Beranda / 恋愛 / 未来を変える恋、はじめます。 / プロローグ:はじまりの日々に未来からの伝言を

Share

未来を変える恋、はじめます。
未来を変える恋、はじめます。
Penulis: 七森香歌

プロローグ:はじまりの日々に未来からの伝言を

Penulis: 七森香歌
last update Tanggal publikasi: 2026-08-17 06:05:16

「ふぁぁ……」

 昼休み明けの暖かい日差しに陽生はるきは欠伸を噛み殺した。教壇では黒板の前で頭の薄い男性教師が、公式の使い方についての解説をしているが、耳から耳へと声が素通りして、まるで頭に入ってこない。春の心地よい陽気に誘われて、だんだんと瞼が重たくなってくる。

 うと、うと、と陽生が船を漕ぎ始めたとき、窓から入り込んできた風が頬を撫でた。次の季節に移り変わる前の花風は、まだほんの少しだけ冷たさを帯びている。

(っと、危ねえ)

 板書は途中までしか取れていないというのに、いつの間にか黒板に書かれた内容は別なものへと変わっている。あとで朔也に頼んでノートを見せてもらった方が良さそうだ。代わりにジュースの一本くらいは奢らされそうではあるが。

 机の上に転がったシャーペンを握り直すと、陽生は眠い目を擦りながら、黒板に書かれた内容をノートへと写しとりはじめる。ノートの上にはつい十分くらい前の自分が眠気に抗おうとした形跡がぐにゃぐゃとミミズがのたくったような文字として残されていた。

 のろのろと陽生が例題の解説をノートに記し始めたとき、ネイビーのブレザーのポケットの中でスマホが震えた。なんだろう。教師の注意がこちらに向いていないことを確かめると、陽生はスマホをポケットから引っ張り出し、スポーツブランドのロゴが型押しされたカーキのPUレザーのカバーを開く。

 放課後、体育館裏へ行け。ロック画面の通知にはそう表示されていた。

(一体誰からだ……?)

 陽生は机の下で惰性でスマホの画面に指を滑らせ、画面のロックを解除する。そして、メッセージの差出人の名前を確認して――陽生は思わず目を瞠った。ごくりと喉が鳴った。

 貴嶋陽生きじまはるき。差出人の表示名にはそうあった。それは陽生のフルネームと同じである。貴嶋という名字は全国を探しても珍しいほうだ。この名字にこの名前の組み合わせなど、この世に自分しかいないのではないかと思う。

(あ……れ?)

 メッセージの送信日時に違和感を覚えて、陽生は目を瞬いた。二〇三五年四月十五日、十四時二分。この日時を信じるならば、このメッセージはきっかり十年後の自分から送られてきたことになる。

 一体どんなタチの悪い冗談だろうか。もしかして、スマホがウイルスに感染でもしてしまったのだろうか。そういえば、昨夜、SNSを見ているときに妙な広告を踏んでしまったような覚えがある。

 朔也さくやに相談してみようか。しかし、うっかりしてエロ広告を踏んでしまったなど、いじられる未来しか見えない。

「――ま、貴嶋!」

 うーんと陽生が唸っていると、目の前で教師が自分の顔を覗き込んでいた。「うわっ」思わずのけぞると同時に、手の中のスマホが床の上に放り出される。教師は陽生のスマホを拾い上げると、彼へとこう言った。

「貴嶋、前に出て問四を解け。それと、授業中のスマホは禁止だ。預かっておくから、放課後に職員室に取りに来なさい」

「はーい……」

 陽生は返事をすると、教科書を手にのろのろと立ち上がった。彼が黒板の前に立つと、壁際の席の女子二人がくすくすと笑う声が聞こえた。げんなりとした気分になりながら、陽生は白いチョークを手に取ると、教科書に書かれた公式を使いながら、解答を黒板に書き殴り始めた。

 午後四時八分。職員室を出ると、陽生は溜息をついた。自分も悪かったとはいえ、入学早々に教師から説教など、とんだ目にあった。

 教室に戻ると、クラスメイトはほとんど部活に行ってしまったか、下校してしまったかした後だった。陽生は机の横に下げていたリュックを背負うと、まだなんとなくよそよそしい感じがする教室を後にする。窓辺から入り込む日差しは夕方の気配を纏い始めていた。

