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10年後の電話と、私の光り輝く未来

10年後の電話と、私の光り輝く未来

作家:  キンキンブドウ完了
言語: Japanese
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概要

逆転

ドロドロ展開

ひいき/自己中

システム

転移

18回目の離婚に失敗した後、神崎蒼介(かんざき そうすけ)はぱったりと離婚を口にしなくなった。 これまで毎回、あれほど酷い修羅場を演じてきたというのに。 私、柊琴音(ひいらぎ ことね)は手首を切り、ビルから飛び降りようとし、さらには彼と女性アシスタントのベッド写真を会社のロビー一面に貼り出したりもした。 記者会見の場では衆人環視の中、そのアシスタント、星野莉乃(ほしの りの)の服を剥ぎ取り、彼女をPTSDにまで追い込んだ。 彼は私を憎んで当然だった。 それなのに、彼は二度と離婚のことを口にしなくなった。 毎日定時に帰宅し、スマホを私に預ける。 1時間おきに行動予定を報告し、出張中であっても24時間私とビデオ通話を繋ぎっぱなしにしている。 だが、私の心はどうしても落ち着かなかった。 なぜ離婚しないのかと、毎日彼にまとわりついては問い詰めた。 すると彼は逆に問い返してきた。 「俺のどこが不満なんだ?」 不満などない。 現実とは思えないほど、すべてが完璧すぎるのだ。 再び彼を尾行して見つかった時、彼はひどく疲れた目をして、ついに本当のことを話した。 「10年後の自分から電話がかかってきたんだ。離婚したら後悔するって」

