Se connecter会社で火事が起きた時のこと。私は唯一の脱出ロープを、夫の森田理仁(もりた りひと)に渡した。 しかし、彼は私の顔から火災避難用マスクを無理やり剥ぎ取ると、振り返ってそれを助手である陣内涼子(じんない りょうこ)に着けさせたのだ。 理仁は脱出ロープを使って脱出し、涼子もマスクのおかげで無傷で逃げ出すことができた。 ただ私だけが煙を吸いすぎて気を失い、さらには倒れてきた柱で腹部を強打してしまったせいで、下腹部から流れ出した血が足元を伝った。 消防隊員が私を救急車のストレッチャーに乗せようとしたその時、理仁は私を引きずり下ろした。 「柚葉(ゆずは)、お前のその程度の怪我でストレッチャーなんか使うな。涼子が先だ。彼女のほうが重症なんだから、しっかり検査してもらわないと!」 消防隊員と医師は呆気にとられた。 彼らは血に染まった私のスカートと、指の軽い火傷で泣きじゃくる涼子を交互に見つめる。 同僚たちも思わず口を挟んだ。「お言葉ですが、社長……どう見ても森田部長の方が重症じゃないですか?」 すると、理仁が声を荒げた。「うるさい!俺はこいつの夫なんだから、こいつが重症か重症じゃないかくらい分かっている。それに、お前たち。そんなこと言って、もし涼子に何かあったら、ただじゃ済まさないからな」 私は少し膨らんだお腹を押さえると、静かに頷いて、涼子を救急車に乗せることに同意した。 理仁……これで私もこの子も、もうあなたに縛られることはない。
Voir plus理仁は苦痛に顔を歪めて目を閉じ、彼自身の顔を何度も強く叩いた。頬を打ちながら、彼は後悔を露わにする。「俺はなんてことを!こんなの人間のすることじゃない!」すると理仁ははっとしたように、慌てて弁護士に電話をかけながら私に向かって言った。「離婚はしない。柚葉、俺は離婚なんてしないぞ!俺が悪かった。愚かだったんだ。他人の言葉を鵜呑みにして、本当に……」私は理仁のスマホをそっと取り上げ、首を横に振った。「もう遅いよ。裁判所にはとっくに離婚の書類を提出してるの。あなたが今弁護士を呼んだところで、今日には裁判からの呼び出し状が届くと思う。私たちが離婚することは、変わらないよ」理仁は抜け殻のように、呆然と私を見つめていた。しかし、すぐに私の足にしがみついてきて、子供のように泣きじゃくる。「でも……お前たちだって俺を騙してたじゃないか!母さんが事故で死んだなんて。そんな嘘をつかれたら、誰だって歯止めが利かなくなるだろ?柚葉、やり直そう。なあ、昔みたいに戻ろうよ」「無理」この3年間に受けた理不尽な仕打ちや扱いを思い出し、私は皮肉な笑みを浮かべた。「やり直すって言ったって、どうやって?もし、お母さんが本当に事故で亡くなってたのだとしたら、罪に問われるべきは運転手で、私じゃないよね?でも、あなたは全部の責任を私に押し付けた挙句、たくさんの女を使ってわざと私を追い詰めた。さらには、陣内さんを甘やかして、彼女に私の代わりになれるなんて思い込ませたじゃない?忘れないで。私のお腹を蹴って子供が望めない体にしたのもあなただから。しかも、医者たちを阻んで治療を妨げ、あやうく命まで奪われかけた……」「もうやめてくれ!それ以上言うな!」理仁は崩れ落ちるように頭を抱え、息を切らしながら、鼻水と涙で顔をぐしゃぐしゃにする。「すまない……悪いことをした……俺が間違ってた……だけど、お願いだ。俺から離れないでくれ……会社も失って、お前までいなくなったら俺はどうすればいいんだよ……柚葉、俺たちはあんなに愛し合ってただろ?なあ、もう一度チャンスをくれないか?」しかし、私は何も言わず、警備員に連絡を入れた。すぐに二人の警備員が駆けつけ、理仁の両側をガッチリと取り押さえる。そして私は、雅美に支えられながら、病院をあとにした。理仁が狂ったように私を呼
「何だって!?」理仁は息を呑み、反射的に花音の腕を掴んだ。「母さんが生きているのだと?そんな馬鹿な!一体どういうことだ?」花音は堰を切ったように、すべてを話し始めた。千春が巻き込まれたあの交通事故は、単なる事故ではなく、実は、最初から理仁を狙ったものだったのだ。だから、私さえも車に跳ねられかけた。しかし、専属の運転手の運転技術が素晴らしかったため、私は間一髪のところで命拾いをした。それに加え、千春の容態が第一だったため、このことが誰にも漏れないように、あえて誰にも伝えていなかった。それでも千春の入院中、理仁の敵に人工呼吸器を外されそうになったことがある。そこで父親の森田哲平(もりた てっぺい)と花音が話し合い、犯人をあぶり出すために、千春を「死んだ」ことにしようと決めたのだった。そして彼らは、私にも秘密を守るようにと口止めをし、理仁には決して教えるなと言った。演技をするなら、徹底しなければならない。こうして私は3年間、すべての汚名を背負い続け、理仁に罵られ、他の女を使って辱められても耐え忍んできた。だが、あの火事の日、私の中で全てがどうでも良くなってしまった。あそこまで他の女のために尽くす理仁を見て、もう私のことを愛していないのだと悟ったから。だから、私は彼から離れることにした。理仁は花音の話を聞いても、なお半信半疑のままだった。花音はスマホでビデオ通話をかけ、理仁の前に突き出す。「お兄ちゃん、見て。お母さんはちゃんと生きてるでしょ!」ベッドに横たわる千春。まだ意識はぼんやりしているが、確かに呼吸をしていた。理仁は完全に立ち尽くした。花音がもどかしそうに言う。「お兄ちゃん。お兄ちゃんが柚葉さんに冷たく当たる姿を、私はずっと見てきた。だから、私はずっと真実を教えたかったけど、お母さんの身の安全のために、黒幕を突き止めるまで黙ってろって言われてたから。でも、お父さんがようやく犯人を見つけたの。ねえ、お願いだから、自分の罪を認めて、柚葉さんにちゃんと謝って!」理仁はしばらく呆然としたまま、声を詰まらせた。「お前たち……外に出てくれ……」病室には私たち二人だけとなった。私は退院の荷物を抱え、ベッドの前に立ち、息を深く吸い込む。「もう私たちは離婚したし、話すことは何もないから」
