Masuk「なあ、芦屋。おれたちのシフトって、確かこのまま休憩だったよな。何か軽く見ていかねえか?」
瑠音たちのステージが終わり、取材に来ていたSJ放送のスタッフを見送った後、陽生はそう茉莉に声をかけた。いいよ、と茉莉は微笑んだ。 「どこのクラスがどんなことをしてるのかも確認したかったし。申請書の内容だけじゃわからないことも多いから」 「お前、本当に真面目だよな……」 休憩時間くらい肩の力を抜けばいいのに。そう思いながら、陽生は溜息をついた。束の間の間だけでも、お遊びめいたデートを茉莉と楽しみたかった。 校門から戻ってきた陽生たちは校庭の方へと足を向けた。文化祭実行委員会に提出された書類によれば、校庭では各クラスや部活動有志による飲食系の屋台が出ているはずだった。 「……」 校庭をぐるりと見回すと、陽生は頭が痛いと言わんばかりにこめかみを押さえた。なんだこれは。揃いも揃ってトンチキな屋台しかない。 暗雲わたあめだとか海賊が作った山賊焼なんていうのはまだ序の口だ。チョコきゅうりだとか桜姫が愛したタピオカコーンポタージュなどという、正気を疑いたくなるものもある。恋するフォーチュンたこやきに至っては、異物混入がないかどうか、文化祭実行委員として心配になってくる。 「芦屋……これ、どっから突っ込んだらいいと思う?」 「突っ込むも何も、文化祭実行委員なのに貴嶋くん知らなかったの? この学校の文化祭の出し物は、伝統的に変わり種が多いんだよ」 「変わり種って……とりあえず、チョコときゅうりって合うのか? しかも、ミルクとホワイトとビターから選べるとか無駄に凝ってるし……」 「きゅうり自体がそんなに主張が強い野菜じゃないから、意外と大丈夫なんじゃないかな?」 「だとしても……何でこんな企画通したんだよ……」 「だって、きゅうりは桜島市の特産品でしょ? 今回のコンセプト的に、地産地消ができるのはいいことだと思うけど」 きょとんとして茉莉は陽生の顔を見上げた。優等生め、と思わず陽生は毒づいた。 「じゃあ桜姫が愛したタピオカコーンポタージュっていうのはどうなんだよ? 桜姫の時代にタピオカもコーンポタージュもねえだろ」 「どうだろう? 桜姫は舶来品が好きだったし、城下町を潤すために南蛮貿易を先頭に立って旗振りしてたって記録が残っていたから、案外近いものはあったのかもしれないよ」 「聞けば聞くほど、何者なんだよ桜姫……ただのお姫様って感じじゃねえな……」 「そうだね。それはそうと、わたしお腹空いちゃった。何か食べない?」 「いいけど……何にするんだ?」 じゃああれ、と茉莉が指さしたのはよりにもよって、恋するフォーチュンたこやきの屋台だった。 「まじで? まじで、あれ食うの?」 「うん、ちょっと運試ししておきたくって」 そう言うと、茉莉は軽い足取りで屋台へと向かっていった。彼女はスマホを取り出すと、それをNFCリーダーへと翳して決済をする。今時は高校の文化祭レベルでもQRコード決済ができるのか、と関心しながら陽生は少し離れた位置でたこ焼きを買う茉莉の後ろ姿を見ていた。 「貴嶋くん、お待たせ!」 たこ焼きを買うと、茉莉は踵を返し、陽生の隣へ戻ってきた。そして、彼女は楊枝をたこ焼きに刺すと、陽生の口元へと持ってくる。 「ほら、貴嶋くんも一緒に運試ししよう?」 「……それ、異物混入とかしてねえんだろうな?」 「何か、大当たりだとミニトマトが入ってるって言ってたよ」 「それはそれで嫌だな……」 茉莉にあーんと言われるままに、陽生は渋々口を開ける。ほくほくと熱いたこ焼きを口の中で噛んだ瞬間――熱さが衝撃となって炸裂した。 「……っ!?」 陽生は事態を飲み込めずに目を白黒とさせながら、咳き込んだ。隣でもぐもぐとたこ焼きを食べていた茉莉はそれを嚥下すると、くすっとおかしそうに笑った。 「貴嶋くん、大当たり引いたみたいだね。今日、何かいいことあるかもよ?」 