Mag-log in奏がビルの一階に入った瞬間、フロアにいる社員たちが一斉に声を上げる。「社長、おはようございます!」「新年明けましておめでとうございます!」「ご復帰おめでとうございます!」その勢いに、奏は思わず足を止める。「社長、これは一郎さんの指示です」副社長が近づいてきて説明する。「見れば分かる」奏は淡々と答える。「あいつはもう来てるのか」「はい。社長室でお待ちです。まず会議になさいますか、それとも社員への新年ボーナス配布を先に?」「先に配る」「皆さん、社長に直接お会いしたがっています。今年は社長ご自身で配られてはいかがでしょう」「分かった」奏は大股でエレベーターへ向かう。オフィスに入ると、コーヒーを飲んでいる一郎の姿が目に入る。一郎は机の上に置かれた大きな袋を目で示す。中にはボーナスの封筒が詰まっている。「下の連中、みんなお前に会いたがってる。だから今年はお前が配れってさ」「分かってる」奏はデスクの向こうに座る。懐かしい感覚が、少しずつ体に戻ってくる。自分の仕事、自分の野心。すべてが目の前に浮かび上がる。「昨夜さ、お前の妹と電話してて、寝不足で目が開かない」一郎はため息をつく。「遠距離ってマジでつらい。今飲んでるコーヒーより苦いよ。あいつ、昼休みしか時間ないから、俺は毎晩一時まで起きて電話してる」その熱量に、奏は少し感心する。「今は何も持ってない相手に、そこまで必死になるのか。まさか本気でトップモデルになると思ってるわけじゃないだろ。もしそうならなかったらどうする」「お前、俺のこと浅く見すぎ」一郎はすぐに言い返す。「むしろトップモデルになんてなってほしくない。大金稼ぐようになったら、俺なんて見向きもしなくなるだろ。今は無名で金もなくて、世間も知らない。だからこそ俺にフィルターかかってるんだよ」「分析は悪くない」奏は鋭く言い切る。「その様子だと、桜にだいぶ振り回されてるな」「は?俺が振り回されてる?」一郎はコーヒーカップを勢いよく置く。「全然そんな自覚ないんだけど」奏は鋭い視線を向ける。「常盤グループのCFOともあろう人間が、なんでそんなに下手に出る。たとえ桜が将来トップモデルになったとしても、お前の前じゃただのきれいな置物だ」一郎は思わず吹き出す。「お前、自分の妹にひどいこと言うな。
奏は画像を拡大し、内容を確認した瞬間、眉をきつくひそめる。すぐに真へ電話をかける。真は一瞬で出る。「真、お前は今、最低な真似をしてるって分かってるのか」奏は怒りをぶつける。「こんな卑劣なことをする人間じゃないと思ってたのに、まさか……」「その通りだ」真は彼の言葉を遮る。「僕を罵るのは構わない。でも結菜のことは責めるな」奏の呼吸が荒くなり、歯を食いしばる。「今日はバレンタインデーだ。結菜が今日入籍したいって言ったから、俺はそれに応えた」真は理由をはっきり伝える。「今朝六時から役所に並んでた」口まで出かかった罵声は、そのまま飲み込まれる。誰にだって幸せを求める権利がある。結菜にも。もし彼女の意思で決めたことなら、真を責めても意味はない。「真、お兄ちゃんから電話来てるの?」電話の向こうから結菜の声が聞こえる。今のままだと、もっとひどいことを言ってしまいそうで、奏はそのまま通話を切る。冷静になる必要がある。ここ数日、結菜はずっと真と一緒にいる。スキーに行き、昨夜ようやく戻ってきた。遅い時間だったから、そのまま真の家に泊まっている。結菜にはもう真がいる。自分の出番は、もうない。とわこは前から、この気持ちと向き合えと彼に言っていた。そこへ千代がやって来る。「旦那様、結菜と真さん、どうかなさいましたか」さきほど名前が聞こえたので、気になっていたのだ。「入籍した」奏は短く告げる。「事前に何も言わずに、今日いきなり手続きした」千代の表情がわずかに変わる。「結菜ったら、本当にわがままですね。こんな大事なこと、どうして黙っているのでしょう」「本当に何も聞いていないのか?」奏は問い返す。「荷物、きれいにまとめてあっただろう」千代は慌てて説明する。「入籍の話は聞いておりません。ただ、お正月に真さんの家に泊まることを、旦那様が特に反対なさらなかったので、結婚も問題ないと思って……それに結菜、前から何度も真さんと結婚したいとおっしゃっていました。あれほど一つのことにこだわるのは、初めて見ました」その説明に、奏は納得する。「今日はバレンタインだから、その日に合わせたんだろう」「ロマンチックではありますね」千代は思わず笑う。「旦那様、もうお二人は入籍されたのですし、あまり怒られないほうがよろし
