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第3話

Author: 雨嫌や
父さんは箸をバンッと激しく食卓に叩きつけた。

「幸人!お前はどうしてそんなに聞き分けがないんだ!」

父さんは立ち上がり、青筋を立てて怒鳴った。

「翼の体が弱いって分かってるだろ?翼はもう……」

父さんはそこから先を言葉にできなかった。

俺は、知らなかった。

俺が知っているのは、兄さんの顔色がいつも青白く、時々ひどく咳き込むこと、そして父さんと母さんがいつも悲しそうな目で兄さんを見ているということだけだった。

それが何を意味するのか、幼い俺には理解できなかった。

「どうして!どうして全部お兄ちゃんのものなの!」

俺は泣き叫びながら椅子から飛び降り、向かいに座っている兄さんを指差した。

「お兄ちゃんなんか死んじゃえ!僕のものを全部返してよ!」

兄さんはハッとして口を開いたが、声は出なかった。

母さんが勢いよく立ち上がり、俺の頬を思いきりビンタした。

あんなに強く打たれたのは、それが初めてだった。

兄さんは俺を庇おうと飛び出してきたが、母さんにきつく抱きとめられた。

「この子には痛い目を見せなきゃダメよ!言っていいことと悪いことがあるって、教え込むの!」

翌日、俺はキッチンで父さんと母さんが話しているのを盗み聞きした。

「あと9年……」

母さんは泣きながら言っていた。

「分かってる」

父さんの声はしゃがれていた。

「9年……もう9年しかないなんて……」

その時初めて、俺は知った。兄さんは本当に死んでしまうのだと。

兄さんの頭上に浮かぶ、家族以外の他人には見えないあの数字が、兄さんの命のカウントダウンなのだと。

……

思い出から現実に意識を引き戻すと、リビングでは、目を真っ赤にした父さんと母さんが、慎重に兄さんを部屋へ連れて行くところだった。

その光景を見ていて、俺は急に鼻の奥がツンとした。

「やっぱり……幸人を出してやろうか」

父さんの声は弱々しかった。

「あの子には、もう少しだけ我慢してもらいましょう」

母さんがしばらく黙り込んで、やっと口を開いた。その声は、すべての力を使い果たしたかのように疲れ切っている。

「せめて……翼には、この誕生日を穏やかに迎えさせてあげたいの。今日だけ、この最後の一日だけだから」

母さんが手を挙げて、目元を拭うのが見えた。

「幸人も分かってくれるわ」

母さんはまるで自分に言い聞かせるように言った。

「翼がいなくなったら、私たち……あの子にはしっかり埋め合わせをしてあげましょう」

父さんはこれ以上何も言わずにキッチンへ向かい、戸棚から小さなパンを一つ取り出すと、物置部屋の方へ歩いてきた。

「幸人」

父さんは物置部屋のドアの前に来ると、しゃがみ込んで小声で言った。

「パンを持ってきたぞ。お腹が空くだろうから、少し食べなさい」

俺はふわりと父さんの前に近づき、しゃがみ込んで父さんを見つめる。

父さんの目は充血し、目尻のシワは去年よりもずっと深くなり、もみあげにはすでに白髪が混じっている。

まだ40歳のはずなのに、まるで50歳のように老け込んで見える。

父さん、俺はここだよ。俺、もう死んじゃったんだ。中に入って俺を見てよ――俺は必死に呼びかけた。

しかし、父さんには何も聞こえていない。

「幸人?」

父さんがもう一度呼んだ。

俺は手を伸ばしてその頬に触れようとしたが、指は父さんの体をすり抜けてしまった。

「はあ」

父さんはため息をつき、がっかりしたように立ち上がった。

「この子……まだ意地を張っているのか」

父さんはパンをドアの前の床にそっと置いた。

「じゃあ、大人しくしてるんだぞ。もう騒がないでくれ。兄さんがいなくなったら……父さんが必ず、お前にしっかり埋め合わせをするから」

父さんが俺の死に気づくことはなかった。

もういいんだ、父さん。埋め合わせなんて、もうしなくていいよ――俺は父さんの背中を見つめながら、静かに呟いた。

その機会は、もう永遠に訪れないんだから。

父さんが立ち去った後、廊下は再び静けさに包まれた。

リビングから微かな物音が聞こえてくる。

母さんは兄さんの部屋から出てきて、そっとドアを閉めると、そのまま廊下でぼんやりと立ち尽くした。

物置部屋のドアを見つめたまま唇を噛み締め、まるで何かと葛藤しているかのように、しばらくその場から動かなかった。

やがてこちらへ歩いてきて、さっき父さんがしゃがんでいた場所に同じようにしゃがみ込んだ。

「幸人」

母さんの声はとても細かった。

「お母さんを恨まないで、ね?

お母さんだって、あなたに辛い思いをさせてるのは分かってるの」

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