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第六章:あわいの時に訣別とはじまりを②

last update Veröffentlichungsdatum: 21.08.2026 20:41:30

 どうしてこうなったんだ。茉莉が縫ってくれたピンク色の魔法少女の衣装に身を包んで、陽生は呆然と立ち尽くした。

 彼女持ちの男子たちがこぞって女子を裏方仕事に回したせいで、文字通りの正しい意味での魔法”少女”は数人しかいない。魔法少女姿を他の男の目に晒すくらいならと、漢気を見せた女装姿の男子たちばかりが教室内を動き回っている。

 頭頂部を彩る大きなリボン。胸元にも同じ色のリボンがあしらわれ、袖は大きく膨らんでいる。パニエを何枚重ねにもして、膨らませた衣装の裾にはフリルがこれでもかというくらいに縫い付けられている。そんな愛らしいスカートの裾の下から覗いているのはすね毛まみれの男子の足ばかりで、ここが地獄かと陽生はうんざりとしていた。

「まじかる☆さくや、お客様ご案内ー! あなたのハートをごりごりずどーん!」

 他校の制服姿の女子二人組がやってくると、水色の魔法少女の衣装に身を包んだ朔也が画用紙で作ったステッキをハートの形に振ってみせた。客の女子二人は爆笑しながらスマホを取り出すと、ノリノリで決めポーズを取る朔也を撮影する。

「ごりごりずどーんって……」

 確か自分たちのクラスは魔法少女カフェであって、間違っても工事現場とかの類ではなかったはずだ。台詞の前半はコンセプトを考えれば辛うじて理解できるが、後半の物騒な擬音は何なんだ。

 この謎のセリフを考案したのはノリノリで接客している、クラスの出し物係でもある朔也だ。普段はセンスのいい彼が、どうして今回に限ってはそのセンスの良さを発揮できなかったのか謎すぎる。

 担任の岸野が金と銀の魔法少女衣装で呼び込みをしているのが功を奏したのか、客足は途絶えることはない。ひっきりなしにまじかるなんとかという延べ口上が教室内に響き渡っている。――但し、声変わり後の男子高校生の低音ボイスで。

「魔法少女まじかる☆さくや、愛と希望とオレンジジュースをおっとどけー!」

 朔也は裏方仕事をしている女子からオレンジジュースの乗ったトレイを受け取ると、そんなことを宣いながらくるりと回ってみせる。ふわりとスカートの裾が広がり、朔也はウィンクを決めた。

 ふいに客と思しきこの学校の制服姿の女子が戸口に姿を現した。他の男子たちは接客をしているか、グロッキーな目でキラキラとしたモールのぶら下がる天井を見つめているかしている。自分が行くしかないかと、陽生は渋々ながら画用紙で作られたステッキを握りしめると口を開いた。

「魔法少女まじかる☆はるき、お客様……って、え」

 目の前に立つ少女の顔を認めると、陽生は絶句した。おかしそうに彼女はくすくすと笑う。――彼女は茉莉だった。

「貴嶋くん、わたしが縫った衣装ちゃんと着てくれたんだね。サイズもぴったりみたいでよかった。裏地までこだわり抜いた甲斐があった。……で、台詞の続き、言ってくれないの?」

「言わねえよ。……っていうか、お前いつもと髪型違うのな。一瞬気づかなかった」

「ああ、これ? 心羽がやってくれたの。裏方の女子全員でお揃いでツインお団子しよーって」

「天沢のやりそうなことだな……っていうか、芦屋、お前何か用か? まさか客として来たってわけじゃねえだろ?」

「このまま貴嶋くんに接客してもらうのも楽しそうなんだけど、そろそろ文化祭実行委員の見回りの時間でしょ? それで呼びに来たの」

 もうそんな時間か、と陽生は黒板の上の時計を見やる。時計は午後二時二十三分を指していた。

「わりいな。着替えてくるからちょっと待っててくれ」

 着替えのために裏に回ろうとした陽生を待って、と茉莉が呼び止めた。茉莉はスマホをブレザーのポケットから取り出し、カメラアプリを取り出すと陽生へとくっついた。

「せっかくの文化祭だし、記念撮影しよ?」

「ちょっ……」

 待て、と止める間も無く茉莉はシャッターを切った。いつもと違う髪型の茉莉と険しい顔の魔法少女姿の陽生の姿が切り取られる。

「ちょっと陽生、お客さんとイチャイチャしないでくれる? ここそういうお店じゃないんだけど」

「馬鹿言うな、朔也。これはその……あれだ、チェキサービスとかいうやつだ」

 陽生の苦し紛れの言い訳に朔也の目が細められる。そして、彼は何かを思いついたらしくにんまりと口の端を吊り上げると、茉莉へと水を向けた。

「なあ、芦屋。後でちゃんと申請はするから、うちのクラス、チェキサービスも追加していい?」

「うん、別に問題はないと思うけど……」

「よっしゃ、これで売り上げ競争上位に食い込めるぞ! まじかる戦隊1‐A、スマイルチャージしてくぞー!」

 こんなむさ苦しい魔法少女たちにスマイルをチャージしてどうする気だ。クラスメイトたちをまだまだ働かせる気満々の朔也の不穏な発言を聴覚に捉えながら、陽生は着替えスペースになっている衝立の裏へと回る。女児向けアニメの主題歌と野太い決め台詞が混ざり合って教室に響いていた。

 吹奏楽部とチアリーディング部による合同ステージが終わると、体育館の中はざわざわと喧騒に包まれた。今は十四時五十五分。あと五分で瑠音たちのバンドによる演奏が始まる時間だった。

