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第2話

Author: キャンディーとても甘い
南雄が急いで戻ってきたのは、翌日の昼過ぎだった。

彼がそっとドアを開けると、茜は手袋をはめて、黙々と部屋の片付けをしていた。

彼女の動きは整然としているものの、どこか言いようのない冷たさが滲んでいた。

南雄は痛むこめかみを押さえながら、ドアの前に積み上げられた黒い大きなゴミ袋を指さして、ふと尋ねた。

「家にこんなにゴミあったっけ?」

「ええ、結構たまってたわ」

茜は顔も上げず、淡々と答えた。

声は平静だが、心が引き裂かれるようだ。

だって、あのドア前に積まれたものは、この五年間で南雄が彼女に贈ったすべての品々なのだから。

昨夜、茜は一睡もしていなかった。

希枝がわざわざ公開した全ての投稿を、一晩中かけて丹念に調べ上げたのだ。

一つ一つの投稿、一枚一枚の写真を見逃さずに。そして驚愕した。南雄が自分に贈ったものは、すべて希枝がかつて話題にし、購入し、好んでいたものばかりだった。

つまり、南雄は希枝への想いを、そっと自分に置き換えていたのだ。そして自分は、まるで道化のように、その偽りの愛情を宝物だと信じ込み、存在しない恋に浮かれていた。

今、茜はそれら「愛情」の証を、全てゴミとして処分したかった。

それらはゴミ捨て場に戻すべきものだ。嘘に包まれたあの感情のように、記憶の片隅で腐り、消え去るべきものなのだ。

もうこれ以上、それらを見たくはなかった。一目見るごとに、自分の愚かさと惨めさを思い出すのだから。

短い沈黙の後、茜はゆっくりと口を開いた。

「昨日、私の誕生日だったわ。あなたはいなかったわね」

その言葉と同時に、南雄の気軽な表情が凍りついた。彼の目に一瞬慌てが走り、すぐに壁のカレンダーを見上げた。

昨日が確かに茜の誕生日だと確認すると、後悔の表情で、急ぎ足で近づき、彼女を強く抱きしめた。

「ごめん、本当にごめん。忙しくて頭がパンクしそうで、こんな大事な日を忘れるなんて。ちょうど高村さんがパーティーを企画してるんだ。今夜一緒に行って祝おうよ?」

彼の声には、自責と取り入ろうとする気持ちが満ちていて、こうした方法で埋め合わせようとしていた。

茜はその高村を知っていた。パーティーで南雄の秘密を暴露した親友だ。彼女は反射的に断ろうとしたが、口を開く前に南雄の電話が鳴った。

彼は携帯画面を見下ろし、目を泳がせると、無理やり笑顔を作った。

「病院からの電話だ。もう一度診てくるよ。夜迎えに来るから、良い子にしてて。愛してる」

南雄は早口でそう言うと、茜に気付かれるのを恐れるように急いで去った。

茜は「ONLY」と登録された着信を見ていたが、気付かないふりをした。ただ淡々と頷くだけだった。

この五年間、たとえ今すべてが終わりを迎えるとしても、彼は昔から家族ぐるみの付き合いのある兄であり、南城で長年世話をしてくれた先輩だった。

この間違った恋に、せめて最後のきれいな別れを贈りたかった。そうすれば、この胸の悔しさと未練が、ほんの少しだけ軽くなるかもしれないから。
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