「いいこともなにも、おれ、今、今日最大の不運に見舞われた気がすんだけど……。熱したミニトマトとか凶器過ぎんだろ……文化祭実行委員の権限で今からでも具材の変更を……」 「そうは言っても、ミニトマト自体は異物でも何でもないし、特産品の地産地消もしてるから、わたしたちが止められる理由もないんだよね。それより、貴嶋くん、もう一個食べる?」 「おれは遠慮する……これ以上の不運に見舞われたくねえ……」 おいしいのに、と言いながら茉莉は残りのたこ焼きをぱくぱくと平らげていく。何だか小動物みたいだな、と思いながら、陽生は彼女がたこ焼きを頬張る様を見ていた。 大当たりを引き当てることなく茉莉がたこ焼きを食べ終えると、休憩時間が半分近く終わっていた。 「芦屋、中も軽く見て回るか。休憩終わっちまうからな……つってもどこのクラスもうちのクラスと同じくらいイカれてるんだろうけどな……」 「貴嶋くん、それも個性だよ。うちの学校は個性を重んじる校風だから」 「物は言いようだな……」 そんな会話を交わしながら陽生と茉莉は賑やかな声が飛び交う校舎の方へと戻っていった。二人は下駄箱でローファーから上履きに履き替えると、三年生の教室が並ぶ二階へと階段を上っていく。 「……なあ、芦屋。あれってセーフなのか?」 暴露系クイズ大会と書かれた札を持つ上級生が立つ、3‐Cの教室から漏れ聞こえてきた言葉に、陽生は思わず足を止めた。 「物理の山崎先生と音楽の相原先生は、人には言えない大人の関係である! A、たまたま仲がいい! B、秘密の相談相手! C、不倫関係! D、答えられない! ――さあ、どれでしょう?」 際どい暴露問題に陽生は固まる。確か、山崎も相原も既婚者で子供がいたはずだ。 「はい、正解は! Dの答えられないでしたー! 真相は皆さんのご想像にお任せしまーす!」 「それ絶対、クロじゃん……うわあ、マジかよ、W不倫……。この学校って爛れてんな……」 教室内の出題者の言葉に、陽生は遠い目でそんな感想を漏らす。そんな陽生をまあまあ、と茉莉は宥めた。 「ほら、実際はどうなのかって明言したわけじゃないんだし。どの先生とどの先生がどうとかって噂は不定期に流れてるし、そんなに神経質になることもないじゃないかな。そもそも事実だったら、当事者の山崎先生か相原先生が止めてるはずだよ」 「それもそうか……」 そんな噂が不定期に出回る学校もどうなのかと思いながら、陽生は茉莉と共にその場を離れる。「ロシアンルーレットビンゴ、参加者募集中です! 自分の番号が呼ばれたら即座にドボン! ビンゴするのが早いか、脱落するのが早いか……!」「耐久コーヒーカップやってまーす! 最後まで残るペアは誰だ!」校庭の屋台と同様に変わり種が多いが、企画自体はよく練られている。思わず陽生は感嘆の息を漏らした。 「さっきの暴露クイズはどうかと思うけど、面白そうなのもそれなりにあるんだな。変わってるとは思うけど」 「貴嶋くん、何が気になった? どこか覗いていく?」 「おれ的にはロシアンルーレットビンゴが。けどまあ、もうすぐ休憩終わっちまうから、参加するのは難しいな」 「……もうちょっと時間あったらよかったのにね」 「……そうだな」 三年生の教室が並ぶ廊下を通り抜けると、二人は階段を上がる。そして、階段を上りきった途端、Y2Kファッションを意識したらしいギャルっぽい衣装に身を包んだ二年生に話しかけられた。 「あっ、ちょっとそこのお二人さーん! 陽キャの楽天占い館いかがですかー! まじでブチアガる未来しか視えないから! 三分で終わるし、寄ってってー!」 ほらほら、とノリの良い女子生徒に背中を押され、陽生と茉莉は半ば強引に2‐Eの教室へと連れ込まれた。ズンズンとビートが腹に響くダンスミュージックが大音量で流され、クラブを意識したのか天井ではミラーボールが回っている。 