一時間後、運転手は空港で奏を迎えた。奏が車に乗り込むと、運転手が尋ねた。「社長、どちらへ向かいましょうか?」奏はこめかみを揉みながら少し考え、「会社へ行こう」と答えた。「かしこまりました」車が走り出してからしばらくすると、運転手はバックミラー越しに奏の表情を伺った。ちょうどその瞬間、奏の視線がミラー越しにぶつかった。「どうかしたか?」「いえ、実はとわこさんを家にお送りした時、彼女が電話で誰かと口論しておりまして」運転手は一瞬ためらったが、正直に話すことにした。「電話の相手が『社長がプロポーズしてない』とおっしゃり、それを聞いたとわこさんの顔が真っ赤になって、電話を切ってしまったんです」とわことマイクが口げんかをするのはいつものことだったが、運転手にとっては初めての光景だったため、深刻に受け止めていた。しかも彼の言葉が少々大げさだったせいで、奏はとわこが深く傷ついていると思い込んでしまった。誰かに『プロポーズされてない』なんて言われてとわこが怒るなら、ちょうどゴールデンウィークにプロポーズをすればいい。そう思いついた奏は、即座にプロポーズ計画を立て始めた。しかし彼には経験がなかったため、まずはみんなの意見を聞くことにした。彼はグループチャットを開いて、メッセージを送信した。奏「ゴールデンウィークにとわこにプロポーズしようと思ってる。何かいいアイデアはないか?」一郎「もう結婚日程決めてただろ?なんで今さらプロポーズなんてする必要があるんだ?」子遠「社長、ロマンチックな雰囲気を作りたいんじゃない?ゴールデンウィークにプロポーズして、6月1日に結婚、素敵ですね」裕之「瞳と旅行中に家族の協力でプロポーズしたよ。宿泊先の部屋を飾り付けて、可愛い照明とバラの花を並べて、ムードのある音楽を流して、最後に指輪を取り出して片膝ついて、感動で泣かせたぜ」奏「それ、ベタじゃないか?」一郎「ベタだな」子遠「ベタすぎる」裕之「でも瞳は本当に感動して泣いたんだぞ!?超感動したって言ってくれたし」奏「だからお前らは夫婦になったんだろう」一郎「ぷっ!」子遠「社長は外でプロポーズするつもりですか?それとも家の中で?」裕之「ふん、奏さんは特別なプロポーズを望んでるんだから、外に決まってるっしょ。家の中じゃ僕み
帰り道、運転手が尋ねた。「とわこさん、どちらへ向かいますか?」「家に帰るわ」とわこはお腹もいっぱいで、少し眠気を感じていた。彼女はスマホを開き、メッセージが来ていないか確認した。マイクからドローンで撮影した映像のスクリーンショットが数枚届いていた。マイク「今朝は最初の目標エリアを重点的に見回ったよ。全部で七軒、窓の外に赤い物を置いてる家があったけど、一軒一軒確認した結果、君の患者は見つからなかった。午後も続けて探す」とわこは、マイクの手際の良さに少し驚いた。とわこ「ありがとう。お疲れさま」マイク「やっと起きたの?昨夜、奏の家に泊まったって聞いたけど?今どこ?まだ奏の家にいるなら、俺もご飯ご馳走になりに行っていい?」とわこ「もうあの家にはいないわ。今朝、変な連中が来たのよ。だから私が追い出してやった」マイク「マジかよ!?そんなに怒ったの?相手、客だったんだろ?」とわこ「私の性格、まだ知らないの?あの人たちがまともじゃないって分かってたからよ。それに、結婚したら彼のことは家族のことでもある。彼がすごく嫌がることなら、私も変わる努力をする」マイク「まあ確かに、夫婦は家族だもんな。もし奏に何かあれば、間違いなく君にも影響あるしな。昨夜、蓮を叱ったって本当?」とわこの頬が少し赤くなった。「誰に聞いたの?」マイク「今朝、子どもたちが君がいないのを見て、ママは怒って出て行ったんだって思ったらしくてさ。それで昨夜の修羅場がバレた。でも子どもたちのことは心配いらないよ。三浦さんが朝、千代さんに電話してたから、みんな君が奏と二人っきりの時間を過ごしてるって知ってる」とわこ「言葉のチョイス、ちょっと用があって行っただけよ」マイク「あんな夜中に、どんな用があったんだよ?」とわこ「.......」マイク「あはははは」とわこはスマホをテーブルに置き、彼のことを無視することにした。しばらくして、マイクから電話がかかってきた。画面に表示された名前を見て、とわこは少しだけ躊躇ったが、結局出た。「とわこ、ゴールデンウィークはどう過ごすつもり?奏は付き合ってくれそう?」「それはまだ考えてないわ」毎日そこまで忙しくはないけれど、暇というわけでもない。子どもが三人もいれば、やろうと思えばいくらでもやることはある。「子
