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第1509話

Author: 夏目八月
翌日の宮中晩餐会は申の刻から始まった。今回もスーランジー自らが迎えに来てくれる。

予想していた通り、即位の大典は既に済まされており、今回は国境線交渉が主目的。そのため宮中に入っても、他国からの賓客や使節の姿は見当たらなかった。

殿内には皇族や重臣たちがずらりと居並んでいる。大和国使節に対して露骨な敵意は示さないものの、親しみやすい態度とも言い難い。

ただ、こうした席では通訳が必要なため、会話も限られる。簡単な挨拶程度に留まった。

他国からの使節はいないものと思っていたが、席に着く間際になって元新帝が大和国使節に向かって言った。「本日は北森からも貴賓をお招きしているの。間もなくお着きになるでしょう。きっと意気投合なさることと思うわ」

清家本宗の顔が一気に輝いた。「北森の貴賓とは!どちら様がいらっしゃるのでしょうか?」

興奮するのも無理はない。音無楽章が持参した菅原陽雲の六眼銃や大砲は、どれも北森の技術を改良したものだ。菅原陽雲先生も北森で学んだという話を聞いている。

大和国の兵部大臣としては、ぜひとももっと詳しく知りたいし、学びたいところだった。

北森は大和国にとって常に手本となる存在だった。進んだ兵器も治政の策も、大和国よりはるかに洗練されている。

国の事情が違えば全てを真似ることはできないが、深く語り合えれば必ず得るものがあるはずだ。

元新帝は一同の嬉しそうな表情を見て微笑んだ。「いらしたら分かるわ」

宮中の晩餐会は退屈で疲れるものだが、北森の貴賓がいるとなれば話は別だ。

皆が期待に胸を膨らませていると、大声で告げる者があった。「北森安豊親王ご夫妻のお成り」

清家は思わず口元を押さえ、驚愕のあまり言葉を失った。だが瞳の奥には狂喜の色が浮かんでいる。

さくらも安豊親王の名は師から聞いたことがあった。師匠が深く敬愛していた人物だ。まさか今日お目にかかれるとは思わず、胸が躍った。

饅頭や棒太郎たちは比較的落ち着いている。名前は聞いたことがあるかもしれないが、さほど心に留めていないのだろう。

皆が熱い期待を寄せる中、大勢の人影が堂々と現れた。

先頭を歩く人物を目にした瞬間、さくらも紫乃も息を呑んだ。

これは……関ヶ原で食事をおねだりしてきた、あの方ではないか?

他の面々を見回すと、どの顔にも見覚えがある。特に人相の悪い数名の男たちは、
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  • 桜華、戦場に舞う   第1504話

    翌朝早く、一行は平安京へと出発した。さくらに別れの辛さはさほどなかった。帰りにまた関ヶ原を通るのだから、外祖父たちにも会える。関ヶ原を出ると、道のりはずっと険しくなった。多くの道が穴だらけで、中には故意に破壊されたものもある。馬車での移動は困難を極めた。それでも榎井親王は馬に乗りたがらなかった。数日の休養を取ったとはいえ、股の痛みは根深い。歩くのはまだしも、鞍の上に座るのは耐え難かった。関ヶ原で功績を立て、孤児院まで設立したのだからと、彼は我が儘を言って馬車を要求した。馬車が進めなくなると、玄甲軍の兵士たちが馬から降りて車を押し、苦労しながら前進した。幸い、今は両国の道が開放されており、封鎖はされていない。二国が整備した街道を行けるのだ。もしも山越えをしなければならないとなれば、親王のお尻がどれほど痛い目に遭うか分からない。平安京の領内に入り、鹿背田城に向かうと、平安京の役人と兵士が出迎えて道中を護衛した。通訳以外は皆、平安京を訪れるのは初めてだった。同じ国境の町でも、関ヶ原と鹿背田城では雲泥の差があった。至る所に崩れかけた家屋、襤褸をまとった物乞い、民の顔には苦悩の色が濃い。さくらは首を傾げた。両国の戦いは、ここまで及んではいなかったはずだ。以前、北條守と葉月琴音が来て村を襲った事件があったとしても、被害を受けたのはその村だけ。鹿背田城全体がこんな有様になる理由はない。鹿背田城の宿駅に泊まり、護衛の役人から事情を聞いて初めて分かった。スーランキーが関ヶ原と戦った際、後方からの補給が途絶え、兵士たちが鹿背田城で略奪を働いたのだという。当時のスーランキーの状況は、ビクターと大差なかった。平安京では開戦を支持する者が少なく、退位した上皇にも大した覚悟はない。一人の意気込みだけでは、大事は成し遂げられなかった。スーランキーが戦死した後、遺体すら持ち帰られず、そのまま無縁墓地に捨て置かれたという話だ。鹿背田城の民も役人も、彼を骨の髄まで憎んでいるのが窺える。鹿背田城を離れると、道はいくらか歩きやすくなった。それでも大和国の官道と比べれば、まだまだ見劣りする。道中では、大和国使節団を見物する平安京の民も多かった。好奇の目もあれば、憎悪や嫌悪を込めた視線もある。長年の争乱で戦火が止んだかと思えばまた燃え上がり、

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