入院から1ヶ月後、ようやく喉も回復し、普通に喋れるようになった。退院当日、迎えに来てくれたのはやはり雅美だった。彼女は手際よく荷物をまとめながら、私に話しかける。「部長、入院中だったのでご存じないかもしれませんが、会社が火事になった原因がついに判明したんです」私は思わず尋ねた。「放火?それとも自然発火だったの?」雅美は答えた。「陣内さんが放火したらしいです。部長が倉庫に入ったのを見たから、中に火をつけて事故に見せかけようとしたみたいで。でもあまりに手口がお粗末すぎて、すぐに消防隊員や警察に見抜かれていました」私は驚いた。「陣内さんが……私を殺そうとしていたってこと?」「そうみたいです。陣内さん、前々から社長に部長と離婚してくれって言っていたようなんですけど、社長に断り続けられていたみたいで。だから、部長が毎日倉庫に行っているのを見て、あんな愚かな計画を思いついたんでしょうね」「じゃあ、彼女は……」「もう逮捕されましたよ。近いうちに正式に起訴されるでしょうから、しばらくは檻の中で反省することになると思います。とにかく、陣内さんのせいで、会社はもうめちゃくちゃなんですから。何もかも燃えちゃっていて、納期も遅れ、仕事ができる環境ですらないんです。社長も頭を抱えちゃっていますよ」その時、隣に弁護士を連れた理仁が現れた。彼が弁護士に顎で合図を送る。すると、弁護士が足早に私の前へ来て、離婚届と離婚協議書を取り出した。「奥様。私は森田社長の代理人として、離婚の案件を担当しております。内容に問題がなければ、こちらの書類にサインをお願いします」私は書類を見つめながら、あえて尋ねてみた。「理仁、どうして私と離婚したいの?」理仁は冷たく鼻で笑った。「そんなこと、聞かなくてもわかるだろ?お前が嫉妬して涼子を追い詰めたせいで、あいつはあんな馬鹿な真似をしたんだ。お前のせいで俺も会社もここまで滅茶苦茶になった……それでまだ、俺の妻でいるつもりか?」「陣内さんが火をつけたことが事実なのに、それでもまだ全て私のせいだって言うの?」込み上げてくる情けなさに、言葉が喉につかえる。理仁が怒りに満ちた目つきで私を睨んだ。「被害者面するのはやめろ。元はといえば、お前のせいなんだからな。忘れたとは言わせない。3年前、お前自身のせいで、俺の
私と理仁は大学の同級生で、私に一目惚れした理仁が、私に告白してきた。しかし、当時の私は学業に集中したく、恋愛など考えられなかったため、きっぱりと断ったのだ。それでも諦めなかった理仁に、3年も追いかけられ、結局大学3年の時にようやく交際を始めた。大学4年の時、理仁が起業すると言い出した。だから、私は採用が決まっていた、かなり給料の良かった仕事を諦め、一緒にゼロから会社を立ち上げるために全力を尽くした。10年経って、理仁の会社は二人きりの小さなスタジオから、今や広いオフィスを構える大企業にまで成長した。だが、私たちの関係は完全に冷え切ってしまっていた。3年前、会社は成長の正念場を迎えた。あの頃、理仁は頻繁に接待に出かけていて、彼の周りには女性の影も増えていった。周りの人は「気をつけたほうがいい」と忠告してくれたが、私は自分たちには強い絆があるから心配いらないと信じていた。しかしある日、理仁がクライアントの女性と一緒に温泉旅館へ向かうのを見て、私は違和感を感じ始めた。私は理仁と話し合いたかったのだが、彼はその件について一切会話に応じてくれなかった。そして、私たちが電話で口論している最中、義母の森田千春(もりた ちはる)がそれを聞いてしまったのだ。千春は気が早い人だったため、事実を知るや否や、すぐさまタクシーを捕まえて、現場を押さえに温泉旅館へと向かってしまった。私と理仁もそれぞれ別々の場所から旅館へ向かったのだが、道中で思わぬ出来事が起きたのだ。千春の乗ったタクシーがトラックと衝突し、千春は即死だった。事故を知った理仁は、私を見るなり平手打ちを叩き込んできた。獣のように吼えて私に詰め寄る。「なんで母さんに告げ口なんてしたんだよ?あんなの仕事上の付き合いに決まってるだろ!俺は何もしてないのに!それなのに母さんを巻き込みやがって!母さんを殺したのはお前だ!」私は叩かれた頬を押さえながら、その場に立ち尽くして泣くしかなかった。反論すらできない。なぜなら、私自身も自分が千春を殺してしまったのだと思っていたから。理仁が私に怒りをぶつけた後、理仁は私に言い放った。「柚葉、今日から俺たちの間には憎しみしかないからな。でも、離婚はしないぞ。お前に地獄を見せてやる……」それからすぐ、理仁は十数人の若い美人秘