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第20話

Author: 山本七海
陸は、事情聴取を受けたものの告訴されていなかったため、そのまま国外退去処分となった。

それでも陸は諦めきれず、あらゆるコネを使って再入国の道を探そうとした。

だがその動きを知った父が、すぐさま陸を強制帰国させた。

ここまで騒ぎを大きくしてなお、奈緒は息子を許さない――それはもう、二人の間に戻れる道がないことの証だった。

陸はなおも気持ちを断ち切れずもがいたが、奈緒が海外にいる限りどうにもならなかった。

父は息子の気持ちを断ち切らせる決意を固め、どんなに陸が約束や誓いをしても、二度と再入国の手助けをすることはなかった。

結局、陸は仕方なく会社に籠り、ひたすら仕事に没頭する日々を送った。

寝食を忘れるほどで、間もなくその頬はこけ、すっかり憔悴しきった姿になった。

そんな陸を見て母は胸を痛め、友人たちと遊んで気を紛らわせた方がいいと勧めた。

陸は抵抗せず、友人たちの待つバーに顔を出した。

しかし彼らと話すこともなく、ただひとり静かに角の席に座り、黙々と酒を浴びるように飲んだ。

グラスの中のウイスキーがまるでただの水のように感じた。

友人たちはその様子に困惑した。

「陸、あんなに奈緒に本気だったのか?」

「そもそもそんな深い仲じゃなかっただろ。たかだか一年ぐらいじゃないか」

「女なんて、若くてきれいな子がいくらでもいるじゃないか」

そう言いながら、誰かが冗談半分で女たちを数人呼び寄せた。

「誰でもいい、陸を笑顔にできたら十万払う!」

そう景気よく言ったため、女たちは目を輝かせて陸に近づいていった。

その中のひとりが勇気を出してグラスを取った。

「お兄さん、ひとりで飲んでてもつまらないでしょ?一緒に飲みましょう」

陸の手が止まり、次の瞬間、彼女を力任せに突き飛ばした。

「消えろ」

女は驚き何か言おうとしたが、陸は突然ボトルを机に叩きつけ、ガラスの破片を床に散らした。

「次に口を開いたら、お前の顔を割るぞ」

女たちは恐れをなし、あっという間に退散していった。

場の空気は一気に冷え込み、友人たちは顔を見合わせ、苦笑いを浮かべた。

「陸、なあ......そこまで引きずる女か?真理ならともかく、奈緒なんて、たかが一年の付き合いだろ?」

「結局、お前だって手に入らなかったから悔しいだけじゃないのか?」

「そんなに言うならさ、連絡
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