オフィスのドアが開かれた。 一郎が彼の激しい咳を見て、すぐに歩み寄り、水の入ったコップを彼の手に渡した。 「体調がまだ良くないなら、無理して出社するなって。毎回医者の指示を無視して…」 彼はコップを机の上に置くと、大股で洗面所へ向かった。 一郎は後を追おうとしたが、目の端にパソコンで流れているライブ映像が映った。 「涼太さん、皆さんが気になっているのは、どうして三千院グループと提携を決めたのかということです。彼らが多額のオファーを出したからですか?」記者が笑顔で質問した。 涼太はとわこを一瞥し、微笑みながら答えようとしたが、とわこが先に口を開いた。 「そんなことはありません。涼太さんはエンタメ業界を3年も離れていて、今は新人のようなものだからと言って、お金はほんの少しだけです」 会場にざわめきが広がった。 「三千院社長、あなたと涼太さんはどうやって知り合ったんですか?お二人はとても仲が良いんですか?今日はお揃いの白いセーターまで着ていらっしゃいますし…」記者がさらに突っ込んだ質問をした。 とわこの顔が一瞬で真っ赤になった。 「それは偶然です」涼太が彼女に代わって答えた。「僕は外にコーヒー色のコートを着てきたんですが、ホテルの中が暑くて、さっき脱いだんです」 「涼太さん、復帰後にはいろんな選択肢があったはずですが、三千院グループを選んだのは、三千院社長との親しい関係が理由ですか?いつからのお知り合いなんですか?」 涼太は答えた。「僕が病気だったときに知り合ったんです。この新曲も、その病気の時に作ったものです」 すると突然、会場の誰かがリクエストした。「涼太さん、その新曲をライブで歌ってください!」 そのリクエストに他の人々も一斉に乗っかり、大きな声が上がった。 とわこは彼に微笑みかけると、そっと脇に退き、ステージを彼に譲った。常盤グループ。 奏が洗面所から出てくると、一郎はすでに彼のノートパソコンのライブを消していた。 一郎は疑問に思った。 別れたはずなのに、なぜ彼女のニュースを追い続けるのか。 彼女が誰と一緒にいようと、それは彼女の自由だ。 なぜ気にかける必要があるのか? 前回の傷がまだ癒えていないというのか?「奏、家まで送って
「とわこ、なかなかのやり手ね!」すみれは冷ややかに口を開いた。 涼太は今のトップアイドルではないが、かつてはその頂点に君臨していた。 そして今日、彼の正式な復帰は、エンタメ業界に大きな波を起こした。 すみれには、涼太がどうしてそこまでとわこを助けるのか理解できなかった。 以前、彼は三千院グループのためにツイートし、そのおかげで一度救われたことがある。 今回は、彼女のために新曲まで書いているなんて…あり得ない! 彼女はすぐにはるかに電話をかけた。すぐに電話が繋がる。 「はるか、涼太はなんであんなにとわこを助けるの?二人の間に何かあるの?」 はるかもそのライブを見ていて、気分が良くなかった。 涼太は才能があるだけでなく、あのハンサムな容姿を持っている。女性が彼の魅力に抗うのは難しい。 「さっき、ライブで彼がその答えを言ったわ」はるかの声は冷たく、まるで冷たい湖の底から響いてくるようだった。「彼はとわこと、彼が病気のときに知り合ったって」 すみれはその意味が分からず、眉をひそめた。「それって、何かおかしいの?」 「彼は以前、植物状態だったのよ!植物状態の人間には意識がない。たとえとわこが毎日目の前で動いていても、彼が彼女を知るわけがない。だから、彼女と知り合ったのは病気が治った後ってことよ。じゃあ、彼の病気がどうやって治ったのか?彼がどうしてとわこにそこまで感謝しているのか?その答えは明らかだろう!」 すみれは驚いた。「彼の病気はとわこが治したってこと?」 はるかは歯を食いしばりながら答えた。「そうよ!彼の病気を治したのは、間違いなくとわこよ!彼女が彼の命を救ったから、彼は何もかも捧げて彼女に報いるのよ!」 すみれは突然、笑い出した。 はるかは不思議そうに訊ねた。「何がそんなに面白いの?今や涼太という切り札を手に入れたとわこをどうにかしなければならない状況なのよ!」 「とわこがそんなに凄いとはね?私、全然聞いたことないわ。彼女が植物人間を治せるなんて?もし本当にそんな力があるなら、なんで会社なんて経営してるの?医者になって金持ちを治した方がずっと儲かるじゃない?」すみれは鼻で笑った。「結菜の治療に、奏はあなたに400億も支払ったでしょう?これがどれだけの儲けになるか、会社
