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五百円診察料を巡る冤罪、追い詰められた医者の逆転劇

五百円診察料を巡る冤罪、追い詰められた医者の逆転劇

By:  ジンジャー王Completed
Language: Japanese
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母は一生をクリニックに捧げ、診察料はたったの五百円しか取らなかった。 僕がクリニックを引き継いでからも、母の教えを守り、誠心誠意、村人たちの治療に当たってきた。 だが、あるインフルエンサーに診察料の五百円を請求したことがきっかけで、ネット上で「悪徳クリニック」「金のために命を弄ぶ」と激しく非難された。 村中の老若男女が僕のもとに押しかけ、取り過ぎた金を返せと迫ってきた。 僕は彼らの望み通り、すべての診察料を返金し、自らの手でクリニックを閉めた。 「皆さんのご希望どおり、クリニックは閉鎖します。 今後、体調を崩された場合は、三十キロ離れた市立病院で受診してください。どうかご自愛を」 ところが翌日、再び人々は僕の家の前に集まった。 ただし今度は、クリニックを再開してほしいと懇願するためだった。

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Chapter 1

第1話

「三千円?ぼったくりじゃないの!」

そう言い放ったのは、つい最近村に戻ってきたばかりのインフルエンサー、浅桐未桜(あさぎり みお)だった。

彼女はただ慣れない環境で、軽い下痢を起こしていただけだ。僕は最も穏やかな整腸薬を処方したにすぎない。

「浅桐さん、この薬は原価が二千五百円なんです。診察料として五百円しかいただいていない、高くはないですよ」

「嘘つかないでよ!」

彼女は手にしたスマートフォンを振り、画面をこちらに突きつけた。

「今ネットで調べたけど、まったく同じ薬が二千円で売られてる!しかも送料無料よ!

診察料が五百円だけですって?あんたたちみたいな田舎のクリニックには国から補助金が出てるでしょ?それ、全部自分の懐に入れてるんじゃないの?」

補助金?

僕は一瞬言葉を失い、苦笑した。

あの補助金は申請手続きが煩雑なうえ、焼け石に水にすぎない。

仕入れの手間を省くため、僕は昔から顔なじみの製薬工場を自ら回って薬を仕入れている。効き目がよく、副作用が少ないものを選ぶためだ。

思えば、名門大学を卒業した当時、いくつもの大病院から声がかかった。

だが村長が訪ねてきて、村は市内から遠く、高齢者や子どもが診察を受けるのがあまりにも不便だと訴え、戻ってきてくれないかと頼んだのだ。

幼い頃、父を早くに亡くした僕と母を支えてくれた村人たちへの恩を思い、僕はその願いを受け入れた。

こうしてこの村の医者になって、もう五年になる。

この手の理不尽な患者には、これまでも何度か出会ってきた。僕はすぐに壁に掲げてある料金表を指し示した。

「すべての薬の価格は公開されています。仕入れにも費用がかかりますし。あなたから一銭たりとも余分には取っていません」

「へえ、見た目だけはちゃんとしてるのね」

未桜は腕を組み、鼻で笑った。

「でもね、こういうぼったくりのやり方は、世間知らずの田舎者しか騙せないのよ」

そう言って白い目を向けると、クリニックの内外で順番を待っていた患者たちに向かって声を張り上げた。

「みんな見て!この医者、ぼったくりしてるわよ!私たちをカモにして金を搾り取っているだけよ!」

その言葉と同時に、周囲の視線が一斉に僕へと集まった。そこには値踏みするような疑念が混じっていた。

すると、隣の家の小さな女の子――吉田琴代(よしだ ことよ)が人混みをかき分けて出てきて、頬をふくらませながら未桜をにらみつけた。

「未桜さん、嘘つかないで!大城先生はいい人だよ。

この前、私が熱出したとき、診てくれたうえにお菓子もくれたの!とっても優しいんだから」

胸の奥に温かいものがよぎり、僕は思わず彼女に微笑みかけた。

だが、未桜の顔色は一変した。彼女は僕が出した薬をスマホでスキャンし、その画面を琴代の目の前に突きつけた。

「よく見なさいよ。ネットじゃ二千円。それなのにこの人は二千五百円取ってる。きっちり五百円も上乗せしてるのよ!