「もちろん。また来ていいって思ってくれるなら、絶対に帰ってくるよ」「どうして嫌がるなんてことあるの」とわこはそう言ってから、ふと思い出して尋ねる。「今日、一郎の家に行ったんでしょ。大丈夫だった?」「ははは、全然平気!」桜は今日の出来事を思い出して笑う。「今日の来客、私ひとりだけだったし。ちょっと退屈なくらいで、特に問題はないよ。あとはね、あの人の親が子どもの頃の黒歴史をいっぱい暴露してて、本人はキレそうになってたけど」「一郎にそんな話あるの?」とわこは興味津々で聞く。「あるある。たとえば十歳のとき、まだおねしょしてたとか。それにお母さんのハイヒールこっそり履いてたし、女の子にラブレター書くとき、お母さんの口紅盗んでハート描いてたんだって」桜は笑いすぎて体を折る。「子どもの頃、ずいぶん濃い人生送ってるね」とわこは感心する。「なんかさ、子どもの頃はちょっと抜けてたっぽいよね。うちの兄とは全然違う」「あなたのお兄さんの黒歴史、まだ誰からも聞いたことないよ。みんな口をそろえて優秀だって言うし。でもそれだと、ちょっとつまらないかも」とわこはそう言いながら、一郎のほうが人間味があって面白いと感じる。「うちの兄は顔がいいから。一郎なんて相手にならないよ。それだけで女の人はみんな兄を選ぶでしょ」桜は今の年頃らしく、見た目を重視している。「一郎だって悪くないと思うけど」「普通かな。お母さんの美人遺伝子、全然引き継いでないし」「遺伝ってほんと不思議だよね」「ほんとに。もしあの人と付き合って、子どもがあの人に似たら、私たぶんキレる」桜は思わず本音を口にする。とわこは思わず笑う。「口では文句ばっかり言ってるけど、結局は好きなんでしょ」「ちょっとはね。それに、あの人以外に言い寄ってくる人もいないし」桜はため息をつく。「こんなに美人なのに、なんでまともなイケメンが現れないのかな」アメリカでは毎日トレーニングばかりで、新しい人と出会う機会もないし、恋愛している暇もない。「決勝でトップ3に入れば、いろんな人と知り合えるよ」「うん。まずはコンテストに集中する。他のことはそのあとでいいや」気がつけば、七日になる。会社勤めの人にとって、休みは完全に終わりだ。朝、涼太がやって来て、レラを迎えに行く。そのあと、とわこは自分と
奏はひどく困惑している。「七日から出勤するつもりか。頭のケガは俺よりずっと重いのに、本気で行かせると思ってるのか」「出勤しないよ。蓮と約束してるの。一緒に旅行に行く」とわこは自分の予定を伝える。「その間、あなたは仕事に行って。私は息子を連れて遊びに行くから」奏はまるで置いていかれたような顔になる。「遊びに行くのに、俺はなしなのか」彼はもう半年近く休んでいる。あと数日遊んだところで、会社がどうにかなるわけでもない。「レラも行かないよ。涼太のところで数日過ごすって言ってる」とわこは説明する。奏は眉をぐっと上げる。「俺がもう少し遊んで何が悪い。どうして俺を予定に入れないんだ」「じゃあ、あなたは娘と一緒に涼太のところに行けばいいでしょ」とわこは落ち着いた声で言う。「分かってるでしょ。蓮はあなたと旅行したがらない。あなたも行くって知ったら、きっと外に出たがらなくなる」奏は深く息を吸う。「奏、今回は蓮のほうから、一緒に出かけたいって言ってきたの」とわこは続ける。「がっかりさせたくないの」つまり、一緒に来ないでほしいということだ。ここまではっきり断られて、無理に同行するわけにもいかない。「分かった。あいつが自分から言い出したなら、好きに行ってこい」奏はすぐに気持ちを切り替える。「どこに行くつもりだ。どれくらい行く?」「遠くには行かないよ。長くても一週間。