LOGIN夫が初恋の人の妊婦健診に付き添っていた時、私・夏目澪は一人で、中絶手術の予約をしていた。 視線がぶつかって、ふっと口角を上げて笑ってみせた。 「奇遇ね」 後になって、二人の末永い幸せを祈ってあげたら、なぜか彼はひどく不機嫌になった。
View More「景……っ」「返事をしてくれるまで、ここから動かないぞ」景ったら、この手をすっかりマスターしているんだから。「もう!いい加減にしてよ」景はあさっての方を向いたまま、「じゃあ、このまま跪き続けるから」と動かない。「立ってよ」腕を引っ張って起こそうとすると、この乱暴者はそのままの勢いで私を床に押し倒して、唇を塞いできた。いつの間にか、私の服はすべて脱がされていた。床が冷たすぎたから、という理由でベッドに運ばれたけれど、そこから先は……再び下の階に降りた時には、すっかり夜が更けていた。雅子と芽衣はもう帰っていた。ソファに力なく沈み込む。一方で景ときたら、まるで充電でも完了したみたいに、すっかり意気揚々としていた。腰にバスタオルを巻いたままキッチンに向かって、ご機嫌な様子でハミングまでしている。 景がなんでそんなに上機嫌なのかというと、さっきベッドの中で私がたまらなくなって、「今も好きだ」と口にしてしまったからだ。 でもあれは半ば強引に言わされただけだし、ずるい駆け引きに乗せられただけなのに。 彼の背中を睨みつけたけれど、結局笑いがこぼれてしまった。不思議と、この感覚は悪くない。心がずっと軽くなった気がする。本当のところ、あれこれ悩む必要なんてなかったのかもしれない。もう好きじゃないと決めたところで、感情なんて簡単に割り切れるものじゃないし。でも、今回は違う。景も私を想ってくれている。だからこそ、私も素直に好きでいられる。ようやく景と私、対等な関係になれたんだ。食事中、景が言った。「これからはもう、格好つけたりしない。澪の言うことをちゃんと聞いて、いい子にしてるから」「……」じゃあ、以前言っていた「俺がお前と結婚したのは、お前が大人しくて扱いやすいからだ」っていうのは、ただの強がりだったわけ?どうしてこんな男を好きになっちゃったのかしら。……結愛からまた呼び出しの電話があったけれど、話すことなんて何もないから断った。「謝罪がしたいんだ」電話を切ろうとする私を、結愛が遮った。「申し訳ありません」本当は謝りたくないことは分かっている。きっと景にそうさせられたんだろう。奈々からも同じように謝罪の申し出があったけれど、全部断った。奈々を許すつもりはないけれど、もう過去のこととして引きずる気もない
景の顔色がふっと曇った。「ここじゃダメかな。俺は他の部屋で寝るから」「あなたがいたら、落ち着いて考えられないわ」「何がそんなに悩むことなんだよ?」景は立ち上がった。その瞬間、態度ががらりと変わって、いつもの横柄な口調に戻る。「誤解は全部解いてやっただろ。お前が勝手に誤解してただけじゃないか。それなのに、なんで前みたいに俺を好きでいてくれないんだ?お前本当に俺のことが好きなのか?」「……」さっきまでのしおらしい態度は芝居だったのね。これこそが、彼の本性だ。景は奥歯を噛み締めた。「寝室を分けるのはいい。だが、家を出ていくなんて、夢にも思うな」彼はそう言い捨てて部屋を出て行った。夜になると、雅子と芽衣がやってきた。「澪、景から聞いたわ。二人とも想い合っているのなら、仲良くやっていきなさいよ」雅子が機嫌を取るように言った。「そうよね?」芽衣も横から口を挟む。「そうよ。あの日、景が本当に私の葉酸を取りに行ってくれたの。夫がいない間、よく景に雑用を頼んでいて。もしかして、私のせいで……」「違うの」私は慌てて否定した。よく考えてみれば、あの日結愛から電話がかかってきて、その後景が急いで出かけたのは、芽衣からのメッセージを見たからだったはずだ。結愛とは何の関係もなかった。すべては私の勘違い。けれど……あの日々、彼に苛立っていたのも、好きでいたくないと思ったのも紛れもない本心。今すぐその感情を元に戻すなんて無理。しばらく一人になって、自分の心と向き合いたいだけなの。私はその正直な気持ちを、雅子と芽衣に打ち明けた。芽衣は頷いて理解してくれて、景を呼びつけた。「澪をしばらく一人にさせてやりなさい。本人が納得すれば、戻ってくるわよ」景は顔を強張らせて拒絶した。「寝言は寝て言え」雅子がクッションを振り上げて彼を叩く。「いい加減にしなさい!芽衣の言うことも、澪の言葉も聞かないなんて、いい気なものね」「母さん!」景が怒鳴る。彼は突然私の手首を掴むと、そのまま強引に階段を駆け上がった。景は自室に私を連れ込むと、ガチャリと鍵をかけた。「澪。最後にもう一度言うぞ。この家から出ていくなんて考えるな。この部屋で大人しく考えるか、それとも寝室を分けるのもやめるか。どっちにしろ離婚はしない。死んでもな。出て行こうと