奏は困ったような顔を浮かべながら、周囲に向けて言った。「彼女はお酒に弱くてね。一口でも飲めば、すぐに酔っちゃう。で、酔うと暴れ出すんだ。口も悪くなるし、テーブルだってひっくり返す。それでも構わないなら、一杯、飲ませようか?」彼の話に合わせて、とわこはすぐさまワイングラスを手に取った。「ちょっ、ちょっと待て!それはやめよう」誰かが慌てて声を張り上げた。「せっかく久しぶりに集まったんだ。酒の席が台無しになったら意味がない、とわこさん、グラスを置いてくれ」しぶしぶながらも、とわこはグラスを置いた。そのとき、ウェイターが料理の乗ったトレイを運び入れてきて、間もなくテーブルいっぱいのご馳走が並べられた。とわこは空腹でたまらなかったので、すぐに笑顔で声をかけた。「みなさん、料理がそろいました!遠慮せずに食べてね」そう言うと、すぐさま箸を取り、肉料理を頬張った。普段から贅沢三昧の彼らは、肉料理など食べ飽きていた。だからこそ、肉ばかりを選ぶとわこの様子が目について不快感を抱いたのだった。とくに彼らの女性の同伴者たちは普段あまり肉を食べないのだ。「とわこ、そんなに肉を食べて、太るの、怖くないのか?」と、ある男性がイラ立ちを込めて声をかけてきた。とわこは笑顔のまま、こう返した。「奏がね、私のこと痩せすぎって言うの。だからお肉を食べると、彼が喜ぶのよ」「でも、俺から見たら別に痩せてないけどな。君の体型なんて、ごく普通......」「あなたは私の旦那じゃないから、どう思われようが関係ない」彼をまっすぐに見つめて、とわこはさらに続けた。「それに、私は人にあれこれ言うオヤジ臭い男が一番嫌い。私は礼儀ってものを重んじてるから、嫌いなことでも黙って我慢してたの。でもそっちが先に口出ししてきたから、私も言わせてもらっただけ」この言葉で、奏以外のテーブルの男たちは全員、完全に敵に回った。場の空気は一気に重くなった。奏はそれを察し、グラスを手に立ち上がる。このまま険悪ムードで料理を無駄にするのは本意じゃない。「とわこはまだ若いし、世間のことをよく知らない。皆さん、広い心で受け止めてやってくれ。この一杯、彼女に代わって俺から。どうか水に流してくれ」彼はそう言って、グラスの酒を一気に飲み干した。ようやく男たちは少し笑顔を見せ、食事が始まった
しばらくすると、奏ととわこは、手をつないだまま階下へと降りてきた。彼らの指を絡めた手に、集まった全員が厳しい目を向ける。「外でご飯でも食べようか」奏が皆の前に立ち、穏やかに提案した。「今出れば、ちょうど店に着く頃だ」「いいね。でも彼女、その格好で行くのか?」誰かがとわこの服装を見て、遠慮のない一言を放った。「奏、お前、そんな格好で連れて行って恥ずかしくないのか?」奏はちらりととわこを見た。彼女はシンプルなパジャマ風のワンピースを着ていて、少しシワも寄っている。足元はフラットな室内履き。確かにカジュアルすぎる格好だが、彼の目には清潔感があり、爽やかにさえ映っていた。今ここには着替えも靴もないし、何より彼女は空腹だった。だからこそ、今は食事に行くのが最優先なのだ。奏はひと言も返さず、ただ彼女を一瞥しただけで、そのまま話題を受け流した。すると、とわこは、問題発言をした男の方へ目を向け、にっこりと微笑んだ。「無理して付き合っていただかなくて結構。私と一緒に食事するのが恥ずかしいという方は、来なくてもいいから」その場の空気が凍る。誰もが反論したそうな顔をしつつも、明確な言葉を返せない。なぜなら、彼女は裸なわけでもなく、服を着てることには変わりない。そして何より、奏本人が全く気にしていない。ならば、他人がとやかく言う筋合いはないのだ。とわこは皆が黙り込んだのを確認し、奏に笑顔を向けた。「行きましょ!お腹ぺこぺこ」まずは腹ごしらえしないと、口での戦いに勝てるエネルギーも出ないわ。一行は車でレストランへと移動した。ほどなくして店に到着した。人数が多かったため、奏は個室のバンケットルームを予約していた。女性連れの客も何人かいたため、男性テーブルと女性テーブルに分けようという提案が飛ぶ。そのタイミングで、ある男が奏を男テーブルへ引っ張っていった。それを見たとわこは、全く動じることなく、そのまま奏の隣へ当然のように着席した。「私たち、交際してから毎回一緒に座って食事してるの。これが愛の約束なんだ」と、とわこは満面の笑顔で他の男性たちのこわばった表情を見渡しながら続けた。「もし私が邪魔だって思うなら、そちらが隣のテーブルに移動してください」本当に「邪魔だ」と思っている者は多かった。でも奏の前でそんな