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第1話

第1話

18回目の離婚に失敗した後、神崎蒼介(かんざき そうすけ)はぱったりと離婚を口にしなくなった。

これまで毎回、あれほど酷い修羅場を演じてきたというのに。

私、柊琴音(ひいらぎ ことね)は手首を切り、ビルから飛び降りようとし、さらには彼と女性アシスタントのベッド写真を会社のロビー一面に貼り出したりもした。

記者会見の場では衆人環視の中、そのアシスタント、星野莉乃(ほしの りの)の服を剥ぎ取り、彼女をPTSDにまで追い込んだ。

彼は私を憎んで当然だった。

それなのに、彼は二度と離婚のことを口にしなくなった。

毎日定時に帰宅し、スマホを私に預ける。

1時間おきに行動予定を報告し、出張中であっても24時間私とビデオ通話を繋ぎっぱなしにしている。

だが、私の心はどうしても落ち着かなかった。

なぜ離婚しないのかと、毎日彼にまとわりついては問い詰めた。

すると彼は逆に問い返してきた。

「俺のどこが不満なんだ?」

不満などない。

現実とは思えないほど、すべてが完璧すぎるのだ。

再び彼を尾行して見つかった時、彼はひどく疲れた目をして、ついに本当のことを話した。

「10年後の自分から電話がかかってきたんだ。離婚したら後悔するって」

私は呆然とした。

「それを信じたっていうの?」

「お前が莉乃を焼き殺したと聞いた」

顔を上げた彼の瞳には、底知れぬ絶望が潜んでいた。

「お前は狂ってる。そんな危険な賭けはできないし、俺にはその余裕もない。

この先は、もうこれでいい」

「もうこれでいい」というその言葉が、私をその場へ縫い付けた。

一言も離婚には触れていないのに、言葉の端々から私への憎悪が滲み出ていた。

生気を失ったその両目は、鋭い刃のように私の胸を深く抉った。

後悔でも、改心でもない。

ただ怯え、妥協したのだ。

自暴自棄になっていたこの生活を、私はいきなり終わりにしたいと思った。

……

私がまだ呆然としているのを見ても、彼はいつものように機嫌を取ろうとはしなかった。

静かに上着を羽織り、先ほどの取り乱した様子を隠す。

そして、淡々と今後の予定を報告し始めた。

「14時に会社に着いて、15時から会議だ。時間は2時間」

歩き出したところで、彼は突然振り返った。

「そうだ、その間は電話にもビデオ通話にも出られないから。信じられないなら、会社の入り口で待っていればいい」

言葉の一つひとつが慎重で、ひどくよそよそしかった。

私が反応する間もなく、彼は車のドアを閉めてしまった。

遠ざかっていく車を見つめていると、私と彼との距離もどんどん離れていくように思えた。

とうとう涙がこぼれ落ちた。

蒼介と莉乃の不倫現場を押さえたあの日、私は狂ったようになった。

毎日消毒液で彼の体を擦り、紫外線ランプを全身に当てた。

髪の毛を一本でも見つけようものなら、ヒステリックになって会社中の人間を捕まえ、DNA鑑定を受けさせた。

彼は、自分たちは薬を盛られ、罠にはめられたのだと必死に弁明した。

監視カメラの映像や血液検査の報告書まで見せられたが、それでも私は彼の不貞を受け入れることができなかった。

彼が初めて、離婚協議書を私の前に突きつけるまでは。

「琴音、財産の8割はお前に渡す。離婚してくれ。こんな毎日は、もう疲れ果てたんだ」

その夜、私は初めて屋上の縁に立った。

彼は狂ったように私を引き戻し、泣き崩れながら叫んだ。

「俺が悪かった!本当に俺が間違ってた!

俺を痛めつければいい、好きなだけ痛めつけてくれ。だから、自分を傷つけるのだけはやめてくれ!

