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第4話

Auteur: 深夜の蝋燭
里奈は会社の人事部のオフィスに立ち、手には退職届を握っていた。

「ようやく決心がついたよね」

人事担当者はペンを手渡しながら言った。「会社がこれだけの条件を出すのは、かなり良い方だよ。今日署名すれば、引き継ぎが終わり次第すぐに退社できるわ」

会社の部署再編により、彼女のポジションは今後、長期出張が日常的になることになった。

上司との面談では、会話の端々に「年齢」という言葉がにじんでいた。その真意は明らかで、彼女にはこのような頻繁な出張は難しいと会社が判断したのだ。

そのため、1ヶ月前から会社は契約解除の意向を示していた。

それでも彼女は、どうしてもこの職場に残りたかった。ひとつは自宅から近いこと、もうひとつは将来誠と結婚することを考え、家庭との両立がしやすいと思ったからだ。

その思いから、彼女は何度も頭を下げて上司に相談し、給与の減額も受け入れると申し出たが、結局「適任ではない」という一言に抗うことはできなかった。

なんて滑稽なことなんだ。

彼女はここで二人の将来のために綿密に計画を立てているというのに、毎晩同じベッドで眠るあの人の心の中には、彼女の居場所なんて少しもなかった。

人事部のオフィスを出ると、遠くからでもデスクの周りに人だかりができているのが見えた。

机の上には豪華なバラの花束が飾られていた。

「里奈、彼氏は本当に素敵ね。何年付き合ってもこんなにロマンチックなんて!」

「里奈先輩って、まるで新卒みたいに若々しいわよね。私たちは疲れ切った顔してるのに、やっぱり若い人は気配りが違うわ」

以前はこういう言葉を聞くたびに里奈の心は満たされていたが、今ではただの皮肉にしか聞こえない。

一日中、携帯がずっと震え続けていた。全部、誠からのメッセージだった。

朝から今まで、全部で99通、すべてが謝罪の言葉。

【姉ちゃん、ごめん。昨日は早苗たちと集まってたの。君に余計な心配をかけたくなくて、残業って言っちゃった。俺が悪かったよ、ねえ、姉ちゃん、許して】

退勤後、里奈がビルを出た瞬間、見慣れた車が目の前に止まった。

誠は皮ジャンを着て、格別にさわやかに見えた。整った顔立ちもあって、思わず目を奪われるほどだった。

彼は素早く車を降り、後部座席のドアを開けながら、自然な流れで彼女の腰に腕を回した。「姉ちゃん、迎えに来たよ」

それを見た同僚たちは笑顔で別れを告げた。「連絡してね、新しいところに行ったら教えてよ」

誠は眉をひそめて彼女を見た。「どこに行くつもり?」

もう別れたのだから、そんなことを彼に話す必要はない。里奈は軽く答えた。「出張先のひとつよ」

里奈が車に乗り込むと、今日はなぜ後部座席に座らされるのかと不思議に思った。その瞬間、助手席にいた早苗が振り返り、にこにこと笑顔で挨拶してきた。

里奈がドアを開けて降りようとしたところで、誠がすでにロックをかけていた。

彼はバックミラー越しに里奈を見て、少し優しい口調で言った。「姉ちゃん、昨日は俺が悪かった。ちゃんと紹介するよ、こいつは俺の幼なじみ、早苗。今日は仲間も呼んで、謝罪とついでに誕生日を祝おうと思ってさ」

「白野先輩、誠とはおむつの頃からの仲よ。もし何かあったなら、とっくにそうなってるって。純粋な友達、戦友ってやつ!」

早苗は軽く体を揺らしながら、無邪気に笑った。

昨日から何も口にしていなかった里奈の胃は、すでに空腹で限界に近づいていた。ちょうどこの機会にしっかり話をしておこうと思い、彼女はもう降りることにこだわらなかった。

道中、早苗と誠はずっと楽しそうに話し続けていた。

面白い話になると、早苗は運転席の方に身を乗り出し、声を上げて笑いながら前のめりになり、車が何度も車線を外れそうになった。

彼女は話しながら、さりげなくシートを後ろに下げていき、里奈は狭く感じ、仕方なく反対側へと身を寄せた。

「白野先輩、またどうしたの?」と早苗は何も知らないふりをして尋ねた。

「また」という言葉には、まるで里奈がわざと騒ぎを起こしているかのような響きがあった。

里奈の表情が曇ったのを見て、誠がようやく口を開き、話題を変えてその場を取り繕った。

個室に着くと、六つの席があり、早苗は迷わず里奈と誠の間に座った。「この件は私のせいだ。ここに座って、二人に直接謝るよ、いいかい?」

誠は何も言わず、他の人たちも当然反対しなかった。

席の間、早苗は昔の話ばかり持ち出してきた。そんな些細なことまで、誠は驚くほど正確に覚えていた。

彼女の手が意図的なのか無意識なのか、誠の手の甲にそっと触れた。彼は避けることも手を離すこともせず、むしろ彼女の指を絡めてきた。

その瞬間、口にした酒の味が一変した。苦くて渋くて、彼女が必死に保っていた平静を一瞬で壊した。

どんな説明も、すべて嘘だった。

場が盛り上がっていたところに、聡が早苗に尋ねた。「あのとき、なんで何も言わずにいなくなったんだ?もう五年もだぞ。俺たち仲間がどれだけお前のことを思ってたか、わかってるのか!?」

早苗の目がたちまち赤くなったが、その視線はまっすぐに誠を見つめていた。

目が合った瞬間、言葉にしきれない想いがあふれ出ようとした。

そんなビクビクして、一喜一憂するような彼の様子を、里奈は今まで誠の顔に見たことがなかった。

彼が自分に向けるのは、いつもふざけたような笑顔と、若さゆえの無頓着さだけだった。

五年も経った今、彼にとって自分は単なる肉体関係でしかなかったのだろう。

早苗は苦笑いを漏らし、目の前の酒を一気に飲み干した。

「もうこの話はやめよう。罰として三杯飲むわ」

そう言って、彼女はまた焼酎をぐいっと注ぎ、里奈の前に差し出した。

「白野先輩、ごめんなさい、誤解させちゃって。この一杯、お詫びの気持ちで、本当にすみませんでした」

「もういい!」

里奈の手元のグラスがまだ動かないうちに、誠が突然立ち上がり、早苗の手から酒を奪い取って、慌てた声で言った。

「お前、アルコールアレルギーがあるだろ!ふざけてる場合か!」
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