 こちらです、と茉莉はSJ放送のスタッフたちを誘導する。SJ放送のスタッフたちは、体育館の壁際に陣取ると、十五時からの生中継のために機材の準備を始めた。

 カメラマンによって、黒いソフトケースのファスナーが一気に引き下ろされる音がした。小型カメラを取り出すと、カメラマンはそれを片手で軽く振る。

「バッテリー大丈夫?」

 ディレクターがカメラマンへとそう問うた。問題ないとカメラマンは頷き返すと、肩にストラップを掛け、カメラを何度か構え直す。彼はファインダーを覗きながら、数歩前後に動いた。

 ディレクターはカメラの上部に取り付けられたモニターを覗き込むと、カメラマンへと指示を出す。

「これじゃステージ遠いよ。もっと寄せて」

「あんまり寄せるとステージ全体が映りませんよ」

「別にいいよ、ボーカルの子抜くくらいのつもりでいて」

 了解です、とカメラマンは画角を調整する。ディレクターはジャケットの胸元にピンマイクを付けると、あー、あー、と声を出した。

「音入ってる?」

「入ってます、大丈夫です」

 報道のプロたちによって、無駄のない動きで生中継の準備が進められていく。ステージ横の時計が午後二時五十九分を指すと、ディレクターはカメラの前に立った。

「本日は私立桜台高校の文化祭を生中継でお届けしております。これより、体育館のステージでライブが始まるとのことです。ライブを行なうのは、弱冠十四歳にしてデビューしたあのバンド、『BLACK RIOT』とのことです! 圧巻のパフォーマンスをお楽しみください!」

 かちり、と長針が動き、午後三時丁度を指した。パッと体育館のステージがライトで照らされる。

 ジャーン、と歪んだギターの音が鳴る。激しくドラムが打ち鳴らされる。キーボードは冷たく尖った音を奏で、ベースは低い唸り声を上げる。重なり合ったその調べは、彼らの在り方自体を訴えているようだった。――まさに『黒い暴動BLACK RIOT』だ。

 激しく印象的なイントロが終わると、瑠音は噛み付くように歌い出した。世界への反抗心を、自身の存在の主張を彼は激情と共に歌い上げていく。両腕を組んでステージを眺めながら、陽生はぼそりと呟いた。

「あいつ……プロがどうのって言ってたけど、実力は本物なんだな」

 うん、と隣で茉莉が頷いた気配がした。彼女はほろ苦い笑みを浮かべると、言葉を続ける。

「瑠音は昔から歌が上手かったから。ううん……瑠音が歌うようになったのはわたしが理由だから」

「芦屋が? どういうことだ?」

「小さいころ……まだ、五歳くらいのときのことだったかな。瑠音はまだ自分に自信のない、引っ込み思案の男の子で……そのころ、わたしが瑠音の歌を褒めたことがあったの。そしたら、瑠音は歌を練習するようになった。いつかとっておきの一曲をわたしに贈りたいからって」

「その引っ込み思案な男の子が、どうしてああなったんだ?」

「原因は中学に上がったころ、わたしの両親が離婚したことかな。わたしのお父さんが仕事で忙しいこともあって、瑠音なりにわたしのことを守らないといけないって思ったみたい。そのころから……瑠音はだんだんと周囲に対して攻撃的になっていったの」

「だからって、あんな横暴な態度が許されるわけがねえだろ。目的と手段が逆になってる」

 そうだね、と茉莉は目を伏せた。そして、彼女はそっと陽生のブレザーの袖を引く。

「ねえ、貴嶋くん……わたし、これでよかったんだよね」

「……後悔してるのか?」

「わからない。ただ、瑠音は昔からずっと一緒で……家族よりも近くにいた存在だったから。当たり前が当たり前じゃなくなって、少し……心許ない感じがする。何だか……痛くて、ふわふわする」

「……そうか」

 間奏で瑠音がマイクに向かってシャウトを放つ。キン、とスピーカーの音が割れる。その鋭い声にはもう、優しく引っ込み思案だった男の子の面影はなかった。

「あーもう、あいつライブハウスのノリで演りやがって。いつもの八割くらいでやらねえと、絶対音割れするって芦屋が言ったの忘れてんな」

 陽生は小さく肩をすくめる。いつもの通りのパフォーマンスができなかったからといって、後で苦情を受け付けるつもりはない。たかが体育館の設備にそれだけの性能を求めるほうがお門違いだ。

 茉莉は寂しげにステージを見つめる。袂をわかった彼は、自分とは違う世界で生きる人間だ。この先、彼の背中はきっとどんどんと遠ざかっていく。

(それでいい……きっと。わたしは、それを望んだ。――それを選んだ)

 茉莉は唇を噛み締める。聴覚を刺す歌声は自分のためではなく、彼を求める大衆のためのものだ。

 ごめんね。さよなら。茉莉の唇がそっと動く。彼女は激しさを増す歌声と共に訣別の痛みを改めて胸に刻み込んだ。――これが大事なものを失う痛みなのだと感じながら。

 小さいころからずっと繋いで歩いてきた手を心の中で茉莉はそっと離す。――これでいい、と自分に言い聞かせて。

 激しくドラムが打ち鳴らされ、クラッシュシンバルの音が体育館の空気を切り裂いた。瑠音のロングトーンの残響がスピーカー越しに揺れている。

 わあっと歓声が上がり、拍手が湧き起こる。演奏が終わったのを皮切りにカメラの前でディレクターが喋り出したのを聞きながら、陽生は複雑な顔でステージを見つめる茉莉を見ていた。

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