第 1 話

小池澪（こいけ みお）は壁の時計をじっと見つめていた。午前0時になり、テーブルに並んだ料理はまた冷たくなっていた。

彼女はその料理をキッチンに運び、もう一度温め直した。

0時50分、玄関のドアが静かに開く音がして、彼女が振り向くと、小池京司（こいけ けいじ）が帰ってきた。

彼の腕にはスーツの上着が掛けられ、その端正な顔にはわずかな酔いが浮かんでいた。彼はそのまま澪の方に歩み寄ってきた。

澪は立ち上がり、彼に酔い覚ましのスープを一杯よそい、そっと差し出した。しかし、彼はそれを手で払いのけ、床にぶちまけた。

次の瞬間、彼は彼女の顎を掴み、その唇を荒々しく奪った。

酒の匂いが鼻をつき、どこか女性の香水の甘い香りが混じっていた。澪は彼を押しのけようと手を伸ばしたが、彼は逆に彼女を抱き上げ、そのまま寝室に向かった。

男は彼女をベッドに乱暴に投げつけ、覆いかぶさるように彼女を押さえ込んだ。一言も発さず、ただ行動だけが続いた。

澪は唇を噛み締め、じっと耐えた。視線を逸らし、壁の隅に置かれた観葉植物をただ見つめていた。

そこにあるのは感情ではなく、ただの欲望だけだった。

彼は彼女の顔を掴み、無理やりこちらを向かせた。その深い瞳で彼女をじっと見つめながら、指先で彼女の頬を撫でた。「どうして何も言わない？」と低い声で尋ねた。

澪は彼を真っ直ぐ見つめ、瞳には薄く涙が滲んでいた。彼は知っているのだ、彼女が言葉を持たない人間だということを。

彼女は生まれつき声を失った女性だった。

それでも、彼は毎回こうして同じ問いを繰り返す。

時折、澪はわからなくなる。彼がこれを侮辱として言っているのか、それともただの独り言のように感慨深く呟いているのかを。

彼女は彼の手をそっと握り、顔に当てたまま頭を少し傾け、その手のひらに頬をすり寄せた。まるで子猫が主人に甘えるように。

これが、このような状況で彼に応える彼女なりの唯一の方法だった。

男の漆黒の瞳が一瞬暗く揺れた。まるで心の中に激しい暗潮が沸き起こっているかのように。彼は彼女の手を握り返し、その手を頭上で押さえつけるように固定すると、身をかがめて彼女の唇を奪った。

……

澪が目を覚ましたとき、窓の外はすでに明るくなっていた。ベッドの隣は空っぽだったが、浴室からは水音が聞こえてきた。

彼女は床に散らばった服を拾い、一枚ずつ身に着けていった。そして最後の一枚に袖を通しているとき、ベッドサイドのテーブルに置かれていた携帯電話が鳴り出した。それは京司のものだった。

澪は浴室のドア越しに見えるぼやけた人影を一瞥し、次にスマホの画面を覗いた。

橘沙夏（たちばな さな）【帰ったの？】

橘沙夏【毎回そうね。必ずあのしゃべれない女のところに行って、私を不快にさせなきゃ気が済まないの？】

澪のまつげがかすかに震えた。

浴室の扉が開き、京司がバスタオルを腰に巻いて出てきた。

彼の身体にはまだ水蒸気が立ち上り、湿った髪から水滴がぽたりぽたりと滴り落ちていた。それらは胸に触れて滑り落ち、腹筋のラインに沿って細い水の筋となって流れていった。

澪は目をそらし、黙って服のボタンを留め始めた。

京司はベッドのそばまで歩み寄り、スマホを手に取ると、ちらりと服を着ている澪の姿を見下ろした。

「見たのか？」

京司が問いかけると、澪は口元にうっすらと微笑みを浮かべながら、首を横に振った。

結婚の日、彼はこう言った。「お前はずっとおとなしくしていろ。俺を愛すな。元のままでいよう。兄さんが一生面倒を見てやる」

彼は「愛すな」と言ったのだ。

だから、もし見たとしてもどうだというのか？

彼は気にしない。彼女が嫉妬しようと、悲しもうと、そんなことに心を動かされることはない。

気にされない人間には、怒る資格なんてない。

それどころか、彼女の愛も感情も、彼にとってはただの負担にしかならないのだ。

彼女は怖かった。彼でさえも、彼女の心を踏みにじるのではないかと。

澪は彼が……自分を捨てるのではないかと怯えていた。

彼女は手話で伝えた。[朝食を作るね]

澪は、全身に残る鈍い痛みを引きずるようにして立ち上がり、寝室を出て台所へ向かった。

京司は彼女の細い背中をじっと見つめ、それから携帯に視線を落とした。そして、橘沙夏からのメッセージを削除した。

澪は朝食を作り、テーブルに運んだ。そして京司のためにおかゆをよそい、彼の席に静かに置いた。

しばらくして、京司は服を整えて食卓に現れた。

部屋の中は静寂に包まれていた。かつて京司はこう言ったことがある。「お前といると、話すのがまるで独り言みたいだ」

時が経つにつれて、京司はほとんど彼女と話さなくなった。食卓には、しばらくの間スプーンと器がぶつかる音だけが響いていた。

「後で一緒に実家に行くぞ」京司が突然口を開いた。

澪の手が一瞬止まり、彼女はスプーンを器の縁にそっと置いた。

澪は手話で答えた。[分かった]

京司は彼女に視線を投げた。澪の顔にはいつも変わらぬ従順さだけが漂っている。

声を荒げることもなく、騒がしくすることもなく、どんなに理不尽な仕打ちを受けても、彼女は微笑みを絶やさない。

京司はふと、器の中のお粥が急に味気なく思えてきた。

彼はスプーンを器の中に投げ戻した。軽く澄んだ音が響き、音量自体は小さいものの、静寂な食卓では妙に耳についた。