二人は女子生徒に案内され、教室中央の机の前へと座らされた。机には紫の蝶の柄がプリントされた黒い布がかけられていて、何だか時代を感じさせた。よく見れば、布のふちではラインストーンがきらきらと輝いている。 「さーて、お二人は何占ってほしい? 恋愛運? っていうかもう付き合ってる感じ?」 「いや、そんなんじゃねえし、特におれは占ってほしいこともねえんだけど……」 幸運やら占いやらの類は先ほどのフォーチュンたこやきの件で懲り懲りだ。陽生がそう言うと、茉莉はむう、と少し不満そうな顔をした。 「まーまー、じゃあ、お二人の近い未来を占っちゃいますか! うち、トランプ占いなんだけど、二人とも好きなカード選んじゃってー!」 占い師役のギャルファッションに身を包んだ女子生徒は、トランプを布の上に並べていく。陽生と茉莉は選んだカードを指さそうとして――指と指が触れ合った。占い師役の生徒はにやにやとしながらこう言った。 「二人とも超気が合っちゃう感じじゃん! まさに以心伝心、相思相愛って感じー! ……で、肝心の結果だけどー」 占い師役の生徒は、二人が選んだカードをめくった。そのカードにはハートが七つ並んでいた。 「おー! これは近いうちに恋愛的にいいことありそうな感じ! いい感じに運気ブチアガってる感じ!」 「さいですか……」 ハイテンションな占い師役の生徒に陽生はうんざりとしながら、相槌を打つ。占い師役の生徒は机から身を乗り出して、陽生の耳元に口を寄せるとこう囁いた。 「後夜祭もあるんだし、根性見せなよ?」 「……大きなお世話です」 「貴嶋くん、どうかしたの?」 「何でもねえ、こっちの話。それより休憩終わるし、そろそろ行くぞ」 うん、と茉莉は不思議そうな顔をしながらも頷いた。そして、二人は席を立つと、2-Eの教室を後にした。 休憩が終わるまで、あと五分しかない。陽生と茉莉は一年生の教室がある四階へと階段を上がっていく。階段を上がりきって、廊下を歩いていると、金銀のド派手な衣装に身を包んだ中年の男が呼び込みのために声を張り上げているのが聞こえてきた。――声の主は担任の岸野だ。 「魔法少女まじかる☆てぃーちゃー☆あるてぃめっと、ぎゅるぎゅるりーん! 1‐A、魔法少女カフェやってます! 桜台高校にスマイル、アナタのココロにハピネスチャージ!」 岸野の台詞に陽生は絶句した。突っ込みどころが多すぎるが、とりあえずぎゅるぎゅるりーんは、腹を下しているみたいで飲食店には合わないような気がする。 「なあ芦屋……あの台詞、何?」 「貴嶋くん、知らない? わたしも心羽から聞いたんだけど、氷上くんが先生用に専用台詞考えたらしいよ」 「うわあ……」 朔也もえげつないことをする。自分たち男子高校生でもかなり痛いのに、中年男性があの出で立ちであの台詞を叫ぶのは痛々しすぎる。 金と銀の魔法少女衣装に身を包んだ岸野は陽生と茉莉の姿を認めると、情けなく眉尻を下げてこう言った。 「あっ、文化祭実行委員カップル。いいところに来たな。俺と呼び込み代わってくれよ。俺もう疲れたよ」 「カップルじゃないですし、疲れたなら甘いものでも食ったらどうですか。おれ考案のみらくるチョコムース、あれ結構美味いですよ。先生も担任なら、クラスの売り上げに貢献してください」 「え、俺、こんなにクラスに貢献してんのに、金まで払わされんの?」 「何か問題あります?」 「大アリだろ……っていうか、俺がそのなんちゃらムース食ってる間だけでも、お前らが呼び込み代わってくれんのか?」 「嫌です。っていうか、芦屋の分の衣装もないですし」 「じゃあ、芦屋は俺の衣装着ていいから……だから代わってくれない?」 岸野の発言に陽生はずいと一歩前に出る。今の発言は看過できないことだらけだ。 「四十代のオッサンが長時間着た後の汗臭くてヤニ臭い衣装を芦屋に着せられるわけないですよね? っていうか、そもそも芦屋の魔法少女姿なんて、おれが絶対に他の男どもに見させねえ」 「随分と酷い言われようだな……っていうか、貴嶋。