このガキ!飴玉ひとつで丸め込まれて、将来は人さらいにでも騙されるような馬鹿になるわね!」

「……!」

琴代は悔しさで目に涙を浮かべた。

「言葉を慎んでください」

僕は表情を曇らせた。

「よく見てください。これは別の製薬会社の製品です」

僕は彼女のスマホに表示された画像の違いを指摘した。

「こちらが出した薬は精製技術が優れていて、副作用も少ない。その分、原価が高いんです」

だが彼女は、まるで弱みを握ったかのように、さらに得意げに笑った。

「言い訳ね!そんな説明、ネットの専門家がとっくにデマだって否定してるわ!」

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第1話
「三千円?ぼったくりじゃないの!」そう言い放ったのは、つい最近村に戻ってきたばかりのインフルエンサー、浅桐未桜(あさぎり みお)だった。彼女はただ慣れない環境で、軽い下痢を起こしていただけだ。僕は最も穏やかな整腸薬を処方したにすぎない。「浅桐さん、この薬は原価が二千五百円なんです。診察料として五百円しかいただいていない、高くはないですよ」「嘘つかないでよ!」彼女は手にしたスマートフォンを振り、画面をこちらに突きつけた。「今ネットで調べたけど、まったく同じ薬が二千円で売られてる!しかも送料無料よ!診察料が五百円だけですって?あんたたちみたいな田舎のクリニックには国から補助金が出てるでしょ?それ、全部自分の懐に入れてるんじゃないの?」補助金?僕は一瞬言葉を失い、苦笑した。あの補助金は申請手続きが煩雑なうえ、焼け石に水にすぎない。仕入れの手間を省くため、僕は昔から顔なじみの製薬工場を自ら回って薬を仕入れている。効き目がよく、副作用が少ないものを選ぶためだ。思えば、名門大学を卒業した当時、いくつもの大病院から声がかかった。だが村長が訪ねてきて、村は市内から遠く、高齢者や子どもが診察を受けるのがあまりにも不便だと訴え、戻ってきてくれないかと頼んだのだ。幼い頃、父を早くに亡くした僕と母を支えてくれた村人たちへの恩を思い、僕はその願いを受け入れた。こうしてこの村の医者になって、もう五年になる。この手の理不尽な患者には、これまでも何度か出会ってきた。僕はすぐに壁に掲げてある料金表を指し示した。「すべての薬の価格は公開されています。仕入れにも費用がかかりますし。あなたから一銭たりとも余分には取っていません」「へえ、見た目だけはちゃんとしてるのね」未桜は腕を組み、鼻で笑った。「でもね、こういうぼったくりのやり方は、世間知らずの田舎者しか騙せないのよ」そう言って白い目を向けると、クリニックの内外で順番を待っていた患者たちに向かって声を張り上げた。「みんな見て!この医者、ぼったくりしてるわよ!私たちをカモにして金を搾り取っているだけよ!」その言葉と同時に、周囲の視線が一斉に僕へと集まった。そこには値踏みするような疑念が混じっていた。すると、隣の家の小さな女の子――吉田琴代(よしだ ことよ)が人混
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第2話
「成分は同じなんだから、効果にそんな差が出るわけないでしょ?ただもっと儲けたいだけじゃないの?」未桜はショート動画を再生した。そこには、いわゆる「医学専門家」と名乗る人物が、唾を飛ばしながら「高額な薬なんて、無知な人間をカモにして金を搾り取っているだけだ」と声高に批判している姿が映っていた。それを目の当たりにした村人たちの視線が、完全に変わった。信じてもらえない。その感覚が、胸の奥をざわつかせる。だが同時に、未桜に理屈が通じないことも理解していた。しかも後ろにはまだ大勢の患者が並んでいた。これ以上時間を無駄にするわけにはいかない。「ネットで買えば同じだとお考えでしたら、ご自身で購入なさってください。あなたの病気はもう診ません。今後、当クリニックには来ないでください」僕は手を伸ばし、その薬を取り返そうとした。だが彼女は薬をぎゅっと握りしめ、憤然として言い返した。「なに?後ろめたいから証拠を隠したいの?渡さないよ!これは証拠として取っておくんだから!」なんて理不尽な――怒りで思わず拳に力がこもった。そのとき、後ろの患者が顔をのぞかせ、小声で急かしてきた。