彼の目には、はっきりと映っていた。 彼女は確かに、幸せそうだった。 ……とわこは車に乗り込むと、バッグから保温ボトルを取り出し、蓋を開けてぬるま湯を一口飲んだ。 彼女が飲み終わるのを待って、マイクは車を発進させた。 「昼ご飯は何にする?」彼が訊いた。 「まだ昼じゃないでしょ?お腹空いてないわ」とわこは答えた。 「でも、先に考えておいた方がいいじゃん」マイクは楽しそうに言った。 とわこは少し黙り、そして言った。「今後、昼ご飯は自分でどうにかするわ」 マイクは毎食肉を食べたがるが、彼女は今、肉類にはまったく食欲がわかなかった。 妊娠前は、彼女の食欲はとても良かった。 だから、もしマイクが彼女が肉を食べないのを見たら、きっと疑うだろう。 「まさか、ダイエットを始めるんじゃないよね?」マイクは疑いの目を向けた。「とわこ、あんまり痩せ過ぎるなよ!君は芸能界のスターになるわけじゃないし、そんな女優たちと競う必要なんかないよ」 とわこはこめかみを抑えた。 彼女は知っていた。マイクは繊細で、きっといろいろと考えすぎるだろうと。 「ダイエットじゃないわ。ただ、一緒に食べたくないだけよ」 「なんで一緒に食べたくないんだ?じゃあ、誰と食べるんだ?」マイクは不思議そうに尋ねた。 「あなたと子遠の話を昨日聞いたわ。あなたが彼と奏の関係を気にしているように、もしかしたら彼も私たちの関係を気にしてるかもしれないじゃない?」 マイクは言葉を失った。 「だから、これからは別々に食べよう。仕事が終わったら、一緒に帰ってもいいけど」 「……まあ、分かったよ」マイクはしぶしぶ答えた。 その時、彼のスマホが鳴った。 彼は電話を確認し、速度を落としながらBluetoothイヤホンを装着した。 「今、とわこと一緒にいるのか?」電話の向こうから、子遠の声が聞こえた。 マイクはとわこを一瞥し、少し迷ってから嘘をついた。「いや、一緒じゃないけど。どうした?」 彼が嘘をついたのは、子遠が何を言おうとしているのか知りたかったからだった。 「とわこが今日着ているあの白いセーター、知ってるか?あれ、ひどいよな!あのセーターは昔、上司に編んでくれたものなんだよ……」 マ
しかし彼女は何も説明する気はなかった。 「子遠、彼に伝えてくれ。とわこは涼太と付き合っているって!」マイクは奏に完全に諦めさせ、とわことの縁を絶たせたかったのだ。 とわこはマイクのデタラメを聞き、すぐに彼の耳からイヤホンを奪い取った。 「子遠、彼の言うことを信じちゃだめ」彼女は冷静に言った。「私と涼太はただのビジネスパートナーよ。それに、このセーターはあなたの社長が返してきたものだから、私がいつ着るかは私の自由。もし将来新しい恋愛を始めたとしても、このセーターを着てデートに行けるわ」 子遠は一瞬黙り、「......」と息を呑んだ。 クソ、マイクめ!とわこと一緒じゃないって嘘をついていたなんて! ただただ気まずい。 「三千院さん、あなたの服だから、好きに着て......マイクにただ愚痴をこぼしていただけで、他意はない。それに、俺も気付いたよ。社長は欠点もある。これからは、俺も自分に言い聞かせる」と子遠は申し訳なさそうに言った。 「......彼、今日出社したの?自宅で休んでるはずじゃ?」とわこは落ち着いて尋ねた。 「医者の言うことなんか聞かないからね。でも、一郎さんが彼を家に送り返した」子遠が答えた。 「そう......」 そこから話が続かず、会話が途切れそうになったとき、子遠は突然言った。「成功を祈りますよ。業界No.1になることを目指してね」 とわこは言葉を失った。「......」 その後、マイクはイヤホンを取り戻し、この微妙な会話を終わらせた。 「とわこ、お前手が器用なんだな。いつか俺にもセーター編んでくれよ?」マイクは冗談めかして言った。 とわこは彼を睨みつけた。 マイクはクスクス笑いながら話題を変えた。「奏って、ホントに怖い男だな!まだお前に未練があるみたいじゃん。お前が彼に刺したナイフ、まだ浅かったんじゃない?」 とわこは彼を訂正した。「そのナイフは私が刺したんじゃない」 「そうか......俺は思うんだ、彼の頭、どっかおかしいんじゃないか?」 とわこは落ち着いた声で言った。「昔、成功哲学の本を読んだことがあるの。そこには、成功者と普通の人の思考は違うって書いてあったわ」 「でも、君はすごく普通だよな」マイクが笑いながら言った。