さっきカップルじゃないって言ってたけど、じゃあ何で付き合ってないんだ? 俺は不思議でならないよ……」 「逆に何で先生はそんなにおれたちをくっつけたがるんですか……」 げんなりとしながら陽生がそう聞くと、岸野は魔法少女姿には不似合いな真面目な表情を浮かべ、彼に向き直った。 「一教育者として言うけどな、芦屋と佐倉の関係性は俺だって見てられなかったよ。校長とか教頭の手前、佐倉をどうにもできないのがすごく歯痒かった。 だけど、貴嶋は佐倉と違って、芦屋のことを大事にしている。芦屋のことをきちんと、尊重しているように見える。俺はな――せめて、自分が担当している生徒くらいは幸せになってほしいんだよ」 「……先生って、結構ちゃんと生徒のこと見てるんですね」 「俺は自分の生徒のことが大事だからな。だから、これは俺の願望で、お前たちに強制することはできないけど……お前たちがこれからも笑顔でいられるためにどうしたらいいか、少しでもいいから考えてみてほしい」 はい、と陽生は神妙に頷いた。そして、黙って岸野との応酬を見守っていた茉莉を彼は振り返り、目配せした。 「芦屋……後で時間をくれ」 わかった、と茉莉は頷いた。そのとき、教室の戸口から水色の魔法少女姿の朔也が顔を覗かせた。 「先生、呼び込みサボんないでくださいよ。あと、陽生、芦屋、そろそろ交代の時間」 今行く、と陽生は教室へと足を踏み入れる。一般公開時間が終わり、後夜祭が始まった後に何をするべきか――もう肚は決まっていた。窓から四月の柔らかな春の日差しが差し込んでいた。白いタキシードに身を包んだ陽生は、何かおかしなところはないかと、控え室の鏡を見ながらネクタイや髪をいじったりしていた。 今日の日を迎えるまでのことを思い起こすと、ふいに苦笑が漏れる。茉莉のドレスやブーケ選びに始まり、参列者の選定や席次の決定、式や披露宴で使う曲選びなどやることが盛りだくさんだったからだ。ここ数ヶ月の間、その準備に追われ、休日もろくに休めなかった。 (それもきっと……いつかいい思い出に変わるんだろうな。あのときは大変だったな、って笑って話せる日がきっと来る) 高校一年生の文化祭の日に付き合い始めてから今日まで、自分は茉莉とともに歩んできた。そして、この先の人生も彼女とともに歩んでいくつもりだ。――たとえ、いつか遠い未来に死が二人を別つことがあろうとも。 ふいに、こんこんと控え室の扉がノックされた。陽生はすっと居住まいを糺すと、どうぞと返した。 「茉莉様のお支度が整いました。――どうぞ、こちらへ」 はい、と答えた自分の声が歓喜に震えるのを陽生は感じた。陽生は式場のスタッフに連れられて、部屋を出る。一歩床を踏み締める度に、胸が期待で溢れていく。 「――茉莉様。陽生様をお連れいたしました」 アップスタイルにまとめた髪の上でふわふわと靡くヴェール。レースが何枚も重なり合い、繊細な刺繍が施されたドレスの裾はAライン状に大きく広がっている。それでいて、胸元はすっきりとまとめられ、清楚な美しさが引き立てられている。 式場の入り口の前にウエディングドレス姿の茉莉が父親と共に立っていた。吹き抜けの天井から差し込む日差しを浴びて佇む彼女は、まるで絵画の中から抜け出してきたかのようだった。その美しさに陽生の目は釘付けとなる。 「茉莉――綺麗だ」 そんな言葉が思わず口をついて出た。くす、と茉莉は嬉しそうに笑みを溢す。 「陽生くんもとっても素敵。よく似合ってるよ」 「……まあ、馬子にも衣装って言うからな」 「もう、照れちゃって。素直になれないところはいつになったら治るのかな」 「うるせえ。言ってろ」 陽生が緊張しのぎに軽口を叩いていると、茉莉のそばに立つ彼女の父親が彼の名を呼んだ。陽生は軽口をひっこめると、神妙な面持ちで茉莉の父親へと向き直る。 「――はい」 「陽生さん。娘を