「大城先生、もうすぐ私の番なんですが……頭がまだ痛くて」僕はそれ以上相手にせず、未桜を外へ押し出した。「出ていってください!」結局、彼女は一銭も払わず、薬だけを持って去っていった。この件はそれで終わると思っていた。だが翌日、クリニックのシャッターを開けた瞬間、目の前の光景に思わず一歩後ずさった。入口の前には、黒山の人だかり。村中の老若男女が、ほとんど全員集まっていた。その視線は、これまでのような親しみや敬意ではなく、怒りと軽蔑に満ちていた。「金を返せ!」誰かが叫んだのを合図に、群衆は一気にざわめき立った。「大城晶(おおしろ あきら)、余分に取った金を返せ!」「これだけ信じてやってたのに、裏でぼったくってたのか!」僕は呆然とその場に立ち尽くし、頭が真っ白になった。「何の話ですか……?何を返せと言うのですか」人混みをかき分けて、村長が前に出てきた。痛ましげな表情で僕を見つめた。「大城先生、どうして村のみんなから金を搾り取るような真似をしたんだ?」そう言って、彼はスマホを差し出した。画面に表示されていたのは、
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第3話
その言葉を合図に、群衆の怒りは完全に爆発した。いつも僕のところで無料のマッサージを受けていた青木陽子(あおき ようこ)が、よろよろと前に出てきて、震える手で僕を指さしながら罵った。「この前、腰が痛いって言ったら、あんた半月もかけて治しただろう!わざと効きの遅い治療をして、金を多く取ろうとしたんじゃないのかい!」僕は言葉を失った。あれは彼女の体に負担をかけないよう、最も穏やかな施術を選んだ結果だった。あのとき彼女は、僕の手を握りしめて何度も感謝していたはずなのに。続いて渡辺京一郎(わたなべ きょういちろう)が息子を連れて押し出てきた。険しい顔で怒鳴りつけた。「この前、うちの息子が足を骨折したとき、お前が接骨しただろう。あれもぼったくってたに違いない。さっさと金を返せ!さもなきゃ、クリニックを叩き壊すぞ」はっきり覚えている。あの事故は真夜中に起きた。僕は寝床から飛び起き、応急処置を施し、夜明けまでかかってようやく手当てを終えた。それでも受け取ったのは材料費の六千円だけだった。それだけではない。かつて僕が死の淵から引き戻した佐藤悠(さとう はるか)までが、今ではへらへらと笑いながら未桜の配信カメラの前に立ち、僕を指さして見世物のように扱っている。「みなさん、こいつが俺に違法な手術をした悪徳医者です!今でも傷が痛むんですよ!腕が悪かったせいで後遺症が残ったに違いない!」彼の手は機械に巻き込まれて無残に損傷していた。あのとき僕はやむなく屋外で緊急のデブリードマンと縫合を行い、なんとか彼の手を救ったのだ。だが今、その命を救った事実が、逆に僕を罪に陥れる「証拠」として語られていた。「あなたたち……よくもそんな無情なことを」母が駆け出してきた。痩せた体で僕の前に立ちはだかり、怒りに震えていた。「この子がどんな人間か、私が一番よく分かってる。みんなのために大病院の仕事を捨てて、こんな貧しい村に戻ってきたのに……どうしてこんな仕打ちをするの」しかし、誰一人として耳を貸さなかった。彼らの目にあるのは、煽られて膨れ上がった怒りと欲望だけだった。そのとき、一台の車が道端に止まった。制服姿の職員たちが降りてきて、厳しい表情で告げた。「住民からの通報を受けました。無資格医療および薬価の不当吊り上げの疑
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第4話
未桜の言葉に、その場はまるで雷に打たれたかのように、一瞬静まり返った。次の瞬間、彼女は群衆の中から岩本里奈(いわもと りな)を引っ張り出した。里奈は目を泳がせ、僕と視線を合わせようとせず、蚊の鳴くような声で口を開いた。「か、彼は……この前、腰の治療をしてくれたとき、マッサージを口実に体を触ってきて……」群衆は一気に沸き立った。そこへ村長もすかさず前に出て、僕を指さした。「それに、お前の出した証拠の金額が本当かどうかも分からん!聞いた話では、前から製薬会社の人間と結託して、仕入れ額を水増しし、リベートを受け取っていたそうじゃないか」言い終わるや否や、見知らぬ男が人混みをかき分けて現れ、自分は製薬会社の従業員だと名乗った。「証言できます。