すぐ新学期が始まるから」「そうか」奏は数秒考えてから言う。「俺はおまけ扱いみたいだし、仕事に戻るか」「仕事したくないなら、家で蒼と遊んであげればいいじゃない」「夜、帰ってきてからでも遊べる」彼は決断する。「ずいぶん遊んだし、そろそろ気を引き締める」「うん。先にお風呂入ってくるね」とわこはパジャマを手に、浴室へ向かう。三十分ほどして、彼女が浴室から出てくると、奏はすでに眠っている。穏やかな寝顔を見ていると、思わずスマホを手に取り、写真を一枚撮る。そして瞳に送る。「昼は麻雀、夜はベッドに入った瞬間に熟睡。睡眠薬より効く」瞳からすぐに返信が来る。「ははは、ちょっとコメディっぽいよね。うちは今、旦那と夜食中。明日また集まる?外に出たくなければ、こっちから行ってもいいよ」とわこ「起きたら予定を聞いてみるね」瞳「いいね。そういえば、桜は今日一郎の家に行ったよね。何
蒼はもがきながら床に降り、自分の小さなボールを抱えて奏のもとへ持っていく。しかし奏にはその意図が分からず、三浦に尋ねる。「ボールを投げてほしいんですよ。それを拾ってくる遊びです」三浦が説明する。それを聞いて奏は、ペットの犬と遊ぶ光景を思い浮かべる。飼い主がボールを投げて、犬が取ってくるあれだ。まさか自分の息子もこの遊びが好きとは思わなかった。しかも、犬の役をやっているのは息子のほうだ。彼は無言で息子を見つめ、それから仕方なくボールを投げる。すると蒼はお尻を突き出して、嬉しそうにトコトコと走って取りに行く。しばらくして、一郎が桜を送り届けて戻ってくる。父と子がボール遊びをしているのを見て、思わず茶化す。「いやあ、いい光景だな。奏、お前、子どもの世話うまいじゃん。うちの母さんが犬の散歩するより上手いかもな」その瞬間、奏の顔が一気に険しくなる。「一郎、兄を犬扱いするのはいいけど、蒼を犬扱いするな」桜のほうがさらに冷たい表情で言い放つ。「なんであんたのことがこんなに気に入らないのか分かった。口を開けばイラッとすることしか言わないからだわ」そう言い残すと、さっさと客室へ戻っていく。一郎はその背中を見送りながら、呆然とする。「え、なんでだよ。今の冗談だろ……俺たち普段からこういうノリで話してるじゃん。なんで本気にするんだよ」奏もまだ険しい顔のまま。「どうして俺の息子を犬に例える」一郎は口を開きかけるが、蒼を侮辱するつもりはなかったとどう説明していいか分からない。奏はさらに言う。「俺の息子は犬よりずっと可愛い」「もういい、帰る」一郎は呆れてその場を離れる。普通に話していただけなのに、なぜ急に子ども自慢になるのか。一郎が帰ったあと、三浦が蒼をお風呂に連れていく。奏は二階へ上がる。レラと蓮はすでに眠っている。とわこは主寝室でパジャマを用意し、これから入浴するところだ。奏の姿を見ると、すぐに彼の分のパジャマを渡す。「蒼と遊んでどうだった?上にいても笑い声が聞こえてたよ」「蓮が一緒に遊びたがらない理由が分かった。確かにちょっと幼いな」奏は苦笑する。「でも自分の息子だからな。楽しかった」「そう。じゃあお風呂入ってきて。終わったら話があるの」彼女は軽く背中を押す。浴室の前で彼は立ち止まり、彼女
裕之はベッドを叩いて大笑いする。「今の答え、お母さんが聞いたらショックで倒れるぞ」蒼は何を言われているのかまったく分からず、ぽかんと彼を見る。そのあと気にせず、自分でビスケットをつかんで食べ続ける。しばらくして、とわこが二階にやって来る。裕之はさっきのやり取りをそのまま話す。とわこは笑いながら説明する。「まだそんな難しいことは分からないよ。食べるかどうか、水を飲むかどうか、それくらいしか理解できないの」「なるほどな。さっき俺が笑ったとき、なんであんな目で見られたのかと思った」裕之は少し顔を赤くする。「そんなに深く考えてないってば」とわこは笑い、蒼の手からビスケットを取り上げて抱き上げる。「下に行って遊ぼうか」とわこが下に降りると、奏はすぐに彼女を見る。「とわこ、代わってくれないか。俺が子どもを見る」瞳が笑い出す。「とわこが言ってたでしょ、あんた麻雀やると眠くなるって。