「まったく実行委員長の奴……おれたちに後処理押し付けて美味しいところだけ持っていきやがって……」 十月の空は紺青に色を変え、校庭では後夜祭が始まっていた。実行委員長が表彰を行なう声が窓の外から聞こえてくる。優秀賞、最優秀賞、と該当のクラスが呼ばれる度に歓声が上がる。 陽生と茉莉は多目的室で文化祭の後処理に奔走していた。一般公開時間が終わってから、出し物の内容について後申請してきたクラスが山ほどあったからだ。 「貴嶋くん、SJ放送へのお礼メール終わったよ。そっちの申請書捌くの手伝おうか?」 「わりぃ、頼む……」 陽生は申請書の束を半分、茉莉へと渡した。彼女はブレザーの胸ポケットからシャーペンを抜くと、申請書に目を走らせ始める。 「ねえ、貴嶋くん。文化祭、楽しかったね」 「お前にとっては色々あっただろうけど……楽しかったんだったらよかったよ」 「……うん」 ドン、と音が響き、窓の外の空に光の花が咲いた。陽生は席を立つと、多目的室の電気を消す。 「……貴嶋くん? どうしたの、電気なんて消して」 「このほうが綺麗に見えるだろ、花火。まだやることたくさんあるけど、花火くらいは見ようぜ」 そうだね、と茉莉は微笑むと、シャーペンを置いた。そして、席を立つと彼女は窓辺へと歩いていく。 窓の外を眺める茉莉の隣に陽生は立つ。そして、なあ、と彼は緊張で掠れた声でこう言った。 「――芦屋。前にも言った通り、おれはお前のことが好きだ。もし、お前の気持ちが変わっていないなら、これからもおれと一緒にいてくれないか。――付き合おう、茉莉」 「貴嶋くん……」 茉莉は目を見開くと、陽生を見つめた。暗い教室の中で視線が絡まり合う。 「佐倉と別れたばっかりだっていうのもわかってる。おれは不器用で、こういうことも初めてだから、お前のことを傷つけない保証もない。だけど……お前が笑っていられるように、努力はしたい。こんなに危なっかしくて、放っておけなくて、可愛くて――大事な奴は他にはいねえから」 「わたしで……いいの?」 「お前だからいいんだよ――茉莉」 戸惑う茉莉に陽生は真正面からそう言った。茉莉の目が揺れる。やがて、彼女は心を決めたのか、小さく息を吐いた。 「わたしも、貴嶋くんの――陽生くんの、そばにいたい。一緒にいたい。これから未来(さき)を一緒
「なあ、芦屋。おれたちのシフトって、確かこのまま休憩だったよな。何か軽く見ていかねえか?」 瑠音たちのステージが終わり、取材に来ていたSJ放送のスタッフを見送った後、陽生はそう茉莉に声をかけた。いいよ、と茉莉は微笑んだ。 「どこのクラスがどんなことをしてるのかも確認したかったし。申請書の内容だけじゃわからないことも多いから」 「お前、本当に真面目だよな……」 休憩時間くらい肩の力を抜けばいいのに。そう思いながら、陽生は溜息をついた。束の間の間だけでも、お遊びめいたデートを茉莉と楽しみたかった。 校門から戻ってきた陽生たちは校庭の方へと足を向けた。文化祭実行委員会に提出された書類によれば、校庭では各クラスや部活動有志による飲食系の屋台が出ているはずだった。 「……」 校庭をぐるりと見回すと、陽生は頭が痛いと言わんばかりにこめかみを押さえた。なんだこれは。揃いも揃ってトンチキな屋台しかない。 暗雲わたあめだとか海賊が作った山賊焼なんていうのはまだ序の口だ。チョコきゅうりだとか桜姫が愛したタピオカコーンポタージュなどという、正気を疑いたくなるものもある。恋するフォーチュンたこやきに至っては、異物混入がないかどうか、文化祭実行委員として心配になってくる。 「芦屋……これ、どっから突っ込んだらいいと思う?」 