お前がいなくなったら、俺は死んでしまう……」

それなのに、どうしてなのだろう。私を失えないと言ったのは彼の方だったのに。

後になって、莉乃のために、彼は何度も身を引いてくれと私に懇願した。

……

また雨が降ってきた。

手に傘を持っているのに、さすことすら忘れていた。

私はきっと、蒼介に甘やかされすぎていたのだ。

この10年間、彼が車で送り迎えしてくれることにすっかり慣れきっていた。

買い物をする時は彼が傘をさし、食事の時は口を拭いてくれることにも。

歩行者天国に行く時でさえ、彼ならどうにかして道を空けさせ、私の行きたい店の目の前に車を停めてみせた。

それが突然、すべて消え去った。

心がすっぽりとくり抜かれたようで、ただ冷たい風が吹き込むに任せるしかなかった。

今、顔を濡らしているのが雨なのか涙なのかすら分からなかった。

家に帰ると、熱が出た。

意識が朦朧とする中、蒼介はずっと私のそばに付き添ってくれていた。

ぬるま湯で体を拭いて熱を下げようとし、15分おきに体温を測ってくれた。

アシスタントが会議の催促の電話をかけてきた時、彼は「失せろ」と怒鳴り散らした。

私が熱を出すたび、彼はいつもこうして神経質になっていた。

私を握る彼の手はあんなにも温かいのに、体はコントロールが利かないほど震え続けている。

また電話が鳴った。だが、彼はどうしても出ようとしない。

着信音があまりにもうるさく、私はとうとう目を開けた。

気がつけば、そばには誰もいなかった。

鳴っているのは私自身のスマホだった。

蒼介は最初から姿を現してなどいなかったのだ。

私は喉元に込み上げる鉄の味を無理やり飲み込み、電話に出た。

「奥様、社長は本日会社にはいらっしゃいませんでした」

私は言葉を失った。

私立探偵は報告を続けた。

「社長は会社に戻って間もなく、ケアセンターへ向かわれました。

すでに2時間以上経ちますが、まだ出てこられません」

胃の中が激しく掻き回されるような吐き気がこみ上げてきた。

緑風ケアセンターは、莉乃が滞在している民間の療養施設だ。

彼が去り際に言った言葉が、まだ耳元で響いている。

「信じられないなら、会社の入り口で待っていればいい」

なぜ彼は、私がそこへは行かないと確信していたのだろうか。

彼は予定を報告するたび、毎回この言葉を口にしていた。

私は毎回信じず、毎回待ち伏せに行った。今回だけは彼を信じたのに……

やはり信じるべきではなかったのだ。

時計を見ると、もう18時だった。

普段なら、彼は17時30分にはきっちりと帰宅している。

彼が帰ってこないのなら、私が彼を探しに行くまでだ。

以前は探しに行くたび、彼は離婚協議書を私の前に突きつけてきた。

今回は、私がすでにサインを済ませてある。

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第1話
18回目の離婚に失敗した後、神崎蒼介(かんざき そうすけ)はぱったりと離婚を口にしなくなった。これまで毎回、あれほど酷い修羅場を演じてきたというのに。私、柊琴音(ひいらぎ ことね)は手首を切り、ビルから飛び降りようとし、さらには彼と女性アシスタントのベッド写真を会社のロビー一面に貼り出したりもした。記者会見の場では衆人環視の中、そのアシスタント、星野莉乃(ほしの りの)の服を剥ぎ取り、彼女をPTSDにまで追い込んだ。彼は私を憎んで当然だった。それなのに、彼は二度と離婚のことを口にしなくなった。毎日定時に帰宅し、スマホを私に預ける。1時間おきに行動予定を報告し、出張中であっても24時間私とビデオ通話を繋ぎっぱなしにしている。だが、私の心はどうしても落ち着かなかった。なぜ離婚しないのかと、毎日彼にまとわりついては問い詰めた。すると彼は逆に問い返してきた。「俺のどこが不満なんだ?」不満などない。現実とは思えないほど、すべてが完璧すぎるのだ。再び彼を尾行して見つかった時、彼はひどく疲れた目をして、ついに本当のことを話した。「10年後の自分から電話がかかってきたんだ。離婚したら後悔するって」私は呆然とした。「それを信じたっていうの?」「お前が莉乃を焼き殺したと聞いた」顔を上げた彼の瞳には、底知れぬ絶望が潜んでいた。「お前は狂ってる。そんな危険な賭けはできないし、俺にはその余裕もない。この先は、もうこれでいい」「もうこれでいい」というその言葉が、私をその場へ縫い付けた。一言も離婚には触れていないのに、言葉の端々から私への憎悪が滲み出ていた。生気を失ったその両目は、鋭い刃のように私の胸を深く抉った。後悔でも、改心でもない。ただ怯え、妥協したのだ。自暴自棄になっていたこの生活を、私はいきなり終わりにしたいと思った。……私がまだ呆然としているのを見ても、彼はいつものように機嫌を取ろうとはしなかった。静かに上着を羽織り、先ほどの取り乱した様子を隠す。そして、淡々と今後の予定を報告し始めた。「14時に会社に着いて、15時から会議だ。時間は2時間」歩き出したところで、彼は突然振り返った。「そうだ、その間は電話にもビデオ通話にも出られないから。信じられないな
