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第5話『不良債権、優良銘柄へ覚醒す』

last update publish date: 2026-05-17 19:05:46

 帝都ガルデアの東部開発特別区。

 ここは帝国が推し進める「大魔導輸送網」の要となる巨大な運河と街道の建設予定地である。しかし、広大な荒野に立ち並ぶ作業用テントの数とは裏腹に、工事の進捗は私の手元の計算書が示す「目標ライン」を大幅に下回っていた。

「……遅いですね。岩盤が予想以上に固く、手作業と旧式の魔導重機では掘削に通常の三倍の時間がかかっている。これでは人件費と資材のリース代だけで、初期予算を五十パーセントもオーバーしてしまいます」

 私は土埃の舞う現場を見渡し、冷徹に損益分岐点を再計算した。

 このままでは、ただの金食い虫の巨大公共事業として帝国の財政に重くのしかかる。有能な経営者としては、一秒でも早くこの「ボトルネック」を解消しなければならない。

「というわけで、ルカ殿下。本日の業務内容をご説明します」

 私は後ろを振り返り、真新しい作業着姿の第二皇子へと声をかけた。

 ルカ殿下は昨日私が渡した「金貨十枚の特注チョコレート」の包み紙を大事そうにポケットにしまい込みながら、どこか落ち着かない様子で周囲を見回していた。

「お、おう。今日は土木作業って言ってたよな。具体的に何を吹き飛ばせばいいんだ?」

 彼の登場に気づいた現場の作業員たちが、顔面を蒼白にして後ずさっていく。

「は、破壊の皇子殿下だ……! なんでこんな現場に!?」

「逃げろ! 魔法の巻き添えを食らったら骨も残らないぞ!」

 そんな怯えの声が波のように広がる。

 ルカ殿下は少しだけ傷ついたように目を伏せたが、すぐに強がるようにフンと鼻を鳴らし、ポケットに両手を突っ込んだ。

「ほら見ろ。僕が来ただけで工事なんてストップだ。どうせ僕の魔法なんて、周りを壊して怖がらせるだけなんだよ。……おいエルゼ、やっぱり僕なんか連れてこない方が……」

「被害妄想は業務の妨げになります。前を向いてください」

 私は弱音を吐きかけた彼をピシャリと遮り、分厚い設計図の束を広げて彼の胸に押し付けた。

「吹き飛ばすのではありません。『創造』するのです。殿下には今から、この東部特別区を貫く全長十キロメートルの運河の基礎掘削と、掘り出した土砂を用いた街道の地盤固めを同時に行っていただきます」

「……は? 十キロ? 同時に?」

「はい。ただ穴を掘るだけではありません。指定された深度三メートル、幅十メートルをミリ単位の誤差で維持し、さらに側面を土属性の魔法でガラス質にまで圧縮・硬化させて水漏れを防ぎます。そして余った土砂は隣接する街道予定地に敷き詰め、岩盤と同等の強度にまで圧縮してください」

 私が淡々と告げた要求スペックに、ルカ殿下だけでなく、遠巻きに聞いていた現場監督たちも目をひん剥いた。

「無茶苦茶だ! そんな精密かつ広範囲の土木魔法なんて、宮廷魔術師が百人集まって一カ月かけても不可能です!」

 現場監督が思わず叫ぶ。

 ルカ殿下も設計図を見つめたまま、信じられないというように私を見た。

「エルゼ……お前、本気で言ってるのか? 僕の魔力は出力が高すぎるんだぞ。こんな繊細なコントロール、やったことない。もし失敗して暴走したら、この一帯の地形が変わっちまうぞ!」

「やったことがないから、出来ないと? 殿下、それは『挑戦』から逃げているだけの言い訳です」

 私は彼に一歩近づき、その黄金の瞳を真っ直ぐに射抜いた。

「昨日の給湯施設で、私は確信しました。あなたの魔法が暴走していたのは、力が強すぎるからではありません。ただ『明確な完成図(ビジョン)』と『正しい出力を受け止める器』を与えられていなかったからです」

 私は彼の胸元、心臓のあたりを指先でトン、と軽く叩いた。

「殿下は天才です。この設計図の通りに魔力を編み上げることなど、あなたなら息をするように簡単にできるはずです。私を信じて、あなたの『価値』をこの荒野に刻み込んでください」

 私の迷いのない断言。

 一パーセントの疑いも持っていない、絶対的な『投資家としての信頼』。

 ルカ殿下は息を呑み、私の顔と、手元の設計図を交互に見つめた。そして、何かを振り払うように深く息を吐き出すと、真剣な表情で荒野の真ん中へと歩み出た。

「……ミリ単位の誤差も許さない、だったな」

「ええ。納期は『今すぐ』です」

 ルカ殿下は両手を広げ、大地を見据えた。

 次の瞬間、彼の全身から黄金色の魔力が立ち昇り、周囲の空気が重圧でミシリと鳴った。作業員たちが悲鳴を上げて地面に伏せる。

 しかし、爆発は起きなかった。

 代わりに起きたのは、信じられないほど静かで、かつ圧倒的な大地の『変革』だった。

 ゴゴゴゴゴゴ……ッ!!