こいつの伝票の金額は全部嘘です!うちの社長と組んで、ずっと金を騙し取っていたんです」隣にいた調査チームの役所の職員は顔色を変え、厳しい口調で告げた。「もし事実であれば、これは詐欺行為に当たります。刑事責任を問われることになりますよ」滑稽だ。人を救ってきたことが、罪になるのか。僕はクリニックの隅にある防犯カメラを指さし、一語一語はっきりと言った。「僕がセクハラをしたかどうかは、防犯カメラが証明してくれます。それに、この製薬会社の社員という人は、僕は全く知りません。僕が仕入れている工場も、彼らが言っているところとは別です。通話履歴も送金記録も、すべて調べれば分かります」調査チームはすぐに人員を割り振り、確認に向かった。計略が破れたと見るや、未桜はすぐに次の手を打った。「みなさん、話を逸らされないでください。彼の一番の問題は、無資格医療です」彼女は悠を指さし、声高に言い放った。「佐藤さんの手は、この人が勝手に手術してダメにしたんです!」その言葉に合わせるように、悠は腕を押さえて大げさに叫び出した。「そうだ!こいつだ!クリニックで違法な手術をしたんだ。今でも傷がずっと痛む。後遺症が残ったに決まってる」役所の職員の顔は、もはや最悪の表情を浮かべていた。「無資格医療および傷害の疑いが事実であれば、あなたの医師資格は即時取り消しとなります」僕は口を開き、なおも何か言おうとした。だがそのとき、未桜が数歩で母の前に詰め寄り、侮蔑の眼差しを向
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第5話
シャッターが下り、二つの世界を隔たった。扉の外には、金を拾い合うことで露わになった人間の醜悪な狂騒。扉の内には、虫の息の母と、僕だけが残された。外の喧騒にはもう一切耳を貸さず、僕はすぐに119番へ電話をかけた。母を抱きしめながら、途切れぬように声をかけ続け、これまで学んできたすべての知識を総動員して彼女のバイタルを維持しようと努めた。やがて救急車が到着し、僕は母を背負って飛び乗った。車が村の入口を離れたその瞬間、僕は一度も振り返らなかった。あの、生まれ育った場所とは――今日をもって完全に縁を断ったのだ。市立病院に到着し、慌ただしい救命処置の末、母はどうにか一命を取り留めた。医師の説明によれば、激しい怒りによるストレスで心筋虚血を起こしたとのこと。搬送がもう少し遅れていれば危険だった。病室のベッドで、青白くも安らかに眠る母の顔を見つめながら、胸にのしかかっていた巨大な重石が、ようやくわずかに緩んだ。ふと時間ができ、時間をつぶそうとスマホを開いて動画を見ようとしたところ、よりにもよって未桜の配信が表示された。画面に映っていたのは、見慣れた村の入口。金を手にした村人たちは、まるで勝利でも収めたかのように、満面の笑みを浮かべていた。中でも未桜は、得意げに顔をほころばせ、今にも天に届きそうなほど鼻高々だった。配信の視聴者に向けて、彼女は「悪徳医者」を暴いた自分の手柄を誇らしげに語っていた。その背後では宴席が設けられ、村人たちが酒を酌み交わし、笑い声が絶えなかった。「さっき一万円以上拾ったぞ!大城は自腹切ってるとか言ってたけど、どう見ても相当儲けてたな!」「金になるのに稼がないわけないだろ?同じ村の仲間とか言ってても、本気で搾り取るときは黙ってやるもんだ」「今回は未桜ちゃんのおかげだよ。あいつがいなきゃ、今でもあの悪党に騙されてたわ」「そんなくだらない話はやめろ、飲め飲め!はははは!」歓声と罵声が入り混じるその音を聞きながら、僕は無表情でスマホを閉じた。昨日まで親しく接していた村人たちが、たった一晩で仇敵のように変わった。人の心ほど読めないものはない――その言葉の意味を、ようやく思い知った。だが、それでいい。彼らの本性を早いうちに見抜けたのだ。これで、もう無駄な期待を抱くこともない。
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第6話