奏はシャワーを終えたばかりで、髪からは水がポタポタと落ちていた。 片手にタオルを持ち、もう片方の手にはスマホを握っていた。 ニュースの通知が飛び出すと、彼の指先がわずかに震えながらその画面をタップした。 ニュースを読み終えた後、彼の目には冷たい怒りの色が浮かんでいた。 とわこはいつ涼太の愛の証を受け取ったのか? 昨夜彼女が自分に会いに来たのは、新しい恋を始めると言いに来たのか? それが必要なことだったのか? 彼はスマホを棚に投げつけた。 「バン!」ヨーロッパ風の邸宅では、すみれが手にワイングラスを持ち、ワインがグラスの中で揺れていた。 彼女は得意げな表情でネットニュースを確認し、ワインを一口飲んだ。 「アイドルが一番恐れるものは何か知ってる?それはファンが一斉に離れることよ」すみれは遥かの方を向いて言った。「特に恋愛を公表することがアイドルにとって命取りになる。涼太がどれだけ人気でも、この試練からは逃れられないわ」 遥かはすみれに感心しながら言った。「これで、確実に涼太は大ダメージを受けるだろう。彼がこれからどんなに釈明しても、ファンの一部は離れていく」 すみれは満足げに笑った。「今の時代、ハンサムで才能のあるアイドルなんていくらでもいるもの。涼太が一人減ったところで何も変わらないわ」 遥かは少し警戒しながら言った。「まだ早く喜びすぎないで。今人気の男性アイドルの中で、涼太ほど優れた人はいない」 「そんなに彼を持ち上げて、もしかしてあなたも彼のファン?」すみれは不思議そうに遥かを見つめた。 「私がファンで何が悪い?私たちの目標は涼太を潰すことじゃなくて、とわこを狙うことだ。だから、もっと慎重に動いた方がいい」遥かは冷静に言うと、バッグを持ち、邸宅を後にした。 現在、すみれは健介と一緒に住んでおり、遥かもよく食事に来ていた。 遥かが去った後、健介はすみれに言った。「彼女のことは気にしなくていい。自分のやり方で進めばいいんだ。君はビジネスウーマンなんだから、利益だけを考えればいい」 すみれは興味なさそうに「うん」と返事をし、続けて言った。「あなたの娘、私にずいぶんキツく当たるけど、あなたが何か埋め合わせしてくれるべきじゃない?」 「足を揉んであげるよ」健
「本当にぶりっ子だよ!僕が言った通り、彼は君に気があるってことだろ?」マイクは隣に座り、彼らの電話の会話を聞いていた。「もし君が彼に少しでも気があったら、今夜で二人は一緒になってたよ!」 「彼はまだ若いから。若い子は感情的になりやすいのよ」とわこは説明した。「私も若かった時期があるから」 「それは知ってるよ!君が若い時、奏に感情的になって、その結果が今でも続いてるんだろ?」 「......」とわこは返答に詰まった。 「とわこ、Twitterは見ないほうがいいよ」マイクは彼女の頭を優しく撫でながら言った。「ネットの人たちは本当に酷いんだ。言ってることがあまりにもひどすぎて、君を傷つけようとしてるみたいだから、気にしないで」 「私はTwitterなんて見てないわ」とわこは淡々と答えた。「見たとしても、別に私には影響しない。この程度はなんでもないわ」 「それならよかった!」マイクは時計を見て言った。「子遠と夜食の約束があるんだ。先に出かけるよ!何かあったら連絡して」 「早く行って。飲酒はしないでね!」 「分かってる。今日は絶対に飲まない」マイクは何度も約束して、車の鍵を持って家を出て行った。 夜の9時、とわこは子供部屋の電気を消した。 彼女の足音が遠ざかると、レラは兄の腕を引っ張った。 「お兄ちゃん、ママが涼太おじさんを断ったの、ちょっと悲しい。ママ、どうして涼太おじさんのこと好きにならないの?私は涼太おじさんが大好きなのに。彼、すごくカッコいいよ......お父さんだったらいいのにな」 レラはそう言いながら不満げに鼻を鳴らした。 彼女はお母さんの前では、これらの言葉を口に出す勇気がなかった。 なぜなら、お母さんの選択を変えることはできないと分かっていたからだ。 一方で、蓮はこの話に対して非常に冷淡だった。 涼太がどれだけカッコよくて、どれだけお母さんを助けたとしても、この世界でお母さんにふさわしい人はいないと彼は思っていた。 「じゃあ、君が頑張るんだ」 レラの頭の中にはクエスチョンマークがいっぱい浮かんだ。「お兄ちゃん、それどういう意味?全然分からないんだけど」 「頑張って大人になれ。君が大人になったら、彼と結婚すればいいさ」蓮はさらっと言った。 レラ
とわこは最初、彼からのメッセージに気づかなかった。 涼太の弁明の投稿を見た後、すぐに眠りに落ちてしまったからだ。 妊娠初期には吐き気や眠気といった症状が出ることが多く、彼女も最近、いつもより眠気が強くなっていた。以前は時々不眠に悩まされ、メラトニンを頼らないと眠れないこともあったが、今夜はベッドに横になるやいなや、ぐっすりと眠ってしまった。 その眠りは翌朝の5時過ぎまで続き、もしトイレに行きたくなければ、まだ眠っていただろう。 目が覚めた彼女は、まず時間を確認しようとスマホを手に取った。すると、奏からのメッセージに驚いた。彼女は慌ててスマホを持ち、急ぎ足でバスルームへ向かった。 奏からのメッセージはこうだった。「昨日、俺に何か用だったのか?」 昨日? 彼女は頭の中で昨日の出来事を思い返してみたが、奏の元を訪れた記憶はなかった。 待てよ! 彼女はメッセージの送信時間に目を凝らした。 昨晩の10時半?! 背筋に冷たい感覚が走り、彼女は完全に目が覚めた。 