 地鳴りとともに、ルカ殿下の足元から前方十キロメートルに渡って、一直線に大地が「割れた」のだ。いや、割れたのではない。不要な土砂が宙に浮き上がり、まるで目に見えない巨大なナイフでケーキを切り抜くように、完璧な直方体の溝が形成されていく。

「なっ……なんだあれは……!」

「土砂が……生き物みたいに動いてる……っ!?」

 宙に浮いた莫大な量の土砂は、そのまま隣の街道予定地へと移動し、猛烈な圧力で圧縮されていく。

 同時に、掘削された運河の側面は、ルカ殿下の放つ超高熱の魔力によって一瞬にしてガラス化し、太陽の光を反射してキラキラと輝き始めた。

「魔力の波長を均一に……深度三メートル……幅十メートル……」

 ルカ殿下は額に汗を浮かべながら、ブツブツと呟き、ただひたすらに設計図の数値を具現化していく。

 それはもはや魔法というより、神の御業に近い光景だった。

 圧倒的な暴力の象徴だった彼の魔力が、今は完全なる統制のもと、精密な芸術品を創り上げている。

 わずか十五分後。

「……ふぅ。終わったぞ、エルゼ。検品してくれ」

 ルカ殿下が肩で息をしながら、少し得意げな顔で私を振り返った。

 私の目の前には、地平線の彼方まで続く、鏡のように美しいガラス質の運河と、竜の突撃にも耐えられそうなほど強固に舗装された街道が完成していた。

 私は手元の計算機(魔導具)を叩き、深々と頭を下げた。

「完璧です。誤差はプラスマイナス五ミリ以内。……素晴らしい。ルカ殿下、あなたはたった十五分で、三カ月分の工期と金貨二百万枚以上の予算を削減しました。これは帝国建国以来、最大のインフラ革命と言っても過言ではありません!」

 私が歓喜の声を上げると、地面に伏せていた作業員たちが恐る恐る顔を上げた。

 彼らは目の前に広がる奇跡の光景を見て、言葉を失っていた。そして、その奇跡を起こしたのが、自分たちが恐れていた「引きこもりの不良皇子」であるという事実に気づく。

 一人の年老いた現場監督が、震える足でルカ殿下の前に進み出た。

 彼はそのまま、地面に手をついて深く土下座をした。

「で、殿下……! あ、ありがとうございます! これで、過労で倒れる仲間を出さずに済みます! 殿下のお力は、我々平民の希望です……っ!」

 それを皮切りに、数百人の作業員たちが一斉に歓声を上げ、ルカ殿下に向かって感謝の言葉を叫び始めた。

「殿下、万歳!」

「アウグスト帝国の誇りだ!」

「すげえよ! あんた、本物の天才だ!」

 飛び交う称賛と、心からの感謝。

 ルカ殿下は目を見開き、信じられないというように周囲を見回した。

 誰も彼を恐れていない。誰も彼から逃げない。

 彼の力は、人々を笑顔にし、生活を豊かにするために使われたのだ。

「僕が……感謝されてる……? 壊したんじゃない。僕の魔法で……」

 彼は震える手で自分の顔を覆った。その瞳から、大粒の涙がボロボロとこぼれ落ちていく。

 三年間の孤独と自己否定が、民衆の歓声によって洗い流されていく瞬間だった。

 私はそっと彼に近づき、清潔なタオルを差し出した。

「言ったでしょう? 殿下はただの負債ではなく、最高の『優良銘柄』だと。あなたの価値は、今日この日、帝国の歴史に深く刻まれました」

 ルカ殿下はタオルを受け取ると、乱暴に涙を拭い、そして真っ赤な目をして私を真っ直ぐに見つめ返した。

 その黄金の瞳には、かつての反抗心も、怯えも、微塵も残っていなかった。

 そこにあるのは、圧倒的な熱を帯びた、私に対する強烈な『執着』と『忠誠』。

「……エルゼ」

「はい、何でしょうか?」

「お前は、僕の本当の価値を最初に見つけてくれた。誰も信じてくれなかった僕の力を、お前だけが『利益になる』って言って、使い道を与えてくれた」

 彼は一歩踏み出し、私の手を取った。

 ひどく真剣な声で、誓いを立てるように言う。

「僕の全部を、お前に懸ける。これからは、お前が僕の所有者(マスター)だ。お前が望むなら、どんな無理難題でも叶えてやる。だから……ずっと僕の傍で、僕の魔法(かち)を見ていてくれ」

 情熱的で、逃げ場のないほど重い言葉。

 周囲の作業員たちが「おおっ……!」と何やら別の意味で盛り上がり始めている。

 私は彼の熱い眼差しを受け止め、内心で力強くガッツポーズをした。

(素晴らしい……! これで第二皇子という『超弩級の労働力(チートインフラ)』の永続的な囲い込みに成功しました! 所有者とまで言ってくれるとは、圧倒的な会社への帰属意識! これで帝国のインフラ整備は向こう十年、実質コストゼロで回せます!!)