「先生……僕が間違っていました」僕は声を落として言った。「もう村は離れました。クリニックも閉めました」「それでいい!むしろ遅すぎたくらいだ!」金井教授の口調は、ようやく少し和らいだ。「外に出た以上、もうあんな厄介ごとは忘れろ。今はネットでいろいろ言われているだろうが、腕さえあれば食いっぱぐれることはない。ちょうどいい、僕の教え子が市内で高級私立病院を開いていてね、人手を募集してる。君のことは話しておいた。人材を惜しむ性格でね、ぜひ来てほしいと言ってる」そこまで言ってから、金井教授は少し言い淀んだ。「ただな、晶。君は基礎は申し分ないが、村に長くいた分、今の病院の現場からはやや離れてる。それに世間の評判も今はよくない。だから、いきなり主治医クラスの待遇にはできない。まずは助手として手術に入り、現場の感覚を取り戻すところからだ。それでも構わないか?」「やります!」僕はほとんど間を置かずに答えた。「ありがとうございます、先生!こんな僕に手を差し伸べてくださって……」今の僕にとって、それは千載一遇の再起の機会だった。たとえ助手からの出発で、冷たい視線や苦労が待っていようとも……自分の腕さえあれば、いずれ必ず取り戻せる。そう信じていた。その後の二日間、僕はまるで独楽のように動き回った。昼は市内で物件を見て回り、契約の手続きを進め、私立病院の面接準備に追われた。夜は病院へ戻り、母の看病――体を拭き、食事を口に運ぶ。目の下の隈を見て、母は胸を痛め、涙ぐんだ。「晶……母さんのせいで苦労をかけてしまって……こんなふうに行ったり来たりさせて……」僕は微笑みながら、布団の端を整えてやった。「何言ってるんだよ。今は目標ができたんだ、多少大変でも気持ちは前向きだよ。面接に受かったら、今度は市内に引っ越そう。広い家に住んで、もうあの人たちに振り回されることもない」母の病室を出て、支払いに向かおうとしたそのとき、ロビーで見覚えのある顔が目に入った。未桜、青木さん、渡辺さん……村の連中だ。案内カウンターの前に群がり、顔を真っ赤にして看護師に詰め寄っていた。「なんでこんなに高いんだい!CTを一回やるだけで六千円以上?ぼったくりじゃないのか!」青木さんは請求書を振り回し、唾を飛ばして叫んで
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第7話
その声で、全員の視線が一斉にこちらへ向いた。「本当に大城先生だ。ああ、やっと会えた」「大城先生、ちょっと来てくれ。この病院、ひどすぎるんだ!」彼らは一斉に押し寄せ、あっという間に僕の行く手を完全に塞いだ。顔には馴れ馴れしい笑みを浮かべ、これまでのいざこざなど最初からなかったかのようだ。一方で、未桜は顎を少し上げ、当然のように命じてきた。「大城さん、ちょうどいいところに来たわね。渡辺さんの子どもを診てあげて。熱が高いのに、この病院は待ち時間が長すぎるのよ」それを受けて、渡辺さんもすぐに子どもを僕の前へ押し出した。「大城先生、うちの子、もう二日も熱が下がらないんだ。この病院は血液検査だなんだって、やたら手間ばかりかけて、なかなか薬も出してくれない。先生が一番経験あるんだから、ちょっと胸の音を聞いて、薬を出してくれよ!」青木さんも割り込んできて、しわくちゃのCTの報告書を僕の胸に押しつけてきた。「そうそう、大城先生、これも見ておくれよ。この医者は骨棘があるって言って、リハビリを勧めてくるんだけど、ぼったくりじゃないのかい?あんたがちょっとマッサージしてくれればそれで済むだろう?」次々と差し出される手を前に、僕は一歩後ろへ下がった。「今の僕は医者じゃない。ただの患者の付き添いだ。診てもらいたいなら、ここの医者に頼め」そう言い残し、体をずらして彼らを避けようとした。すると未桜が焦ったように前へ出て、僕の前に立ちはだかった。「大城、調子に乗らないでよ!みんながあんたに診てもらうって言ってるんだから、ありがたいと思いなさいよ!今まで散々ぼったくってきたんだから、タダで診るくらい、あんたがみんなに返すべき借りでしょ」青木さんも僕の袖をぐいと掴んだ。「そうだよ!何だいその言い方は!みんな同じ村の仲間だろう?ちょっと手を貸すだけの話じゃないか、なんでそんな偉そうにするんだい」「離せ」僕は強く振り払った。その勢いで青木さんはよろめき、危うく未桜にぶつかりそうになった。僕はその場にいる全員を見渡し、冷ややかな声で言い放った。「まず言っておく。クリニックは君たち自身の手で潰した。ネットで僕を悪徳医者だの無能だのと罵り、診る資格がないと決めつけたのも君たちだ。その僕に、今さら何を求め
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第8話
