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第1643話

Auteur: 夏目八月
戦が始まれば、さくらは必ず戦場に立つつもりだった。だが外祖父が許さない以上、別の方法を考えねばならない。

まず、兵として兵営に入らなければ。今の彼女はただの兵卒もどきで、九条将軍に監視され、訓練が終われば追い出される身だ。

軍籍が、ない。

軍籍がなければ兵士とは認められず、戦場に立つことなど不可能だ。

彼女は棒太郎と相談し、彼にはひとまずここに残ってもらい、自分は一度兵営を出て方策を練ることにした。そして頃合いを見て、別の身分で紛れ込み、彼と合流する手筈だ。

かくして、特訓に参加して数日後、さくらは都へ戻りたいと申し出た。

佐藤家の人々は名残惜しんだが、戦が目前に迫る中、彼女がここに留まるのは危険でもある。帰還するのが最善の選択だった。

佐藤大将は七郎に命じ、さくらとお珠を関ヶ原の外まで送らせた。棒太郎が兵営に残って身を立てたいと申し出たことについては、大将ももちろん許可した。

別れの際には、当然ながら互いに離れがたい様子で、しばし名残を惜しんだ。

だが、佐藤の屋敷を離れて間もなく、さくらは腹が空いたと口実を設け、七郎に食事処へ立ち寄るよう頼んだ。

兵営に紛れ込むには、正規の募兵に応じるわけにはいかない。募兵には戸籍が必要であり、もしそれを偽造すれば大罪に問われる。

彼女は叔父の七郎を説得し、彼の手で兵営へ戻してもらうほかないと考えていた。

食事処に入って席に着くなり、七郎は彼女を横目で見た。「さあ、言ってみろ。何だ」

屋敷で腹一杯食べてから出立したというのに、今さら空腹などと。この姪が何か企んでいることは、お見通しだった。

さくらはへらりと笑う。「さすがは叔父様、わかってらっしゃるのね。実は、お願いがあるのです。必ず、聞き届けてくださいまし」

「まずは用件を言え。とんでもない話なら、言うだけ無駄だぞ。お前の外祖父様に殺されちまう」七郎は悠然と茶をすすりながら言った。

さくらはふざけた顔をしまい、真剣な眼差しで言った。「とんでもないことではございません。ただ、このまま兵営に残り、戦が始まったなら、私も陣頭に立って敵を討ちたいのです」

七郎は彼女を睨みつけた。「これがとんでもないことでなくて何だ!俺がお前に手を貸したと外祖父様に知られてみろ。足の一本や二本、折られたって済まないぞ」

彼は厳しい口調になる。「戦場の危険を遊び事とでも心
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