 陽生は廊下を抜け、階段を降りていく。ぺたぺたと真新しい上履きの靴音が響いた。グラウンドからは部活動に精を出す運動部の声が聞こえていた。どこからか、吹奏楽部の楽器の音や合唱部の歌声がうっすらと聞こえてくる。

 昇降口前の壁には新入生に向けた部員募集のポスターがこれでもかというくらいに貼られている。陽生はそれに一瞥をくれると、自分の下駄箱を開ける。すのこの上で上履きを脱いでローファーに履き替えると、下駄箱を閉め、陽生は昇降口を出た。

(そういえば、体育館裏だったっけ……)

 ふいに五限目の途中に受信したメッセージのことが思い出された。未来の自分からの呼び出しだなんて馬鹿らしい。そう思うものの、一抹の好奇心を覚えないでいられない自分がいた。

(行くだけ……行ってみるか? 誰かからの嫌がらせにしては、手が込みすぎてるし……)

 未来の自分からを装ったメッセージを送信するなど、その辺りの高校生にそうそうできることではない。陽生は校門へと向けていたローファーの爪先を体育館の方角へと向け直した。

 体育館からはボールが奏でる重低音が聞こえてくる。植え込みのツツジの間を横切って、体育館裏へと回り込もうとしたとき、陽生は一人の男子生徒とすれ違った。

(あれ、あいつ、確かC組の……)

 金髪のロングヘア。ジャラジャラと鳴る耳のピアス。制服のシャツはズボンからルーズに出され、ネクタイも最大限まで緩められている。影のようにその背中を追いかけていくムスクの香水の残り香。

 彼は何から何まで校則を破っていることで今年の新入生の間で噂になっている男だった。確か、佐倉さくらとかいったはずだ。

 体育館裏の芝生へと足を踏み入れると、一人の女子生徒がそこにいた。夕陽を受けて目元で水の珠がきらりと光る。陽生はその女子生徒に何だか見覚えがあるような気がした。

(……あ)

 ハーフアップにした髪。色素の薄い二重の双眸。色付きリップクリームのコーラルピンクが薄い唇をほのかに染めている。

 彼女は五限の数学の授業のときに陽生のことを笑っていた女子生徒の一人だった。壁際の席ということは、出席番号が若いはずだ。陽生はうろ覚えのクラス名簿を頭から繰っていく。

「ええと……もしかしてお前、芦屋あしや茉莉まつり?」

「貴嶋……くん?」

 声をかけられた茉莉は慌てて制服の袖口で涙を拭った。しかし、夕陽に照らされてなお、わかるほどに彼女の目は赤く、泣き腫らされていた。殴られたのか、熱を帯びたように頬も赤く染まっている。

「お前、何があったの? さっき、C組の佐倉とすれ違ったけど、もしかしてあいつになんかされた?」

「ちょっとね……瑠音りゅうとと喧嘩しちゃって。でも……わたしが悪いの。全部、全部。瑠音が気に入らないことをわたしがしちゃったから。わたしが瑠音の気持ちをちゃんと考えられなかったから」

 瑠音というのが佐倉のことであるのを理解するのに陽生は数秒かかった。しかし、瑠音の側にどんな理由があろうと、女子に暴力を振るうのはいかがなものだろうか。

 陽生はその場にリュックを下ろすと、オフホワイトとグレーのストライプ柄のタオルハンカチを引っ張り出す。そして、彼はほれ、とそれを茉莉のほうへと放った。

「それ使っとけ」

 そう言って、陽生はリュックをそのままに踵を返す。どこへ行くの、という弱々しい茉莉の声が背中を追いかけてきた。

「ちょっと野暮用。すぐ戻るから」

「まさか、瑠音に何かする気じゃ……?」

「そんなんじゃねえよ。心配すんな」

 そう言い置くと、陽生はその場を後にする。体育館の入り口脇の自動販売機まで行くと、陽生はスマホ決済でペットボトルの水を買った。それを手に彼は茉莉の元に戻っていく。

「ほら、その顔。ちゃんと冷やしておけよ。そのままの顔じゃ帰れねえだろ」

 ぶっきらぼうに陽生は茉莉に水のペットボトルを押し付ける。ありがとう、と茉莉はそれを受け取ると淡く微笑んだ。無理をしている笑顔だと陽生は思った。

 自分と茉莉は偶然、今日ここで出会っただけだ。きっとあの謎のメッセージとは何の関係もない。

 明日になれば、茉莉と自分は関わりのないクラスメイトへと戻る。このときの陽生は、自分はこの先の日々を朔也や他の男友達とそれなりに楽しく過ごしていくのだと信じて疑っていなかった。