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第2話
莉乃の部屋のドアにたどり着く前に、大勢のボディガードが私を取り囲んだ。私の姿を見るなり、彼らは即座に警戒態勢を取った。「奥様、社長から、絶対に星野様には近づけるなと固く申し付かっております」分厚い人垣に遮られながらも、ドアに貼られた蒼介と莉乃の犬耳のプリクラが見えた。ピンクのハートのフレームで囲まれている。私は無理やり冷笑を浮かべた。「幼稚ね」あんなプリクラ、私も蒼介にねだって一緒に撮ろうとしたことがあった。だが彼は、上場企業の社長としてそんな幼稚な真似はできないといつも言っていた。できないのではなく、私とはしたくなかっただけなのだ。私は鈍く痛む胸元を押さえ、深呼吸をした。「全員どきなさい。知ってるでしょ、私がキレたら何をするか分からないってこと」言い終えるなり、私は持ち歩いていたカッターナイフを取り出した。ほんの脅しのつもりだった。だが次の瞬間、飛びかかってきたボディガードに力ずくで押し倒された。残りの数人が私を床に押さえつけ、まったく身動きが取れなくなった。「申し訳ありません、奥様。社長から、発作の兆候が見られたら即座に取り押さえるよう命じられておりますので」別の男がすぐにトランシーバーを取り出した。「社長、奥様がいらっしゃいました!刃物を所持しており……」言い終わらないうちに、トランシーバーから蒼介のうわずった声が響いた。「早く取り押さえろ!莉乃に怪我でもさせたらどうするんだ!」必死にもがいていた私の体から、スッと力が抜けた。「すでに拘束済みです。邸宅にお戻ししますか、それともひとまずどこかへ監禁しておきますか?」トランシーバーの向こう側はしばらくの間沈黙した。やがて、彼の低い溜め息が聞こえてきた。「……いや、中に入れろ」ナイフは奪い取られたが、もみ合いの中で手首を切ってしまっていた。部屋に連行される間も、手首からは血が一滴、また一滴と床に落ちていた。私は下唇を強く噛みしめ、涙がこぼれ落ちないように必死に耐えた。だが、ドアをくぐった瞬間、私は完全に呆然と立ち尽くした。夕日が薄いレースのカーテン越しに、バルコニーのロッキングチェアに降り注いでいる。傍らのローテーブルにはホットコーヒーと読みかけの本が置かれている。隅に置かれたレトロなレコ
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第3話
莉乃はビクッと体を震わせ、さらに深く顔を伏せた。「な、何の話をしているのか分からないわ……」私は冷ややかに言い放った。「PTSDは、そんな風にはならないわよ」蒼介が突然立ち上がり、壁のように彼女を背後にかばった。「いい加減にしろ!文句があるなら俺に言え!何でも知っているような口を利くな。これ以上、彼女を侮辱するのは許さないぞ」私は誰よりも知っていた。私はPTSDを患ってもう十数年になるのだから。母の死を目の当たりにしたあの日からずっと。母の体の下から鮮血が広がっていくあの光景を思い出すだけで、吐き気と涙が止まらなくなり、自傷行為に走ってしまう。母が飛び降り自殺をしたことなど、誰にも言ったことはなかった。父が別の女を作ったからだということも。私は結婚という牢獄には絶対に入らないと固く誓っていた。だが蒼介は、神崎グループの未来と彼の残りの人生すべてを懸けて、決して裏切らないと私に約束してくれたのだ。私は、もう母の二の舞を演じることはないと思っていた。なのに結局、私も母と同じ末路を歩むことになってしまった。ヒステリックに相手を責め立て、天地がひっくり返るほどの破滅を招く。だけど、もうこんな真似は終わりにしたい。私はバッグに手を入れ、サイン済みの離婚協議書を取り出そうとした。すると、蒼介の顔色が突然変わった。「何をするつもりだ!おい!そいつを取り押さえろ!」手を出す間もなく、私は再びボディガードたちに乱暴に床へ押さえつけられた。彼は近づいてきて私の手にあるバッグを蹴り飛ばした。手のひらが痺れるほどの衝撃が走る。「俺が生きている限り、お前に莉乃を指一本傷つけさせはしない!」私は呆然と、恐怖と怒りが入り交じった彼の瞳を見つめた。ある夜、私が寝静まった後、彼がこっそりベッドを抜け出した時のことを思い出す。また莉乃のところへ行くのかと思い、こっそり後をつけた。だが電話越しに彼が尋ねていたのは、10年後の琴音はまだ発狂しているのか、という問いだった。自分が生きてさえいれば、莉乃を守り切れるのか、と。その時は彼が何を言っているのか全く理解できなかった。今になってようやく分かった。それが彼の言っていた、10年後からの電話のことなのだと。彼は本気で、私のこ