「突っ込むも何も、文化祭実行委員なのに貴嶋くん知らなかったの? この学校の文化祭の出し物は、伝統的に変わり種が多いんだよ」 「変わり種って……とりあえず、チョコときゅうりって合うのか? しかも、ミルクとホワイトとビターから選べるとか無駄に凝ってるし……」 「きゅうり自体がそんなに主張が強い野菜じゃないから、意外と大丈夫なんじゃないかな?」 「だとしても……何でこんな企画通したんだよ……」 「だって、きゅうりは桜島市の特産品でしょ? 今回のコンセプト的に、地産地消ができるのはいいことだと思うけど」 きょとんとして茉莉は陽生の顔を見上げた。優等生め、と思わず陽生は毒づいた。 「じゃあ桜姫が愛したタピオカコーンポタージュっていうのはどうなんだよ? 桜姫の時代にタピオカもコーンポタージュもねえだろ」 「どうだろう? 桜姫は舶来品が好きだったし、城下町を潤すために南蛮貿易を先頭に立って旗振りしてたって記録が残っていたから、案外近いもの
どうしてこうなったんだ。茉莉が縫ってくれたピンク色の魔法少女の衣装に身を包んで、陽生は呆然と立ち尽くした。 彼女持ちの男子たちがこぞって女子を裏方仕事に回したせいで、文字通りの正しい意味での魔法”少女”は数人しかいない。魔法少女姿を他の男の目に晒すくらいならと、漢気を見せた女装姿の男子たちばかりが教室内を動き回っている。 頭頂部を彩る大きなリボン。胸元にも同じ色のリボンがあしらわれ、袖は大きく膨らんでいる。パニエを何枚重ねにもして、膨らませた衣装の裾にはフリルがこれでもかというくらいに縫い付けられている。そんな愛らしいスカートの裾の下から覗いているのはすね毛まみれの男子の足ばかりで、ここが地獄かと陽生はうんざりとしていた。 「まじかる☆さくや、お客様ご案内ー! あなたのハートをごりごりずどーん!」 他校の制服姿の女子二人組がやってくると、水色の魔法少女の衣装に身を包んだ朔也が画用紙で作ったステッキをハートの形に振ってみせた。客の女子二人は爆笑しながらスマホを取り出すと、ノリノリで決めポーズを取る朔也を撮影する。 「ごりごりずどーんって……」 確か自分たちのクラスは魔法少女カフェであって、間違っても工事現場とかの類ではなかったはずだ。台詞の前半はコンセプトを考えれば辛うじて理解できるが、後半の物騒な擬音は何なんだ。 この謎のセリフを考案したのはノリノリで接客している、クラスの出し物係でもある朔也だ。普段はセンスのいい彼が、どうして今回に限ってはそのセンスの良さを発揮できなかったのか謎すぎる。 担任の岸野が金と銀の魔法少女衣装で呼び込みをしているのが功を奏したのか、客足は途絶えることはない。ひっきりなしにまじかるなんとかという延べ口上が教室内に響き渡っている。――但し、声変わり後の男子高校生の低音ボイスで。 「魔法少女まじかる☆さくや、愛と希望とオレンジジュースをおっとどけー!」 朔也は裏方仕事をしている女子からオレンジジュースの乗ったトレイを受け取ると、そんなことを宣いながらくるりと回ってみせる。ふわりとスカートの裾が広がり、朔也はウィンクを決めた。 ふいに客と思しきこの学校の制服姿の女子が戸口に姿を現した。他の男子たちは接客をしているか、グロッキーな目でキラキラとしたモールのぶら下がる天井を見つめているかしている。自分が行く
西の空を染める残照を見つめながら、陽生は朔也とともに校舎の屋上から垂れ幕を吊るしていた。屋上のフェンスに紐を結わえながら、随分日が落ちるのも早くなったものだと陽生は感じていた。 明日はもう文化祭当日だ。どこからか金木犀が香り、頬を撫でる夕風は秋の冷涼さを帯び始めている。空の端に残る朱色には夏の烈しさはもう残されてはいない。 そのとき、ずるりと垂れ幕の逆の端が重力に従って、下がるのを感じた。陽生は朔也を振り返ると、文句を口にする。 「おい、朔也。ちゃんと支えとけよ。そっちだけ下がってるじゃねえか」 「ごめんって。ちょっと心羽ちゃんから通話きたから出るわ」 朔也は悪びれたふうもなくスマホを取り出すと、もしもしと通話に応じる。