バスルームから戻ると、ベッドに横たわりながら、彼からのメッセージを見つめて、どう返信するべきか迷った。 「妊娠していることを伝えるべき?」 しかし、彼は今、静養中だ。この知らせで彼を刺激したくはない。 嘘をつくのも難しい。彼はとても鋭い人だから、簡単に騙されることはない。 彼女はベッドで悩み、苦しんだ末、こう返信した。「一昨日、たまたまあなたの家の近くを通りかかったから、ついでに寄ってみただけよ」 メッセージを送った後、もう眠気は完全に消え失せてしまった。彼女はスマホを握りしめ、天井を見つめながら、心臓が飛び出しそうなほど緊張していた。 ただメッセージを一通送っただけで、なぜこんなにも動揺しているのか。 他の男性に対しては冷静さを保てるのに、彼と向き合うと、いつも簡単に感情が揺さぶられる。 彼女のメッセージには音の通知がないため、彼がまだ寝ているだろうと考え、この時間帯に返信が来ることはないと思っていた。だからスマホを握りしめたまま、少しぼんやりしていた。 目が乾いてきた頃、時間を確認しようとスマホを手に取った。すると、彼からの返信が画面に表示されているのを見つけて、驚いた。 彼
自分が常盤グループの社長であるにもかかわらず、彼女に傷つけられ、心を痛めた挙句、顔を立てて自分からメッセージを送ったのに、彼女はすぐに返信しなかったことを思い出すと、彼の気分は最悪だった。彼の血走った目が彼女から届いたメッセージを見つめ、指が素早く画面上で動いた。「君、満足しているんじゃないのか?」とわこは「......」と黙った。すごい火花が散っている。しかし、彼が一晩中眠れなかったことを考えれば、怒りっぽいのも無理はない。彼女は自分の感情を抑え、辛抱強く返信した。「もう6時だよ、早く寝て!私ももう少し寝たいの」そう返信してから、彼女は再び横になった。彼はそれ以上彼女に返信しなかった。この一戦、彼は見事に敗北したのだ。恋愛においては、いつも先に動いた方が負けるものだ!朝の7時半。常盤家の門がゆっくりと開かれた。千代がバッグを持って出かける準備をしていた。結菜は彼女の背中を見つめ、急いでその後を追った。千代は背後から聞こえる足音に気づいて振り返り、結菜がついてきているのを見て、足を止めた。「結菜、今日は午前中に少し用事があるから、出かけないといけないの。お家で先生が来るのを待って、お勉強しててくれる?いい子でいられるかな?」結菜は首を横に振った。千代は毎日彼女と一緒にいて、彼女はその存在に慣れていたのだ。「どこに行くの?連れてって」千代は眉をひそめた。「駅まで行くのよ。ちょっと遠いし、駅は人が多いわよ。君はきっとそこには行きたくないよ」結菜は人混みが苦手だった。彼女は知らない人たちが怖かったのだ。しかし今日は、試してみたい気分だった。千代は仕方なく、彼女を連れて行くことにした。もし彼女が途中で怖がったら、ボディーガードに頼んで家に帰らせるつもりだった。午前8時半、千代は結菜を連れて駅に到着した。駅は人々で溢れ、押し合いへし合いの状態だった。千代は常に結菜の手をしっかりと握りしめ、彼女の様子を細かく観察していた。結菜は眉をひそめていたが、以前のように恐れたり拒絶したりする様子は見せなかった。しばらくして、千代が待っていた人が待合室から歩いてきた。「結菜ちゃん、どうして来たの?」話しかけてきたのは、以前常盤夫人に仕えていた家政婦の静子だった。今日は
とわこは分かっていた。奏は子どもを奪おうとしたり、無理に何かを強要するような人間ではない。それでも、胸の奥に広がるこの不安は、どうしようもなかった。「とわこ、いったん切るよ。あいつ、まだ俺の車の後をつけてきてる」マイクの声には、奏を振り切ろうとする意思が感じられた。とわこはすぐさま口を開いた。「マイク、スピード出しすぎちゃダメよ!ついて来させとけばいいじゃない。レラの学校の中にまで入ってくるわけじゃないんだから」「わかったよ。あいつ、蒼のこと心配してるんだろうな。蒼が熱出したって聞いたとたん、顔色真っ青になってさ。俺も最初、同じこと思ったからな、また前みたいに、って」マイクの声からは、すでに焦りは消えていた。「じゃあ、あとでちゃんと説明してあげてね。運転気をつけて。私、先に切るね」「うん、わかった」通話を切ったあと、マイクはバックミラー越しに後部座席のレラを見た。レラは唇を尖らせ、目は赤く泣きはらしていた。もう涙は止まっているが、その顔には明らかな不満と不安が浮かんでいる。「レラ、さっきは怖かったか?大丈夫、大丈夫。あいつ、俺に手を出すようなヤツじゃないさ。たとえケンカになったって、俺が負けるとは限らないぞ」マイクは優しくなだめた。「もし彼があなたを殴ったら、もう二度と彼のこと好きにならないもん」レラは真剣な顔で言った。「え?ってことは、今はまだ好きってこと?」