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第4話
「本当か?!」蒼介は全身を震わせ、信じられないという顔をした。「もちろんよ」私は気にも留めない様子で顔をそむけ、ゆっくりと口を開いた。「あなたが私と離婚するんじゃないかと思って、あんな嘘をついて騙したの」彼は少し間を置いたが、まだ疑っているようだった。「だが、俺の子供の頃からの些細なことまで、あいつはすべて知っていたぞ」私は軽く鼻で笑った。「だから、私はあなたのことを誰よりもよく分かってるってことよ。どう脅せば一番効果的かもね」蒼介は何も言わなくなった。ただ眉をひそめて私をじっと睨みつけている。何を考えているのかは分からなかった。私は額を床に押し付けた。必死に感情を押し殺している姿を彼に見せまいとした。出会ってから初めて、私が彼についた嘘だったからだ。もしかしたら、本当に10年後からの電話はあったのかもしれない。もしかしたら、離婚すれば彼は本当に激しく後悔するのかもしれない。しかし今となっては、私はもう疲れ果てていた。私は鼻をすすり、顔を上げ、人を小馬鹿にしたような表情を装った。「決心はついた?サインするの、しないの?この機会を逃したら、次はもうないわよ」パァン!蒼介の平手が私の頬を激しく打った。頬が瞬時にヒリヒリと熱を持った。「普段どれだけ狂って騒ごうが勝手だが、この件だけは俺の逆鱗に触れたぞ。柊琴音、お前は本当にイカれてるな!」彼は手を振り、アシスタントを呼んだ。「離婚協議書をもう一度プリントアウトしろ。今すぐサインしてやる!」私はもう痛みなど感じないと思っていた。だが、とっくに空っぽになったはずの胸の奥が、やはり冷たく痛んだ。再印刷された協議書がすぐに届けられた。彼は乱暴にサインを済ませると、それを私の顔に力いっぱい投げつけた。「財産の半分だ。一銭も誤魔化したりしない。だが覚えておけ。俺は今後二度と、お前の顔など見たくない」言い捨てると同時に、ボディガードたちがようやく手を離した。私は這いつくばるようにして床から起き上がり、協議書を拾って背を向けた。帰り道、また雨が降り出した。土砂降りの雨があっという間に私をずぶ濡れにしたが、私は自分が今までになく冷静であることに気づいていた。突然着信があった。見知らぬ番号からだっ
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第5話
飛行機が雲を抜けると、空にはもう雨雲はなかった。澄み切った青空を見ていると、どうしても胸の奥が酸っぱくなった。かつて、父の柊信秀(ひいらぎ のぶひで)が海外で治療を受けていた時、蒼介が莉乃を連れて、妊娠中の彼女を療養させに来ているところに鉢合わせたことがあった。私は目を真っ赤にして蒼介に詰め寄った。だが彼は、私が莉乃に危害を加えるのではないかと恐れ、私と激しい言い争いになった。もみ合いの中、私に怯えて逃げ出そうとした莉乃は、父の車椅子にぶつかって階段から転げ落ち、結果的に思いがけず流産してしまったのだ。父はその一部始終を目撃して以来、何度も蒼介と別れるように私を説得していた。「琴音、父さんが昔過ちを犯したせいで、お前は幼い頃に母親を失うことになってしまった。ずっと後悔しているんだ。父さんは前にも言っただろう。お前に何があろうと、父さんがいつでもお前の味方になると。神崎の奴にさんざん苦しめられてきたのに、なぜ今になってようやく別れる気になったんだ」私は少し沈黙した。「人間ってそういうものよ。痛い目を見て、初めて引き返すことを知るの。お母さんだって、最初から死にたかったわけじゃないでしょ?彼女も心が完全に死んでしまったから、あの道を選んだのよ」母の話題が出ると、私も父も辛い気持ちになった。母が亡くなって以来、彼は決して他の女性を作ろうとはしなかった。持ち得るすべてのものを注ぎ込み、私に償おうとしてくれた。何もかも、最高のものを私に与えてくれた。蒼介との結婚でさえ、彼が厳しい調査と見極めを重ねた末に、ようやく承諾したものだった。きっと彼自身も、深夜に何度も何度も後悔したに違いない。だが、後悔したからといって、なかったことにはできない事もある。心の傷は、どれほど努力しても決して消し去ることはできない。長いフライトを経て、私はようやく一年中太陽の光が降り注ぐ南の島に到着した。医者は、ここは療養に適していると言っていた。父の病気にとっても、私の病気にとっても。飛行機を降りた途端、日差しが眩しくて目が開けられなかった。まだその明るさに目が慣れないうちに、見知らぬ、だが懐かしい温もりを持つ胸の中に抱きしめられた。「よく来たな。怖がることはない、父さんは永遠にお前の一番の味方だ!」
