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第7話

作者: 年々
彩花がやっとの思いで目を開けると、目に飛び込んできたのは、病院の冷たく無機質な白い天井だった。

とっさに、そばにいた看護師の腕を掴む。「母は?母はどこにいますか?」

看護師は一瞬視線を泳がせたが、声を落として言った。「松浦さん……あなたのお母様は、急な脳出血で、こちらも全力は尽くしたのですが……昨夜、お亡くなりになられました」

彩花はただ呆然と看護師を見つめることしかできなかった。言葉はしっかりと聞き取れているのに、その意味がまったく理解できない。

お母さんが……死んだ?

「そんな……そんなわけないですよ……」

しかし、日和の死という知らせを受け止める間もなく、子供の主治医が慌てた様子で部屋に入ってきた。

「お子さんが多臓器不全を起こしました!緊急手術が必要です。すぐに2000万円、用意してください!急いで!」

だが、今の彩花には一円もない。日和の通帳は奪われ、こつこつ貯めたお金も、日和の治療費で使い果たしてしまったのだ。

彩花はスマホを掴むと、震える指で悠斗に電話をかけた。

長いコールの後、やっと繋がった電話から聞こえてきたのは、またしても泉の声だった。

「社長は今シャワー中です。何かご用でしたら、私が伝えておきますよ」

「赤ちゃんが危ないの。手術が必要だから、今すぐ2000万円振り込むように悠斗に言って」

「もう、しつこいですね」泉は話を遮ると、馬鹿にしたように言った。「病気の子供を助けて、何になるっていうんですか?」

そして電話は一方的に切られた。かけ直しても、「おかけになった電話は……」という冷たい機械音声が流れるだけだった。

彩花は、ぼろぼろの体を引きずって集中治療室の前まで来ると、その場に崩れるように膝をついた。

「神様、こんな仕打ちはないんじゃないですか?どうか、どうかお願いします。私の子を連れていかないでください……」

その時、医者がゆっくりと近づいてきて、首を振った。「残念ですが……助かりませんでした」

赤ちゃんが死んだ?

5年も待ち望み、辛い治療にも耐えてやっと授かった子。生まれてからずっと保育器の中で頑張っていたのに、死んだって?

彩花はずるずるとその場にへたり込んだ。口をぱくぱくさせるが、声にはならなかった。

母も子供もいなくなってしまった。

そして、かつてあんなに愛し、一生愛すると誓ってくれた男は今頃、母と子供を死に追いやった女を腕に抱き眠っているのだろう。

日和と子供の葬儀は病院に任せるしかなかった。火葬だけで済ませ、一番安い骨壺に遺骨を納めてもらった。

彩花は二人の骨壺を抱き、雨に打たれながら、かつて「家」だった場所へゆっくりと歩いていった。

ドアを開けると、ダイニングテーブルで泉がステーキを切っていた。

物音に気づいたらしく、泉がちらりと彩花を見て、ふっと笑った。「ちょうどよかったです。味見しますか?社長がわざわざ取り寄せてくれた和牛ですよ。これだけで、何十万円もするんですから」

続けて泉は手元のワイングラスを揺らす。「このワインも一口で2000万円するんですよ」

2000万円。

その言葉が、刃物のように彩花の胸に突き刺さる。

彩花はそっと骨壺を脇に置き、泉に向かって駆け寄ると包丁を奪い、その首に突きつけた。

「きゃっ!何するんですか!」

声を聞きつけて駆けつけた悠斗は、目の前の光景に息を呑む。

「彩花、包丁を置け!」悠斗は驚きと怒りを露わにした。「自分が何をしているかわかっているのか?人を殺せば、命で償うことになるんだぞ!」

「命で償う?」彩花はゆっくりと悠斗の方を向いた。「いいわよ。だったら、この女に私の子の命を償わせるわ」

言い終わるや否や、彩花が振り上げた包丁の刃先は泉の頬をかすめた。

「この女が私の電話を切ったのよ!この女のせいで、助かるはずだった子供は死んだ!」

泉は恐怖で全身を震わせ、涙と冷や汗を流しながら叫ぶ。「社長、助けてください!」

悠斗は、はっと泉に視線を移した。その声には、自分でも気づかないほどの動揺が混じっている。

「彩花の言っていることは本当なのか?」

泉は血の滲む頬を押さえながら、必死に首を振った。「違います、社長。私、彩花さんからの電話なんて、出ていません」

悠斗は眉をひそめながら、スマホで着信履歴を確認したが、彩花からの着信記録はどこにもなかったし、電話を切った後、泉がすぐに履歴を消去したことなど、悠斗が知る由もなかった。

悠斗はゆっくりと彩花に近づき、ぎこちない口調でなだめようとする。

「彩花、落ち着け。俺たちはまだ若いんだから、子供なんてまた作ればいいだろ!お前の体が回復したら……」

「また子供を?」彩花は一歩前に出て、包丁の先を悠斗の胸に向けた。「悠斗。あなたにはもう、二度と子供はできないわ」

悠斗の体は強張り、瞳孔が収縮する。「どういうことだ?」

「だから……」彩花は一語一句はっきりと告げた。「あなたの血は、これで絶えるのよ」

言い終わると同時に、彩花は突然、悠斗の心臓をめがけて包丁を深く突き刺した。

ブスッ――

彩花がナイフから手を離すと、悠斗の高級そうなシャツに血がじわじわと滲んでいく。

そして見つめる。かつては骨の髄まで愛し、今では骨の髄まで憎んでいる男の顔を……

「今日から私が生きる目的は復讐……ただそれだけ」
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