マイクは驚いた。レラは眉を寄せ、悩ましげに言った。「彼が、チャンスをくれって言ったでしょ?だから、まだ考えてるの」マイクは思わずため息をついた。「そんなに簡単に人を許すなよ?後々苦労するぞ。とわこにもっと学べって。だって、とわこは......」「だって、彼カッコいいし、お金持ちだし、甘いこと言うの得意だし......だからママは彼の子を3人も産んだんでしょ」レラは真顔で事実を言った。マイクは何も言えなかった。数秒の沈黙のあと、ようやく反論した。「甘いこと言うって?あいつのどこが?」「だって、ベイビーって呼んでくれたもん」マイク「......」確かに、奏みたいなクール系男子がそんな甘い言葉を口にするなんて、よほどの覚悟が必要だったに違いない。レラの心を取り戻すために、どれだけ努力しているのかが見えてくる。約15分後、車は小学校の正門前に
マイクは彼に驚かされて、魂が抜けそうになった。「てめぇ、何俺のスマホ奪ってんだよ?!」マイクは怒鳴り、すぐにスマホを取り返した。電話の向こうで、とわこは一瞬、言葉を失った。誰がマイクのスマホを奪ったの?そんなことできる人がいるの?彼女の脳裏に、奏の顔がパッと浮かんだ。「スピーカーにしろ」奏は目を血走らせながら、マイクに命じた。蒼が熱を出した。彼は今すぐに蒼の様子を知りたかったのだ。奏の声が聞こえてきた瞬間、とわこは息を呑んだ。なぜ奏がマイクと一緒にいるの?今、日本は朝の7時過ぎ。なぜ奏が彼女の家にいるの?「お前が命令すれば俺が言うこと聞くと思ってんのか?社長気取りかよ?」マイクは彼の横暴な態度に付き合うつもりはなかった。奏の表情が瞬時に険しくなり、その目には冷たい怒気が宿った。だが、マイクもまったく怯まなかった。レラはマイクの隣に立ち、険悪な二人の様子を見ていた。今にも殴り合いが始まりそうな勢いに、思わず「うわーん」と泣き出してしまった。「学校遅れちゃう、うぅぅ!」普段めったに涙を見せないレラだけに、その涙は二人の心を一気に落ち着かせた。マイクも奏も、てふためいてレラを見つめた。「泣かないで、レラ!今すぐ学校に連れてくから、絶対遅れないよ!」マイクは片手でレラを抱き上げ、車庫に向かって足早に歩いて行った。奏も娘を追いかけて慰めたい気持ちでいっぱいだったが、自分が近づけば余計に泣かせてしまうだけだと分かっていた。彼は深いため息をつきながら、ひとり庭から出てきた。車に乗り込むと、運転手がすぐに運転席に入り、尋ねた。「社長、どちらへ?」しかし奏は窓の外をじっと見つめたまま、何も答えなかった。運転手は彼がレラと離れがたくて黙っているのだと察し、それ以上は何も聞かなかった。マイクはスマホをスピーカーモードにし、車内に置いた。レラをチャイルドシートにしっかり座らせると、すぐに運転席に戻って車を発進させた。「蒼の様子はどうだ?なんで急に熱出したんだ?」彼は運転しながらとわこに尋ねた。「お昼に暖房が故障して、数時間止まってたの。蒼は温度差に敏感だから」とわこはスマホを握りながら、少し離れた場所へ移動した。「今はもう熱も下がった。でも、多分、帰国は少し延ばすと思う」本当は明日帰国予
蓮が通っている天才クラスは、普通の小学校とは違う。たとえとわこにどれほどのお金があっても、レラをそのクラスに入れることは不可能だった。それに、レラ自身も天才クラスには行きたくないと思っていた。蓮が勉強していることは、彼女には全く理解できないし、興味もわかない。朝、マイクはレラを連れて別荘から出てきた。すると、目の前に黒いロールスロイスが停まっているのに気づき、二人ともその場で固まってしまった。常盤家の運転手が後部トランクを開け、そこから三浦の荷物を取り出していたのだ。マイクはレラの手を握りながら、大股で車の方へ向かった。「これは三浦さんの荷物です。常盤家を辞められたので、社長に言われてここに運んできたんです」運転手は言った。マイクは少し眉をひそめた。「それで、わざわざロールスロイスで運んできたの?」その言葉に、運転手は少し気まずそうに黙り込み、数秒後に苦笑して答えた。「実は社長が車に乗ってまして。朝ごはんを食べに行く、ついでに、ってことで」マイクは皮肉な笑みを浮かべた。レラの手を放すと、車の後部座席の窓に歩み寄り、コンコンと軽くノックした。その瞬間、ウィーンという音とともに窓がスッと下がり、奏の整った冷たい顔立ちが現れた。マイクはにやりと笑って、からかうように言った。「まだ朝の7時半だぞ?社長って、この時間はベッドで優雅に寝てるもんじゃないのか? どこの社長がこんな時間に朝食なんて食べに出るんだ?まさか、昨夜ご飯食べてなかったとか?」奏「......」「ハッキリ言えよ。お前、ウチの朝ごはん食べに来たんだろ?残り物のおにぎりとか味噌汁とかあるぞ?食う気あるなら」マイクが言い終わる前に、奏は無言で車のドアを開けて、車から降りてきた。今度は、マイクが言葉に詰まる番だった。まさか、本気で朝ごはんを食べに来たとか? そのとき、レラが奏の姿を見て、眉をしかめた。すぐにマイクの後ろへ走り寄り、彼の手をぎゅっと握りしめて引っ張った。「奏!もう車に戻れ!レラを泣かせたら、夜にとわこにビデオ電話して告げ口するからな!」マイクが警告するように叫んだ。奏の足がピタリと止まった。彼は、子どもたちに会いたくて仕方がなかった。たとえ、一目見るだけでもいいと思った。レラはマイクの後ろに隠れて、奏を見ようともせず