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第6話
一瞬呆然とした後、私は弾かれたように立ち上がり、その場を離れようとした。だが蒼介は私の腕を掴み、強引に自分の腕の中へ引き込もうとしてきた。必死にもがいて、ようやく彼の腕から逃れることができた。「神崎蒼介!私たちもう離婚したはずよ、一体何のつもり!?」彼はどこから取り出したのか、かつて私が突きつけたあの離婚協議書を手にしていた。そして再び私の目の前で、それを粉々に引き裂いた。「離婚が正式に成立していない以上、俺たちはまだ夫婦だ」私は眉をひそめ、あからさまな嫌悪感を顔に滲ませて彼を睨んだ。「破っても無駄よ。絶対に法的に離婚は成立させるわ。あなたは一体、何が目的なの?」彼は一歩踏み出して再び私に触れようとしたが、私は咄嗟に後ろへ飛びのいた。宙を彷徨っていた彼の手は、やがて力なく下ろされた。「俺が来たのは……あの電話は、本当にお前の仕業なのかと聞くためだ」私は鼻で笑った。「私がかけたかどうか、今更そんなこと重要?」「重要だ!」彼の瞳には、焦燥と苛立ちが満ちていた。「どうしても知らなきゃならないんだ!」私は首を横に振った。「私じゃないわ。でも安心して、莉乃を焼き殺したりなんかしないから」「なぜだ?」私は訳が分からず彼を見返した。「なぜって?私が彼女を焼き殺せばよかったとでも?」彼は目を伏せ、何かを悟られまいとするように視線を揺らした。「なぜ……あんな嘘をついたのかと聞いているんだ」私は少し間を置いた。「あなたたちの望みを叶えてあげようと思ったからよ」蒼介は全身を震わせた。それは彼がずっと望んでいたことのはずだ。だがこの瞬間、私の口から直接それを聞かされ、彼の胸は締め付けられるように痛んでいるようだった。「聞きたいことはそれだけ?用が済んだなら、もう行くわ」「待ってくれ!」彼は突然、再び私を呼び止めた。「琴音」その声はかすれ、わずかに震えていた。「本当に……少しも未練はないのか?俺たちが共に過ごした日々を、お前はもう何とも思っていないのか?」私は彼を見つめた。その眼差しは波一つ立たず、まるで赤の他人を見ているかのようだった。「蒼介、あなた何か勘違いしてない?何とも思っていなかったのはあなたの方でしょう?これまでの絆を自分の手で壊
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第7話
家に戻ると、父はすでに蒼介が私の前に現れたことを耳にしていた。彼は眉をひそめ、普段は穏やかなその瞳に怒りを湛えていた。「聞いたぞ。あの神崎の若造、お前に手を上げようとしたそうじゃないか」私は笑って首を振った。「そんな大げさなことじゃないわ。離婚協議書の話をしに来ただけよ。それに、ボディガードが追い払ってくれたしね。もう、そんなに怒らないで」蒼介の出現は、私にとってほんの些細なアクシデントに過ぎなかった。彼に二度と居場所を知られないよう、私と父は念には念を入れて住まいを移した。私は相変わらず毎日、降り注ぐ太陽と美しいビーチで心の傷を癒していた。次第に、私のPTSD症状も和らいでいった。母の死について口にしても、感情を乱すことなく向き合えるようになっていた。父の体調も日に日に良くなっていた。何度かの定期検査を経ても、がん細胞の再発は見られなかった。だが父は、もう第一線からは退きたいと言い出した。そして、自分の全事業を私に引き継ぐよう強引に押し付けてきたのだ。最初は戸惑いもあった。しかし父の根気強い指導の下、私も次第に経営者としての軌道に乗り始めた。……3年後、私はもう蒼介の顔色を窺い、愛情に飢えて思い悩むようなか弱い女ではなくなっていた。天性のビジネスセンスと果断な意思決定力を武器に、私はビジネス界で頭角を現した。まずは父が海外で展開していた一部の事業を引き継ぎ、それらを完璧に立て直した。その後、自身で投資会社を設立した。独自の投資眼によって見出したいくつかのプロジェクトは、いずれも大成功を収めた。わずか数年の間に、柊琴音という名は国際ビジネス界で一目置かれる存在となっていた。父は人前で私の話をするたび、自慢げな顔を隠そうとしなかった。「さすが私の娘だ!ビジネスの腕前は超一流だよ!」私を褒めそやすだけでなく、彼は私の反対を押し切って、次から次へと優秀な若きエリートを紹介してきた。今は事業に専念したいと再三伝えているにもかかわらず、彼はお見合い話を勧めるのを楽しんでいるようだった。私も仕方なく、そのたびに適当に話を合わせてやり過ごしていた。平穏無事な日々が過ぎていく。神崎蒼介という人間のことなど、私はもうすっかり忘却の彼方に追いやっていた。そんな