「さっくん、今すぐ来て!」離れた位置にいる陽生の耳にも届くほどの音量で切迫した心羽の声が朔也のスピーカーを劈いた。陽生と朔也は思わず顔を見合わせる。 「心羽ちゃん、どうしたんだ?」 朔也が聞くと、スピーカーの向こう側で心羽が早口に何かを説明する。わかった、と朔也は通話を切る。 「陽生、体育館行くぞ。心羽ちゃんが言うには、体育館ステージのリハでトラブルがあって、芦屋が佐倉に因縁つけられてるって」 なんだって、と陽生は顔色を変える。設置途中の垂れ幕を放り出すと、彼は踵を返した。 「朔也、早く来い!」 そう叫ぶと、陽生は錆びかけた屋上の扉を押し開ける。ズボンのポケットの中でスマホが震えた。おそらく、未来の自分が先ほどの心羽と同じ用件でメッセージを送ってきたに違いない。階段を足早に駆け降りていく彼の背中を追いかけながら、朔也はやれやれと肩をすくめた。 「陽生、お前は本当に芦屋のことになると人が変わるな……」 「お前だって、天沢に何かあったら放っておけないだろ?」 「そりゃまあ、当然そうだけどさ」 二人は一気に一階まで階段を駆け降りると、全力で廊下を走る。各クラスから漏れ出してくる話し声に混じるようにして、上履きの底が奏でる靴音が響いた。 渡り廊下を駆け抜けると、陽生は体育館の扉を開いた。「――芦屋!」茉莉の名前を叫びながら、陽生は体育館の中へと飛び込んでいく。その場にいた全員の視線が陽生へと向けられた。 「――さっくん! 貴嶋くん!」 心羽の声が響く。彼女はステージの上で、茉莉を庇うようにして瑠音と対
「茉莉ー、また糸からまっちゃったあ」 人気のない多目的室に心羽の情けない声が響いた。見せて、と茉莉は作業の手を止めると、心羽の手元を覗き込む。 多目的室にいるのは文化祭実行委員の陽生と茉莉、陽生たちのクラスの出し物係である朔也と心羽だけだった。朔也と心羽は新学期になってから陽生たちの手伝いとして多目的室に入り浸るようになっていたが、気がつけば半分自分たちのクラスの作業部屋と化していた。他の実行委員たちが陽生と茉莉に準備を押し付けて、ろくに顔を出さないからこそ成し得たことだった。 陽生はぺたぺたとハケでベニヤ板にペンキを塗っていく。朔也は陽生の作業を横から覗き込むと、うわっと声を上げた。 「何お前その超前衛的なカラーリング」 「洒落ていると言えよ」 「いやでも、その蛍光ピンクはマジでないわ。何で蛍光ピンク?」 「今年のテーマに沿って、桜姫のイメージで……」 陽生がそう答えると、朔也は芦屋ー! と叫んだ。 「芦屋、陽生ほったらかしにしたらやばいって! 看板すげーことになりかけてるから! 早く止めてこい!」 心羽の代わりに魔法少女の衣装を縫っていた茉莉は布と針をその場に置くと、陽生のそばへと戻る。あの形のまま、茉莉の口が固まる。 「……貴嶋くん、ちょっとこれ、真っ白に塗りつぶしてやり直そう?」 「芦屋、何でだ? 今年のテーマに沿ったカラーリングだと思ったんだけど……」 「なんていうか……ちょっと独特すぎるかな。文化祭には地域の人とかもたくさん来るんだから、もう少し万人受けする感じにしないと」 「……」 憮然として陽生は黙り込んだ。そんな彼をよそに、茉莉は塗り掛けのベニヤ板とペンキの缶をどけて、作業スペースを確保していく。ついでに窓を開けるとペンキの匂いが充満した部屋を彼女は換気する。 「看板の塗り直しはペンキが乾いてからじゃないとできないから、今日はきらりん作りしよう。校内のいろんなところに飾るから、量が必要なの」 そう言うと、茉莉は積まれた段ボールの中から、黄色の画用紙の束を取り出した。床に転がっていたハサミを拾い上げると、茉莉はそれを陽生に渡す。 「……なあ、芦屋」 教卓の中から出してきたハサミで画用紙を切る茉莉へと、陽生は話しかける。何、と彼女は作業の手を止めないまま応じた。 「お前、大変じゃねえの? 実行委