Lanjutkan membaca buku ini secara gratis
Pindai kode untuk mengunduh Aplikasi

Bab terbaru

  • 未来を変える恋、はじめます。   エピローグ:晴れた日に幸せの一歩を

     窓から四月の柔らかな春の日差しが差し込んでいた。白いタキシードに身を包んだ陽生は、何かおかしなところはないかと、控え室の鏡を見ながらネクタイや髪をいじったりしていた。  今日の日を迎えるまでのことを思い起こすと、ふいに苦笑が漏れる。茉莉のドレスやブーケ選びに始まり、参列者の選定や席次の決定、式や披露宴で使う曲選びなどやることが盛りだくさんだったからだ。ここ数ヶ月の間、その準備に追われ、休日もろくに休めなかった。 (それもきっと……いつかいい思い出に変わるんだろうな。あのときは大変だったな、って笑って話せる日がきっと来る)  高校一年生の文化祭の日に付き合い始めてから今日まで、自分は茉莉とともに歩んできた。そして、この先の人生も彼女とともに歩んでいくつもりだ。――たとえ、いつか遠い未来に死が二人を別つことがあろうとも。  ふいに、こんこんと控え室の扉がノックされた。陽生はすっと居住まいを糺すと、どうぞと返した。 「茉莉様のお支度が整いました。――どうぞ、こちらへ」  はい、と答えた自分の声が歓喜に震えるのを陽生は感じた。陽生は式場のスタッフに連れられて、部屋を出る。一歩床を踏み締める度に、胸が期待で溢れていく。 「――茉莉様。陽生様をお連れいたしました」  アップスタイルにまとめた髪の上でふわふわと靡くヴェール。レースが何枚も重なり合い、繊細な刺繍が施されたドレスの裾はAライン状に大きく広がっている。それでいて、胸元はすっきりとまとめられ、清楚な美しさが引き立てられている。  式場の入り口の前にウエディングドレス姿の茉莉が父親と共に立っていた。吹き抜けの天井から差し込む日差しを浴びて佇む彼女は、まるで絵画の中から抜け出してきたかのようだった。その美しさに陽生の目は釘付けとなる。 「茉莉――綺麗だ」  そんな言葉が思わず口をついて出た。くす、と茉莉は嬉しそうに笑みを溢す。 「陽生くんもとっても素敵。よく似合ってるよ」 「……まあ、馬子にも衣装って言うからな」 「もう、照れちゃって。素直になれないところはいつになったら治るのかな」 「うるせえ。言ってろ」  陽生が緊張しのぎに軽口を叩いていると、茉莉のそばに立つ彼女の父親が彼の名を呼んだ。陽生は軽口をひっこめると、神妙な面持ちで茉莉の父親へと向き直る。 「――はい」 「陽生さん。娘を

