第635話

乃亜は、子どもたちの前で争いたくなかった。そんなことをすれば、子どもたちの心に悪い影響を与えるだろうと感じていたからだ。

深呼吸してから、乃亜は言った。「これから法律事務所に行かないといけないの。車で行かなきゃタクシーになっちゃうから。私タクシーは嫌いなの」

他人の車が嫌いなのは、車内のあの独特の臭いが苦手だったからだ。

凌央は半目で彼女をじっと見ていた。彼は、彼女の顔から嘘を見抜こうとしているようだった。しかし、しばらく見ても、何も気づけなかった。

乃亜は腕時計を見て、眉をひそめた。「もし行くなら、早くしないと。遅れるわ」

たとえ保育園でも、彼女はできるだけ遅刻させたくなかった。今はもうすぐ8時半だ。あと少しでも遅れたら、遅刻する。

「パパ、早く乗ろうよ」璃音は凌央を見上げ、小声で急かした。もしパパが動かなかったら、おばさんとお兄ちゃんが先に行ってしまう。

璃音は保育園に行きたい。新しい友達に会いたいし、お兄ちゃんが通う保育園も見てみたかった。

凌央は璃音の期待に満ちた顔を見て、胸が痛くなった。もし璃音の心臓に問題がなければ、3歳で保育園に行ったことがないのはおかしいと思った。

少し躊躇した後、彼は乃亜の車に乗り込んだ。

璃音は晴嵐と一緒に後ろの座席に座りたがっていた。二人で遊びたかったからだ。

凌央は助手席に座った。

威圧感のある車と、乃亜の温かく優しげな外見は全く不釣り合いだった。

凌央はふと思い出せなくなった。乃亜が車を運転していた時のことを。

4年も離れていたので、乃亜がまるで別人のように感じられた。今の乃亜はとても魅力的で、彼の視線はどうしても彼女から離れなかった。

その時、後ろの席で璃音が晴嵐に質問していた。

「お兄ちゃん、保育園の子どもたちは喧嘩しないの？」

「お兄ちゃん、保育園の先生は子どもたちを叱らない？」

「お兄ちゃん、保育園にはどんな楽しい遊びがあるの？」

璃音は次々と質問し、晴嵐は一つずつ答えていた。

二人はまるで息がぴったりで、まるで絆が深まっているかのようだった。

乃亜は後部座席で二人の顔を見て、ふと後ろの鏡で二人を見つめた。彼女の思考は一瞬遠くへ飛んだ。

もし璃音が他の人の子どもだったとしたら、どうしてこんなに晴嵐に似ているのだろう？それに、二人の息がぴったり合っているのも不思議だった。