しかし、そんな景気のいい空気は長く続かなかった。わずか一週間後、SNSや配信のコメント欄で、一部の人々の態度に変化が見られた。村人たちの書き込みが相次ぐ。【この司先生、市立病院より高くないか?診察料最低でも二千円からって……】【ほんとそれ!薬もやたら高いし、飲んでも効かないどころか、うちの子の熱がもっとひどくなった!】【やっぱり大城先生のほうが良かった……五百円の診察料で治ったのに……】だが、こうした不満のコメントはすぐに未桜の配信モデレーターによって削除されていった。その夜、未桜は配信で涙ながらに訴えた。「みなさん、司先生が言ってました。皆さんの病気が治らないのは、あの悪徳医者、大城が長年粗悪な薬を使い続けたせいで、体そのものが弱ってしまっているんです!今飲んでいる高い薬は、その毒を排出するためのものなんです」事実を捻じ曲げたその言葉は、再び無知な村人たちを煽り立てた。そして怒りの矛先は、またしても僕へと向けられた。やがて僕は、裁判所からの訴状と期日呼出状が届いた。彼らは結託し、「粗悪薬の使用による身体への損害」を理由に、巨額の賠償を求めて僕を訴えてきたのだ。その書面を手にしても、怒りは湧かなかった。ただ、呆れるほど滑稽に思えた。この間、僕は何もしていなかったわけではない。あの司医師を見た時点で、僕はすぐに私立探偵を雇い、その正体を調べさせていた。同時に、彼が村人に処方していた「特効薬」をいくつか入手し、専門の検査機関へ回していた。そして今、そのすべての結果が、僕の手元にある。開廷当日、未桜と村人たちが金を出し合って雇った弁護士は、流れるような弁舌で僕を追及した。悠や青木さんらは「被害者代表」として証言台に立ち、涙ながらに僕の罪を訴えた。傍聴席には司医師とその他の村人たちが座り、僕を睨みつけていた。だが僕は動じることなく、すべての証拠を順に裁判官へ提出した。「裁判長、こちらが僕の提出する証拠です」僕は最初の資料を示し、落ち着いた声で続けた。「これは薬剤の検査報告書です。司医師が特効薬と称しているものの主成分は、でんぷんと微量のビタミンにすぎません。原価は百円にも満たない。それを数万円で販売してる、これは明白な偽薬です」法廷がどよめいた。未桜と司医師の顔が、一
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第9話
今や僕は、その高級私立病院で揺るぎない地位を築いていた。確かな臨床の基礎力と、あの村での五年間で積み重ねた経験を武器に、僕はすぐに助手の中から頭角を現した。三か月後、難度の高い冠動脈バイパス手術において、僕は急遽執刀を任され、寸分の狂いもなく手術を成功させた。その一件で、僕は一躍名を上げた。院長は異例の判断で、僕を心臓血管外科の主治医クラスへ引き上げた。給与は倍になり、病院のストックオプションまで与えられた。ここには、道徳の押し付けも、不条理な言いがかりもない。患者の多くは高い教養を持つ人たちで、技術を尊重し、医師という職業にも敬意を払ってくれた。「大城先生、お疲れさまでした」そんな心からの一言が、僕に医師としての誇りを取り戻させてくれた。もうあの村の人間とは、一生関わることはない。そう思っていた。だが、彼らは突然、僕の住むマンションの下に現れた。村長を先頭に、村中の人間が集まって、その場にひざまずいていた。窓越しに見る彼らは、涙を流しながら自分の頬を叩き、必死に許しを乞うていた。「大城先生、俺たちが間違っていました……欲に目がくらんでたんです」「どうかもう一度だけ、機会をください」僕はカーテンの陰に立ったまま、その光景を見つめていた。やがて母が隣に来て、小さくため息をついた。「身から出た錆ね。私は四十年、あの村で彼らを診てきた。あんたも五年……四十五年も尽くしたんだから、父さんが亡くなった時に受けたあの程度の情けなんて、もう十分に返し終えたはずだ」僕はその話をそれ以上続けず、母に向かって微笑んだ。「母さん、旅行に行こう。ずっと海を見てみたいって言ってただろう?ちょうど有給休暇も残ってる。一緒に行こう」母は一瞬驚いたように目を見開き、やがて、涙をにじませながら微笑んだ。「そうだね」
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