  • 未来を変える恋、はじめます。   第六章:あわいの時に訣別とはじまりを④

    「まったく実行委員長の奴……おれたちに後処理押し付けて美味しいところだけ持っていきやがって……」  十月の空は紺青に色を変え、校庭では後夜祭が始まっていた。実行委員長が表彰を行なう声が窓の外から聞こえてくる。優秀賞、最優秀賞、と該当のクラスが呼ばれる度に歓声が上がる。  陽生と茉莉は多目的室で文化祭の後処理に奔走していた。一般公開時間が終わってから、出し物の内容について後申請してきたクラスが山ほどあったからだ。 「貴嶋くん、SJ放送へのお礼メール終わったよ。そっちの申請書捌くの手伝おうか?」 「わりぃ、頼む……」  陽生は申請書の束を半分、茉莉へと渡した。彼女はブレザーの胸ポケットからシャーペンを抜くと、申請書に目を走らせ始める。 「ねえ、貴嶋くん。文化祭、楽しかったね」 「お前にとっては色々あっただろうけど……楽しかったんだったらよかったよ」 「……うん」  ドン、と音が響き、窓の外の空に光の花が咲いた。陽生は席を立つと、多目的室の電気を消す。 「……貴嶋くん? どうしたの、電気なんて消して」 「このほうが綺麗に見えるだろ、花火。まだやることたくさんあるけど、花火くらいは見ようぜ」  そうだね、と茉莉は微笑むと、シャーペンを置いた。そして、席を立つと彼女は窓辺へと歩いていく。  窓の外を眺める茉莉の隣に陽生は立つ。そして、なあ、と彼は緊張で掠れた声でこう言った。 「――芦屋。前にも言った通り、おれはお前のことが好きだ。もし、お前の気持ちが変わっていないなら、これからもおれと一緒にいてくれないか。――付き合おう、茉莉」 「貴嶋くん……」  茉莉は目を見開くと、陽生を見つめた。暗い教室の中で視線が絡まり合う。 「佐倉と別れたばっかりだっていうのもわかってる。おれは不器用で、こういうことも初めてだから、お前のことを傷つけない保証もない。だけど……お前が笑っていられるように、努力はしたい。こんなに危なっかしくて、放っておけなくて、可愛くて――大事な奴は他にはいねえから」 「わたしで……いいの?」 「お前だからいいんだよ――茉莉」  戸惑う茉莉に陽生は真正面からそう言った。茉莉の目が揺れる。やがて、彼女は心を決めたのか、小さく息を吐いた。 「わたしも、貴嶋くんの――陽生くんの、そばにいたい。一緒にいたい。これから未来(さき)を一緒

  • 未来を変える恋、はじめます。   第六章:あわいの時に訣別とはじまりを③

    「なあ、芦屋。おれたちのシフトって、確かこのまま休憩だったよな。何か軽く見ていかねえか?」  瑠音たちのステージが終わり、取材に来ていたSJ放送のスタッフを見送った後、陽生はそう茉莉に声をかけた。いいよ、と茉莉は微笑んだ。 「どこのクラスがどんなことをしてるのかも確認したかったし。申請書の内容だけじゃわからないことも多いから」 「お前、本当に真面目だよな……」  休憩時間くらい肩の力を抜けばいいのに。そう思いながら、陽生は溜息をついた。束の間の間だけでも、お遊びめいたデートを茉莉と楽しみたかった。  校門から戻ってきた陽生たちは校庭の方へと足を向けた。文化祭実行委員会に提出された書類によれば、校庭では各クラスや部活動有志による飲食系の屋台が出ているはずだった。 「……」  校庭をぐるりと見回すと、陽生は頭が痛いと言わんばかりにこめかみを押さえた。なんだこれは。揃いも揃ってトンチキな屋台しかない。  暗雲わたあめだとか海賊が作った山賊焼なんていうのはまだ序の口だ。チョコきゅうりだとか桜姫が愛したタピオカコーンポタージュなどという、正気を疑いたくなるものもある。恋するフォーチュンたこやきに至っては、異物混入がないかどうか、文化祭実行委員として心配になってくる。 「芦屋……これ、どっから突っ込んだらいいと思う?」 「突っ込むも何も、文化祭実行委員なのに貴嶋くん知らなかったの? この学校の文化祭の出し物は、伝統的に変わり種が多いんだよ」 「変わり種って……とりあえず、チョコときゅうりって合うのか? しかも、ミルクとホワイトとビターから選べるとか無駄に凝ってるし……」 「きゅうり自体がそんなに主張が強い野菜じゃないから、意外と大丈夫なんじゃないかな?」 「だとしても……何でこんな企画通したんだよ……」 「だって、きゅうりは桜島市の特産品でしょ? 今回のコンセプト的に、地産地消ができるのはいいことだと思うけど」  きょとんとして茉莉は陽生の顔を見上げた。優等生め、と思わず陽生は毒づいた。 「じゃあ桜姫が愛したタピオカコーンポタージュっていうのはどうなんだよ? 桜姫の時代にタピオカもコーンポタージュもねえだろ」 「どうだろう? 桜姫は舶来品が好きだったし、城下町を潤すために南蛮貿易を先頭に立って旗振りしてたって記録が残っていたから、案外近いもの

