり、彼女は銀行口座だけでなく、SNSのアカウントまでも削除していたのだ。晨也は、かつてのないほどの絶望を感じた。菜月が彼の元から離れるだけではなく、二人で共に過ごしたかけがえのない記憶さえも、消し去ろうとしていたのだ。現実を受け入れたくない彼は、彼女がよく使っていたSNSの利用規約を読み直し、個人情報の保護が甘そうなサービスを一つ選んで連絡を取った。「私はユーザー『快晴』の夫です。彼女は現在行方不明で、非常に危険な状況にあります。アカウントデータの復旧をお願いします」晨也は単刀直入で求めた。対応したカスタマーサービスは丁寧だが、断固とした口調で返答した。「申し訳ありませんが、アカウント情報は個人情報です。ユーザーご本人の申請がない限り、復旧はできません」「私は彼女の夫です。家族なんです。それでもダメなんですか?」「それは婚姻関係を証明するだけで、ご本人の意志までは証明できません」「じゃ、訴えるぞ、彼女は家出したんだ。出て行く前に何も残していかなかった。もしお前たちが俺の助けを無視し続けるなら、彼女は危険な目に遭うかもしれないんだぞ!そのときは、必ず裁判所に訴えてやる!」晨也は相手が協力を拒んでいるのを見て、脅しの手段に出て無理やりカスタマーサポートを動かそうとした。だが、カスタマーサービスは冷静にこう答えた。「どうぞ、ご自由に。もし裁判所から正式な命令があれば、私たちも従います」まったく取り合ってもらえない。何の余地
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