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第1413話

Author: 夏目八月
定子妃の宮移りに際し、各宮からは祝いの品が届けられた。皇族や重臣たちもこの知らせを聞きつけ、続々と新居祝いの贈り物を送ってきている。

何を贈るかについては、どこの邸宅でも奥方が決めるものだが、北冥親王家となると話は別だ。采配を振るうのは有田先生と道枝執事である。

二人は蔵の中をあれこれと物色したが、適当な品が見つからない。あまりに高価すぎるか、ありきたりな金銀財宝の類ばかり。金玉の花瓶などでは見劣りしてしまう。

珊瑚の樹や屏風といった大物もあるにはあるが、有田先生はいささか惜しく思った。珊瑚の樹は貴重品で、邸内にあるこの一基は王妃の婚礼の際、万華宗から贈られたものなのだ。

やがて二人の視線は、蔵に最も多く保管されている品物に向いた——深水青葉先生の梅の絵である。

これなら外聞も立つし、価値も相当なもの。しかも親王家には腐るほどある。物足りないというなら、間もなく雪も降り、梅も咲く頃だ。深水先生に新たに描いてもらえばよい。

ただし、深水先生への敬意を示すため、まずは許可を求めた。深水青葉は特に異議はないと答えた。確かにこの手の作品は山ほどある。長年梅の花を描き続けてきたため、もはや体が覚えてしまっている。紙を広げ、筆を手にすれば、一、二時間で仕上がるのだ。

夜に帰宅したさくらは、多少の名残惜しさを感じた。幸い、贈り先は定子妃で宮中に留まるのだから、外で勝手に売り払われる心配はない。定子妃も書画を愛でる方のはずだし——そう自分を納得させ、贈ることにした。

さくら自らが宮中へ届けに赴くと、惠儀殿は今まさに門前市をなす賑わいぶり。この機に乗じて参内した貴婦人たちが、謁見の順番を待って控えていた。

さくらがしばらく待っていると、誰かが中に知らせに入ったらしく、定子妃は公務で忙しいことを理由に、先にさくらを通してくれた。

誰も文句を言う者はいない。なにしろ逆賊が都で暴れ回った時、玄甲軍を率いて勝利を収めたのは彼女なのだ。おかげで皆、今の安らかで豊かな暮らしを保っていられるのだから。

さくらは礼を尽くして挨拶を済ませ、絵巻を差し出した。

定子妃は最初、さして気に留める様子もなく、いつものように受け取らせようとしていた。ところが巻物に「深水」の字が貼られているのを目にして、はっとして尋ねる。「深水先生の寒梅図でございますか?」

さくらは頷き、微笑みながら答
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