  • 未来を変える恋、はじめます。   第六章:あわいの時に訣別とはじまりを②

     どうしてこうなったんだ。茉莉が縫ってくれたピンク色の魔法少女の衣装に身を包んで、陽生は呆然と立ち尽くした。  彼女持ちの男子たちがこぞって女子を裏方仕事に回したせいで、文字通りの正しい意味での魔法”少女”は数人しかいない。魔法少女姿を他の男の目に晒すくらいならと、漢気を見せた女装姿の男子たちばかりが教室内を動き回っている。  頭頂部を彩る大きなリボン。胸元にも同じ色のリボンがあしらわれ、袖は大きく膨らんでいる。パニエを何枚重ねにもして、膨らませた衣装の裾にはフリルがこれでもかというくらいに縫い付けられている。そんな愛らしいスカートの裾の下から覗いているのはすね毛まみれの男子の足ばかりで、ここが地獄かと陽生はうんざりとしていた。 「まじかる☆さくや、お客様ご案内ー! あなたのハートをごりごりずどーん!」  他校の制服姿の女子二人組がやってくると、水色の魔法少女の衣装に身を包んだ朔也が画用紙で作ったステッキをハートの形に振ってみせた。客の女子二人は爆笑しながらスマホを取り出すと、ノリノリで決めポーズを取る朔也を撮影する。 「ごりごりずどーんって……」  確か自分たちのクラスは魔法少女カフェであって、間違っても工事現場とかの類ではなかったはずだ。台詞の前半はコンセプトを考えれば辛うじて理解できるが、後半の物騒な擬音は何なんだ。  この謎のセリフを考案したのはノリノリで接客している、クラスの出し物係でもある朔也だ。普段はセンスのいい彼が、どうして今回に限ってはそのセンスの良さを発揮できなかったのか謎すぎる。  担任の岸野が金と銀の魔法少女衣装で呼び込みをしているのが功を奏したのか、客足は途絶えることはない。ひっきりなしにまじかるなんとかという延べ口上が教室内に響き渡っている。――但し、声変わり後の男子高校生の低音ボイスで。 「魔法少女まじかる☆さくや、愛と希望とオレンジジュースをおっとどけー!」  朔也は裏方仕事をしている女子からオレンジジュースの乗ったトレイを受け取ると、そんなことを宣いながらくるりと回ってみせる。ふわりとスカートの裾が広がり、朔也はウィンクを決めた。  ふいに客と思しきこの学校の制服姿の女子が戸口に姿を現した。他の男子たちは接客をしているか、グロッキーな目でキラキラとしたモールのぶら下がる天井を見つめているかしている。自分が行く

  • 未来を変える恋、はじめます。   第六章:あわいの時に訣別とはじまりを①

     西の空を染める残照を見つめながら、陽生は朔也とともに校舎の屋上から垂れ幕を吊るしていた。屋上のフェンスに紐を結わえながら、随分日が落ちるのも早くなったものだと陽生は感じていた。  明日はもう文化祭当日だ。どこからか金木犀が香り、頬を撫でる夕風は秋の冷涼さを帯び始めている。空の端に残る朱色には夏の烈しさはもう残されてはいない。  そのとき、ずるりと垂れ幕の逆の端が重力に従って、下がるのを感じた。陽生は朔也を振り返ると、文句を口にする。 「おい、朔也。ちゃんと支えとけよ。そっちだけ下がってるじゃねえか」 「ごめんって。ちょっと心羽ちゃんから通話きたから出るわ」  朔也は悪びれたふうもなくスマホを取り出すと、もしもしと通話に応じる。「さっくん、今すぐ来て!」離れた位置にいる陽生の耳にも届くほどの音量で切迫した心羽の声が朔也のスピーカーを劈いた。陽生と朔也は思わず顔を見合わせる。 「心羽ちゃん、どうしたんだ?」  朔也が聞くと、スピーカーの向こう側で心羽が早口に何かを説明する。わかった、と朔也は通話を切る。 「陽生、体育館行くぞ。心羽ちゃんが言うには、体育館ステージのリハでトラブルがあって、芦屋が佐倉に因縁つけられてるって」  なんだって、と陽生は顔色を変える。設置途中の垂れ幕を放り出すと、彼は踵を返した。 「朔也、早く来い!」  そう叫ぶと、陽生は錆びかけた屋上の扉を押し開ける。ズボンのポケットの中でスマホが震えた。おそらく、未来の自分が先ほどの心羽と同じ用件でメッセージを送ってきたに違いない。階段を足早に駆け降りていく彼の背中を追いかけながら、朔也はやれやれと肩をすくめた。 「陽生、お前は本当に芦屋のことになると人が変わるな……」 「お前だって、天沢に何かあったら放っておけないだろ?」 「そりゃまあ、当然そうだけどさ」  二人は一気に一階まで階段を駆け降りると、全力で廊下を走る。各クラスから漏れ出してくる話し声に混じるようにして、上履きの底が奏でる靴音が響いた。  渡り廊下を駆け抜けると、陽生は体育館の扉を開いた。「――芦屋!」茉莉の名前を叫びながら、陽生は体育館の中へと飛び込んでいく。その場にいた全員の視線が陽生へと向けられた。 「――さっくん! 貴嶋くん!」  心羽の声が響く。彼女はステージの上で、茉莉を庇うようにして瑠音と対

