笠原南雄(かさわら みなお)と付き合い始めて五年目。門司茜(もんじ あかね)は密かに婚約指輪を買い、勇気を振り絞って彼にプロポーズするつもりだった。しかし運悪く、その日、パーティーに数分遅れてしまった。ちょうど彼が友人と話しているのを耳にした。「お前、周防希枝(すおう きえ)のために茜と五年も付き合っただけでも十分なのに、今度は彼女と結婚までしようって?正気か?」南雄の声は冷ややかだった。「希枝が幸せになれるなら、愛していない相手と結婚することだって厭わない」だが、今回は茜は騒ぎ立てなかった。……「お母さん、私、縁談を受けるわ」明かりの灯っていないリビングに、茜の声が幽かに響いた。はっきりと聞き取れる口調でありながら、その響きには底知れぬ虚ろと荒れが漂っていた。電話の向こうで、母の理子(りこ)はわずかに息を呑んだままだった。「茜、本当に決めたの?私もお父さんも、あの彼氏と結ばれてほしいって思っていたけれど、あれほど何度も招待しても彼は一度も会いに来ないじゃない。茜、あの人は良い人じゃないのよ」茜は答えず、ただ静かにその場に立ち尽くしていた。暗闇に浮かぶ寂しげな姿は、ますます細く頼りなく見え、弱い風でも吹けば倒れてしまいそうだった。理子の声はやわらぎ、まるで幼い頃、茜が傷ついたときにあやしていたあの声音になる。「茜、今はつらいだろうけど、それでも日々は前に進まなきゃならないのよ。縁談の相手は周藤家の次男、周藤承平(すとう しょうへい)さん。商界でも名高い家柄だし、彼自身も見た目が良く、若くして医学界で頭角を現している人よ」茜の目は空虚なまま、前方を見据えていた。耳に届く言葉は何一つ心に入らず、思考はまだ南雄の裏切りに囚われている。かつての甘い誓いは、今や最も残酷な嘲笑となっていた。「お母さん、あなたたちが安心できるなら、誰と結婚しても同じよ」その声音には一片の波立ちもなく、まるで凍りついた水面のようだった。理子の胸に鋭い痛みが走り、涙が目に滲んでいる。「馬鹿な子……私たちはただ、あなたに幸せになってほしいだけ。周藤さんなら、時間が経てばきっと好きになれるかもしれないわ」茜は「うん」とだけ答えた。「そうだわ、帰ってきたらあの笠原先輩にちゃんとお別れを言いなさい。こ
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