「お前、よくそんなの我慢できるな?それってめちゃくちゃ損してないか?お前って金あるし、女に困ることなんてないだろ?とわこなんか捨ててさ、他の女と子ども30人くらい作れよ。もちろん全員常盤って苗字でな」奏「......」とわこ「......」「そうだよ!お前、女を見る目どうなってんだ?あのとわこって女、全然礼儀を知らないじゃん。さっきだって俺らがいるの見ても、挨拶すらしなかった。完全に俺らのこと無視だよな」「本当、常識ないよ。傲慢な女なんだろうな。お前、よく我慢してるよ」「奏、とわこなんかやめてさ、俺らがもっといい女紹介してやるよ。結婚スケジュールにも響かないようにするからさ」「そうそう、うちの妹、ずっとお前のファンなんだよ。見た目はとわこより可愛いし、スタイルなんて最高だぜ!間違いなくお前を幸せにしてくれるって」奏は丁寧に断った。「とわことは長い付き合いだ。彼女以外、俺はいらない」階段の踊り場。しゃがみ込んでいたとわこは、その言葉をはっきりと耳にした。普通なら感動するところだろう。でも彼女の頭の中には、さっきの連中の下品で失礼極まりない言葉が繰り返されていた。礼儀がなってない?パジャマ姿で挨拶しに行ったら、それが礼儀っていうの?それに、「妹を紹介する」だの「新しい女にしろ」だの、ふざけるのもいい加減にしてほしい。彼女は奥歯をギリギリ噛みしめながら、立ち上がり、わざと大きな足音を立てて床を踏み鳴らした。そう、わざとだ。「私はさっきからずっとここで聞いてたのよ」って、やつらに思い知らせてやりたかったのだ。案の定、その音が聞こえた瞬間、リビングはシーンと静まり返った。全員が一斉に音のする階段の方へ目を向ける。やがて足音が消えると、みんなようやく視線を戻した。「え?さっきあの女、上に行ったよな?今の足音って誰だよ」「まさかこの家、とわこみたいに非常識な女がもう一人いるとか?」皮肉たっぷりの声が飛ぶ。「ま、少し休憩しよう。俺、様子見てくるよ」奏は笑いを堪えながら、ソファから立ち上がった。二階。とわこは奏のクローゼットで服を探す。昨晩、寝巻き姿のまま来たので、着替えを探していたのだ。確か以前はここに自分の服も置いていたはず。だが、探せど探せど、女性用の服は一枚も見つからない。
とわこはその場に固まってしまった。まさか今日、奏が家に客を招いているとは思ってもいなかった。というのも、奏は普段、自宅に客を招く習慣がない。それに、リビングにいた人たちは声をあまり上げておらず、彼女が階下に来るまで気配すら感じなかったのだ。数秒間、皆の視線が集中したのち、とわこの顔がパッと赤く染まった。彼女は慌ててくるりと背を向け、足早に階段を駆け上がった。下りてくるときはまるで羽のように軽やかだったのに、上っていくときは、ドンドンと雷のごとく大きな音を立てていた。リビングでは、皆が視線を元に戻した。「奏、あの女が君の結婚相手か?」「彼女、前に見たあの女じゃないか?あのとき、君を殺しかけたって話だったよな?」「どうりで見覚えあると思ったら、やっぱりあの女か!おいおい、奏、お前って案外一途なんだな」「まあまあ、彼女、奏の子どもを産んだんだろ?しかも三人も。一応、評価できるんじゃないか」「でもさ、奏って子ども嫌いだろ?」「ははっ、他人の子は嫌いでも、自分の子どもなら可愛いんじゃないか?」みんなが思い思いに口を開き、当事者の前で遠慮なく話していた。奏は少し顔を赤らめながらも、内心は静かだった。過去にどれだけ憎しみ合っていたとしても、今の彼ととわこは、すべてを水に流していた。二階。とわこはもう部屋の前まで来ていたが、ふいに脳裏に何かがひらめいた。その瞬間、足が止まる。彼女の頭に浮かんだのは、さっきリビングにいたあの男たちの顔だった。前に会ったことがある。以前、山林の別荘にいたとき、彼女は彼らのうち数人を見た覚えがあった。何人かは初対面だったが、間違いなく数人はそのときの顔ぶれだった。彼らがどうして突然、ここに現れたのだろうか?奏が招待したのだろうか?それとも勝手に来たのだろうか?奏と彼らの間に、何らかの関係があるのだろうか?とわこは直感的に思った。彼らはまともな人間ではない。実は、彼女が以前関わった患者の一人が、このグループの中にいたことがある。その患者は以前、羽鳥教授の診察を受けており、手術の際には彼女が教授のアシスタントを務めていた。彼女はその患者の大まかな素性を知っていた。アメリカのグレーゾーンで活動する商人だった。医者という立場上、患者が善人か悪人かで診療を拒否するわ