  • 未来を変える恋、はじめます。   第五章:晩い夏に蝶は目覚める③

    「茉莉ー、また糸からまっちゃったあ」  人気のない多目的室に心羽の情けない声が響いた。見せて、と茉莉は作業の手を止めると、心羽の手元を覗き込む。  多目的室にいるのは文化祭実行委員の陽生と茉莉、陽生たちのクラスの出し物係である朔也と心羽だけだった。朔也と心羽は新学期になってから陽生たちの手伝いとして多目的室に入り浸るようになっていたが、気がつけば半分自分たちのクラスの作業部屋と化していた。他の実行委員たちが陽生と茉莉に準備を押し付けて、ろくに顔を出さないからこそ成し得たことだった。  陽生はぺたぺたとハケでベニヤ板にペンキを塗っていく。朔也は陽生の作業を横から覗き込むと、うわっと声を上げた。 「何お前その超前衛的なカラーリング」 「洒落ていると言えよ」 「いやでも、その蛍光ピンクはマジでないわ。何で蛍光ピンク?」 「今年のテーマに沿って、桜姫のイメージで……」  陽生がそう答えると、朔也は芦屋ー! と叫んだ。 「芦屋、陽生ほったらかしにしたらやばいって! 看板すげーことになりかけてるから! 早く止めてこい!」  心羽の代わりに魔法少女の衣装を縫っていた茉莉は布と針をその場に置くと、陽生のそばへと戻る。あの形のまま、茉莉の口が固まる。 「……貴嶋くん、ちょっとこれ、真っ白に塗りつぶしてやり直そう?」 「芦屋、何でだ? 今年のテーマに沿ったカラーリングだと思ったんだけど……」 「なんていうか……ちょっと独特すぎるかな。文化祭には地域の人とかもたくさん来るんだから、もう少し万人受けする感じにしないと」 「……」  憮然として陽生は黙り込んだ。そんな彼をよそに、茉莉は塗り掛けのベニヤ板とペンキの缶をどけて、作業スペースを確保していく。ついでに窓を開けるとペンキの匂いが充満した部屋を彼女は換気する。 「看板の塗り直しはペンキが乾いてからじゃないとできないから、今日はきらりん作りしよう。校内のいろんなところに飾るから、量が必要なの」  そう言うと、茉莉は積まれた段ボールの中から、黄色の画用紙の束を取り出した。床に転がっていたハサミを拾い上げると、茉莉はそれを陽生に渡す。 「……なあ、芦屋」  教卓の中から出してきたハサミで画用紙を切る茉莉へと、陽生は話しかける。何、と彼女は作業の手を止めないまま応じた。 「お前、大変じゃねえの? 実行委

Bab Lainnya
Jelajahi dan baca novel bagus secara gratis
Akses gratis ke berbagai novel bagus di aplikasi GoodNovel. Unduh buku yang kamu suka dan baca di mana saja & kapan saja.
Baca buku gratis di Aplikasi
Pindai kode untuk membaca di Aplikasi
DMCA.com Protection Status