そんなに催眠効果あるの」「君の牌をあがるのが怖いんだ。負けて機嫌悪くなったら困るだろ」奏は本音を口にする。「やっぱり俺がやるよ。とわこが入ったら、ますますあがれなくなる」「その言い方ほんと嫌い。私が勝ってるのは実力だからね」瞳は不満そうに言う。「麻雀なら私、かなり強いんだから」「瞳、僕が代わるよ」裕之が口を挟む。「ずっと座ってたし、そろそろ疲れただろ。少し休め」ちょうどやる気も削がれていた瞳は立ち上がる。「裕之、絶対に手加減しないでよ。今夜ベッドで寝るかソファで寝るか、自分で決めなさい」ずっと横で見ていた瞳の母が口を挟む。「瞳、奏さん、何回もあがらずに見逃してたわよ。あなたが勝ってるのは、あの人が譲ってるから」瞳は言葉を失う。少し眠気があったのに、母の一言で一気に目が覚める。「瞳、こっち来てフルーツ食べよう」とわこが声をかける。「とわこ、昨日ちゃんと寝たの?こんなにうるさいのに、よく昼寝できるね」瞳は隣に座り、カットされたフルーツをつまむ。「昨日はよく寝たよ。最近仕事してないから、ちょっと寝すぎかも」「わかる。今日はみんな来てるから平気だけど、普段なら絶対昼寝してる」「この旅行雑誌、誰が買ったの?すごく綺麗」とわこは雑誌を見せる。「うちのお母さん。旅行好きなの。仲良しグループがあって、お父さんが暇じゃないときはその人たちと出
いまの彼女と弥の関係を考えれば、弥が余計な嫌がらせをしてこないだけでも御の字だ。いいモノをやるなんて、どうせろくでもない企みだろう。彼女の頭の中には嫌な想像ばかりが浮かぶ。また何か罠を仕掛けてきたんじゃないの?「見ればわかるさ。保証する、絶対いいモノだ」弥の笑い声が電話の向こうから聞こえてくる。「今どこにいる?人をやって届けさせる」そこまで言うのなら、逆に確かめてやろうじゃないか。とわこはほんの数秒考え、答えた。「会社に送って」もし奏の家に届けば、間違いなく彼の目に触れる。それは避けなければならなかった。「分かった」弥はそれだけ告げ、通話を切った。とわこがマンシ
とわこは皮肉っぽく言った。「先生には、明日あなたが保護者会に行くって伝えておいたわ。入学書類を書くとき、お父さんの欄が空欄だったから、レラのお父さんが誰か先生が分からないかと思って」奏の胸に鋭い一撃が突き刺さった。「この前、俺たちが結婚したってニュースがTwitterのトレンドに上がっただろ?娘の先生が知らないわけないじゃないか」「私たちが結婚したのは事実だけど、それで先生がレラのお父さんが誰かまで分かるとは限らないでしょ?私たちが結婚したからって、私の子どもが全部あなただなんて限らないわよ」とわこはさらに容赦なく突き刺す。「分かったよ。じゃあ、そのまま先生にメッセージを送って
薬の効果はすぐに現れ、とわこは深い眠りに落ちた。日本。一郎は仕事を終えたあと、車を桜の住むマンションへと走らせた。ちょうど敷地の前に車を停めた瞬間、夕食を提げて帰ってくる桜の姿が目に飛び込んできた。彼女はスマホをいじりながら歩いていたため、一郎が待ち構えていることに気づかない。門の前まで来たとき、不意に大きな手が彼女の腕をつかんだ。「きゃっ!」魂が抜けるほど驚いた彼女の悲鳴に、一郎自身も冷や汗をかいた。「俺だ」警備員や通りがかりの人々が一斉に二人に視線を向ける。一郎は桜を引き寄せ、自分の車へ急いだ。警備員が慌てて追いかけてくる。「その娘さんを離しなさい!」
視界がにわかに滲み、胸の奥がぎゅっと締めつけられた。とわこは唇をかみしめ、悲しみを必死にこらえる。「とわこ、どうして黙ってる?」真は彼女の息が重くなったのを察し、慌てて言い直した。「無理ならそれでいいんだ。結菜はまだ、君が僕を見つけたことも知らない。奏の妹じゃないことも、黒介が本当の兄だってことも、彼女は何も知らないままでいい。僕は伝えたくないんだ」「真、私は結菜を助けたい。どうしても助けたい。でも黒介は今、隠されてるの」涙を拭きながら、とわこはかすれた声で言った。「これからも方法を探すわ」「隠したってことは、金を要求されてるのか?」真は鋭く核心を突く。「いくら欲しいって?」