その言葉は、ただの冗談のつもりだった。だが、三浦はどこかぎこちない表情を見せた。一瞬ぼんやりしたあと、ぎこちない笑顔を浮かべて言った。「たぶん、結菜だけじゃなくて、あの方のことも恋しくなってるからじゃない?今の仕事も一段落したし、そろそろ帰国してもいいと思うわ」とわこは、まだすぐに帰国する気にはなれなかった。蓮とレラはもう学校に通っていて、あまり手がかからない。それに、ここ数日、手術続きで心身ともにかなり消耗していた。もう少し休んでから、帰国のことを考えたかった。このまま帰っても、どうせ家で寝込むだけだ。「もし疲れてるなら、ゆっくり休んで。私は急いで帰る必要ないから」三浦はすぐに空気を読んで、やさしく続けた。「ただ、ちょっと、蓮とレラに会いたくなっちゃって。一日でも顔を見ないと、心がスースーして落ち着かなくなるの」「うん、私も二人に会いたい、でも今は本当に疲れすぎてて。二日くらい休んで、それから帰国しようと思う」とわこは、ようやくそう決めた。奏を避けるために、永遠に帰らないわけにはいかない。「わかったわ。とわこさん、スープ煮ておいたの。飲んだらすぐ寝てね。この数日で痩せちゃったみたいよ」三浦は蒼をベビーベッドに寝かせてから、キッチンへ向かった。蒼はとてもお利口だった。ベビーベッドに一人でいても、全然泣かない。抱っこに慣れている子ほど、離すと泣きやすいのに。「ねえ、蒼。お兄ちゃんとお姉ちゃんに会いたい?」とわこはベビーベッドのそばに立ち、話しかけた。「もうすぐ一緒に帰ろうね?ごはんいっぱい食べたかな?ママに抱っこしてほしいの?」疲れ切っていたはずの彼女も、蒼を見ているうちに自然と笑顔になり、思わず抱き上げてしまった。そのとき、三浦がスープを持って戻ってきた。「やっぱり、蒼を見たら抱っこしたくなっちゃうんでしょ?」「うん。あまりにお利口さんすぎて、なんだか、話が通じてる気がするんだよね」とわこは蒼を抱いてソファに座りながら微笑んだ。「だって、泣かないし、騒がないし、ママが話しかけると、ずっと目を合わせてくれるの。まるで、天使みたい」三浦はスープをテーブルに置いた。「さ、まずはスープを飲んでね」「うん」蒼を三浦に預けて、とわこはスープを口に運んだ。「そういえば、私が今朝病院に行ってる間に、レラから電話
「黒介!俺の息子よ!」黒介の父親が大股で病室に入ってくると、とわこをぐいっと押しのけた。とわこは、この男から自分への尊重を一切感じなかった。まるで、自分をこの病室から叩き出したいかのようだった。彼女はその横顔を見つめ、何か言おうとしたが、理性がそれを止めた。たとえどれだけ黒介を気にかけていても、自分はただの主治医で、彼と血の繋がりもない。ただ手術を請け負っただけの存在。もし彼の家族が手術の結果に満足しているなら、自分の仕事はそれで終わりだ。「三千院先生、さっきは疑ってすみません!」父親はすぐに振り返り、興奮気味に言った。「黒介が俺の声に反応した、これだけでも大きな進歩だ!先生、残りの手術費用は3日以内に口座に振り込む。それ以降、特に問題がなければ、もう連絡はしない」とわこは一瞬、呆然とした。つまり、「お金は払うけど、あとはもう関わらないでくれ」ということ?彼女としては、黒介の術後の回復状況をずっと見守りたかった。それも、医師として当然の責任だった。「白鳥さん、お金はいただかなくて構いません。ただ、術後の経過を見たいんです。それが医師の習慣というか職業倫理なので」とわこは丁寧に申し出た。「三千院先生は、すべての患者にここまで責任を持つのか?」彼は意味ありげな笑みを浮かべた。「もし連絡をもらったら、ちゃんと出るよ。ただ、忙しかったら電話に出られないかも。その時は、責めないでね」とわこは、彼の顔の笑みにどこか不気味さを感じた。普段、人を悪く思ったりはしない方だが、彼の態度はどうしても受け入れがたかった。その言い方は「どうせ電話してきても、出る気なんてないよ」と言っているように聞こえた。本当に黒介を大切に思っているなら、主治医に対してこのような態度をとるはずがない。彼女は怒りに震えたが、ふと視線を横にずらすと、病床の黒介が目に入った。その姿を見て、彼女は怒りを飲み込み、黙った。仕方ない。白鳥の住所はわかっている。いざとなれば、直接家に訪ねればいい。病院を出てから、30分も経たないうちに、彼女のスマホに銀行からのメッセージが届いた。白鳥から、お金が振り込まれていた。その通知を見ながら、とわこは拳をぎゅっと握った。なんて変な家族なんだろう。手術の前は、まるで神様のように彼女を持ち上げ、何を言ってもすぐに