景の瞳が少しずつ赤く潤んでいく。「もしお前が、ほんの少しでも俺を好きな素振りを見せてくれていたら。俺もどれほどお前が好きで、どれだけ長い間お前だけを見つめてきたか、全部伝えていたはずだ」震える声で、彼は続けた。「お前を忘れようと必死だった。でも、見合いの席で母さんから写真を見せられた時、どうしてもお前のことが頭から離れなかった。俺が人生の最後を共にしたいのはお前だけだ。だから、写真にお前の姿がなくても、お前の名前を挙げたんだ」そこまで言って、彼は自嘲気味に笑った。その笑顔には、隠しきれない苦みが滲んでいる。「お前は結婚を承諾してくれたけれど、それでも俺に対しては冷淡だった。本当は聞きたかったよ。何様なんだって。こんなに想っているのに、どうして俺を無視するんだ。病院で会った時だって、なぜ俺がそこにいたのか、どこか具合でも悪いのか、一度も聞いてくれなかっただろ。あんなに心配していたのに。お前の目には、一度だって俺なんて映っていなかった。澪、なぜだ?これが、お前の言う『好き』なのか?」彼は私を問い詰める。その言葉には、不甲斐なさと消えない怒りが満ちていた。「お前は、俺との子供さえ望まなかった。なぜだ?教えてくれ」彼から溢れ出した言葉の奔流に、頭が重く熱くなる。あまりに膨大な情報の波に、私は長い間、思考を停止させていた。景は深く息を吸い込んで、縋るような眼差しで私を見つめる。「本当に、俺が好きだったのか?」彼をじっと見つめ返す。長い沈黙の末、ようやく頭が少しずつ動き出した。「……てっきり、あなたは結愛のことが好きで、お腹の子もあなたの子だと思っていたから」景は冷ややかに笑う。「俺に一言も聞かないで、勝手にそう決めつけたんだな。だから、俺たちの子を……諦めたのか?」脳内で、何かが音を立てて弾け飛んだ。もし、彼が言ったことが全部事実なら、私の子は……あの子は…………一人になりたい。ただ、静かに考えを整理したい。自分を部屋に閉じ込めて、窓の外をぼんやりと眺め続けた。どれくらいの時間が過ぎただろう。ドアが開いて、景が入ってくる。視線を向けると、その姿が滲んで見える。いつの間にか、頬を伝う涙で顔が濡れていたことに気づいた。彼は歩み寄ると、私の前で膝をついて、その手で私の手を包み込んだ。
そんなこと、私も知っていた。景と結愛は成績優秀で、学校の代表としていつも一緒にイベントや大会に参加して、顔を突き合わせて議論していたものだ。でも、彼が好きなのは結愛じゃなかったなんて……信じられなくて、驚きを隠せない。学校中の誰もが、二人は両想いだと噂していたのに。景は私の心を読んだかのように、喉の奥から絞り出すように答えた。「俺が結愛を好きだって噂、あれは全部あいつが流したものだ。いちいち訂正するのも面倒だったから放っておいただけだ」彼は一拍置くと、また言葉を継ぐ。「それに、お前が俺を好きだなんて知らなかった。一度もそんな素振りは見せなかったし、言葉にされたこともない。てっきり、俺には微塵も興味がないんだと思っていたよ」窓の外へ視線を逸らす。自分に言い聞かせるように、彼を見ないように努めた。すべては、もう終わったこと。今のままでいい。彼が私を愛していないことで、胸を痛めたり、惨めな思いに振り回されたりする必要なんてない。彼が誰を愛そうと、誰と一緒にいようと、もうどうでもいい。そう思うだけで、不思議と心が軽くなった。車がマンションの下に着く。景と一緒にエントランスへ入った。エレベーターを降りると、田中さんが駆け寄ってくる。「奥さま……どうなさいましたか?傷だらけじゃないですか!すぐにシャワーを。お湯を溜めてきます」「ありがとう」田中さんと一緒に上階へと向かう。一時間以上かけて身体を洗った。ようやくあの不快な生臭さが消えていく。寝室のドアが開いて景が入ってきた。視界の端で彼を捉えて、冷たく言い放つ。「ここは私の部屋よ。出て行って」彼は構わずこちらへ歩いてくる。立ち上がって外へ出ようとした時、すれ違いざまに手首を掴まれた。「ここはあなたの家だものね。この部屋がいいなら、私が出て行くわ。どこか別の場所に……」「俺は、お前が好きだ」景の言葉に、心臓が跳ね上がった。予想だにしない告白だ。「好き、なの?」「ああ」彼は私の瞳を真っ直ぐに見つめながらはっきり答えた。「中学の頃から、ずっとお前が好きだ」信じられない。そんなの、ありえないわ。景は私の疑いを読み取ったのか、自嘲気味に口角を上げた。「誰かを好きになったことも、追っかけ回したこともなかったんだ。周りはいつも誰かしら寄ってきていたから。でも、お