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第8話
南の島を去った後、蒼介は事あるごとにあの10年後からの電話を思い出していた。もう一度、かけ直してみたいと思った。もしあれが本物なら、10年後の自分に問い質したかった。一体、莉乃が琴音に焼き殺されたから後悔するのか、それとも琴音を失うからこそ生きていけないほど苦しむのか。彼にその答えは見つけられなかった。帰宅し、琴音のいなくなった家を見ると、そこはひどくガランとして冷ややかだった。かつて琴音がここで、手料理を振る舞ってくれたことを思い出す。毎朝朝食を用意し、深夜まで仕事をしている時にはコーヒーを淹れてくれた。重要なプロジェクトを獲得した時には、一緒に酒を飲んで祝ってくれた。ここには、二人の思い出が数え切れないほど詰まっているというのに。彼女がまだここにいた頃、彼は常に彼女を鬱陶しく思っていた。彼女がいなくなって初めて、自分の心にぽっかりと穴が空いていることに気づいたのだ。蒼介は憑かれたように仕事に没頭し、忙しさで自分を麻痺させようとした。だが、忙しくすればするほど、琴音の姿が鮮明に脳裏に浮かび上がってくるのだった。彼は酒に溺れるようになり、常に泥酔するまで飲み明かした。ガランとした部屋に向かってぶつぶつとつぶやき、琴音の名前を呼び続けた。莉乃は当初、蒼介がわざわざ自分のために用意してくれたケアセンターのあの部屋で彼を待ち続けていた。だがその後、彼女は蒼介の家に直接転がり込んできた。当初、蒼介は琴音が去った苛立ちを彼女にぶつけ、冷たい言葉を浴びせていた。しかしアルコールが回ると、彼は時折莉乃を琴音と見間違えることがあった。彼女を抱きしめて号泣し、己の悔恨を切々と訴えかけるのだ。莉乃は内心では歯軋りするほど憎んでいたが、蒼介は結局のところ彼女に対して気前が良かった。彼女を琴音扱いした後には、必ず狂ったように金品を与え、償おうとした。ほんの一瞬、彼女は昔の琴音の気持ちが少し理解できた気がした。こんなにも蔑ろに扱われるということが、どれほど辛いことなのかを。だが、蒼介が正気を保っている時間はどんどん短くなっていった。ついに、神崎グループは限界を迎えた。激しい買収競争の末、神崎グループの中核資産は強大な資本力を持つ海外の投資会社に買収されてしまった。蒼介が抜け殻のよう
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第9話
私は眉をひそめ、目の前に立つ蒼介を見据えた。かつてビジネス界を席巻し、冷徹に決断を下していた面影など微塵も残っていない。今の蒼介は、アルコールに理性を飲み込まれたただの酔っ払いに過ぎなかった。私は一歩下がり、彼との距離を置いた。「神崎社長、何か他に御用でも?」「行かないでくれ!俺のそばに戻ってきてくれ!俺が悪かった、俺が全部間違ってたんだ!会社もお前に渡す、なんだってお前にくれてやる!だから、お願いだ……!」周囲の社員たちが好奇の目で私たちを遠巻きに見つめ、ヒソヒソと囁き合っていた。彼らは皆、神崎グループが最近採用した新人たちだ。「元社長夫人」である私の過去など知る由もない。私は眉をひそめ、顔に僅かな苛立ちを浮かべた。「道を空けなさい。私たちは今、ただの取引相手ですよ。仕事の話ならともかく、それ以外の私事は結構です」「いやだ!絶対に退かない!」蒼介は意地になって私の前に立ちはだかった。「琴音、お前はまだ俺を恨んでいるのか?殴っても、罵ってもいい。なんだって受け入れる!だから二度と俺から離れないでくれ!」その時、慌てた様子で莉乃が駆けつけてきた。蒼介がこれほどまでに卑屈になり、私が冷たく突き放しているのを見て、彼女の心に嫉妬の炎が燃え上がった。彼女は駆け寄って蒼介の腕にすがりつき、私に向かって挑発的な顔で言い放った。「柊琴音、いい加減にして!蒼ちゃんは今でさえこんなに苦しんでるのに、これ以上どう痛めつける気?そもそも自分から出て行ったくせに、今になって会社を買収しにしゃしゃり出てくるなんて、一体何の魂胆よ!」私は彼女を一瞥だにせず、鬱陶しそうに顔を背けた。「もう一度言うわ。私と神崎グループは今、ただの取引相手。あなたたちの家庭の事情は家に帰って自分たちで解決しなさい。私を巻き込まないで」一方の蒼介は莉乃を見ると、救世主を見たような、あるいは親の仇でも見るような目をした。彼は乱暴に莉乃の手を振り払い、凶悪な目で彼女を睨みつけた。「お前のせいだ!全部お前が悪いんだ!お前さえいなけりゃ、琴音は俺から離れていかなかった!会社だってこんなことにはならなかったんだ!失せろ!俺の目の前から消えろ!」感情を爆発させた彼は、なんと莉乃を力任せに突き飛ばした。彼女はよろめき、あわや転倒しそうになっ
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