「ええ、喜んでお引き受けします、ルカ殿下!」

 私は最高の営業スマイルを浮かべ、彼の手を力強く握り返した。

「あなたは私の最高の投資先です。これからも、骨の髄まで……いえ、魔力の最後の一滴まで、帝国の利益のために私と一緒に働いていただきましょう!」

「……っ! ああ、約束だ! お前のためなら、何度でも奇跡を起こしてやる!」

 ルカ殿下の顔がさらに真っ赤になり、彼は嬉しそうに私の手を握りしめた。

 こうして、不良債権だった引きこもり皇子は、たった二日で「超・働き者の優良銘柄」へと見事に覚醒したのである。

 完璧なプロジェクトマネジメントだ。有能な経営者である私の経歴に、また一つ輝かしい実績(黒字化)が加わった瞬間だった。

(……だが、この「過剰なモチベーション向上」が、後々私の業務スケジュールを大きく乱す原因になることなど、この時の私はまだ計算できていなかったのである)

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  • 氷の令嬢の転職計画〜私を追放した祖国が破産寸前ですが、今は皇帝兄弟からの過剰な愛情表現の処理で手一杯です〜   第45話『有給休暇の返上(独占禁止法による反撃開始)』

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    「ふふっ……いいぞ、エルゼ。まさかあのルカを土方仕事で使い潰すとはな」 薄暗い地下給湯施設に、楽しげな低い声が響き渡った。 振り返ると、入り口の影から姿を現したのは、黒の軍服をラフに着崩した皇帝レオンハルト陛下だった。背後には青ざめた顔の近衛騎士たちが数名控えている。どうやら、本当に執務を抜け出して視察(という名の見物)に来たらしい。「あ、兄上……! なんでこんな所に……っ!」 レオンハルト陛下の姿を見た瞬間、ルカ殿下の空気が一変した。 先ほどまでの、自分の成果に戸惑いながらも誇らしげだった表情は消え失せ、ハリネズミのように全身を強張らせている。その黄金の瞳には、圧倒的な力を持つ兄

  • 氷の令嬢の転職計画〜私を追放した祖国が破産寸前ですが、今は皇帝兄弟からの過剰な愛情表現の処理で手一杯です〜   第2話『最初の業務は、引きこもり皇子の再建ですか?』

     帝国に到着した翌朝。 皇帝陛下が直々に手配してくださった特別室の寝心地は最高だった。最高級の羽毛布団と、魔力で最適化された室温。しかし、有能な経営者である私が、そんな快適さに溺れて時間を無駄にするはずがない。 私は早朝四時に起床し、昨晩のうちに皇帝陛下から決済をもらった『北部魔石鉱山のコスト削減案』の実行プロセスを各部署に通達し終えていた。朝食前のウォーミングアップとしては上出来だ。「おはよう、私の愛しい財務卿。昨夜はよく眠れたかな?」 帝城の最奥、皇帝専用の執務室。 朝陽を背に受けながら、レオンハルト陛下が優雅にコーヒーカップを傾けていた。淹れ立てのコーヒーの香りと、彼の放つ圧

  • 氷の令嬢の転職計画〜私を追放した祖国が破産寸前ですが、今は皇帝兄弟からの過剰な愛情表現の処理で手一杯です〜   プロローグ

    「エルゼ・フォン・ブラウベルト! 貴様との婚約を破棄する! 私は真実の愛、聖女ミリアを見つけたのだ!」 建国記念祭を祝う王城の大広間。 数百人の貴族が見守るなか、シャンデリアの輝きに負けないほど自信満々な表情で、王太子アルフォンスが叫んだ。 彼の隣には、桃色の髪をなびかせ、いかにも「守ってあげたくなる弱き乙女」を演じている自称・聖女のミリアが、勝ち誇ったような笑みを浮かべて寄り添っている。 周囲の貴族たちから、さざ波のような私語が漏れる。 哀れみ、嘲笑、そして「ついに来たか」という好奇の視線。 私、エルゼ・フォン・ブラウベルト公爵令嬢は、持っていた扇子をゆっくりと閉じ、優雅に一礼

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