もし本当に黒介のことを愛しているのなら、「バカ」なんて言わないはずだ。奏は一度も結菜を「バカ」だなんて言ったことはない。むしろ、誰かがそんなふうに結菜のことを言おうものなら、彼は本気で怒っていた。それが、愛していない人と、愛している人との違いなのだ。「黒介さんのご家族も、本当は彼を愛してると思いますよ。そうでなければ、あれだけお金と労力をかけて治療を受けさせようとは思わないでしょうし」とわこは水を一口飲み、気持ちを整えながら言った。「それはそうかもしれませんね。でも、だからってあなたに八つ当たりしていいわけじゃない」看護師が静かに頷いた。「私の方こそ、手術前にちゃんと説明しておくべきでした。私の言葉で、黒介さんが普通に戻れるって誤解させてしまったのかもしれません」とわこは視線を病床の黒介に落とした。「そんなの、ただの思い込みですよ。彼の症状が少しでも改善されたら、それでもう十分成功ですって」看護師はとわこを励ますように続けた。「それに、先生…手術代の残り、ちゃんと請求してくださいね?」とわこが受け取ったのは、前払いで支払われた内金だけだった。残金は、手術後に支払うという約束だったが、黒介の家族の態度を見て、とわこはもう残りの金額を受け取るつもりはなかった。彼女がこの手術を引き受けたのは、必ずしもお金のためだけではない。結菜のことがあったからだ。病室でしばらく座っていると、病床の彼が突然、目を開けた。とわこはスマートフォンから目を離し、その目と視線が合った。「黒介さん、気分はどう?」彼女はスマホを置き、優しく問いかけた。「頭が少し痛むかもしれないけど、それは正常な反応よ。私の声、聞こえる?」黒介は彼女の顔をじっと見つめ、すぐに反応を示した。頷いただけでなく、喉の奥からかすかな「うん」という声も漏れた。とわこは、その目の動きも表情も、まったく「バカ」だなんて思わなかった。彼の様子は、結菜が手術後に目を覚ましたときと、とてもよく似ていた。彼女は、奏と口論になった時にだけ、結菜の病を使って彼を怒らせようと「バカ」なんて言ったことがあったが、それ以外では一度もそんなふうに思ったことはなかった。「私はあなたの主治医で、名前はとわこ」彼に自己紹介をしたのは、結菜の時にはそれができなかったからだ。もし時間を巻き
なので、とわこは身動きが取れず、マイクと二人の子どもを先に帰国させるしかなかった。黒介の家族は、術後の彼の反応にあまり満足していなかったが、とわこに文句を言うようなことはなかった。手術前、両者は契約書にサインしていた。とわこは黒介の治療を引き受けるが、手術の完全な成功は保証できないという内容だった。手術から三日目の昼、彼女のスマホが鳴った。着信音が鳴ると同時に、とわこは手早く子どものおむつを替え、すぐにスマホを手に取って通話ボタンを押した。「三千院先生、黒介が目を覚ました。今回は声にも反応してるし、ちゃんと聞こえてるみたいだ」と電話の向こうで話していたのは、黒介の父親だった。とわこは思わず安堵の息を漏らした。「すぐに病院に向かいます」電話を切ると、子どもを三浦さんに託し、車を走らせて病院へと急いだ。病室に着くなり、とわこは足早に中へと入った。「先生、また寝ちゃいました」と黒介の父親は眉をひそめ、不満そうに言った。「これって、まだ手術直後で体力がないから?このままずっとこんな風に寝てばかりなら、手術する前の方がまだマシだったんじゃないか」とわこは真剣な表情で答えた。「大きな手術を受けたこと、ありますか?どんな手術であれ、術後一週間は最も体力が落ちる時期なんです」「いや、怒らないで、三千院先生、あなたを疑ってるわけじゃない。彼がまだバカだ」黒介の父親は手をこすりながら、どうにも腑に落ちない様子だった。その様子に、とわこの神経はピンと張り詰めた。「外で少し、お話ししましょうか」二人で病室を出ると、とわこは静かに語り始めた。「以前、黒介さんと同じ病気の患者さんを診ました。その方は二度の手術を経て、やっと日常生活で自立できるレベルまで回復したんです。しかもそれは術後すぐにできたわけじゃありません。家族の忍耐強い支えと愛情があって、ようやく少しずつ回復できたんです。あなたが黒介さんを心配しているのは分かります。でも、彼を『バカ』扱いするような態度はやめていただけますか?はっきり言いますが、黒介さんが完全に健常者レベルに戻る可能性は、極めて低いです」黒介の父親の目に、失望の色が浮かんだ。「君のこと、名医だと思ってたのになぁ。前の患者はほとんど普通に戻れたって聞いてたけど」「私は神様じゃありません。そんなこと言った
一郎はすぐに察した。「奏、しばらくゆっくり休んだほうがいいよ」彼は空のグラスを手に取り、ワインを注ぎながら続けた。「最近、本当に多くを背負いすぎた」奏はグラスを受け取り、かすれた声で答えた。「別に、俺は何も背負ってない」本当につらいのは、とわこと子どもたちだった。自分が代わりに苦しむべきだったのに。「何を思ってるか、僕には分かるよ。でもな、今の彼女はきっとまだ怒りが収まってない。そんなときに無理に会いに行ったら、逆効果になるだけだ」一郎は真剣に言った。「ちなみに、裕之の結婚式は4月1日。彼女も招待されてる。きっと来ると思う。その日がチャンスだ」だが、奏は何も返さなかった。本当に、その日まで待てるのだろうか。一ヶ月あまりの時間は、長いようで短い。その間に何が変わるか、誰にも分からない。「蓮とレラ、もうすぐ新学期だろ?彼女もきっとすぐ帰国するはずだ」一郎は落ち込む奏を励まそうと、必死に言葉を探した。もし早く帰国するなら、望みはある。でも、もし彼女がずっと戻ってこないなら、それは少し厄介だ。「彼女、アメリカで手術を引き受けたんだ」奏は思い出したように言った。「患者の病状が、結菜と似てる」「えっ、そんな偶然あるのか?」一郎は驚いた。「ってことは、しばらくは帰ってこない感じか。残念だけど、彼女がその手術を引き受けたってことは、結菜のことをまだ大切に思ってる証拠だな」結菜の死から、そう長くは経っていない。とわこが彼女のことを忘れているはずがなかった。二日後。マイクはレラと蓮を連れて帰国した。空港には子遠が迎えに来ていた。子どもたちを見つけると、彼はそれぞれにプレゼントを渡した。「ありがとう、子遠おじさん」レラは嬉しそうに受け取った。だが蓮はそっぽを向いて受け取らなかった。彼は知っている。この男は、奏の側近だと。「レラ、代わりにお兄ちゃんの分も持っててくれる?大した物じゃないから」子遠はすぐに「とわこと蒼は、いつ戻ってくるんだ?」とマイクに尋ねた。「まだ分からないよ。出発の時点では、彼女の患者がちょうど目を覚ましたところだったから」マイクはレラを抱っこしながら答えた。「とりあえず、先に帰ってから考えるよ。ねえ、家にご飯ある?それとも外で食べてから帰る?」「簡単な家庭料理だけど、少し作っておいたよ。
瞳「とわこ、私は奏を責めてないよ。だって、私のことは彼に関係ないし。それに今回は、直美が手を貸したからこそ、奏はあれだけスムーズに大事なものを取り返せたわけでしょ?私はちゃんと分かってるよ」とわこ「でも、あんまり割り切りすぎると、自分が傷つくこともあるよ」瞳「なんで私がここまで割り切れるか、分かる?寛大な人間だからじゃないの。直美、顔がもう元には戻らないんだって。あのひどい顔で一生生きていくしかないのよ。もし私があんな姿になったら、一秒たりとも生きていけないわ。あの子、今どんな気持ちでいるか想像できる?」とわこ「自業自得ってやつよ」瞳「そうそう!あ、さっき一郎からメッセージきて、『今度、裕之の結婚式、絶対来いよ』だって。どういうつもりなんだと思う?」とわこ「行きたいなら行けばいいし、行きたくないなら無理しなくていい。彼の言葉に振り回されないで」瞳「本当は行こうと思ってたけど、今日あんな仕打ち受けて、もう気分最悪、行く気失せた」とわこ「じゃあ今は決めなくていいよ。気持ちが落ち着いてから、また考えよう」瞳「うん。ところでとわこ、いつ帰国するの?蓮とレラ、もうすぐ新学期じゃない?」とわこ「そうね、術後の患者さんの様子を見てから決めるわ。子どもたちはマイクに先に送ってもらうつもり。学業には影響させたくないし」瞳「帰国日決まったら、必ず教えてね」とわこ「分かった」スマホを置いたとわこは、痛む目元を指で軽くマッサージした。「誰とメッセージしてたんだ?そんな真剣な顔してさ」マイクがからかうように聞いてきた。「瞳よ、他に誰がいるのよ?」とわこは目を閉じたまま、シートにもたれかかった。「へぇ、ところでさ、奏から連絡あった?」マイクは興味津々で続けた。「今回、彼は裏切ったってわけじゃないよな?直美とは結局結婚しなかったし、脅されてたわけでしょ?その理由ももう分かってるし......」「彼を庇うつもり?」とわこは目を見開いて、鋭くにらんだ。「事実を言ってるだけじゃん!」マイクは肩をすくめた。「誓って言うけど、誰にも頼まれてないから。ただ、彼の立場になって考えてみたんだよ。あいつ、プライド高いからさ、自分の過去が暴かれるなんて絶対に許せなかったんだと思う」「その通りね」とわこは皮肉気味にうなずいた。「だからこそ、私や子